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万物再生の能力㉓ 「凶暴Ⅱ」

遅くなって申し訳ありません。最新話です。

 壁を埋め尽くす様に設置された複数のモニターから、ホテル内のあらゆる場所が映っていた。どこにも異変は無い。時折、見張り役の者が画面を横切っている。それだけがカメラに捉えられた光景だった。

 ――そもそも、そうした映像だけが繰り返される様に細工が施されていた。春井明人と他の協力者が過去の記録に移し替えたのだ。


(救出部隊が攻めてくれば、必ずここの映像が確認される。だが、偽造によって情報は正しく把握されない。その混乱に乗じて脱出する手筈……だが)


 計画の狂いが、春井の目の前に現れていた。


「どうした? そんな所で固まって」

「い、いえ…………?」


 モニター室に突如として姿を見せた木場京悟。悠々と椅子に座り、立ち尽くす春井を眺めていた。


「早く入れ。話がある」


 重みのある声音が全身を覆う。まだ木場の指示には逆らえない。恐怖を押し殺し、春井は従順なふりをした。

 後ろの扉を閉める。廊下からの明かりが途絶えた。モニターと天井のぼやけた照明だけが部屋に光を注ぐ。二人の影が床に浮かび上がるも、室内の暗さに混じって薄く滲んでいた。


「木場様。……何故、こちらに? ここには確か、他の担当者が居たのでは……」

「ああ。奴なら他の仕事に就いてる。俺が命令してな」


 何処に――? そう尋ねようとする唇を春井は自我で抑え付けた。

(駄目だ。焦るな)


 木場京悟の能力は《念動手腕》。念動力の一種で、能力者の意志に沿って動く腕を生み出す能力である。

 一本の巨大で強力な腕を操る。それだけを見れば単純な能力だった。だが、真に恐ろしいのは《念動》という点にあった。同じ系統の能力者でなければ、《念動》能力は視認できない。この事実が木場京悟の強さに直結していた。


(正面からじゃ絶対に勝てない……! 《手腕》は威力と発動速度にも優れている。こんな狭い場所では回避が無理だ!)


「まずは適当に座れ。ほら」

 腕を伸ばし、木場が近くから椅子を引き出した。


「ありがとう……ございます」

 頭を下げる。言葉に従う。たったこれだけの動作を行うだけでも、胸の動悸が痛い程に響いてくる。気付かれていないのか。靄の如き不安が春井の喉を締め付けた。


「……どうした? 具合が悪そうだな」

「い、いえ。そんな事はありません」


 まずい。表情が隠し切れない。

 急いで不調の理由を考え始めた。原因は目前の本人にあるのだが、正直に言う馬鹿はしない。頭の回路を巡らせ、妥当な答えを必死に組み立てる。


「私自身には何も問題はありません。……ただ、教主様の事が気がかりなのです」

「ほう?」


 木場の鋭い目付きが動いた。


「教主様と直に言葉を交わし、私は愕然としました。歪んだ思想の俗世に触れ続けたせいなのか、その御心が僅かに濁ってしまっていたのです」


 良心に痛みを覚えながら、春井は弁舌を続ける。


「木場様の――いえ、我ら天慧教団の思想にさえ賛同しかねていました。それがあまりにも哀れで……悲しくて……!」


 自らの拳で膝を叩く。悔しさを表現する為の演技だ。だが、同時に祗蓮を侮辱する言葉への罰だと思っていた。


「……そうか」


 春井の悲嘆を信じたのか。木場は小さく首を頷かせた。

 そして、不意に背中を向けた。


「それは――この事か?」


 モニターの一つがいきなり切り替わった。木場の指先が何かのボタンを押していた。それがきっかけとなって、映像が変わった様だ。


「……なっ」


 春井はその光景について知らされていなかった。事前に打ち明けていられたら、確実に反対していたからだ。

 木場によって映し出された映像。その中心には祗蓮が居た。


(何故だ? この角度に監視カメラは設置していない!)


