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  作者: SF
18/23

18.雷雨

雷を伴って降る雨。

マンションに着くと、石蕗はマジで?と驚いた顔をした。豊高はなんとなく気恥ずかしくなり、ええまあ、と濁した。

エレベーターを降りた後もへぇーと周りを見渡しながら感嘆する。豊高は緊張しながらドアに手をかける。

開いていた。

誰がいるのか探るように、ただいま、と呟いた。

「おかえりぃ」と独特の間延びした声が返って来た。父親はおらず母親だけがいるようだ。ホッとして上がるよう促す。

おじゃましまーす、と言いながら石蕗は靴を脱ぐ。

台所から母親が顔を出し、あら、と驚いた表情を作った。豊高は部活の先輩だと簡単に紹介し、石蕗も愛想良く挨拶した。どこか不安そうに石蕗を眺め始めた母親から逃れるように、自室に石蕗を押し込む。


「ホントにお前の部屋!?」


部屋に入り開口一番、石蕗はそう言った。


「はい・・・・・」

「めちゃきれいじゃん!」

「片付いてないと嫌なんで」


はーっ、と感嘆したように息を漏らす。そしてベッドに腰掛ける。ぎしりと鳴る音にドキリとした。部屋の中に人がいることになんだか落ち着かない。


「なんか、飲み物いります?」

「ん?いいよ」

「俺が飲みたいんで」

「じゃあコーラ」


豊高は台所へ向かうと、すでに母親がお盆に菓子やコップを乗せていた。あ、いいのにと言う言葉が浮かんだが、実際に口をついて出たのは


「勝手なことすんなよ」


だった。母親はビクビクしながら、


「えっと、あの先輩って・・・・」


と口ごもる。


「ただの、部活の先輩だって」


と乱暴に言い、冷蔵庫からコーラとアイスコーヒーを取り出し菓子の盆を手に取った。そして少し考え、


「・・・・・ありがと」


と盆を少し持ち上げ自室に向かった。


「おっサンキュー」


ベッドに寝転んでいた石蕗はがばりと起き上がった。


「なんでそんなくつろげるんスか」

「んーなんか人ん家ってよりホテルの部屋みたいでさ」

「褒めてるんスか」

「褒めてるんス」


石蕗はニコニコしながら言う。

豊高はキャスター付きのキャビネットを部屋の中央に引っ張り出す。机代わりにし、菓子と飲み物を置いた。石蕗は早速コーラに手を付ける。ペットボトルの蓋を開けながら


「立花ってさあ」


と切り出す。


「好きなヤツ、いるの?」


豊高はその質問にデジャヴを感じた。そして頬を赤く染めながら首を横に振る。


「いるんだ。わかりやすっ。あのさ、踊子のこと、どう思う?」


豊高は突拍子もない質問の数々に首を捻る。


「俺は、好きだよ。すげー好き」

「言えるんだ・・・・」


豊高は平然といいのける石蕗に尊敬の念を覚えつつ、胸が痛んだ。


「でも、踊子はそうじゃないかもな」


豊高はどきりとした。

ーーーー付き合ってるって、言いきれないから

吉野の言葉を、思い出していた。


「やっぱ、あれだな、うん」


石蕗は顔を少し強張らせる。


「振られて寂しいからって、付き合っちゃだめだったんだ」


豊高は、息が苦しかった。

動機は、高校生に限らずありがちなものだと思った。しかし、石蕗の影を落とした面持ちや沈んだ声から、そんな単純なものでないと察することができた。

石蕗の、心の深い部分を、見てはいけない物を見てしまったような気がしていた。それよりも、振られた、という言葉が気になってしょうがなかった。


「好きな人、いたんスね」


豊高なりに、精一杯遠回しに聞いた。


「そりゃあ・・・・」


石蕗は懐かしむように目を細める。いつもとは違う、大人びた微笑にハッとする。石蕗は憂いを帯びた口調で続けた。


「いたよ。男だったけど」


豊高は、コーヒーの入ったコップを持ったまま静止した。手が震え、液体が小さく波立った。

よく見れば、膝の上に乗った石蕗の手も小さく震えていた。


「いやいやお前だってそうじゃん」


石蕗はいつものように笑ってみせる。


「今は女の方が好き。あいつは、多分、男が好きだったと思うけど・・・・・」


石蕗はすっと視線を横に流す。過去の記憶を遡っているようだった。手繰り寄せるように石蕗は続ける。


「今でも、あの時の気持ちはよくわかんね。友達としてとか、好きとか、そんなのが全部当てはまるような、当てはまらないような・・・・・。でも、特別っていうか、まあ、”特別”って言った方がしっくりくるかな」


結露したコップの水滴が、ぽたりと落ちた。

豊高の心臓は、壊れそうな程激しく動いていた。

特別、と言う発言によって、ますます拍車がかかり、息が苦しくなる。


「なんで・・・・・」


豊高は堪らず言葉を吐いた。息が出来なくなりそうだった。


「なんで、吉野先輩と付き合ったんですか?」


石蕗の顔は見られなかった。コップを落とさないよう両手で握る。


「なんで、好きなヤツと付き合わなかったんですか?」

「立花」

「なんで、男を好きになれるのに・・・・・っ」


ーーー俺じゃ、なかったんですか・・・?

豊高は最後の一言を喉の奥に押し留めた。そこが爛れているかのようにヒリヒリする。


「・・・・・アイツ、カノジョいたから・・・・」


石蕗はベッドの上で胡座をかく。


「アイツ、自分が男が好きって認められなくて、女の子と付き合ってた。結局、ダメになったけど・・・・・」


俺も、何も言えなかったけど、と、石蕗は床に視線と言葉を落とす。豊高は、石蕗が何故自分を気にかけてくれるのか、気持ち悪いと自分を卑下したことを怒ったのか、やっと理解した。


