万物再生の能力㉔ 「離れろ」
今年最後の投稿です。ここまで書けて良かったです。
「騒がしいですわね」
祗蓮がベッドの上で呟いた。ホテルの外で何かが起きている、と雰囲気で感じる。両足を降ろし、すぐに窓の方へと駆け寄った。
「あれは……?」
窓の向こう側で点滅する光が見つかった。様々な色や規模で不規則に瞬いている。照明ではないと祗蓮は直感する。
(まさか)
考えるよりも早く予想出来た。春井が言っていた救出部隊だろう。待望の救いが現れた事で、祗蓮の顔に希望の笑みが広がった。
ガラスに額を押し付け、更に目を凝らす。
「やはり戦いが起きていますわ……!」
見慣れた輝きから確信した。祗蓮は口から細い息を吐き、胸を撫で下ろす。
「これで帰れますわ」
一秒でも早く木場の下から去りたかった。春井の説明よりも随分と時間が早かったが、あまり気にはならない。祗蓮は素早く背後を振り返り、出入り口の扉を凝視した。その奥からノックが聞こえて欲しいと強く思った。
部屋の前には監視が居るだろうが、春井の権限によって遠ざけられる筈だ。問題は無い。これからの行動には何の不安も抱かなくて良い。尊い日常に戻れる未来を、祗蓮はただ純粋に喜んでいた。
コン、コン。
「春井!?」
響いた音に食い付く。駆け足で扉の元へと向かった。ベッドの横を抜け、ソファを迂回して辿り着く。
「今、開けますわ」
待ちきれないと言った様子でドアノブに手をかける。きぃ、とスイートルームの扉は易々と開いた。
「春――――」
訪問者の顔を目撃した途端。
祗蓮は口を開けたまま、その場で固まった。
「一大事です。教主様」
扉を開けた先に立っていたのは、春井明人ではなかった。険しい瞳を持ち、顎下に薄らと髭を蓄えた男だった。
「避難します。さあ、私に付いて来て下さい」
呆然としていた祗蓮の腕が掴まれる。そして強い力で引っ張られる。ただでさえ身体が弱くて細い少女は抵抗すら出来なかった。なすがままに廊下へと引きずり出された。
心を浸食する絶望を顔に滲ませ、祗蓮は男の名を口にする。
「木場……京悟……!?」
祗蓮を部屋から連れ出そうとしていたのは、事件の首謀者である男だった。
「どうして? 春井は!?」
焦りが祗蓮の舌を滑らせる。最も計画を知られてはいけない人物を前に、あまりにも迂闊な行動であった。発してから己の愚かさに気付く。急いで唇を閉ざした。次いで、上目で慎重に木場の様子を窺った。
「…………。春井は、私の命で別の任務に就いています」
木場は淡々と答えた。
――嘘。
その回答を素直に信じられる程、祗蓮は純粋ではない。直感が激しい動悸に相まって窮地を訴えかけた。春井が危ない。また、自分も後が無い状況に立たされている。そんな予感が背中を駆け抜けた。
「とにかくこちらへ。我々より敵の方が数は多い。内部まで進入されるのは時間の問題でしょう」
「う…………!」
より力を込めて祗蓮を引っ張る。手首が締め付けられ、思わず小さな呻き声を上げた。
抗う事さえ叶わなかった。前のめりになりながら廊下を通っていく。何故だか見張りは周囲に見当たらなかった。迎えに来ない所から、春井の話とは色々と異なってきている。祗蓮は不安だけを胸に溜めこんだ。
「は……なし、て……下さい、まし……!」
痛みを表情で、抵抗を言葉で訴える。だが、木場は何も聞こえていない様に祗蓮を引き摺り続けた。
(このままじゃ駄目ですわ)
祗蓮は埒が明かないと思い知る。別の方法が必要だ。混乱で一杯だった頭を全力で働き始める。
「木場……! 状況を、説明しなさい……!」
「今は一刻の猶予もありません」
やはり相手にもされない。年下の自分に耳を貸すつもり等ないのだろう。それでも、祗蓮は負けずと声を張った。
「ワタクシは……教主ですのよ! ワタクシの命令が、聞けませんの!?」
目の前で木場の足が止まる。ようやく立ち止まれたので、祗蓮は廊下の途中で息切れに徹した。手首には未だ繋がれている。圧迫感は全く緩んでいなかった。
似た状況を祗蓮が思い返す。祐雅もこうして自分を逃がそうとしてくれた。だが、木場の態度とは段違いだった。もっと優しく自分を気遣ってくれていた。
僅かに芽生えた寂しさ。
それを拭う様に、祗蓮が木場と対立する。
「答えなさい。ワタクシには、全てを知る権利がありますわ……!」
「…………」
眼前の男は沈黙だけを貫いていた。全身から発せられる雰囲気が祗蓮に息苦しさを感じさせる。押し殺した凶暴さが裏で潜んでいた。反抗する気力もしぼむ。勢いで吐いてしまった肩書きに自ら恐縮してしまっていた。