 大きく目を開く。

 カメラは丁度ベッドの真上を映していた。先程よりも僅かに緊張をほぐしている祗蓮の様子が見える。どうやらこの監視カメラには気付いてないらしい。春井の話を丸呑みにしたせいで安心しきったのだろう。

 音声は流れない。自分達の企みが悟られる危険は少ない。

 それを承知しながら、春井は危機を感じずにはいられなかった。


「木場様! これは……!?」


 話が違う。そう訴えるつもりで声を荒げた。


「保険だ」


 意見を捻り潰すかの如く、木場は鋭く一蹴した。


「お前もさっき言っていただろう? 教主様は俗世に感化された恐れがある。どんな行動を取るか分からない。自傷なんてされたら一大事だ」

「う……」


 間違ってはいない。正論に近かった。

 だが、納得には届いていない。事前の相談が無かったのが問題だ。木場に疑いをかけられていたら全てが終わる。春井は密かに喉を鳴らした。自分の窮地をいやがおうにも感じ取っていた。


「なあ、春井」


 感情を押し殺した、淡々とした呼び掛け。

 春井明人の全身に緊張が駆け抜け、即座に能力発動の準備も整っていた。僅かに疑心を抱かれていたら、目の前の男を潰す。即効性の高い毒薬の構造を脳裏で描いた。


「お前は良くやった。教主様を安心させたんだ。あの顔を見て、俺は心底お前が傍に居てくれて幸運だったと思っている」

「え……?」


 思いも寄らぬ賞賛を浴びせられた。身体中に貼っていた力が、理解の直前に抜け落ちていった。


(――悟られて、ない?)


 嫌な予感が幸いな方向に転じたらしい。想定外の監視カメラによって、木場からの信頼は更に深まった様だ。


「今まで迷っていたが、お前にならコレを預けられる」


 木場は懐からある物を取り出した。

 モニターの淡い光が黒い表面を照らす。全体の影が春井の顔に映り込み、その両目を丸くさせた。驚愕から口も小さく開けている。そんな反応を取る程に、意外な代物が視界に入ったのだ。

 ――握られていたのは、拳銃。能力に関係なく人を殺害出来る凶器であった。春井も過去に何度か触れた経験があった。だが、最終的に誰かへ撃った試しはない。本番が来る前に天慧教団が解散したのだった。


「手入れは済んでいる。後は弾をいれればすぐに使える」


 砲身を掴み、木場がグリップを春井へと差し出す。


「お前になら任せられる」

 突き付けられた武器をどうするか。裏切りを自覚している春井は迷った。


(拳銃の弾なら……念動手腕よりも確実に速い)


 受け取るべきだと理性は囁いていた。寧ろ、遠慮をすれば逆に怪しまれてしまう可能性も考えられた。木場の提案を断る。この発想は悪手だ、と言わざるを得ない。

 九割九分の結論を得た。

 春井は、震える手をゆっくりと伸ばす。


「喜んで預かりましょう。……教主様を、コレで必ずや守り抜いて見せます」


 グリップを強く握り締め、従僕を頑なに演じた。


「そうだ。それでいい」


 木場が口元を微かに緩める。細心の注意を払わなければ気付かないが、確かに笑顔を浮かべていた。

 これでいい。春井は安心を自分に言い聞かせようとした。


「悪いがまだ弾は入ってない。そこの箱から適当に込めてくれ」

「はい」


 指差す方向へと振り返る。テーブルの上にある箱はすぐに見つかった。遠くはない。数歩も進めば手が届く。

 春井は早速作業に取り掛かった。


(…………もう安心だ。木場に勝てる武器が手に入った!)


 声に出したい、と思える位に内心が舞い上がっていた。木場は背後にて複数のモニターを眺めている。すっかり監視カメラの映像を信じ込んでいるらしい。無言でホテル中の光景を一瞥している。

