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渡り鳥は何を運ぶか  作者: 叶 遼太郎


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第三十話

 TM事件の真相は、世間に広まっている物とは全く違う。

 前提として、当時のAチームには三つの役割が与えられていた。

 一つめは通常の依頼である、依頼人と品物を箱根島に届けること。ただし、輸送するものがマテリアルの施設にアクセスできるリンネだという事はチームには知らされていない。

 二つめ、島に潜伏している裏切者のあぶり出し。これももちろんチームには知らされておらず、彼らは何も知らないまま囮、捨て駒として利用された。

 そして三つめ、箱根島の壊滅を目撃させ、それをワイルドによる災害だと証言させること。実際には多摩川島と箱根島は敵対しており、多摩川島の策により滅ぼされた事実を隠ぺいするためだ。

 結末は、狂信者と呼ばれるワイルド側の裏切者を特定、排除に成功。箱根島壊滅の真相を知る者を取り込み、監視下に置くことに成功。残念ながらリンネの能力は失われてしまったが、充分な成果を収めている。何より、壊滅した箱根島の資源を全て回収した多摩川島は、様々な分野に投資できる余力を得た。滞っていた開発部門も、ぎりぎりだった生産部門も、箱根島の資源を得たことで潤い、人々の生活に余裕が生まれた。余裕が生まれることで、島の空気も変わっていく。絶望感は薄れ、ポジティブな精神が育まれる。タイチたちにとっては業腹だが、自分たちの依頼結果は島の人々に希望を与えていた。

「で? 今日はどうしたんだい?」

 ご馳走様、と手を合わせるユウキに尋ねる。

「決まってんだろ。いつものを買いに来た」

「では、こちらへ」

 店の奥へと誘う。ユウキの後ろを、リンネがついてくる。保管庫の奥にあるコンクリートに四方が囲まれた倉庫に案内された。あちこちに工具や部品が転がり、ミニバンや大型のバイク、サイドカーが鎮座している。パン屋の倉庫というより、ガレージのような有様だった。

「よう、来たのか」

 バイクの整備をしていた人物が、ユウキの訪問を歓迎した。

「元気そうだな、ゴロウ」

「まあ、ぼちぼちな。この足にもだいぶ慣れた」

 そう言って義足を叩く。TM事件で片足を負傷した彼は義足になった。本来の適正であるドライバーの任務は不可能と判断し、メカニックとして生活している。ここにあるミニバンやバイクは、彼の趣味であり、腕を磨くための練習道具であり、いずれ外を走るための相棒たちだった。

「今日は、新しいルートの開拓か?」

「ああ。山武島までのルートがどうなっているか知りたい。力を貸してくれ」

「山武島ってことは、旧千葉県の東側、海の近くか。太平洋側に抜けるつもりか?」

「そうだ。そこまで行くルートが確立できたら、更に北の、東北の島々と繋がることができる」

「大丈夫か? 司令部は良い顔しないだろ」

 司令部は、近い将来、別の島からの攻撃を想定しており、スパイなどの内部工作による危険性を考慮して接触を最低限にすべきという風潮だ。

「良い顔はされねえが、多摩川島のためって押し通してるよ。事実、これまで入らなかった品物が流通するようになっただろ?」

「こちらの意図に、まだ気づいてないってことか」

「いや、気づいてはいると思うよ」

 タイチが言った。

「気づいて、放置しているのだと思う。今のところ、多摩川島にとって有益にしかなってないから。ただまあ、ちょっとした挨拶はあったかな」

「挨拶?」

 少し驚いたユウキに向かって、タイチは頷いた。

「ちょっと前に、リコが買い物に来てた」

「はっ、警告代わりかよ。相変わらず司令部の手先やってんのか」

「まあ、そもそもここは彼女たちにとって監視対象でもあるから。遅すぎたくらいだ」

 そしてタイチは、倉庫の照明スイッチに近づく。スイッチに手を添えて、振り返る。

「リンネちゃん。準備は良い?」

「はい、タイチ」

 リンネの返答を聞いて、タイチは照明を落とした。室内が一瞬暗くなり、少しして天井がぼんやりと明るくなる。光が投影されているためだ。ゴロウが作った特注のプロジェクターが光の出どころだった。

 天井に投影されている光は、地図の形をしていた。それも、司令部が使用する物より遥かに精巧であり、現在の状況を反映させたものだった。

 プロジェクターの配線は、リンネの背中に繋がっていた。

「しかし、あれだな。何度聞いても笑うしかねえよな。うどん食ったら旨すぎてびっくりして、能力使えるようになるとか」

 天井を見上げて、呆れたようにユウキは言った。

「アウトプットの問題だったっぽい」

 本人曰く、未知の刺激を受けて衝撃が全身に走り、それにより回線が開いたらしい。

 そもそも、彼女が能力を使えなくなったのは、タイチの【指示】のせいだった。司令部と対峙した時、タイチは彼女を見ながら言った。


 無茶したせいで何かしらの不具合が出て、あなた方が期待するようなことは出来ないかもしれない。無駄骨になるかもしれない。


 リンネは、これを指示だと受け取り、自分の力を自分で封じていた。彼女内部からのアクセス拒否が、どれほど調査しても反応が返ってこない原因だった。

 時は流れ、せっかく小麦があるのだから、パンの他にもメニューを作ってみるかとタイチがうどん作りに挑戦した。

 初めて作ったうどんを口にしたリンネは、旨味の衝撃で失神した。

 気が付くと、蓄積された情報をアウトプットすることができた。リンネの能力が失われたと科学者たちは結論付け、事実どんな検査を行い、実験を繰り返しても能力の片りんは見受けられなかった。

