敗残兵、剣闘士になる 011 刷り込み
ドライオスに木刀を預けて付いていくと大きな広間とを抜けて裏庭についた
油灯籠ではなく松明の火が二本だったがかなり明るい、壁が白っぽいこともあり良い反射具合だ
見ているのはハルゲニスを含めて9人、全員が椅子に座って半径5メートル程の円を作っていた
「中で待て」
ドライオスは木刀を数人に渡して刃物で無いことを確認させてから何も言わず渡してくれた
数分後に相手が来た、ニゲル程ではないが身長は高い
緩いカーブのかかる金髪がなんだか艶々しているし無精髭もない
手足も爪の先までキレイで何より体付きがいい、脂肪は他のグラディアトルよりも少なめで筋肉の隆起がはっきりと見える
土もろくに触ったことがないボンボンの子と重なって見えてしまうのは何故だろうか
一般的な木剣と四角い小盾を点検し渡された、ただのボンボンにしては手の平の剣ダコがしっかり付いているのが気になる
仕合開始前に数回剣と盾を打ち、武器が金属製でないか確認する
剣と剣が当たったときの衝撃が大きい、ただ当てているだけなのに当たりが硬い
木剣の材質もだろうが握りがしっかりしている証拠だ
お互いに確認できたこともあり少し離れ構えを解く
審判はドライオスと相手方のドクトレだ、此方も良い体つきをしている
「ヨルゲンティヌス・ジェヌア、グラディアトレ
アンドレアス=マルゲリウス=アントニヌス
セクトル チロ」
名前を呼ばれると剣と盾を上げて周囲の人達に顔を向けた、なるほど挨拶はどこも同じようなものだ
「ハルゲニス・サンーア、グラディアトレ
マツオ
ガッリ チロ」
ガッリ、ガッリ?えっガッリ?全然違うじゃないか、というようなザワザワが起きるも四方に頭を下げて何事もなかったように振る舞う
相手のアンドレアスも少し笑っている
「構えて、始め!」
いつも通りの正眼ではなく八相(右の耳の上に縦に持ち上げたような格好)で構える
「キェエーー!」
いつもの発声だ、相手はちょっと驚いた顔をしたが特になんともないようだ
アンドレアスは動く時に若干盾が遅れて動く、止めようという意識はあるらしいが力が抜ける瞬間を狙わせてもらおう
位置をかえるようにお互いが動く瞬間、特に松明が俺の影を相手に落としているところから明るくなる瞬間を狙う
摺り足で最後を少しだけ緩急つけて距離を詰める
ここだ! 左足を前に摺り出して右足の踏み込みを尻、背中、肩、手と繋ぎ上体の重心位置を下げる勢いを刀に乗せる
「ィヤーー!」
『パァーッン!』『シュッ』
盾の位置を戻すほんの手前の瞬間に盾の左上隅を叩き落とす、真剣なら角を切り落とせるだろう
叩き落とす勢いを縦にぶつけ残った余力で突きを放ち、首の手前で腕を伸ばしきらずに寸止めし残心する
「「それまで!」」
審判の声が重なった
残心を解いて互いにも元の位置に戻る
それを見ていた9人からは少し不満気な雰囲気を感じた
一番にふんぞり返っている側面しか白髪のないオジサンがハルゲニスと相手方の興行師(剣闘士団の主)のヨルゲンティヌスと思われる細いおじいさんが呼ばれてボソボソと話をし始めた
ドライオスと相手のドクトレも呼ばれて話を始める
暫くしてドライオスが頭を描きながら重そうな足を運びなら来た
「マツオ、提案だ
相手に真剣を使わせるか、マツオが武器を変えるかどっちがいい?」
「じゃあ自分の武器なしにしましょう」
「は?」
「木刀預けますよ」
「いいのか?木剣でも当たれば骨は折れるし失敗すれば死ぬぞ」
「だって左手怪我してまともに盾持てない相手に武器持たせても変わらんでしょ?」
「なに!?」
「さっきので指か手首は痛めてますよ」
「確認する
プルヌスちょっといいか?」
「なんだ?」
「来てくれ」
相手のドクトレはプルヌスというらしい、ドライオスとそれなりに面識があるようだ
二人でアンドレアスのところに向かい話をしている
「やれる!これくらい大丈夫だと言っているだろう!大丈夫だ」
