第三話 魔力ゼロの測定結果
「……リリア?」
レオンハルト殿下の声で、私は我に返った。
「はい……」
「どうした?」
「いえ……何でもありません」
私はもう一度、塔を見た。
けれど、先ほどの光は消えている。
あの声も聞こえない。
まるで、最初から何もなかったかのように。
「気になるのか?」
「……はい」
正直に答えた。
「なぜか分からないんです。でも、あの塔を見ていると……胸が苦しくなります」
殿下はしばらく黙っていた。
「そうか」
それだけ言うと、馬車を再び進ませた。
王宮の中へ入っていく。
私は窓の外を眺めながら、あの塔のことを考えていた。
――やっと、見つけた。
あの声は、一体誰だったのだろう。
◇
王宮へ到着すると、すぐに一人の女性が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、殿下」
「ただいま、セシリア」
銀色の髪をした女性だった。
年齢は二十代後半くらい。
白いローブを身にまとっている。
「そちらの方は?」
「彼女が俺を救ってくれた」
「……まさか」
女性の視線が私へ向く。
「この方が?」
「ああ」
「呪いを解いたのですか?」
「そうだ」
女性は信じられないものを見るような目で私を見た。
「初めまして。私は王宮魔法師のセシリア・フォン・ルーンと申します」
「リリア・アーデンです」
「アーデン……?」
一瞬、セシリアさんの表情が変わった。
けれど、すぐに元に戻った。
「では、さっそく魔力測定を行いましょう」
「今からですか?」
「はい」
私は少し緊張した。
魔力測定。
今日の朝にもやったばかりだ。
結果は――ゼロ。
「もう一度やっても、結果は同じだと思います」
「それでも構いません」
セシリアさんは微笑んだ。
「王宮の測定器は、貴族家で使われているものより遥かに精密ですから」
「……分かりました」
◇
案内された部屋には、大きな水晶が置かれていた。
透明な水晶。
高さは私の胸くらいまである。
「この水晶に手を置いてください」
「はい」
私は水晶に手を触れた。
何も起こらない。
やっぱり。
そう思った瞬間だった。
――パキッ。
「え?」
水晶に、小さな亀裂が入った。
「……?」
セシリアさんが固まる。
「どうしたんですか?」
「そのまま、手を離さないでください」
「はい……」
私は言われた通りにする。
すると。
水晶の中に、黒い線が走った。
一本。
二本。
三本。
そして――。
バキンッ!
水晶が真っ二つに割れた。
「きゃっ!」
私は思わず手を引いた。
床に水晶の破片が散らばる。
「だ、大丈夫ですか!?」
セシリアさんが駆け寄ってくる。
「はい……」
「怪我は?」
「ありません」
私は自分の手を見る。
何もない。
それよりも。
「測定結果は……?」
セシリアさんは答えなかった。
割れた水晶を見つめたまま、青ざめている。
「セシリア?」
殿下が声をかける。
セシリアさんは震える手で、床に落ちた水晶の一部を拾った。
「……魔力値は」
「どうだった?」
「測定不能です」
「測定不能?」
「はい」
セシリアさんは私を見る。
「この水晶は、魔力が多すぎる場合にも壊れることがあります」
「じゃあ……私の魔力は?」
「違います」
セシリアさんは首を横に振った。
「あなたの魔力は……」
一度、言葉を止める。
「ゼロです」
「……え?」
「正確に言えば、魔力そのものが存在していません」
やっぱり。
私は少しだけ落胆した。
「では、なぜ水晶が……」
殿下が尋ねる。
セシリアさんは答えた。
「魔力を持っていないからです」
「どういう意味だ?」
「この水晶は、魔力を測定するためのものです」
セシリアさんは割れた水晶を見る。
「ですが、彼女が触れた瞬間、水晶の中にあった魔力が……消えました」
「消えた?」
「はい」
私は息を呑んだ。
「水晶の魔力だけではありません」
セシリアさんは、部屋の隅に置かれていた小さな魔道具を指差した。
「周囲にある魔力まで、彼女に触れた瞬間に消失しています」
殿下が黙り込む。
私は自分の手を見つめた。
魔力ゼロ。
でも、それは「何もない」という意味ではなかった。
「……私、本当に魔法を消しているんですか?」
セシリアさんは頷いた。
「おそらく」
「おそらく?」
「こんな現象、私は一度も見たことがありません」
そのとき。
部屋の扉が勢いよく開いた。
「殿下!」
一人の騎士が駆け込んでくる。
「どうした?」
「大変です!」
「何があった?」
騎士は息を整えながら答えた。
「王宮の地下にある古代魔法陣が……」
そこで、騎士は私を見る。
「突然、起動しました」
「……何?」
殿下の顔色が変わる。
「しかも、魔法陣が反応しているのは――」
騎士が私を見る。
「この方です」
「私……?」
次の瞬間。
ドォンッ!
王宮全体が大きく揺れた。
「きゃっ!」
私はよろめいた。
そして。
窓の外を見る。
あの塔。
さっきまで何もなかったはずの塔が――
青白い光に包まれていた。
「……また」
胸が熱くなる。
頭の中に、あの声が響いた。
『やっと……』
今度は、はっきり聞こえた。
『帰ってきたのね』
「……え?」
私は呟いた。
「帰ってきた……?」
その瞬間。
塔の最上階に、一人の女性の姿が浮かび上がった。
長い髪。
白いドレス。
そして――
私と同じ、銀色の瞳。
「…………」
私は息をすることさえ忘れた。
女性は、こちらを見ていた。
まるで。
ずっと私を待っていたかのように。
『リリア』
声が頭の中に響く。
『あなたは、何も知らないのね』
女性が微笑む。
『自分が誰なのかも』
そして。
最後の言葉だけが、はっきりと聞こえた。
『――私の娘だということも』
「…………え?」
世界が止まったような気がした。
私は知らなかった。
自分の出生に隠された秘密を。
そして――
この国に伝わる「魔女」の伝説が、私自身と繋がっていることを。




