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万物再生の能力㉑ 「第八階級」

最新話です。


「……何、このコスプレ女達……」


 第八階級(アハト)――御京院・アナスタシア・祗蓮の救出部隊に選出された少年。雲縫健人は宙を滑走しながら言葉をこぼした。

 筋肉の化身と思しき風紀委員長に命じられ、数人を連れて偵察に向かっていた。人数は雲縫を含めて四人であった。男が二人、女が二人。先程の感想は、そんな女性達の格好に対して告げられている。

 前方を浮かびながら進む二人。その片方はスクール水着の上に質素な黒いジャージを羽織っていた。雲縫の常識に照らし合わせれば、完全なる痴女だった。


「ふんふーん……♪」


 しかも、気分良く鼻歌で身体を揺らしている。周囲は森林であり、天慧教団の残党が潜んでいる危険もあるのだ。いつ襲われてもおかしくはない。そうした状況下にて、暢気でいられる心境が理解出来なかった。

 また、もう片方の露出は少なかったが、普通とは言い難い服装だった。簡潔に言えば、ミニスカのメイド服である。赤茶色の髪に、大人びている顔立ちが特徴的だ。


「…………」


 閉ざされた唇が凛々しさを後押している。雲縫は名前も知らないので、彼女の事は良く知らない。だが、僅かながら不機嫌でいると察せられた。


(……ていうか、このメイドさん、学生じゃないよな……)


 立派な胸部の実りを見据え、雲縫は当然の疑問を抱いた。


「……なあ、あんたはどう思う? 二人の恰好?」


 異常を分かり合おうと、斜め前を行く男子に話しかけた。こちらは風紀委員の腕章を付けている正式な人員だ。安心して口を利けた。


「は、はい……! まだ何も見つけておりません! 申し訳ありません!」

「あ、いや」


 眼鏡を掛けた男子生徒が、緊張した様子で叫んだ。彼は偵察に有効な《透視》関係の能力を持っているという。風紀委員長の命令で動いているせいか。敵地を移動しているせいなのか。今までずっと気を張り詰めていたのだろう。

 無理もない。というか、これが普通だ。雲縫は一種の安心感を覚えた。


「落ち着けって。別に襲われても平気だろ? 前の二人、第八階級なんだし」

「い、いえ!」


 気さくに言ったつもりだったが、男子生徒は更に身体を強張らせた。


「じ、自分だって風紀委員です。自分だけ、た、戦わない訳には……」

「あんま、無理すんなよ」

「りょ、了解です!」


 会話のずれが何処かに発生していた。雲縫はもう少し彼との距離を物理的、精神的の両方から詰めようとする。


「あ」


 けれども、男子生徒に声を漏らされた。

 唐突だった。近くで並行していた雲縫は反応する。能力の波長を切り替え、四人全員の速度を即座に緩めた。


「どうした?」

「えと、そこに……何かが落ちています。人ではありません」


 《見えている》彼が腕を伸ばして方角を示す。その正体を確認しようと、四人はそこへと移動していった。

 ――現場では確かに物が転がっていた。更に、二人分の足跡も発見する。


「……何だ、こりゃ?」

「……わー。おもちゃがいっぱーい」


 スクール水着の学生が発見した物の中身を覗き込み、楽しそうに漏らす。

 風紀委員が能力で探し当てた物は大きなカバンだった。幾つかの道具が入っている。物騒な用途に用いられる品々ばかりだ。スタンガンや警棒、手榴弾らしき影が開いた口から見えてしまった。


「…………ああ……やはり……」


 それらを見下ろすメイド服の女性が、意味深に呟いた。何かを知っている様子だ。

 雲縫は問い掛けるかどうか迷った。最初の印象からして、彼女には苦手意識を持ってしまっている。自ら接触するには勇気が必要だった。


「おい。……これ、何だか分かるか?」


 仕方なく妥協した。引き続いて、もう一人の男子に相談する。


「す、すいません……! 分かりません!」

「まあ、そうだよなぁ。中途半端に道具が残ってるし……教団が捨てていったとも考えられないし……」

「はい!」

「初めからこれだけ運んでいたにしても、カバンのサイズが大き過ぎるよなぁ?」

「はい!」


 無機質にして張り詰めた返事に、雲縫は軽く額を抑えた。男子生徒の反応に困っているのではない。ただ、彼への申し訳なさにようやく気付いたのだ。


(そっか、こいつ……俺に怯えてんのか)


 語り合えそうだった生徒の様子から、自分も通常とは異なる存在だと悟った。周りには異質な能力者しか居ない。普通の定義に納まっている彼の立場から考えれば、雲縫すらも恐怖の対象と成り得るのだ。


(話しかけたのは、悪かったかな……?)


