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魔女のいらない空  作者: 週休七日


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8/8

眠る人たち

 それから、長い時間が過ぎた。


 空には、飛行機が増えた。


 私たちの機体よりも大きく、遠くへ行けるものが生まれた。私の知らない人間たちが、私たちの知らない失敗をし、それを直し、次の人間へ渡していった。


 ライト兄弟の名前は、本に載った。


 エドの名前は、私が見た航空史の本には載っていなかった。


 私の名前も、もちろん、なかった。


 けれど、誰が空気を調べたのか、誰が部品を削ったのか、誰が壊れたところを見つけたのか。


 そんな名前を全部書けるほど、どの本も厚くはなかった。


 私の古い魔導書は、修理屋の奥の棚にしまわれたままだった。


 その隣には、油の染みた実験帳が並んでいた。


 魔法のことを、世界へ証明しに行く必要は、とうとうなかった。



 ある日、私たちは切符を買って、飛行機に乗った。


 知らない人たちが、同じ機体へ乗り込んでいった。


 新聞を抱えた男。

 眠そうな子供。

 赤ん坊をあやす女。


 誰も、魔法が使えるかどうか訊かれていなかった。


 エドはすっかり白くなった頭をかがめ、座席の留め具に手こずった。


「発明家でしょう、あなた」


「僕が作った留め具じゃない」


 私は笑いながら、それを留めてやった。


 今度は、彼が私の分を確かめた。



 飛行機が動き出した。


 窓の外で、地面が流れた。


 やがて、雲が下になった。


 機内では、新聞のページをめくる音がした。子供が何か欲しがり、母親が鞄を探っていた。


 誰も、大騒ぎをしていなかった。


 私はそれが、たまらなく嬉しかった。



「ねえ、エド」


 返事はなかった。


 隣を見ると、彼はもう眠っていた。


 口を少し開けて。


 あの修理屋で、作業台に突っ伏していたときと、同じ顔をして。



 私は窓の外を見た。


 青い空が広がっていた。


 前の席にも、後ろの席にも、知らない人たちがいた。


 操縦しているのも、私たちの知らない誰かだった。



 エドまで眠っていても、飛行機は飛んでいた。



 私は彼の肩へ頭を預けた。


 膝の上で、何も支えていない手を重ねた。


 そして、雲の上で目を閉じた。

空を飛べる魔女に、飛行機は売れるのだろうか。


この物語は、そんな問いから始まりました。


速さでも、手軽さでもかなわない。

けれど、魔女が誰かを運べることと、魔女自身が誰かに運んでもらえることは、同じではありません。


そうして、二人目の席ができました。


誰かにしかできなかったことが、ほかの誰かにもできるようになる。


それは、その人がいらなくなることなのでしょうか。

それとも、その人もようやく、任せたり、休んだりできるようになることなのでしょうか。


リリアが手を放したあとも飛び続ける翼に、そんな問いを込めています。


また、自分ではない誰かが先に夢をかなえてしまう場面も、大切にしました。


悔しさがなくなるわけではない。

それでも、かなった夢を喜ばずにはいられない。


エドの「おめでとう」は、その両方を抱えた言葉です。


本作は史実を手がかりにしたフィクションです。

リリア、エド、ネリーと、彼らに関わる出来事は創作であり、実際の航空史に魔法の関与を示すものではありません。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


魔女が切符を買うころには、きっと空は、ずいぶん広くなっていたのだと思います。

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