最終話 世界の果ての魔法
王都を出て。
三日。
私たちは。
北の山脈へ来ていた。
「……寒い」
エリスが。
肩を震わせる。
「文句を言わないの」
セレナが笑う。
「あなたが行きたいって言ったんでしょう?」
「だって……」
エリスが。
私を見る。
「最後の魔法って聞いたら気になるじゃない」
ノアは。
少し離れた場所を歩いている。
以前なら。
誰とも話さなかった。
でも。
今は違う。
「リリア」
「何?」
「この先にある」
「そんな気がする」
私は。
頷いた。
私も。
同じものを感じていた。
魔法ではない。
もっと静かな何か。
山を越えると。
突然。
視界が開けた。
そこには。
巨大な湖があった。
水面は。
鏡のように静かだった。
「……綺麗」
エレナが。
息を呑む。
湖の中央に。
小さな島がある。
そして。
島には。
一本の白い木が立っていた。
「最後の魔法……?」
レオンが。
呟く。
その瞬間。
湖の水面に。
文字が浮かんだ。
――魔法を欲する者よ。
――何を望む?
セレナが。
首を傾げる。
「質問……?」
エリスが。
答える。
「世界を平和に」
文字が。
消えた。
そして。
別の文字が浮かぶ。
――それは、誰が決める?
エリスが。
黙った。
ノアが。
静かに言った。
「私は……」
「誰にも決められたくない」
文字が。
光る。
――それは、あなた自身の願いか?
「……うん」
ノアは。
頷いた。
すると。
湖の中央へ。
一本の道が現れた。
白い光の道。
「進めってこと?」
私は。
一歩踏み出した。
水の上を。
歩ける。
私たちは。
島へ向かった。
白い木の前に。
立つ。
そこには。
小さな少女がいた。
銀色の髪。
でも。
私たちとは違う。
普通の瞳。
普通の服。
少女は。
私を見る。
「あなたが……」
「魔女?」
私は。
頷く。
「そう」
少女は。
首を傾げる。
「魔女って」
「怖い人?」
私は。
少し笑った。
「昔は、そう呼ばれてた」
「でも」
「私は誰かを怖がらせるために生まれたんじゃない」
少女は。
嬉しそうに笑った。
「じゃあ」
「何のために生まれたの?」
私は。
答えられなかった。
そのとき。
背後から。
アリアの声がした。
『その答えは』
『あなたが決めるのよ』
私は。
目を閉じた。
思い出す。
魔力ゼロと言われた日。
家を追い出された日。
森でレオンを救った日。
魔女と呼ばれた日。
姉たちと出会った日。
お母さんと再会した日。
そして。
お母さんとの別れ。
私は。
少女を見る。
「私は――」
「誰かを救うために生まれた」
「でも」
「誰かに決められた未来を生きるためじゃない」
「自分で未来を選ぶため」
少女は。
微笑んだ。
その瞬間。
白い木から。
一枚の葉が落ちた。
葉は。
私の手の中へ。
触れた瞬間。
光になった。
世界中の景色が。
頭の中に流れ込んでくる。
魔法を使う人。
魔法を使わない人。
小さな火を灯す子。
水を運ぶ老人。
病気の人を助ける人。
畑を育てる人。
誰かを守る人。
誰かを愛する人。
そこには。
魔法の強さで人を測る世界は。
もうなかった。
魔法は。
特別なものではない。
ただの一つの道具。
人々が。
自分の意思で使うもの。
私は。
気づいた。
「これが……」
「最後の魔法」
セシリアが。
尋ねる。
「何なの?」
私は。
葉を胸に当てる。
「願いを」
「魔法にする力」
レオンが。
目を見開いた。
「つまり……」
「誰でも」
私は。
頷く。
「自分の願いを、自分の力にできる」
その瞬間。
世界中の空に。
小さな光が灯った。
一つ。
また一つ。
やがて。
無数の光が。
星のように広がっていく。
白い木が。
静かに消えていく。
少女も。
光になっていく。
「待って!」
私は。
手を伸ばす。
少女は。
最後に笑った。
「もう、大丈夫」
「魔女がいなくても」
「人は未来を選べるから」
光が。
消えた。
私は。
空を見上げた。
そして。
銀色の星を見つける。
「……お母さん」
遠くから。
声が聞こえた。
『ええ』
『それでいいの』
私は。
涙を流しながら。
笑った。
あと一つ。
残されたことがある。
私たちは。
王都へ帰る。
そして――
魔女としてではなく。
一人の人間として。
新しい世界を始める。
第35話 私が選んだ未来
それから。
一年が過ぎた。
王都には。
もう「魔力値」を測る水晶はない。
魔法学院では。
魔力の量ではなく。
魔法の使い方を教えている。
そして。
王都の広場には。
小さな石碑が建てられた。
そこには。
こう刻まれている。
――魔法は、人を選ばない。
――人が、魔法の未来を選ぶ。
私は。
その石碑の前に立っていた。
「リリア!」
後ろから。
エレナの声がする。
「また一人で見てたの?」
「うん」
私は。
笑った。
隣には。
セレナ。
エリス。
ノア。
そして。
レオンがいる。
みんな。
元気だった。
「今日はどうする?」
エリスが聞く。
私は。
空を見上げる。
青い空。
その向こうに。
銀色の星がある。
昼間なのに。
ほんの少しだけ。
光って見えた。
「……帰ろう」
「お母さんのところへ」
「え?」
ノアが。
不思議そうな顔をする。
私は。
笑う。
「お墓じゃないよ」
「私たちの心の中」
セレナが。
優しく笑った。
「そうね」
私たちは。
歩き始める。
ふと。
小さな男の子が。
私の前に走ってきた。
「お姉ちゃん!」
「どうしたの?」
男の子は。
手を差し出す。
その手のひらには。
小さな光。
「見て!」
「魔法が使えた!」
私は。
しゃがんで。
その光を見る。
昔の私なら。
きっと。
魔力の量を気にしていた。
でも。
今は違う。
「すごいね」
「大切にしてあげて」
男の子は。
嬉しそうに頷いた。
「うん!」
走っていく。
私は。
その背中を見送った。
魔法は。
もう誰かを選ばない。
そして。
魔法が使えない人も。
誰も。
「無能」と呼ばれない。
私は。
昔の自分を思い出す。
魔力ゼロ。
無能令嬢。
価値がない。
そう言われ続けた。
でも。
違った。
私に足りなかったものなんて。
何もなかった。
私は。
最初から。
私だった。
「リリア」
レオンが。
隣から声をかける。
「行こう」
「うん」
私は。
歩き出す。
その瞬間。
空から。
一枚の銀色の花びらが。
落ちてきた。
私は。
そっと手のひらで受け止める。
懐かしい。
温かい。
そして。
聞こえた。
『リリア』
私は。
空を見上げる。
「うん」
『ありがとう』
私は。
笑った。
「こちらこそ」
「ありがとう、お母さん」
銀色の花びらは。
光になって。
空へ消えていった。
私は。
もう泣かなかった。
だって。
知っているから。
大切な人は。
いなくなっても。
心の中で。
ずっと繋がっている。
魔女と呼ばれた少女は。
もう。
魔法を消すためには生きない。
誰かに決められた未来でもない。
自分で選んだ未来を。
大切な人たちと。
歩いていく。
それが。
私の選んだ未来。




