ビデオレター
写真による恐怖症の治療を続けて数日がたった。
最初は少し強張っていたユノも、ただの写真というだけあって、すぐに慣れてきたようだ。
そこで、僕は次のステップに移ることにした。
「これって……」
ユノはテーブルの上に置かれた魔道具を見て興味深々な様子だ。
「もしかして、映像を記録できる魔道具……?」
「うん、そうだよ。ビデオカメラって言うんだって」
普通のカメラとは違って、この魔道具は実際の動きを連続で撮影し、記録することができる。
量産にはまだ至っていない代物だ。
「凄い……数年前に研究されていたのは知っていたけど、実物が完成されていたなんて……どこで手に入れたの?」
「ダイ先生が貸してくれたんだ」
『これ、良かったら治療に使ってくれ。映像を記録できる魔道具さ。僕にもいろいろ伝手があってね。開発者に事情を説明したら、快く貸してくれたよ』
『ありがとうございます!』
『あ、それ壊したら君首が飛ぶだろうから、気をつけてね』
『へ?』
いろいろ怖いことも言われたけれど。
僕はユノの横に座ってビデオカメラのスイッチを入れる。
中の魔法石が稼働する。
『え? こ、これって、もう映ってる感じですか?』
映像が映る。
そこではいつもの詰所で頬をかきながらモジモジした様子のメイナが映し出されていた。
『え、えー……な、なんか恥ずかしいですね……は、はじめまして……って言うのもおかしいか。まだ会ってもないのに……ゆ、ユノさんこんにちは! 私メイナって言います! サイ先輩からユノさんのこと聞きました! この映像を見て、少しずつ人間に慣れてほしいなって思います! 会えたら友達になりましょー!』
メイナの明るい声が、ユノの部屋に響く。
映像が切り替わって、次に出てきたのはシュウ先輩。
『はじめまして。サイの先輩であるシュウです。もし部屋から出られるようになったら2人でお茶でも……と思いましたが、裏にいるサイがすごい顔をしてるのでやっぱりみんなで行きましょう』
僕以外の人間の声も久しぶりに聞いた事だろう。
写真の時とは違って、ユノは最初ビクビクしていた。僕の裾を少しつまんで。
でも、最後まで映像から目を離さなかった。
裾をつまんでいた指も、最後の方には力はほぼ無くなっていた。
2人の映像が終わり、画面が暗転する。
「ユノ……どうだった?」
「うん……うん……! さ、サイ! あたし……大丈夫だった!」
「……! そっか……!」
ユノの嬉しそうな顔を見て、僕も嬉しくなる。
『恐怖症とは、“怖くないと知ること”ではなく、“怖くても大丈夫だった経験を積むこと”で治っていくものだ』
ダイ先生はそう言っていた。
こうした経験を少しずつ積んでいけば、ユノの恐怖症も徐々に緩和されていくはずだ。
「今日はこの2人の映像だけだけど、他の人の映像ももっと撮ってくるよ。それでさ……」
「……? うん?」
「ユノも映像を撮って2人に返事をしない?」
「え、えぇ!?」
実質会話のようなものだ。
映像越しでも会話ができればその経験は人間恐怖症の治療の一環として大きな一歩となるだろう。
「どうだろう? 実際に目の前にいるわけじゃないから、もしかしたらいけるかなって思うんだけど……」
「う、うん……や、やってみるけど、何て言えばいいかな……?」
「何でもいいと思うよ。まずは自己紹介からで、相手への一言でいいんじゃないかな?」
ユノはベッドの上に座り、ビデオカメラをテーブルの上へ。
「……じゃあ、いくよ?」
「うん……」
僕はスイッチを押し、映像が記録される。しかし……
「……」
ユノは固まってしまった。
「……大丈夫?」
まだ少し早かったのだろうか。
無理をさせることは絶対できないので、できないのであれば中止するしかない。
「……ありがと、大丈夫。ちょっと、ドキドキしてるだけだから」
ユノは深呼吸を一回した後、僕に目線を送った。
「ごめん、やっぱり……手、繋いでてもらっていい……?」
「……うん、そのくらいお安い御用だよ」
僕はユノの隣、ベッドの上に腰をかけ、手をギュッと握った。
ユノの手が、震えているのがわかった。
少しだけ握った手に力を込めると、彼女も握り返した。
しばらくして、震えが収まっていった。
「は、はじめまして……えっと、ユノ・ロクスウェルです。こ、これから、よ、よ、よろしくお願いします」
たった、それだけの挨拶。
それでもどれだけの勇気を振り絞ったのだろう。
彼女の僕以外の人間とのコミュニケーションが、始まった。




