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メリーへの最初の質問

補足といいますか、メリー視点での話。

内心、ちょっと口が悪いです。

やっぱり、私達のお嬢様は最高だ。

ソフィアの疑問に顔を赤くする男どもを見るたびに、メリーの中では暗い愉悦が湧く。

ただ、プライドだけが高い男の悔しがる顔を見るのは胸がすく思いだが、ソフィアが暴力を振るわれそうになるのだけはいただけない。


(あのクッソババア)


ソフィアの大叔母にあたるあの老女は、メリーの最も嫌うタイプの女だ。

男の傍若無人な態度は、身勝手な愛情で全て赦すべきだという。反吐が出る。

そもそも、ソフィアの父の生家の人間で、フレージ家にちょっかいを出すのはあの老婆だけだ。

ソフィアの父の異母兄達は、どうやら罪悪感を抱いているようで、フレージ家に足を踏み入れたことはない。なにがきっかけかは分からないが、ソフィアの父にしたことは、謝っても許されないこと、そして関わらないことが最大の謝罪になることに気づいているようだ。


メリーも、ソフィアの父の顔の火傷を見たことがあるが、あれは冗談で済まされるようなものではなかった。小さい面積でも火傷が危ないのは素人でも知っている。

だというのに、あの老婆は『子どもの遊びでの事故を、まだ根に持ってるの』と言い放った。

ソフィアの父が自嘲気味に言っていたことがある。

『あの人に悪意はないんだ。私が木剣で殴られて血をながしているのを見ても、遊んで貰っていいわね、そう言う人だ』

その言葉を聞いた使用人が全員怒り狂い、ソフィアの母は静かに殺意を立ち上らせた。

大叔母は親族からも厄介者扱いされているーーーだが、家の実権を握っている年寄り連中には顔が効くので、ソフィアに見合い話を持ってきたりと色々出来ていたようだが、流石に今後は厳しく監視するらしい。


(駄目、クソババアのことばかり考えてたら、頭の中がクソになる)


気を取り直して、栄養士と料理長と一緒にソフィアの献立を考える。

いい職場だ。人間関係もいい。

なにより、ソフィアの傍で働ける。


この国で、まだまだ女性の医師は少ない。

メリーは狭き門である医学院に入れたが、女性の卒業は難しかった。女という性別だけで、点数が引かれるからだ。

それでも卒業し、なんとか就職しようとしたが、それさえも邪魔された。

邪魔をしてきたのは、メリーに絡んでくる同期の男だった。代々医者の家庭だかなんだか知らないが、何かにつけて『女が医者になってどうする』、『ボロボロの姿を見てると、哀れだ』と散々馬鹿にされた。


『邪魔をするな!鬱陶しい!あんたには関係ないでしょうが!』

『医者の真似事をしたいのなら、俺の目の届く場所でやればいいだろう。それなら、お前を守れる』


話がとことん通じなかった。

ただ、外の人間には、代々医者の家庭の男の言い分の方が通り、メリーを『不真面目だ、お情けで卒業出来た藪だ』と言えば、病院という病院で門前払いを喰らわされた。


ソフィアの母に声をかけられたのは、そんな時だ。

住み込みで働ける医者を探している、良ければ面接を受けて欲しいと。


フレージ家といえば、『バス・フープ』という摩訶不思議な商品で大儲けした家だ。シャボン玉の輪っかを巨大にしたようなものを潜ると、風呂に入らなくても汚れが落ちるという、謎の商品。

そこの家の娘が体が弱いというのは初めて聞いた。

最初は本当に医者として働けるか、実はメイドの募集なのではと思ったが、面接で確認されたのは、給料などの待遇、医療設備の確認だった。


医者として働けるのならなんでもいい、そう思ってその仕事を受けた。


ソフィアの第一印象は、ぼんやりした娘だな、というものだった。

ただ、この娘の傍は居心地が良かった。ソフィアがメリーにした最初の質問はーーー


『ねえ、どうすれば私はもっと動けるようになるのかしら?』


体が弱い人間としては、特に珍しいものではないだろう。ただ、それまでメリーが聞かれてきた質問は『何故女の身で医者になるのか?』というものだった。

思わず、『変わったことを聞きますね。大抵の人は私にどうして医者になったのか聞きますよ』と返せば、

『お医者さまには、なりたいからなったんじゃないの?もしかして、誰かに強制されてなったの?』

というごくごく自然なことを聞かれた。

どうやら、ソフィアの中では、女が医者を目指すことに壮大な理由はいらないらしい。


声を詰まらせたメリーがなにも言えないでいると、フレージ家に急な来客があった。

件のメリーの邪魔ばかりしてきた男だ。


こんな所まで邪魔をしに来たのか、げんなりしながら玄関に向かうと、いきなり婚姻届を突きつけてきた。

傍には、その男の爺やも控えている。

面食らっていると、『俺の負けだ。愛しているから妻になれ』と言ってきた。


唖然としてなにも言えないでいると、ひょっこりとソフィアが顔を出してきた。


『ねえ、メリー。貴方はこの人となにか勝負していたの?』

『…してません』

『そう。つまり、この人は一人住まいをしているのね』

『…一人相撲だと思いますよ』


ソフィアの気の抜けた問い掛けで、唖然としていたメリーの思考が動き出した。

そして、いつも取りすました顔でメリーを馬鹿にしてきた男は、顔を真っ赤にしていた。まるで、駄々を捏ねている子どものようだと思ったら、吹き出してしまった。


『なにを笑っている!お前は無理に男のように働く必要はないんだ!俺が愛してやるから、肩肘張って生きなくてもいい』

『メリー殿。一人の男が貴方のためにここまで言っているのです。子どものような夢から目を覚まして、一人の女におなりなさい』


『生憎ですが、私はここで働きます。どこぞの誰かに就職を散々邪魔されましたが、物好きな方の目に止まることが出来たので、幸いです』


嫌味ったらしく言えば、男と老爺の目が怒りで赤くなった。

そこで、ソフィアも追い討ちをかける。


『ねえ、貴方からの愛ってそんなに価値があるの?』


これがトドメになった。メリーは大笑いし、男と老爺は逃げていった。


無様に逃げる男二人を見送ったメリーはソフィアにこう答えた。


『まずは、お嬢様の体をよく診させていただきます。貴方の体をきっと元気にしてみせます』

『本当!?』


これが、ソフィアが最初にメリーに聞いた質問の回答だ。

そして、二つ目は。


『お嬢様の仰った通り、私は医者になりたいからなったんです。誰にも強制されてません』


今日もメリーは自分がソフィアに答えたものに応えるために、医者として働いている。

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