アンドレアスが声を荒げる
大丈夫と言っている人間が本当に大丈夫であることはまず無い
「本人も良いと言っているんだ、決めよう」
今回の責任者らしきふてぶてしいオッサンが言う
ドライオスが困った顔をして木刀を預かっていき5人で話をして・・・決まったらしい
プルヌスとドライオスが真ん中に立ちプルヌスが代表して皆に向かって話す
「マツオの武器を間違いなく木であるが危険性が高いため取り上げる、替わりの武器が無いので素手となるがいいな?」
「では俺も武器は無しだな」
「いや、アンドレアスは持て
マツオは武器無しの技術も持っているのだ、武器をいくら使おうが遠慮は要らん」
ドライオスさん、その言い方はどうかと思うが
「マツオ、今回は寸止めはダメだ、しっかり当てていい、そうでなければ勝敗がつかない、いいね?」
プルヌスさん、何か含みが有りそうですけどやりましょうとも
「はい、全力でやります」
「アンドレアスも素手と思って油断しないように、すでに一人素手のマツオにやられて再起不能になったウェテラヌスがいる
心してかかれよ」
「は?はい!」
初日のお兄さんウェテラヌス(熟練者)だったんですね、余裕かましすぎでしたよ
なによりもプルヌスさん情報通でいらっしゃる
「では互いに構えて、始め!」
プルヌスが強引に開始したがアンドレアスはちょっと構えが緩い
プルヌスさんが顔をしかめてちょっと目線で『頼むから殺ってしまえ』と脳に訴えてきているように見える
軽く頷いて左手を突き出した格好で構える
「ハアア!」
いつもの声出しです
摺り足で距離を詰めながら微妙に右側に違和感の出ない角度ずれていく
ある程度ズレるとアンドレアスは修正をするが修正を入れる際には重心位置はそのままに頭と体の軸を微妙にずらした格好を見せておきアンドレアスの重心を崩させる
案の定つられて右側荷重となり姿勢が斜めになった
此方も重心を左へ傾けて上半身を回旋させて右肩を振ってすぐに左を前に戻しつつ左へ半歩分動く
アンドレアスは右重心のまま目線と首を左、すぐに右と動かし首の動きを固めたまま右へステップを切ろうとして左足を上げた瞬間にバランスを崩した
右足が動かせないので左足をクロスしてなんとか踏ん張ったが首は左へ限界まで回してしまっているし腕も足もバランスを取るのに限界まで筋緊張を上げている
バランスを戻すには右足を一歩出すしかないがそうすれば無防備な背中を晒すことになる
もう終わりにして上げよう、のんびり後ろに回り込んで背中を蹴った
アンドレアスは膝をついて盾を地面に押し付け右手は剣を持ちつつもグーのままで四つ這いになった
「生きていられるといいな」
『ズ!ン(パキュッ)』
お尻を蹴っても良かったが真ん中を全力で蹴り上げた
足の甲に嫌な感触があったがいいだろう
白目を剥いて盾と木剣の上に倒れこんだまま動かなくなった
「それまで」
松明の油はねる音が聞こえる静かな空間にドライオスのちょっと低い声が響いた
ドライオスもプルヌスも顔が苦い
それは9人の観客のうちハルゲニスとヨルゲンティヌスは白いハンカチを振っていた、しかし残り7人のうち6人は親指一本だけを立てて下に向け一番ふんぞり返っていたオジサンは斜めに腕を振り落とした
確か処刑のサインだった聞いている
こんなところでも処刑になるのか?
まあいいか
「マツオ、殺れるか?」
「え?」
「お前がやるんだ」
「ナイフを貸してください」
「ああ」
首に刃を当てて一気に引き切った
「天皇陛下の御為・・・」
あれ?今なんか変な言葉を言ったな
染み付いちゃってるのか?
そんなこと思ったこともなかったのに
脳の中の何かの鍵が外れたようだ
上手く体が動かせない
体が重たい
目が霞む
頭が痛い
気持ち悪い
吐きそうだ
脂汗が止まらない
寒気か震えが止まらない
ドライオスが体を支えてくれて耳元で何か言っているが聞こえない
俺はどうなったんだ・・・