また、無言の木場と対面して新たな不安も抱く。
(ワタクシへの執着が、これで薄れてしまったら…………)
従う素振りが無い少女を、リスクを背負ってまで崇め続けるだろうか。
「教主様」
たった一言を耳にしただけで、祗蓮が全身を震わせた。
「私を含め、ここに居る団は全て貴女の御身を深く案じております。罰は後で幾らでも受けましょう。私を従順な信者と見なして下さるなら、今だけは私の指示に従って下さい」
低い音程が不気味な程に響いた。
話の中身は祗蓮に味方している。しかし、その瞳と表情からは人間味が悉く抜け落ちていた。ちりちりとした危機感が肌を刺す。これ以上は逆らっていけない。祗蓮は頬を引き攣らせながら押し黙った。
従順な信者。
この逆を追及した途端、木場は祗蓮の安全を保証しなくなる。そうした言葉に聞こえてしまった。
「では、急ぎましょう」
「……っ……」
木場が再び避難を始めようとする。
両目を伏せ、祗蓮は手向かう事を止めた。もう抗えないと釘を刺された気分になってしまった。
強い力が細い肉体を引っ張る。
その突如に現れた。煙の如き淡い光。
縦に並んでいた二人の間を裂く。瞬く間にそれは細かい粒子へと変換された。加えて灼熱色を帯びていった。
「え」
祗蓮は呟きしか残せなかった。前に並んだ木場も三白眼を細めるのが精一杯だった。
出現した物体は発火。
爆音と爆風が吹き荒れた。熱風が廊下を駆け抜けていく。
「きゃ!?」
少女の身体が大きく離れた。木場による拘束が緩み、また祗蓮も仰け反ったので上手く外れたのだ。
(――なんですの?)
廊下の壁に体重を預け、祗蓮は目を眩ませた。
強烈な閃光が瞼の裏で輝く。そこまで発火、爆発の威力は大きくなかった。数秒も経てば感覚が戻って来る。
「これは」
木場が呟く。
「……し、れ……ん……様…………!」
小さな声が祗蓮に届いた。喉をすり潰したかの様な呻きでもあった。
間違いない。信頼出来る付き人だ。
「春井!」
喜びを抱いて、声の方向を振り向いた。
助かった。これで無事に脱出できる。この時点で、取り返しがつくと祗蓮はまだ頑なに信じていた。
祗蓮の視界に春井明人の姿が映った。
「――!!」
何かが粉々に砕ける音が聴こえる。それは、祗蓮にとって唯一の希望だったの
かもしれない。
「は、る……い……?」
「お逃げ下さい、祗蓮様……! 早く…………!」
彼は廊下の床に這いつくばっていた。
四肢がそれぞれ逆向きに折れ曲がり、残った筋肉だけで必死に動いている。最初は、苦手な昆虫類を間近にした際の印象を持った。次に嫌悪じみた自分の感情を戒める。最後に残酷な有様に吐き気を覚えた。
酷い。何で、どうして?
もう自力で立つ事すら不可能になっている。家族の為にと豪語していたあの姿は何処にもなかった。
意識するよりも前に、祗蓮が春井の元へと駆け寄った。甲高い悲鳴が廊下全体に撒き散らされていく。
「春井! 春井! 今、ワタクシが治しますわ!!」
自分の能力《万物再生》なら、手足の骨折を治せる。祗蓮は彼の傍で屈み、両腕を真っ直ぐに伸ばした。
対象は春井。効力は骨折前までの再生。
能力の発動に必要な代償は、祗蓮の身体から勝手に失われる。後の行動に影響が出る可能性は高かった。
今の祗蓮には、そうした考慮をする余裕は皆無である。
「いけません……! 早く、ここから、逃げて下さい……!」
春井は祗蓮を食い止めた。痛みに耐えながら、自らへの治療を拒否しながら、祗蓮の逃走を促していた。
「ちっ。エレベーターを使ったのか。……教主様。そいつは裏切り者です。放っておきましょう」
冷たく言い放たれる。棒立ちのまま、木場は祗蓮と春井を見下ろしていた。態度や語調はまだ淡々としている。
「木……場……っ!」
祗蓮が表情を変えない男を睨み返した。
「貴方がやりましたの!? 春井を! こんな風にしたのは!!」
教主の問いに、やはり木場は冷徹を維持する。一切の変化を見せずに、祗蓮へと答えを渡した。
「それが何か? そんな奴はもういいでしょう。時間をかけるのすら、もったいない」
「もったいない? ……ふざけないで!」
仮にも春井は木場の腹心だったのだ。裏切りを働いたとはいえ、こんな仕打ちを行うのは残酷だ。祗蓮は激昂し、全てを顧みずに怒った。
「木場京悟! 貴方は何で、こんな、酷い事を平気で……!」
もう許せなかった。
祗蓮は自分の意志ではっきりと反抗する。両親の操り人形ではない。学園に洗脳された訳でも無い。己で築いた価値観を胸に、天慧教団との決別を覚悟した。
