プロローグ:残された本音
静かな部屋だった。
窓の外では、風がカーテンを揺らしている。
それだけの音が、やけに大きく感じられた。
スマホの画面に、指を伸ばす。
何度目か分からない操作で、同じ画面を開く。
再生ボタンを押す。
『――もしこれを陽菜が聞いてるならさ』
少しだけ間のある声。
『たぶん俺、もういないんだと思う』
分かっていた言葉のはずなのに、胸の奥が揺れる。
『……なんか、こういうのってさ、ちゃんと言わなきゃいけない気がするんだけど』
小さく笑う気配。
『正直、よく分かんないんだよな』
画面を握る手に、少しだけ力が入る。
『でも、ひとつだけ分かってるのは』
一瞬の沈黙。
『あのとき、ちゃんと向き合えばよかったってこと』
息が、詰まる。
『逃げてばっかで、ごめん』
そこで、音声が途切れる。
再生は、もう終わっているのに、指は止まったままだった。
画面には、何も映っていない。
それでも、しばらく動けなかった。
「……ばか」
小さくこぼれる。
今なら、分かることがある。
あのとき、どうすればよかったのか。
何を言えばよかったのか。
でも、
それはもう、届かない。
スマホを閉じる。
部屋の中は、また静かに戻る。
「……ちゃんと、向き合うって」
呟いて、少しだけ息を吐く。
「こういうことだったんだね」
窓の外を見る。
風は、変わらず吹いている。
何も変わっていないように見える世界の中で、
ひとつだけ、確かに残っているものがあった。
忘れられない声と、
消えない時間。




