第1章「昭和五十七年の青」 Scene1
市役所の資料室で、私は四十四年前の夏と目が合った。
正確には、丸められた古い観光ポスターを広げただけである。
紙は少し黄ばんでいて、端には巻き癖が残っていた。文鎮と古いパンフレットで押さえないと、すぐに自分の時間へ戻ろうとする。
青い海。
白いヨット。
夏の光。
遠くに浮かぶ島影。
それは、明らかに牛窓の海だった。
本庁の窓からは見えない海。けれど、この町の人間なら、どこかで知っている海。四十年以上前の印刷物なのに、青はまだちゃんと青で、白い帆はまだちゃんと夏の風を受けているように見えた。
右下には、小さく文字が入っている。
『昭和五十七年 牛窓サマーキャンペーン』
『牛窓町観光協会』
牛窓町。
今は瀬戸内市の一部で、旧町役場は牛窓支所になっている。けれど、このポスターが作られた時には、ここに記された名前が一つの町だった。
牛窓町も、邑久町も、長船町も、それぞれ別の役場を持ち、それぞれの予算を持ち、それぞれの言い分を持っていた頃である。
私はしばらく黙って、その紙面を見ていた。
観光ポスターは、正確な地図ではない。
でも、正直な願望ではあると思う。
こう見てほしい。ここへ来てほしい。好きになってほしい。そういう気持ちが、紙の上で少し背伸びしている。
だから、私は古い観光ポスターが嫌いではない。むしろ好きだ。
報告書が仕事の記録なら、ポスターは願いの記録だ。行政文書ほど硬くはない。けれど、行政文書よりも時々、当時の人の顔が近くなる。
そして、このポスターには、顔があった。
紙の端を少し持ち上げると、裏面に鉛筆書きが見えた。
牛窓町役場
山本健治
薄い字だった。誰が書いたのかは分からない。山本さん本人が書いたのかもしれないし、後で整理した誰かが控えたのかもしれない。そもそも、この人がポスターを作ったのか、担当したのか、ただ保管していただけなのかも分からない。
それでも、名前がある。
表には出ない名前が、紙の裏にだけ残っている。
「お疲れさまです、山本さん」
小さく言った。
資料室に返事はなかった。当然だ。もし返事があったら、それはそれで別の部署に相談しなければならない。
視線を落とすと、自分の名札が目に入った。
瀬戸内市役所
成長戦略部
観光文化戦略課
宮地薫
二十六歳。年齢は入っていない。入っていたら大問題だ。
私は小さく笑い、ポスターへ視線を戻したとき、何かが引っかかった。
名前ではない。裏面の鉛筆書きでもない。右下の主催表記でもない。
表の海だ。
青い海の上に浮かぶ、白いヨット。
一つ、二つ、三つ。
私は目で追った。
ヨットは、自然に散っているように見える。
けれど、散り方が妙だった。
偶然のようで、偶然ではない。きれいに整えられているのに、どこかでわざと崩している。そういう感じがした。
私は椅子を引き、少し離れてポスター全体を見た。
海。ヨット。空。島影。
どこにもおかしなところはない。むしろ出来はいい。四十年以上前の観光ポスターとしては、かなり洒落ている。
なのに、気になる。
こういう時の違和感は、無視しない方がいい。
郷土史の資料でもそうだ。年号は合っている。地名も合っている。文章も自然に見える。けれど、なぜか引っかかる。そういう時はたいてい、欄外か、注釈か、誰かの走り書きに答えがある。
ただし、今回の引っかかりは紙面の余白ではなく、配置だった。
そこまで考えて、私は苦笑した。
専門外だ。
歴史の匂いは多少分かる。行政文書の妙な癖も、多少は分かる。けれど、デザインの違和感となると、私の手には余る。
こういう時に頼るべき人間を、私は一人だけ知っている。
椎名紬。
高校の二つ下の後輩で、今はフリーのデザイナーをしている。
長船で育ち、高校を出てから東京へ行き、最近こちらへ戻ってきた。高校時代から、あいつは紙面の中のわずかなズレを見つけるのが妙に上手かった。私が「いい感じ」と思って置いた文字を、無言で三ミリ動かして、結果として確かに良くしてくるような人間だった。