「・・・・・辛い、ですよね」


自分の気持ちを知られて、相手が離れて行かないか

拒絶されやしないか

今までの関係が破綻してしまうのではないか

会うたびに思いを押し殺す苦しさ

豊高は痛い程理解できた。

自分も、石蕗に寄り添いたいと、願った。

俯き肩を縮め、感情を必死で閉じ込める。コップを持つ手に力が入り震えていた。


「・・・・・泣くなよ」

「泣いてません・・・」

「嘘つけ」


何やら動く気配と、衣擦れの音がした。石蕗が座り直したらしかった。


「・・・・・それでいいんだよ」


優しい声が流れてきた。

無理するなよ、我慢するなよ、と言っている気がした。みるみるうちに、心が幸福で満たされていく。伝えたい言葉が、心の奥から押し出されていく。

だめだ、と豊高は感情を押し戻す。


告白すれば、すべてがーーー


ーーーだがきっかけは、些細なことだった。

石蕗の指が豊高の眉間に触れる。そこに神経が集中した。


「ははっすっげー皺」


無邪気な笑顔だった。ニカっと歯を見せて笑う豊高の好きなーーー

豊高の大きく見開いた瞳が透き通ってゆく。清らかな泉から水が湧き出るように、涙が溢れる。


「・・・・・好きです・・・・」


頬に涙が、唇から告白が流れ落ちた。

想いは溢れてしまった。もう、取り返しはつかない。

豊高は澄み切った瞳で真っ直ぐ石蕗を見つめた。幼い子どものように純粋で、傷つきやすい目だった。

ああ、終わってしまった。

冷たい涙が流れる。胸に秘めていた大切な何かが、少しずつ消えていく。


石蕗は唇に微笑を保ったまま頷く。豊高の目を真っ直ぐ見つめ返した。暖かい眼差しだった。

出会ってすぐ惹かれていったこと、

恋人の存在や、気持ちを伝えることに苦しんだこと、

学校で知らぬ間に石蕗の姿を探していたこと、

一目見れば、幸せな気持ちになったこと、

伝えたい事は沢山あった。

しかしまとまらず、ただ頭の中で様々な石蕗の表情が浮かんでは消える。

気持ちを伝えることができ、開放感を感じていたが、これで終わってしまう、という絶望がひたひたと豊高を満たしていった。


「・・・・・・すいません・・・」


豊高から謝罪の言葉がついて出た。

石蕗は笑みを崩さず、「コラ」と豊高の頭をはたく真似をして揺らした。


「謝んじゃねえよ。ありがとな」


石蕗の笑みが眩しく、豊高は直視出来なかった。告白し、礼が返ってきたことに、もう死んでもいいとすら思った。


「でも、ごめんな。踊子が好きだから、お前とは付き合えない」


豊高は声が出ず何度も頷くしかなかった。思いを遂げられなかったことが悲しかった。それ以上に、真摯に受け止めて答えを出してくれた事が嬉しかった。


「部活、ちゃんと来いよ?」

「鬼だ・・・・・」


豊高は力なく言った。


「来なくなったらズルズル来なくなるもんなんだよ。まあ、引退するけどな」


