万物再生の能力㉒ 「凶暴」
一週間遅れて申し訳ありません。
木々の合間から一つの人影が出る。
幾人もの警備が重なったホテルの傍に近付いていった。やがて、自我を持つ天慧教団の団員が気づく。得体の知れない何かが来た、と。
だが、彼等は反応に困っていた。ホテルに近づいて来た人物が、あまりにも異様な格好をしていたからだ。気温が下がっている時刻にスクール水着を身に着け、申し訳程度に上半身をジャージで覆っている少女。そんな相手を目の前にして、即座に対応出来る者はこの場に誰も居なかった。
「さーてと」
少女が羽織っていたジャージを投げ捨てた。黒い衣服が暗闇に紛れる。ばさり、と音を立てて地面に落ちていった。
「やろっか」
――その一言を合図に、露出した手足から電光が溢れる。
「久々の戦いだ!」
嬉々爛々と彼女は叫び、全員の視界から掻き消えた。
バチッ。弾ける音。
そして、飛び散る鮮血。
少女は一瞬にして警備の背後に回り込み、裂傷を与えていた。凶器は少女の手から伸びている。銀色に輝く、細い鋭利な剣だ。彼女の手が刃に変わっているのだった。
目では負い切れない攻撃。教団の団員達は本能から悲鳴を上げようとする。
「あははははははははっ!」
けれども、少女の甲高い笑いが塗り潰す。
「どうしたの? もっと頑張ってよ!?」
少女はもう片方の手も刃に変えた。手身近に、隣の団員を素早く切り捨てる。返す手でもう一人を斬った。
赤い液体が幾度も飛び交う。少女の身体が濡れていく。
「こらこら、やりすぎだ」
そんな少女を戒める声が発せられる。
「誰も殺すな。それが、風紀委員長と取り決めた約束だろう?」
「えー、ケチ……!」
淡々と言い包められ、血に塗れた少女が頬を膨らませる。
スクール水着に続いて、今度はメイド服に身を包んだ女性が現れた。赤茶色の髪を夕闇に舞わせて、メイドは片手を前に突き出す。
「せめて、これぐらいにしないと」
騒ぎの渦中を飲み込む様に、一帯に氷が張られた。戦闘態勢にあった団員と生徒達が膝元まで浸かっている。動きは完全に封じられた。低温も影響し、彼等はまともに能力も使えなくなっていた。白い水蒸気に煽られ、全身を震えさせている。
「死にはしない。けれど、動けもしない。これぐらいが丁度いいのさ」
第八階級の能力者――鈴谷祥子。
彼女によって、ホテル周辺で警備していた戦力の三割が停滞した。特に密集していた範囲に巡らせた氷壁が功を奏している。他に動ける団員達も、その威力を目の当たりにして委縮した。
「な、何なんだよ……!」
「ふっざけんな! どうやって勝てばいいんだよ!?」
「木場様に報告しろ! 誰か! 早く!」
団員の間に混乱の波紋が広がっていった。相手はたったの二人。だが、十倍以上の人数が彼女等に対して狼狽えていた。スクール水着の少女とメイド服の女性を睨み付けながら、段々と距離を開けていく。誰もが容易には近づけなかった。
「……くっ。こいつらには近づくな! 遠距離から能力で一斉に攻撃しろ!」
騒めきの奥から指示が飛んだ。唐突な攻撃に立ち竦んでいる団員に動きが生じる。数人を前線に残しながら、大半が後退していった。
後退ではない。一定の間を保ったまま、二人への攻撃を企てているのだ。
「……あいつが、この場の頭か」
祥子が現状から特定する。リーダーらしき人物は最奥にて大声を発している。祥子の能力が届く範囲よりも遠い場所だ。
警備の構成を見る限り、彼等は烏合の衆だった。頭さえ押さえれば絶対的な優勢に持ち込普段はめる。何より、祥子には当事者から聞き出したい情報があったのだ。
「どうするかな……」
向こうは攻撃を用意している。それらは意識が向いている内に対処したかった。移動と捕獲を同時に行うと万が一の隙が出来る。その油断がいとも容易く命取りになるのだ。能力の奥深さと危険を知っている祥子は無表情のまま逡巡した。
「あ、おねーさん。あいつ、私がヤるよっ!」
祥子の考えを読み取ったかの様に、少女が満面の笑みと共に挙手した。