腹立たしい。けれど、信用できる。
私はスマートフォンを取り出しかけて、いったん画面を伏せた。
ここは市役所の資料室だ。
私は勤務時間中で、瀬戸内市役所観光文化戦略課の職員である。高校の後輩に「ちょっと見て」と気軽に送っていいものと、そうではないものがある。
資料の持ち出し。個人情報。公開前提の広報物。外部の目。
黒田課長補佐の声が、まだ何も言っていないのに頭の中で響く。便利な上司は、時々本人がいない場所でも仕事をする。困る。
自分で言うのも何だが、私はかなり真面目に働いている。各種期限は守るし、会議資料も作るし、根回しもする。課内での評価も、たぶん悪くない。
ただ、歴史の話になると、少しだけ周囲との温度差が出る。ほんの少しだけ。
以前、昼休みに長船の刀剣文化について話していたら、後輩職員に「宮地さん、それ観光の話ですか、授業ですか」と聞かれた。私は観光の話のつもりだったが、相手の目は明らかに五時間目の日本史を受ける高校生のそれだった。
以来、私は人間にはそれぞれ適切な歴史摂取量があるのだと学んだ。大人になってから得た知見の中では、かなり実用的な方だと思う。
暑くなりはじめた陽射しと、少し湿った空気が混じる六月の午後。
資料室の窓から見えるのは、海ではない。
市役所の駐車場と、道路と、少し先の建物と、風に揺れる街路樹である。
瀬戸内市という名前から、どこでも窓を開ければ青い海が見えると思われがちだが、世の中は観光ポスターほど都合よくできていない。
海は少し先にある。
牛窓まで行けば、ちゃんとある。
その「少し先」が、この町らしいと私は思う。見えないけれど、遠すぎもしない。暮らしの隣に海がある。歴史もたぶん似たようなもので、毎日目に入るわけではないが、少し歩けばそこにある。
今年度、課の大きな仕事の一つが、来年度に向けた観光ブランド再構築事業だ。
仮称すらまだない。予算もない。中身はもっとない。
決まっているのは一つだけだった。
瀬戸内市としての観光の顔を作ること。
牛窓だけではない。
邑久だけでもない。
長船だけでもない。
合併して二十年以上経った今だからこそ、「瀬戸内市として何を見せるのか」をもう一度考えようという話だった。言葉にすると立派だが、実際のところはかなり曖昧である。
観光の仕事には、こういう曖昧さがよくある。
海を見せるのか。歴史を見せるのか。食を見せるのか。景色を見せるのか。あるいは、それらをまとめて見せるのか。
何を選び、何を選ばないのか。
その判断には、たいてい正解がない。だから私は少し楽しくて、少し困っていた。
そして黒田課長補佐は、そんな私たちにこう言った。
「まず過去を見ろ」
会議室で聞いた時は、ずいぶん地味な指示だと思った。
「新しいことを考えるのはええ。でも、昔の人間が何をやって、何を失敗したかくらいは見とけ」
黒田さんは、そういうことを言う人だった。
派手な企画より、地味な確認を先に置く。夢を否定するのではない。ただ、夢を見る前に足元を見ろと言う。
私はその言い方が少し苦手で、少しありがたいと思っている。
その結果が、資料室送りである。
市役所の資料室は、静かだ。
ただし、空っぽの静けさではない。棚に詰め込まれたファイルや、床に積まれた段ボール箱や、背表紙の色が抜けた報告書の束が、黙ったままこちらを見ている。少なくとも私には、そう見える。
資料というものは、無口なくせに圧がある。とりわけ古い資料はそうだ。自分は捨てられずに残ったのだ、という顔をしている。
紙に顔はないが、あるように思える時がある。そういう話を職場ですると面倒な人間だと思われるので、私はあまり言わない。
足元には、開けかけの段ボール箱が二つあった。
一つは『歴代観光キャンペーン参考資料』。
もう一つは『観光ポスター関係資料』。
どちらも範囲が広い。
歴代。観光。キャンペーン。参考。資料。