豊高は、あ、と間の抜けた声を上げる。


「いつから?」

「形式的には、今月いっぱい。まあ、試験がまだあるからちょくちょく顔出すけど」

「そっか・・・・・」


じりじりと、背中を焦燥感が焦がす。卒業という二文字が浮かぶ。

石蕗が、あと三ヶ月程でいなくなる。

たった1人で学校生活を送ることを想像してしまい、途方もない孤独に苛まれた。そして、恐怖も。目の前が暗幕で暗く遮られていくようだった。


「ほら」


突然、目に光が飛び込んできた。携帯電話の液晶画面だった。


「これ、メルアドと番号」


石蕗は豊高にも携帯電話を出すよう催促する。豊高の携帯電話を取り、あっという間に連絡先を打ち込んでしまった。そしてニカッと笑う。


「振られたからって離れなきゃいけないわけじゃないんだし。てか俺は嫌だ」


その言葉にまた涙が出そうになったが、


「踊子から略奪してもいいぜ!やってみな!」


との一言に


「アホじゃないスか?」


と冷たく返したのだった。


それからは、漫画やゲームの話、TV番組の話、自分のクラスメイトについてなど他愛ない話をした。

石蕗と話すたびに、じわり、と暖かな感情が胸に広がっていく。思いを伝える前は熱い感情が胸を焦がした。今感じている暖かな気持ちは、それよりも心地よい。

もう、終わったのだ。

豊高の心は凪いでいた。

石蕗を好きになることで産まれた苦しみから、解放されたのだ。石蕗を好きになったことに、心から幸福を感じていた。

しかし、吉野について、あれから話題にでることはなかった。


石蕗が帰った後、豊高はベッドに寝転がる。自分とは違う人間の匂いがした。日に干したシーツに誰かが寝転んだ後のような穏やかな匂いだ。石蕗の匂いだと気付くと、頬が緩んだ。意識がゆっくりと遠退き、微睡みの中に溶けていく。


深夜、豊高の部屋を地震が襲った。

正確には、地震を思わせる大きな音、振動であった。危険を感じた野生動物の様に目が覚めた。

悪夢を見た後のように心臓がばくばくしている。

部屋を出ては行けないと、直感が告げていた。

家具に何か大きな物がぶつかる音や、硝子の割れるような音、怒号、甲高い悲鳴が絶え間無くドア越しに聞こえてきた。

まだ、悪夢の中だろうか、と豊高は妄想する。だが、物音や声が近づいてくるのが、はっきりと分かった。

ドアが軋む。

重機が激突したのかと錯覚するほどだった。

ベッドの上から動けなかった。

来るなと心の中で何回も唱える。

しかし、それも虚しく、ドアが破られる。


悪夢が、父親の姿をしてやってきた。

恐怖を通り越し頭の中が真っ白になる。

悪鬼の形相から雷のような怒号が放たれる。

何を言っているのかもはや聞き取れない。


豊高は、自分の顔半分に拳が迫るのを他人事のように眺めていた。



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