 あらゆる事態から、春井は己の有利を実感した。

 弾丸を拳銃のマガジンに込めていく。久方ぶりのリロードだったが、指先は未だに手順を覚えていた。何の違和感もなく、凶器は充填される。


「ああ、そうだ。……春井」


 背中を合わせている男から気軽に話しかけられた。

 遅れて効いて来た安楽が反応を鈍らせた。春井は顎を小さく上げ、続けて返事を発しようとする。

 だが、木場の声に重なってしまう。



「お前の子供、無能力者だったな?」



「――――」


 春井の両手が止まった。何故、と疑問が浮かぶ。冷静さは微塵に砕け、心臓の鼓動で全身が振れてしまいそうだった。


「そんな子供は我々にとって恥にしかならない。生きている価値すらもない」


 弾丸で満たされたマガジンが閉ざされる。添えられた手には脂汗が薄らと滲んでいた。

 気さくな声色は続く。


「俺が相手の女を薦めたからな。……子供が無能力者だと分かってから、ずっと気にかかってた」


 モニターを監視するついでの話だった。木場は何気ない様子のまま、春井の家族を話題にしていく。

 当然、父親の胸中は平穏ではいられなかった。混乱と怒り、そして初めての殺意を段々と抱く。いつの間にか右の掌に拳銃も握り締めていた。抑え切れない憤怒に全神経が乗っ取られそうだった。けれども、春井は寸前で耐える。


(落ち着け……! ここで失敗してはいけない! 木場を殺してしまえば、他の団員が捕まえられない! 堪えろ……っ)


 何とか思考が本能に打ち勝っていた。子供と、祗蓮の笑顔が脳裏で交互によぎる。それが春井明人の心を模っていた。純粋無垢な表情に支えられ、沸騰した怒気を限界の所で制御しているのだ。

 この距離なら拳銃は確実に当たる。

 しかも、呑気に後ろを向いている。

 木場を殺せば、現段階での教団は崩壊する。


(……駄目だ、駄目だ! 一時の感情で計画を壊してはいけない……!)


 邪な発想に心が傾きかけたが、春井は唇を噛みしめて耳を背けた。自分の表情までは隠す余裕がない。背中を合わせている状況がせめてもの幸いだった。


「……木……場、様。決して、そんな…………」


 掠れた思いは形に成る前に廃れる。必死に振り絞った声も木場には届かなかった。


「遠慮をするな。俺はお前に感謝をしているんだ。今はやれる事は殆どないが、少しでも労ってやりたいんだよ」


(だったら今すぐ黙れ!!)

 胸の中で春井が叫ぶ。


 ここから早く抜け出したいと願った。更に発言を投下されたら、我慢できる自信が全く無かったのだ。


「いえ! 私は――」


 春井の望みは儚く握り潰された。

 教団の中でも一番の凶悪を誇る木場京悟。その男は逡巡に縛られず、明白な殺意を父親に見せつけた。



「そうだな。俺が殺してやろう。跡形もなく肉片にしてやるよ」



 もう手遅れだった。

 良心を問う段階も過ぎている。祗蓮の脱出も完全に忘れてしまった。どす黒い殺意が春井の脳内を埋め尽くし、武器を持った手を閃かせた。

 スライドを引く。

 標準を定めなくとも、敵は必ず当たる範囲に居る。春井は絶叫と共に銃口を突き付けた。


「貴様ああぁぁぁっ!!」


 《念動手腕》よりもこちらの方が素早い。

 右腕を真っ直ぐに伸ばして拳銃を構える。銃口の先には無防備な背中があった。声に反応してか、木場の三白眼がこちらを向いた。しかし、反応する暇は与えない。

 今、殺す。

 春井が人差し指を引き金にかけた。

 直後。




 バキッ。




 張っていた肘が右側へと更に曲がった。関節の可動範囲を無視して、九十度の直角に折れていた。


「…………は……?」


 掌の感覚は消え、無意識の合間に拳銃がこぼれ落ちた。がん、と硬質の素材がうるさく音を鳴らす。そこで、春井はようやく身の上に起きた出来事を理解した。

 木場を拳銃で撃とうとしたら、腕がいきなり折れ曲がった。

 数秒の差で激痛が走る。春井は肉体に反して骨折した部分を手で抑えようとした。


「残念だ。はーるーいー」


 それよりも先に、透明な拳によって横顔を殴られた。

 強大な衝撃によって身体が容易く吹き飛んだ。テーブルを巻き込みつつ、春井は床の上へと倒れた。


「が……ぁ……あ?」


 口と鼻から血が流れていく。両方とも切ってしまったらしい。出血量自体は多くなかったが、春井は別の事で唖然としていた。


(どうしてだ? 今のは……念動……手腕!?)