五つ並ぶと、ほとんど瀬戸内海である。いや、さすがにそれは言い過ぎか。
観光ポスター関係資料も、やはり広い。こちらはもう少し自信を持って瀬戸内海と言っていい気がする。
私は埃を被らないよう、肩までの髪を後ろで一つに束ねていた。スカートの裾が汚れないように少しだけ気にしながら、箱へ手を伸ばし、順にファイルを出していく。
平成十七年度観光キャンペーン実施報告。平成二十二年度観光パンフレット制作資料。観光ポスター見本集。イベントチラシ。広報紙抜粋。
名前だけで肩が凝る。
一冊目を開き、数行読んで閉じた。真面目だった。
次も開いた。これも真面目だった。
さらに次を開いた。やはり真面目だった。
役所の資料は、なぜこんなにも正面から真面目なのだろう。少しくらい斜めに構えてくれてもいいのに、と思う。もちろん斜めに構えた行政文書などあっては困るのだが、読む側としては少しだけ遊びがほしくなる。
とはいえ、嫌いではなかった。
古い紙には、人の気配が残る。
報告書の表の作り方にも、余白の取り方にも、訂正印の位置にも、その人の癖が出る。
丁寧すぎる人。急いでいた人。途中で面倒になった人。上司に何度も直された人。
資料室にいると、そういう人たちが紙の向こう側で小さく動いているように感じる。
「宮地」
背後からの声に振り向くと、資料室の入口に黒田さんが立っていた。
腕時計を一度見てから、こちらを見る。怒っているわけではない。怒ってはいないが、仕事の進捗を聞く人の顔だった。
「進んどるか」
「進んどります」
「どのくらい」
「気持ちとしては」
「現実は」
「まだ一箱目です」
黒田さんは、ほんの少しだけ眉を上げた。
「正直でよろしい」
「ありがとうございます」
「褒めとらん」
そう言いながらも、黒田さんは中へ入ってきた。
黒田さんは、声を荒らげる人ではない。必要以上に優しくもしない。その代わり、こちらが逃げられない程度に正しいことを言う。
この人の下で働くと、言い訳が上達しない。代わりに段取りが上達する。公務員としてはたぶん後者の方が大事だ。
「歴代キャンペーンの箱か」
「はい」
「何か使えそうか」
「今のところ、昔の資料も肩が凝るという学びがあります」
「それは使えんな」
黒田さんは段ボールの中を覗いた。
「牛窓支所から回した箱も混じっとるはずじゃ」
「牛窓支所の?」
「合併前の広報物が残っとる。旧牛窓町役場時代のものもあるじゃろうな」
牛窓。
初めて聞く人は、たいてい一度聞き返す地名である。
うしまど。牛の窓と書いて、うしまど。
由来には諸説あるし、歴史好きとしては話したいこともあるが、黒田さんの前でその話を始めるほど私は無謀ではない。
牛窓は、黒田さんの地元でもある。
本人はあまり言わないが、牛窓の話になると、ほんの少しだけ声の温度が変わる。自分では気づいていないのかもしれない。あるいは気づかれたくないのかもしれない。
どちらにしても、私は指摘しない。大人なので。
「旧町ごとの資料って、やっぱり残り方が違いますね」
「そりゃ違う」
「合併して二十年以上経っても?」
「二十年くらいで、人の暮らし方まで全部変わると思うな」
黒田さんは淡々と言った。
その言葉は、少しだけ重かった。
瀬戸内市は一つの市だ。
けれど、牛窓は牛窓で、邑久は邑久で、長船は長船だ。
私は邑久で育ったから、その感覚はよく分かる。住所表記が変わっても、子どもの頃に見ていた景色まで変わるわけではない。
「今度のブランド事業も、そこが難しいんじゃ」
「三つを一つに見せることですか」
「一つに見せるだけなら簡単じゃ。問題は、一つにした時に何を落とすかじゃ」
私は黙った。
観光のポスターは、何かを見せるために、何かを隠す。
地域の顔を作るということは、同時に、誰かの顔を少し後ろへ下げることでもある。
それは、思ったより怖い仕事なのかもしれない。
「外の人間にも見てもらった方がええんじゃないですか」
私は机の上に広げたポスターを見ながら言った。
