迎え火のない家
盆の入りの夕方、町はいつもより少しだけ早く暮れた。
山の端に沈みかけた太陽が、瓦屋根の向こうで赤く滲んでいる。駅前の細い通りには、昼の熱をまだ抱えた風が残り、軒先に吊るされた提灯をゆっくりと揺らしていた。
赤。白。薄い橙。
紙の灯りが、夏の空気の中でぼんやりと膨らんでいる。
神社へ続く坂道の下からは、太鼓の音が聞こえた。
どん。
どん。
少し間を置いて、もう一度。
胸の奥を叩くような、低い音だった。
星野葵は、自分の家の前で足を止めた。
町中が灯りを点けはじめているのに、星野家だけが暗かった。
玄関の戸は閉め切られている。縁側の雨戸も半分下ろされ、居間のカーテンは昼間から開いていない。仏間の小窓も、台所の明かり取りも、息を潜めるように黒い。
まるでこの家だけが、町から切り取られてしまったみたいだった。
葵は手に持っていた買い物袋を持ち直した。
袋の中で、豆腐のパックと麦茶のボトルが小さくぶつかる。冷たかったはずの麦茶は、帰り道の熱で少しぬるくなっていた。
玄関を開けると、家の中は外よりも暗かった。
「ただいま」
返事はない。
奥の台所から、包丁がまな板に当たる音だけがした。
とん。
とん。
規則正しく、けれど少し硬い音。
葵は靴を脱ぎ、廊下へ上がった。床板が足の裏でかすかに鳴る。夏なのに、家の中には冷房の冷たさではない、別の種類の冷えがあった。
仏間の前を通るとき、葵は足を緩めた。
襖が細く開いている。
中には仏壇がある。
花も供え物も置かれている。線香立ても、鈴も、白い小皿も、きちんと並んでいた。
けれど、写真がなかった。
今年も、父の写真だけがない。
葵は襖の隙間から、しばらく仏壇を見ていた。
黒い漆の奥で、金色の飾りだけが薄く光っている。そこに父の顔があったはずだと、葵はもう何度も思った。笑っている写真でもいい。真面目な顔でもいい。少しぼやけたものでもいい。
何でもよかった。
そこに、星野蓮という人が確かにいたのだと分かれば。
「葵」
背中から声がした。
葵は振り向いた。
祖母の佐代が、廊下の奥に立っていた。
背筋はまっすぐで、薄い灰色の着物の襟元にも乱れはない。白くなった髪は後ろで小さくまとめられている。表情はいつもと同じだった。怒っているのか、疲れているのか、何も感じていないのか、葵には分からない。
「そこに立たないで」
佐代は短く言った。
葵は仏間から目を離さないまま、口を開いた。
「今日、盆だよ」
「知っている」
「みんな、迎え火してる」
「うちはしない」
「どうして」
佐代の目が、ほんの少しだけ細くなった。
その一瞬だけ、廊下の空気が重くなった気がした。
「前にも言ったでしょう」
「理由は聞いてない」
「必要ないから」
「誰に?」
葵の声は、自分で思っていたより冷たかった。
台所の音が止まった。
包丁がまな板から離れたまま、戻ってこない。
佐代は葵を見ていた。
葵も、目を逸らさなかった。
先に動いたのは、台所から顔を出した母の美緒だった。
「葵。先に手を洗ってきなさい」
美緒は柔らかい声で言った。柔らかいのに、その声はひどく薄かった。
笑おうとしているのに、目元が笑っていない。
葵は買い物袋を美緒に渡した。
「お母さんも、何も思わないの?」
「……何を?」
「お父さんの写真が、今年も出てないこと」
美緒の手が、袋の持ち手を握ったまま止まった。
中の麦茶が小さく揺れる。
答えはなかった。
葵はその沈黙が嫌いだった。
この家には、答え