 疑い様は無かった。木場の厄介な能力が発動していたのだ。

 モニター室に足を踏み入れてから、ずっと注意はしていた。念動手腕の発動を見逃す筈がない。そもそも、木場の視界に拳銃は入ってなかったのだ。腕を折るといった攻撃は不可能だと思われた。

 ――否。違う。

 過ちを早々と悟った。後悔が春井を襲う。木場の言葉を丸呑みにして油断した自分を酷く呪ってしまう。

 前提から間違っていた。

 木場の《念動手腕》は、春井が部屋に入る前から発動していたのだ。

 そして密かに春井の利き腕に近付けた。拳銃を渡した際には、緊急時に備えて肘の辺りに潜ませていたのだろう。敵意を露わにして、攻撃を仕掛けるまで。

 つまり、全ては茶番だった。

 疑いをかけられまいと春井が言葉を練っていた当初から、木場に敵だと認識されてしまっていた。自分の従順も偽りならば、木場の信頼する素振りも演技にしか過ぎなかった。騙そうとして騙し返されたのだ。


「おい、起きろよ」


 目に見えない掌が春井の頭を持ち上げた。


「……どうした? 疲れて眠いのか? なら、俺が面白い話をしてやろう」


 突拍子もない話が急に始まった。平然と這いつくばった春井を見下ろしている。右腕として働いていた男に一切の情けも見せていなかった。


「このホテルを手に入れた時の話だ」


 悠々と春井の前を歩き、落ちた拳銃を拾う。

「ホテルの管理者を殺して奪ったんだがな。その管理者の死に際がクソ笑えた。俺の手腕で首を占められながら、必死に金で命乞いをしたんだぜ?」


 己を狙った武器を懐に仕舞ってから、木場が改めて春井の正面に立った。先程とは質が異なった冷酷な笑みが作られていた。


「こんな風に口をパクパクと金魚みたいに動かしながら、『助けてくれ。金は幾らでも払うから』って叫んでたんだぜ? どうだ? 笑えるだろう? そんな愚かな物を俺達は求めてないっていうのになぁ」

「…………ぁ……!?」


 悪意に満ちた語りの中に違和感が有った。春井は計画を貶めた要因をそこから察する。失敗を飲み込めない喉に、その事実は更なる火傷を迫った。

 首を絞められれば声が出せない。

 だから、発言が不明となる。それを当たり前だと思っていた自分を春井は憎んだ。分かる方法を考慮しなかった頭脳を疎んだ。木場がプライバシーを守る様な人間だと信じていた過去を恨んだ。


「ああ……。《読唇術》が使えて良かったよ。死に際の哀れな遺言が、きちんと知れるからなぁ!」


 音声の不記録など木場の前では関係ない。隠されていた監視カメラによって、春井と祗蓮の間で交わした会話は筒抜けとなっていたのだ。


「く……そ……!」


 春井は顔を歪め、抵抗をしようとした。何でも良かった。能力を使い、せめて一矢でも食いたかった。


「おっと」


 反撃は間に合わなかった。木場の手腕によって、顔面が床に叩き付けられる。鼻先が砕けた感触が有った。どくどく、と血がその場に溜まっていく。


「春井……。これでも寛大な方だぞ? お前の能力は使える。そして、忠実さに関しては教団でも随一だ。なるべく手元に置きたかった」


 獣の様に歯を剥き出しにしながら、男は人間独特の嘲笑を作った。


「ふざ、けるな……。カメラを隠して……いた、くせに……!」

「信じてくれねえか。まあ、これまでの活躍に免じて命だけは助けてやるよ」


 木場が颯爽と踵を返す。

 宙で掴まれていた春井の頭が落下していった。念動の手が外されたのだ。先程の拳銃と同様に音を立てる。間を置かずに呻き声が漏れた。春井が上半身を起こそうと、残された片腕を懸命に動かしている。

 振り返る事無く、木場は歩いていった。床上に春井を放置して、この部屋から出ていこうとする。


「……………………いや」


 扉の手前で足を止めた。

 首を回し、倒れている部下に対して大きく瞠目する。


「残りも全部折っとくか。子供も抱けない様に」


 見えない何かが、風を切りながら木場の正面を一気に駆け抜けた。



ようやく木場が目立ってきました。危険な人物パートⅡです。次話も頑張って近い内に更新したいと思います。

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