「……それでも構わないが……」
血で濡れた前髪の下で少女の両目が輝いていた。期待に満ちている。あの男を相手にする事に愉悦を感じているらしかった。
「もう一度言うが……殺すなよ?」
「オーケーってことだね。やったぁ!」
頬を染め、少女は手放しで喜んだ。素肌を現した四肢を動かし、目標の男に揚々と駆け寄っていく。
「来るぞ! 殺す気でやるんだ! …………今だぁぁああ!」
祥子達の事情とは裏腹に天慧教団が殺意を放った。
灼熱が暗闇を穿つ。
統率者である男を中心にした集団から、極太の烈火が迸った。自然な火炎ではない、緋色に輝く一本の火柱だ。薄い暗闇を砕いては、水着姿の少女を食い破ろうとしている。
間近に迫る熱気を受け、彼女は笑った。
「ダメだよ、それじゃあ」
火の鉄槌が少女の片腕を貫いた。熱量を真っ直ぐに浴びた肘の部分を歪ませる。関節部は数本の筋に分かれ、伸びて来たエネルギーと同じ色合いで光っては融けた。火柱に侵され続け、指先まで輝きが広がっていく。
団員達の顔に笑みが生まれた。勝利を確信したのだった。
その希望を破り捨てるかの如く告げられる、平坦な声。
「ごちそうさま」
少女が満足そうに唇を舐める。
攻撃を受けていた肉体は、焼き落ちもせず、焦げ付きもしない。少女の片腕が――灼熱を逆に食らっていた。
「えい」
煌々と未だに輝く腕が振るわれる。波上の火炎が掌から放出された。周辺の草木に燃え移り、団員達に迫っていく。
「うわああああ! 全く効いてねえぞ!」
「逃げろぉぉ!」
反撃の反撃に襲われ、男の横にいた能力者が逃げ惑う。
――残っていた団員の更に半分が背を向けていた。これで天慧教団の警備は崩壊したのも同然だった。首謀者である木場に連絡を取った節があったが、誰も戦線を維持しようとはしていない。木場や他の能力者であっても勝てないと相手が判断したのだろう。
「正しい判断だが、既に手遅れだな」
段々と離れていく彼等を遠目に、祥子は淡々と告げた。
団員達が向かう森林の先が急に騒めいた。焦って逃げている者は誰も気付いていない。彼等が足を止めたのは、先頭を行く男が脈絡も無く吹き飛ばされてからだった。
「逃がさんぞ」
祥子達の反対側から、学生服の集団が一気に姿を現して逃げ道を塞いだ。
「げえっ?」
制服及びに風紀委員の腕章を身に着けている。残党達は瞬時に彼等が敵だと認識して、絶句に尽くした。
「確保しろ。絶対に殺すな!」
救出部隊を率いる風紀委員長、源堂和真が後方に指示を飛ばす。大きな声だった。捕まる側は竦み、捕まえる側には気合が入った。
「はい!」
二、三人からなる組を作り、学生達は逃げる団員達を捕まえようとする。抵抗は勿論有った。能力が飛び交う乱戦へと発展していく。
至る所で争いは起こった。だが、全ては風紀委員達の優位に運ぶ。
「……電撃に、金属に…………炎まで」
その一方で、目標だったリーダーは同じ場所でじっと固まっていた。
火の手は正面と左右に回り込んでいる。後方しか選択肢はない。だが、男は背中を向ける事が危険だと悟っていた。
加えて、圧倒的な能力を披露した少女に思い当たる点があったのだ。恐怖と愕然が口だけを動かしていた。
「学園が保有する、第八階級の、一人……」
「私は物なんかじゃないぞ!」
呟きに反応しながら、少女が片腕を再び刃に変える。
「身体系の能力を持ち……その戦闘力はトップレベル……。まさか、そんな……。お前が…………!?」
スクール水着の女子生徒の正体に気付き、男は数十粒の汗を掻き始めた。一歩ずつ接近して来る様子に酷く怯える。己の肉体を抉るのであろう刃の光に目が釘付けになっている。
「身体をあらゆる物に変える能力――《身体変質》の能力者。……殺人歴は六人。……あまりの戦闘狂であり、その果てに付けられた異名が……」
少女は男の目と鼻の先まで踏み込んだ。小さな笑みを咲かせる。そして、刃と化した腕をゆっくりと伸ばし、力を蓄える。
「――っ!」