 しかし、彼女にインストールされたマテリアルの情報は、そのまま彼女の中に残ったままだったのだ。

「新メニューとか食ったら、また別の能力が開花するんじゃないか?」

「能力の開花云々はおいといて、新メニューはいずれ挑戦するよ。ただまあ、今はこのマップが使えるだけでも充分じゃない?」

「だな。これ以上は司令部が放っておかないだろうし」

 無理に連れていくと、また能力が使えなくなるかもしれない、という危惧が司令部にはある。ならば、このまま島の利益になるように動いてもらった方が得策、という事だろう。

「ルートを確認しました。多摩川島から山武島までの状況を映します」

 リンネが言い、マップが拡大される。それを見上げながら、タイチが言った。

「これまで、旧東京都と旧千葉県とのルートはほとんど開拓されていなかった。新しいルートが確保出来れば、新たな交流が生まれる。交流が生まれれば、島に新しい品物が届く。僕らの稚拙な計画も、少し進む」

 タイチらの計画は、島と島との繋がりを、これまで以上に強固にすることだった。リンネに安全なルートを検索してもらい、実際にユウキが踏破し、安全を確認する。その情報を持ち帰り、双方の司令部に渡す、ということを、この数年間行っていた。

 島同士の交流が増えれば、確かにスパイなどの危険性は上がる。だが、さらに一歩踏み込んで多くの島を巻き込み、繋がりを作り、互いが互いに監視し合うように仕向けることで、均衡を保てるのではないかと考えた。

 最初は同盟を結ぶことで、島同士の争いを防げると思っていた。しかし、ユウキが輸送依頼で他の島の人間と関わっていくうちに、司令部のホマレが言っていたことがわかってきた。どれほど追いつめられようと、どれほど魅力的な提案であろうと、人間はきれいごとでは動かない。疑心暗鬼となる想像力こそが最大の障壁という事を理解した。

 ならば、その想像力を利用する。自分たちが常に誰かに監視されているかもしれない、と想像できれば、仮に自分たちが他の島を攻めようと考えた時、別の島から攻撃されるかもしれない、という想像が生まれる。なぜなら、自分たちならそうするからだ。

 しかもこの方法は、表向きは物流を活性化させて島の繁栄につながる。

 司令部の最終目的である島の防衛と何ら相反せず、更には島の利益にもなる。だから今は放置されているのだろう。

「僕は、性善説論者じゃない。正直なところ、司令部の言い分もわかる。人と人は、基本的に分かり合えるもんじゃない」

 島の中ですら、争いは起きる。違う島同士なら、更に問題は増える。繋がるということは、メリット以上のデメリットを生む。おそらく、旧時代、Xデイ以前の人類もそうだったのだろう。

 歴史は繰り返し、省みられることは無い。それでも繋がらねば生きていけないのなら、最適な距離を保つ必要がある。心理的な距離と、物理的な距離だ。相手を傷つけない距離、傷つけられない距離、互いの尊厳を尊重できる距離だ。それを測り、何度も積み重ねて、いずれ距離が不要となるまで、人類の精神がもう少し熟するまで、ビジネスライクな距離で生きていくのがベターだ。幸い、物理的な距離は強制的だが保たれている。その距離を縮めるか、伸ばすかの選択肢が、こちらにはある。

「僕に出来るのは偽善だ。手を汚す覚悟がないくせに、司令部の覚悟を否定している。しかも、大変なことは他人任せだ。誰もが疑いあうことで、傷つけあうことを先延ばしにして、いずれ皆が理解し合う事ができると思い込んで未来にツケを回しているに過ぎない。それでも、確率を上げておきたい。多くの人が生き延びれば、その中からもっと冴えた方法を考え付く誰かが生まれるかもしれない。人間が疑い合うことを止めるかもしれない。そのための、母数を増やしておく。それが、僕に出来ることだ」

「考えすぎなんだよ、お前は」

 深刻な顔をしてマップを見上げるタイチの背中を、ユウキが叩いた。

「目の前のことに集中して全力を注げば良いんだよ。結果は後からやってくるもんだ。それに、お前は手を汚すな。パン屋の店主の手が汚れてたら、そっちの方が問題だろうが」

「そう、だね。そんな手じゃ、パンもうどんも作れないもんね」

「それは困ります」

 リンネが言った。

「うどんがなければ、私は生きていけません」

 彼女の感情のこもってなさそうな、淡々とした言葉に、三人は思わず噴き出した。

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― 新着の感想 ―
前話から突如として出てきたうどんの威力に全てが塗りつぶされました(笑 まあ、半分冗談ですが、シリアスを最後で笑いで締めるオチは凄く良かったと思いました^^
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