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無能と呼ばれた私、実は世界で唯一「魔法を消せる」魔女でした  作者: ななほし


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第一話 魔力ゼロの令嬢

十五歳の春。


 私は、自分の人生が終わる音を聞いた。


「魔力値――ゼロ」


 静まり返った大広間に、その言葉が響いた。


 誰かが小さく息を呑む。


 そして。


「……ゼロ?」


 くすくすと笑う声が聞こえ始めた。


 私は俯いたまま、自分の手を見つめていた。


 何度見ても、何も変わらない。


 白い手。


 細い指。


 その手のひらには、魔法陣を描くための魔力が一滴もない。


「もう一度測定してください」


 隣にいた父が、険しい顔で言った。


「測定器の故障ではありませんか?」


「いえ。間違いありません」


 魔法師が答える。


「この娘には、魔力がありません」


 その瞬間。


 背後から、誰かの笑い声が聞こえた。


「さすが『無能令嬢』だな」


「アーデン家の娘なのに魔力ゼロ?」


「貴族として恥ずかしくないのかしら」


 聞こえてくる言葉を、私は必死に無視した。


 魔力がない。


 それだけなら、まだいい。


 問題は――今日が、私の婚約者との婚約を正式に発表する日だったこと。


 私は恐る恐る、隣に立つ青年を見た。


 金色の髪。


 整った顔。


 王都でも有名な魔法の名家、グランディス侯爵家の嫡男。


 私の婚約者。


 エドワード様。


 彼はしばらく私を見つめていた。


 そして。


「……悪いが」


 冷たい声が落ちた。


「婚約を破棄する」


 頭の中が真っ白になった。


「え……?」


「魔力のない女性を、僕の妻にするわけにはいかない」


「でも……」


「君も理解しているだろう?」


 エドワード様は、私から目を逸らした。


「貴族の妻になるには、それ相応の力が必要だ」


 周囲から笑い声が起こる。


 私は唇を噛んだ。


「……はい」


 それしか言えなかった。


 その日の夜。


 私は父に呼び出された。


「リリア」


「はい」


「お前には、もうこの家にいる価値がない」


 父は淡々と言った。


「明日の朝までに荷物をまとめなさい」


「……どこへ行けばいいのですか?」


「好きにしろ」


 母も何も言わなかった。


 兄も私を見ようとしなかった。


 その夜。


 私は一人で屋敷を出た。


 小さな鞄一つを持って。


 十五年間暮らした家を、誰にも見送られることなく。


     ◇


 歩き続けて、どれくらい経っただろう。


 気がつけば、私は王都から遠く離れた森の中にいた。


「……寒い」


 春とはいえ、夜の森は冷える。


 私は木の根元に座り込んだ。


「これから、どうしよう……」


 涙が出そうになる。


 でも、泣いたところで何も変わらない。


 私は空を見上げた。


 満天の星。


 そのときだった。


「……誰か、いるの?」


 森の奥から、かすかな声が聞こえた。


 私は立ち上がった。


 危険かもしれない。


 それでも、放っておけなかった。


 声のする方へ歩いていく。


 そして。


「……っ!」


 私は息を呑んだ。


 そこには、一人の青年が倒れていた。


 黒い髪。


 白い服。


 胸元には血が滲んでいる。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄る。


 青年は苦しそうに目を開いた。


「……来るな」


「え?」


「逃げろ……」


「どうして?」


「俺に近づけば……お前まで……」


 青年の身体から、黒い霧のようなものが溢れ出した。


 禍々しい魔力。


 私は思わず後ずさった。


 これほど濃い魔力を見たことがない。


「呪い……?」


 青年は驚いたように目を見開いた。


「分かるのか?」


「少しだけ……」


 魔法学院で習った知識ならある。


 これは普通の傷ではない。


 強力な呪いだ。


「聖女でも治せない呪いです」


「ああ」


 青年は苦しそうに笑った。


「あと数時間で、俺は死ぬ」


「そんな……」


 私は青年の手を握った。


「待ってください。何か方法があるかもしれません」


「触るな!」


 青年が叫んだ。


 しかし。


 遅かった。


 私の手が、青年の腕に触れた瞬間――


 黒い霧が、消えた。


「…………え?」


 青年が固まる。


 私も固まった。


 さっきまであれほど濃かった呪いが。


 まるで最初から存在しなかったかのように、消えている。


「……今、何をした?」


「わ、私にも分かりません」


 青年が自分の腕を見る。


 そして、ゆっくりと私を見る。


「もう一度、触れてみろ」


「え?」


「いいから」


 私は恐る恐る、青年の肩に触れた。


 その瞬間。


 青年の周囲に残っていた黒い魔力が、すべて消滅した。


 青年はしばらく黙っていた。


 そして。


「……ありえない」


「何がですか?」


「俺の呪いを消したのか?」


「消した……?」


 私は首を傾げた。


「そんなこと、私にはできません」


「できている」


「でも、私は魔力ゼロなんですよ?」


「だからだ」


 青年の声が震えていた。


「魔力がゼロだから、消せるんだ」


「……?」


 青年は立ち上がった。


 先ほどまで死にかけていたとは思えないほど、しっかりとした足取りだった。


「お前、自分の力を知らないのか?」


「力?」


「ああ」


 青年は私をじっと見つめた。


「魔法を使えないんじゃない」


 その目に、初めて驚きの色が浮かんだ。


「お前は――魔法そのものを消している」


「…………」


 私は何も言えなかった。


 だって。


 そんな力があるなんて。


 今まで一度も聞いたことがない。


「でも……魔法を消すなんて……」


「普通はできない」


「じゃあ、どうして私に?」


「それは俺にも分からない」


 青年は少し考えたあと、私に尋ねた。


「名前は?」


「……リリア・アーデンです」


「リリア……」


 その名前を聞いた瞬間。


 青年の表情が変わった。


「アーデン?」


「はい」


「まさか……」


 青年は私の顔を見つめる。


 そして。


「そういうことか」


「何がですか?」


 青年は答えなかった。


 代わりに、私の前で片膝をついた。


「え?」


「リリア・アーデン」


 青年は私の手を取った。


「俺と一緒に王都へ来てほしい」


「王都……?」


「ああ」


 そして彼は、驚くべき言葉を口にした。


「俺は、この国の第一王子だ」


「…………え?」


 私の人生が終わったと思った夜。


 私はまだ知らなかった。


 ここから始まるのが――


 私の本当の人生だということを。

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