最終話 エルフ、堕ちる!
――40※※年、地上はエルフの炎に焼き尽くされた。
「おデ、オーグ、食ウ」
エルフは知性を失い、獣に堕ちた。
知的生命体だった痕跡は欠片も残っていない。
焼肉を求めて闊歩する亡者。四足歩行する暴食の魔獣と化していた。
尖った耳だけがエルフであった名残りだ。
否、厳密には三足歩行である。
大抵片手には松明が握られている。一人バーベキューを行うために。
「おーぐゥ……」
獣に堕ちて尚、エルフはオークの味を忘れられない。
悠久の時を経てもそれ以上に彼らの舌鼓を打たせる食材はなかった。
世界を炭火で包んでも満たされない。
あばら骨が浮き出た体は痩せた孤狼のようだ。
「ほらほら、エルフさーん。森へおかえり~」
――だが、人類もまた絶滅を免れていた。
「フゥ~。こんな時のために都市ごと時間転移魔術で未来送りにして良かったな」
スチーム式エンジン搭載の馬車から降り、所長と研究員は4000年後の大地を踏んだ。
「所長、どうやってこんな術式組んだんですか?」
「国王の馬車レース中継で電線引いたとき」
「どさくさ紛れに違法建築してるじゃないっすか。オークと同類っすよ」
「まあまあまあ、もう滅んでる種族は引き合いに出さんでおこう」
人族の倫理観はオーク族を遥かに下回ることでも有名だ。
「で、問題のエルフは――うわキモっ!!」
「うむ。一人で夜中に遭遇したらチビってたわ」
「こんなバケモンがうようよいるんすか?」
「生体反応チェックしてきたけど、もうエルフは一桁しか残ってないよ。成れ果てのエルフ、略してナレフ」
「やかましっ」
飢えた獣と化したエルフに、彼らは哀れみさえ抱いていた。
「なんでエルフはこんな……」
「共食いの影響だろうな」
「え、ついにタブー触れちゃったんすか?」
「そもそもの話、人もエルフもオークも組成としてはほぼ変わらない」
「は、はぁ」
「ほぼ同種に近い生物を食い続け、彼らは発症してしまったんだよ」
それは史上最も凶悪な病気。
「――プリオン病だ」
共食いの代償に罹る不治の病。
一時期は家畜ワイバーンの中で感染拡大した『狂竜病』もその一種である。
「オークを食い続けたせいか、それとも途中から本当に同族を食ったか……もうこれわかんねぇな」
「同族って、エルフ同士が食い合ったんですか!?」
「食欲のために森ごと焼き回った連中だぞ? それぐらいあって不思議じゃない」
ある意味で自我を失う前から、エルフは獣だったのかもしれない。
「ニ、ニグゥ……?」
エルフは虚ろな目で首を傾げた。
「プリオン病は薬も手術も回復魔法も効かない、死亡率百パーセントの病気。それを驚異の生命力でこんな……」
「自我を失って尚も食う事を止めない。知能やら消化器官以前に……生命維持能力が極端に高い生命体なんだよ、こいつらは」
「つくづくバケモンですね」
憐憫の情を抱きながら、所長は近くの森へ火矢を放つ。
「ほーら、美味しい森ですよ~」
「やギニぐぅぅぅぅゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
エルフはこの上なく嬉しそうに森へと走っていった。
「……あの森で絶滅してくれることを祈るしかない」
「良いんですか? また森燃やして」
「幻術で森に見せかけたトラップダンジョンだ。もう二度と出れまい」
燃え盛る偽り森へ向かっていくエルフ。
その異形な背中を見送る彼らは誓った。
「「絶対エルフ滅ぼせる兵器作ったろ」」
と……
「さーて。帰るか!」
「ところで所長、今夜の食事は?」
「そうだな……適当にいつもの店で良いか?」
「良いですね。じゃあ記念に一杯奢って下さいよ~」
森に背を向ける二人は知らなかった。
後ろから迫りくる無数の影を。
「――――ニ、ニグ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
記録はそこで途絶えていた。
以上が今回の発掘にて明らかになった記録文書の全容である。
旧人類文明の古代遺跡から出土した、とある石板より。