「間違っていますわ! ワタクシは、こんなの、絶対に許しませんわ!!」
「……あー」
装っていた直実が緩み、木場京悟はだらけた。鈍い溜息交じりに、鬱憤を吐く。公私の分別を見限り、本性を露わにしていく。
「殺さないだけ……ましだよな」
誰に呟いたのか分からない。春井でも、祗蓮でもない。素の呟きで、自分に許可を取ったかの様だった。
「祗蓮様!」
倒れたままの春井が叫ぶ。
直後に、祗蓮の小さな肉体が真横に吹き飛んだ。
「あ……っ!」
腕から壁にぶつかる。めしり、と肉と骨が軋んだ。
宙に浮いた祗蓮が、静かに落下する。激しい痛みに襲われた。祗蓮は呻き、激突した部分を抑えてうずくまった。
「感謝しろ。なるべく殺さない様に加減した。お前には使い道があるからな」
「う……うう……」
恐怖が今になって湧き始めた。勇ましくあった自分が、惨めに感じられる。所詮は力のない少女の戯言だったのだろうか。絶望的な状況を改めて自覚してしまう。
無事だった方の腕を床に突かせる。それを支えにして、祗蓮は何とか立ち上がろうとしていた。
「おい」
いつの間にか近づいていた木場が、祗蓮の髪を掴んで頭を持ち上げる。
「次、俺に逆らったら片足をへし折る。両足が済んだらその次は腕だ。それでも逆らうのなら、手足を《手腕》で砕いてやる」
木場の横で不意に床が砕けた。素材は大きな音と共に粉砕されており、空中から段々とこぼれ落ちていく。《念動手腕》を用いたのだ。コンクリートを壊す力があると誇示し、肉体を砕くのも可能だと男は言っている。
冗談ではない。下手を打てば、順序を飛ばして四肢を肉と骨に変えてしまうかもしれない。
そうした凶暴さが木場の顔に現れていた。
「分かったな?」
剥き出しになった鋭い瞳で、祗蓮に問う。
「あ……、う……」
従うかどうか。ここで祗蓮はその二択すらまともには考えられずにいた。絶望から派生した恐怖に覆われ、怯える事しか出来なかった。
頷けない。カチカチ、と歯を小刻みに鳴らしてしまう。
怖い、怖い、怖い。
天慧教団が誰かに向けて来た悪意が、自分へと返ってきた。春井は手足を折られて身動きもままならない。それを治せる祗蓮も木場の暴力に晒されている。無事に逃げるどころか、この場で生き残れるかさえ怪しかった。
祗蓮は両目に涙を浮かべる。
「誰、か」
小声が漏れた。心が折れようとしている。立ちはだかる木場の存在を絶対に乗り越えられない、と認めかけていたのだ。
「く、そ……! 木場京悟! 祗蓮様を……離せ……!」
「…………」
春井が状況を打開しようと蠢く。しかし、木場は彼に見向きもしなかった。今後にとって重要な教主だけを見つめている。人格は考慮せず、教主という信仰者を束ねるのに必須な立場だけを。
「…………祐……雅……」
脳裏に顔が浮かんだ少年の名前を、祗蓮が無意識に呼ぶ。
その、瞬間。
「顔を伏せろ、チョロイン!!」
空耳かと思った。それでも、祗蓮は動かせるだけ顔を下方へ向けた。
「は?」
一方の木場は反応に遅れる。聞き覚えの無い声色と単語が、直感に困惑をもたらした。
中空に物体が舞う。木場の顔面に向けてそれは投げられていた。掌大の白い缶に接着した黒いレバー。所謂、手榴弾の形状をしていた。
祗蓮の髪を掴んでいた手が緩む。木場は即座に反応しようとしていた。見えない何かが木場の正面を横切る。
閃光と轟音が発生した。
強烈な輝きと耳鳴りを生む大音量が、三人の感覚を狂わせる。
「ス……閃光手榴弾!?」
視覚と聴覚に衝撃を受けた木場が叫んだ。放り投げられた物体を見極め、瞬時に念動の手腕を身体の前に置いた。だが、光と音だけはどうしても素通りする。想定よりも激しい損害を木場は食らったのだ。
五感が乱れ、木場の集中も途切れる。
――念動手腕が消えた。木場の前方を遮る物は無くなった。
床上には祗蓮が転がっているが、この好機を逃さずに距離を取ろうとしていた。事前の行動と落下が幸いした。
そこに、足音が駆け込む。木場と春井は気付けなかったが、祗蓮は真横を通過した人物を確かに感じ取った。
「――祗蓮から」
僅かに眩んだ視野の中。
祗蓮は、その人物を目の当たりにする。
「は、な、れ、ろぉぉおおおお!!」
全速力で勢いを付けていった。男の手前で強く踏みつける。頭上より高い場所を目指し、参上した少年は大きく振りかぶる。
ドガッ!
古崎祐雅が、握り締めた拳を木場の頬へと殴りつけた。
自分的には熱い展開です。ここから主人公の見せ場です。来年もよろしくお願いします。それでは、良いお年を。




