その10
紗由は恐る恐る青龍に尋ねた。
「条件とは何でしょうか?」
「かみさま! “じょうけん”て、どーゆーいみですか?」
「い、意味?」
紗由に答えようとした青龍が、チビ翔太の質問への答えを考え始める。
「約束をするまえの前提だな」
「“ぜんてい”て、どーゆーいみですか?」
「物事が成り立つための条件だ」
「じょうけん…ぐるぐるで、わかりません!」
「そうだなぁ」
笑いだす青龍の前で、翔太はもう“作業”を始めていた。
「しょ、翔太…」
青龍が話しかけても、集中している翔太の耳には届かない。
「仕方あるまい。終わるのを待つか」
「あんなに細かいかけらまで…」
「見えるのか」
「は、はい。翔太くんが空気に手を伸ばしたら、色が浮かび上がってきました」
「ふむ。やはり、そなたらはつながっているのだな」
「それは、もちろんそうです」自信満々に答える紗由。
その間にも翔太は、せっせと自分の手の届く範囲の空気を掴んでは、色ごとに畳に置いていく。
「空気が下りてくるんですね…」
「欲を持たず、人のために尽くす者には、天も手助けをする」
「では、欲ある者たちには天は梯子を外すのですか?」
「西園寺を目の敵にする者たちのことを言っているのか?」
「…まあ、そうです」少しいらつく紗由。
「彼らには彼らの役割がある」
「役割?」
「彼らはいわば闇の部分を担ってくれているのだ」
「私たち、西園寺は光だとでも?」
「華織は光を見つけ、光を見つめ、光に身を置いた。闇には眩しくてたまらぬのだ」
「それで逆恨みですか?」眉間にしわを寄せる紗由。
「同じ世界でも、立ち位置によって見え方が違う。そして、事実と思い込みの区別がつかない者もいる」
「分かり合えないということですか?」
「分かり合えないから歩み寄るのだ」
「歩み寄って危険にさらされたら、諦めるということでしょうか。私たちは幼い頃から、危険な目に遭ってきました」こぶしを握り言い返す紗由。
「そして、その度に皆で力を合わせ、力を伸ばしてきた」
「彼らはそのために必要な存在だったと?」
紗由の問いに青龍は、紗由に見えていた、その色を、青さを増した。
「あ…」
「おまえは、我が味方だと思うか?」
「青龍さまは清流旅館の守り神。そして清流旅館は西園寺家ゆかりの巫女寄せ宿。味方と認識しております」
「甘いな」
「では、青龍さまは敵なのですか?」
「ゼロか100かではないのだ」
「それでは、何をどう判断し、動けばよろしいのですか?」
「敵も味方も同時に存在する。闇と光は同時に存在するものだからだ」
「失礼ですが、答えになっていません」
「とにかく動け。動き尽くした時に、答えはおのずと現れる」
「…申し訳ありません。私は頭があまり良くないので、青龍様のお言葉の意味を受け取れません。サルでもわかるわかりやすさでお願いできませんでしょうか」
「気が短いのお…」
「青龍さまが、気が長すぎます」
「わかりやすいたとえ話をしよう。清流旅館のために心を尽くしているものは、昔から多くいる。だが、その思いは伝わる時もあれば、伝わらぬ時もある。例えば、翔太の祖母、弥生のように」
「弥生ちゃん…」
紗由は、弥生の半生を思い起こした。
伊勢の組織の長に思いを寄せられ、それをはねつけ飛呂之に嫁いだ弥生。
結局、その後を埋めるかのように、彼女に似ていた妹が、その長に嫁ぐこととなり、生まれた娘が、西園寺の今の宮、風馬の妻、澪だ。
その後も、長からの圧力は続き、清流旅館や飛呂之に害を及ぼすと脅され、弥生は泣く泣く清流旅館を離れた。事実を何も告げず、幼子の鈴音と玲香を残して。
子供たちは自分を捨てた母親を恨んだ。
長い年月が過ぎ、華織のはからいもあり、誤解が解けて、ようやく清流旅館に戻れた弥生。
それまでの長い年月、彼女の心を癒してくれたのは、こっそり陰から覗き見る孫の翔太の可愛い姿だった。
いつか彼と、普通の祖母と孫のように過ごしたい、そんな状況を夢見ながら、彼女は長年過ごして来た。
今では、その願いがかない、幸せな生活を送っているが、そこに至るまでには苦しい道のりがあったのだ。
「…確かに、伝わらない、伝えられない、そんな時もあるのだと思います」
ボロボロと流れる涙を必死に拭う紗由。
「それをわかっているおまえなら、この先、西園寺と他家の者たちをつなぐ架け橋になれるはずだ。今の命宮以上に」
「進子おねえさん以上にですか! そ、それは、ちょっと…」
「彼を超えないと、この空間からは抜けられぬ」
「え…?」
紗由は、青龍と、色分け作業にいそしむ翔太を交互に見続け、混乱に陥った。
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