言ってから、少しだけ早かったかもしれないと思った。
黒田さんの視線が、ポスターから私へ移る。
「何を」
「歴代のポスターです。観光課の人間は、どうしても観光課の目で見ます」
「例えば?」
「デザイナーとか」
黒田さんは少し考えた。
こういう時、この人はすぐ否定しない。一度考える。それが厄介でもあり、ありがたくもある。
「アテはあるんか」
「一応」
「信用できるんか」
「たぶん」
「たぶんで仕事するな」
「信用できます。高校の後輩です」
言い直すと、黒田さんは少しだけ目を細めた。
「まあ、かまわん」
私は顔を上げた。
「ただし」
やはり続きがあった。
「資料の持ち出しは駄目じゃ」
「はい」
「個人情報のあるものは見せるな。見せるなら広報物と公開前提の資料だけにしろ」
当たり前のことだが、重要なことではある。なにか、見透かされている気もしないでもない。
「それから、外部の人間を入れるなら、場所と扱う資料は分けろ。高校の後輩だから、では説明にならん」
「…はい」
最後だけ、返事が少し遅れた。
「問題が起きたら、お前だけで済まん。先方にも迷惑がかかる。そこまで考えて呼べ」
「分かりました」
「分かっとる顔ではない」
「分かろうとしています」
「それならまだええ」
正論だった。
正論は、いつも少し重い。
黒田さんは棚に並んだ資料を見たあと、ふと低い声で言った。
「資料探しも仕事じゃ」
その言い方が少しだけ柔らかかったので、私は顔を上げた。
「はい」
「誰かが資料を残しとらんかったら、今の私らは何も確認できん」
「それは、まあ」
「未来の職員が使うかもしれん。雑に扱うなよ」
未来の職員。
その言葉は、資料室の空気の中で少しだけ浮いたが、いい言葉だと思った。
思ったけれど、同時に少し大げさにも聞こえた。
未来の職員が、本当にこのファイルを開くのだろうか。
その時、彼か彼女は、私の整理した順番に文句を言うのだろうか。
それは少し困る。
「はい。丁寧にやります」
「頼む」
黒田さんは短く言って、資料室を出ていった。
扉が閉まると、部屋はまた静かになった。
ただし、さっきとは少し違う静けさだった。
私はポスターへ視線を戻す。
白いヨットは、相変わらず青い海の上に散っている。
散っている、はずだった。
自然に見える。
でも、自然すぎる。
私はスマートフォンを手に取り、椎名紬の連絡先を開いた。
画面の文字を見ていると、さっき箱の中に見つけて、見なかったことにしたファイルが頭をよぎる。
『平成二十九年度 観光ポスター公募審査結果』
高校三年の夏。
卒業制作みたいな気持ちで、私は一枚のポスターを応募した。正確には一人ではない。構図を考えたのは私だが、実際に形にしたのは紬だった。
当時からあいつは妙に上手かった。悔しいくらいに。
結果は落選。
理由も聞いた。たぶん納得もした。
今さら見返したいとは思わない。少なくとも今は。
思い出というものは不思議だ。
自分から開ける気はないのに、向こうから勝手に顔を出してくる。
私はポスターの端をもう一度押さえ、画面に短く打った。
『相談がある。古い観光ポスターのことなんじゃけど』
送信。
すぐには返事が来ない。
資料室の時計が小さく音を立てた。
外では六月の陽射しが強くなっているはずなのに、資料室の中は少し冷えている。古い紙は湿気に弱い。人間も湿気に弱い。岡山の六月は、まだ夏になりきっていないくせに、空気だけは先に夏のふりをする。
一分後、スマートフォンが震えた。
『嫌な予感しかしません』
私は思わず笑った。
たぶん正しい。この時点で、私も同じことを思っていた。
机の上で、四十四年前の夏が静かに広がっている。
それはただの古いポスターに見えた。
少なくとも、この時の私はまだそう思おうとしていた。
けれど、目を離すことができなかった。
青い海の上に浮かぶ白い帆が、どれも黙って、こちらを見返しているような気がした。




