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忘れ盆  作者: 清忠


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1/5

迎え火のない家

盆の入りの夕方、町はいつもより少しだけ早く暮れた。

 山の端に沈みかけた太陽が、瓦屋根の向こうで赤く滲んでいる。駅前の細い通りには、昼の熱をまだ抱えた風が残り、軒先に吊るされた提灯をゆっくりと揺らしていた。

 赤。白。薄い橙。

 紙の灯りが、夏の空気の中でぼんやりと膨らんでいる。

 神社へ続く坂道の下からは、太鼓の音が聞こえた。

 どん。

 どん。

 少し間を置いて、もう一度。

 胸の奥を叩くような、低い音だった。

 星野葵は、自分の家の前で足を止めた。

 町中が灯りを点けはじめているのに、星野家だけが暗かった。

 玄関の戸は閉め切られている。縁側の雨戸も半分下ろされ、居間のカーテンは昼間から開いていない。仏間の小窓も、台所の明かり取りも、息を潜めるように黒い。

 まるでこの家だけが、町から切り取られてしまったみたいだった。

 葵は手に持っていた買い物袋を持ち直した。

 袋の中で、豆腐のパックと麦茶のボトルが小さくぶつかる。冷たかったはずの麦茶は、帰り道の熱で少しぬるくなっていた。

 玄関を開けると、家の中は外よりも暗かった。

「ただいま」

 返事はない。

 奥の台所から、包丁がまな板に当たる音だけがした。

 とん。

 とん。

 規則正しく、けれど少し硬い音。

 葵は靴を脱ぎ、廊下へ上がった。床板が足の裏でかすかに鳴る。夏なのに、家の中には冷房の冷たさではない、別の種類の冷えがあった。

 仏間の前を通るとき、葵は足を緩めた。

 襖が細く開いている。

 中には仏壇がある。

 花も供え物も置かれている。線香立ても、鈴も、白い小皿も、きちんと並んでいた。

 けれど、写真がなかった。

 今年も、父の写真だけがない。

 葵は襖の隙間から、しばらく仏壇を見ていた。

 黒い漆の奥で、金色の飾りだけが薄く光っている。そこに父の顔があったはずだと、葵はもう何度も思った。笑っている写真でもいい。真面目な顔でもいい。少しぼやけたものでもいい。

 何でもよかった。

 そこに、星野蓮という人が確かにいたのだと分かれば。

「葵」

 背中から声がした。

 葵は振り向いた。

 祖母の佐代が、廊下の奥に立っていた。

 背筋はまっすぐで、薄い灰色の着物の襟元にも乱れはない。白くなった髪は後ろで小さくまとめられている。表情はいつもと同じだった。怒っているのか、疲れているのか、何も感じていないのか、葵には分からない。

「そこに立たないで」

 佐代は短く言った。

 葵は仏間から目を離さないまま、口を開いた。

「今日、盆だよ」

「知っている」

「みんな、迎え火してる」

「うちはしない」

「どうして」

 佐代の目が、ほんの少しだけ細くなった。

 その一瞬だけ、廊下の空気が重くなった気がした。

「前にも言ったでしょう」

「理由は聞いてない」

「必要ないから」

「誰に?」

 葵の声は、自分で思っていたより冷たかった。

 台所の音が止まった。

 包丁がまな板から離れたまま、戻ってこない。

 佐代は葵を見ていた。

 葵も、目を逸らさなかった。

 先に動いたのは、台所から顔を出した母の美緒だった。

「葵。先に手を洗ってきなさい」

 美緒は柔らかい声で言った。柔らかいのに、その声はひどく薄かった。

 笑おうとしているのに、目元が笑っていない。

 葵は買い物袋を美緒に渡した。

「お母さんも、何も思わないの?」

「……何を?」

「お父さんの写真が、今年も出てないこと」

 美緒の手が、袋の持ち手を握ったまま止まった。

 中の麦茶が小さく揺れる。

 答えはなかった。

 葵はその沈黙が嫌いだった。

 この家には、答え

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