男がようやく反応を示した。固まっていた手足が空を泳ぐ。真っ赤に発光した掌で少女の顔面を狙っていった。
「だから、それじゃダメなんだって」
諭す様な声色が男に返された。逆側の、五本の指が残った手が男を受け止める。
重なる二人の掌。
途端、空気のゆらぎとして零れていた熱気が瞬く間に消えた。そして、受け止めている側の掌が全体から緋色に染まる。密着した少女の手が吸い込み、自身のエネルギーへと変換しているのだ。
「ふーん。熱量を出してるのかー。物理系かなー?」
そっけない態度で少女は語る。その手指が赤く不規則に揺らめいていった。刃ではない別の性質、火炎へと化しているのだ。男から放出されているエネルギーを吸い取り、自身の燃料として再利用していた。
つまり、男の能力――《熱量放出》は少女にとって利益しか与えていなかった。一切の害はない。
彼女が来た時点で負けは決まっていた。それを理解し、男は上擦った声で少女の異名を口にした。
「血に濡れる人魚――《鮮血の人魚》……!」
再三の笑みが咲く。
「じゃあね」
そして、再三の鮮血が少女を水着ごと濡らした。
目の前で男が後ろへと倒れる。どさ、と地面に横たわった。その身体には肩から腰までの長い裂傷が刻まれていた。そこから溢れる血が衣服にも滲み出ている。
「ちえっ。……次だ」
鮮血の人魚が別の方向へ首を回す。新たな獲物を探そうとする。
「ひぃぃいいいいいい!」
悲鳴があちこちから聞こえる。危険と称された天慧教団の者であっても、少女の凶暴性には恐れを抱いていた。
「……こら」
鈴谷祥子がそんな少女の横に並び立つ。
こつん。軽く握った拳骨で湿った頭を小突いた。少女の唇が尖る。振り返った先で首を傾げられる。
「自重しないか。殺すなと言っただろ?」
責められている本人が、心外と言わんばかりに頬を膨らませた。
「殺してないよー。傷は浅くしといたもん。ほら、痙攣してる! 生きてる!」
「虫の息だろ……」
少女は倒れている男を指差した。確かにその胸は浅く上下している。だが、重症には違いなかった。すぐに治療を受けさせる必要がある。聞き出したい情報もあったのだが、これでは口も利けないだろう。
「治療班、すぐに来てくれ。この男の保護と治療を頼む」
祥子が耳元のマイクに向かって要求する。作戦開始前、二人には風紀委員内で使用されている小型の通信機が配布されていた。他者との連携を順調に運ぶ為だ。
「あー、それ捨てちゃった」
露出した部分をしばしば変質させるので、少女は不要だと判断したのだ。結果として、連絡は祥子だけが行う羽目になる。
「それと、…………雲縫健人。聞いているか? 教団をここから一人も逃すな」
『了解』
少年の声が小さなスピーカーから響く。
「君の《念動移動》を応用すれば、人体の固定が可能なのだろう? 出来ればだが、団員達はなるべく傷付けたくないんだ。それを見た彼女が心を痛めたら、きっと彼も一緒に悲しむだろうから」
『それは分かってるけど……最後の何の話? 彼女って誰?』
「いや、こっちの話だ。よろしく頼むぞ」
らしくない、と思いながら祥子は無駄口をする余裕を切り捨てた。能力者の戦場にて私情は邪魔者になる。一瞬の油断で命を落としかねないのだ。しかも、今回は自分以外の命が天秤にかかっている。
彼も多少は頭が回る方だ。身を顧みずに下手な行動は取らないだろう。
そう信じる祥子の耳に、以下のやり取りが届いて来た。
『あのー、十臥……さん。何でそんなイライラしてんの? 守られてる俺の方が怖いんですけど』
『うるさい。貴様は黙って仕事をしろ』
『……そっちからむりやり仕事を押し付けた癖に……』
『何か言ったか?』
『いえ、何でもないです!』
緊張感の欠片も無い話に思わず呆れてしまう。雲縫健人に同行しているのは十臥小夜莉らしかった。彼女から祐雅へと情報が漏れてしまったのだ。責任感を覚えつつ、自身に対して苛付きも覚えているのだろう。
鼻で小さく笑い、祥子は争いが渦巻く場へと急いでいった。
次回はすぐに更新したいと思います。




