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距離を置いたもの

ドアを閉めた音が、やけに大きく感じた。

静かだった。

いつも通りのはずの部屋が、今日は違って見える。

蒼は靴を脱ぎ、そのまま上がる。

動作は慣れているのに、

どこかだけぎこちない。

「……」

ポケットに手を入れる。

白い封筒。

もう何度も見た。

中身も分かっている。

それでも、開けていない。

机に置く。

それだけで、少しだけ現実が“そこに戻る”。

椅子に座る。

息を吐く。

深く。

でも、楽にはならない。

「……最悪だな」

誰にでもなく言う。

声は小さい。

でも、確かに重い。

陽菜の顔が浮かぶ。

まっすぐな目。

迷いがない声。

ああいう人間は、

正しいことを疑わない。

だからこそ、

一番、壊したくない。

「……頼ってよ、か」

口の中で繰り返す。

その言葉が、

妙に刺さる。

頼れるなら、とっくに頼っている。

でも現実は違う。

頼った先にあるのは、

“自分の問題”じゃない。

“相手の未来”だ。

スマホが震える。

画面は見ない。

見る必要がない。

出ても、意味がない。

ただの通知が積み重なるだけだ。

「……」

画面を伏せる。

それだけで、少し距離ができる。

でも、

距離ができたのはスマホじゃない。

自分と“普通”の生活の方だ。

蒼は立ち上がる。

窓を開ける。

冷たい空気が入る。

少しだけ、頭が冷える。

「……言えるわけないだろ」

さっきよりも、弱い声だった。

誰に向けたでもない。

でも、

本当は分かっている。

“言えない”んじゃない。

“言ったあと”が怖い。

病院の光景が、少しだけよぎる。

白い廊下。

少し遅れて呼ばれる名前。

医者の声は淡々としていた。

その中に、

“決まってしまうもの”が混じっていた。

蒼はそれを知っている。

だから、言えない。

「……知ったら」

言葉が途切れる。

続きは、飲み込む。

知ったら、陽菜は変わる。

今みたいに真っ直ぐじゃいられなくなる。

それが一番、怖い。

机の封筒を見る。

触れない。

触れたら、全部が確定する気がする。

「……まだ、いい」

小さく言う。

それは“逃げ”だと分かっている。

でも、

今の蒼には、それしかない。

昔のことを思い出す。

陽菜が笑っていた頃。

何でもない会話。

「蒼ってさ、ちゃんと休んでる?」

そのときは笑って返した。

でも今なら分かる。

あれはただの冗談じゃなかった。

ちゃんと見ていた。

昔からずっと。

「……だから嫌なんだよ」

ぽつりと落ちる。

見抜く人間ほど、

残る。

スマホがまた震える。

今度は、少し長い。

でも見ない。

見たら、終わる気がした。

「……勝手だろ」

小さく言う。

それは、陽菜に向けた言葉じゃない。

自分への言い訳だ。

窓の外は、暗くなっていく。

部屋の中だけが、静かに沈む。

蒼は椅子に戻る。

背もたれに寄りかかる。

目を閉じる。

「……言えないんじゃない」

ゆっくり吐く。

「言わないだけだ」

その違いが、

一番、苦しい。

封筒は、まだ机の上にある。

触れないまま。

今日もまた、

そのまま夜が来る。

日が沈んで部屋が暗くなってきた。

スマホが揺れる。

「ねぇ。」

陽菜の名前が見える

「夏祭り行こ」

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