 全員を浮かせて運んでいる能力《念動移動》。その持ち主にして、偵察の中で三人目となる第八階級の雲縫健人は、反省と同時に一抹の寂しさを胸に抱えた。




 最低限の装備を身に着けた祐雅は、ホテルの中を慎重に進んでいた。足音も出来る限り控え、目の前の光景も鋭く注意した。時間が経つたびに全神経が擦り減っていく。いつ敵と遭遇するのか。予想も付かない出来事を警戒して、吐きたくなる程に緊張が高じていった。


「……祗蓮は……上か?」


 祐雅は首を上げ、天井の更に向こう側を仰いだ。

 外から見た様子では、大きな部屋が上層に集まっているらしい。教団は祗蓮を教主として崇めている。そんな彼女を閉じ込めるとしたら、機嫌を必要以上に損ねない為にも高級な部屋を選ぶだろう。つまり、目指すべきは上の階だ。


「…………護衛とかいるんだろうな。めんどくせえ」


 待ち受ける困難を考え、溜息を吐く。

 自分が最底辺の第一階級である事は充分に承知していた。このアジトで自分の能力は役に立たない。しかも格闘技の経験すらない。唯一の頼みは、祥子の部屋から掻っ攫った数々の道具のみだった。


「能力を使われる前なら勝機があるけど……はぁ」


 二度目の溜息が深刻さを漂わせる。余裕から生まれる合間に、こんな愚痴しか出せない事にうんざりとした。


「無理ゲーにも程がある。俺は第一階級なんだぞ……?」


 肩を落としながら、祐雅は長い廊下をとぼとぼ歩いていった。


「お?」

 その途中。脇にあった装置が祐雅の気を引いた。

「これ……動くか?」


 両足を止めて向き合ったのは、一面の赤色と浮き出たランプが目立つ火災報知器だった。

 ここはホテルなのだから、有ってもおかしくはない。だが、祐雅は避難訓練で馴染み深い警報器を前に、鋭く笑みを浮かべた。


「こいつを鳴らしてやれば……どうなるかなっ?」


 護衛の目を欺くには、騒ぎを起こして攪乱するのが有効だ。敵の動きを誘導させられるかもしれない。上手くすれば、戦う事無く祗蓮の救出が可能になるかもしれない。


「べ、別にいい機会だから押してみたいって訳じゃ、ないんだからね!」


 背後を振り返り、気まぐれに偽りのキャラを演じる。


「…………」


 途方も無く虚しくなった。

(やっぱり、ツッコミがいないギャグは寒い)


 一人の寂しさを噛みしめた。祐雅は無言で正面に戻り、気分を変えて人差し指を立てる。念の為に周囲も確認した。人気は感じられない。大丈夫だ。


「んじゃ、やりますか」


 閃きに従い、祐雅は火災報知器を押した。

 ――カチッ。書いてある通り、強めに押す。

 しばらく指を突き出した状態にした。十秒以上は維持していた。だが、ホテル全体どころか、祐雅の近くに微塵の音も響かない。


「鳴らねえ!」


 涙目になる。祐雅は小声で悪態を吐いていった。


「何だよ! 二年前に廃業したばっかじゃねえのかよ!? 整備不良にも程があんだろ!」


 怒りに任せ、爪先で壁を軽く蹴った。かつん。警報の代わりが鳴った事で、自分の危険に感づいた。祐雅の頭が急激に冷える。


「……危ねえ」


 これで敵に気付かれたら、元も子もない。

 ゆっくりと、息を吐く。次第に心が落ち着いていった。頭を掻いてから、祐雅は長い廊下の先を再び眺める。


「こりゃ……色々といじられてるな」


 設備や機器が改造されている。その事実を自分に言い聞かせ、祐雅は敵地の更に奥へと足を踏み入れていった。

 ――不用心に開いていた非常階段の扉。ホテル周辺まで接近している学園からの救出部隊。そして、部屋に閉じ込められた祗蓮の現状。水面下で蠢く全ての事態に関わらずに、古崎祐雅は単独で、勝手に進む。

 たった一人の少女、祗蓮を助ける為に。




 そんな少年と全く同等の思いを、春井明人も抱いていた。

 カツカツ、と廊下を急いで進む。僅かな焦りが足音に滲み出ていた。必死に抑え込もうとして、逆に歩幅が小さく狂う。そうした不協和音を床上に響かせ、春井は監視カメラの情報を管理するモニター室へと向かっていた。


「…………」


 道中、春井は誰ともすれ違わなかった。本来なら一人か二人ぐらいの団員が回覧している筈だ。広い建物であり、気勢の荒い人間ばかりが集まっている。どんな厄介事が起きてもおかしくはない。抑制として、信頼出来る人間が普段から見回っているのだ。


(……やはり、この程度の団結力か。内側から崩すのは、簡単だ)


 恐らくだが、巡回の担当者が仕事を怠けているのだろう。以前からその不精には気付いている。しかし、春井は木場に対して黙っていた。脱出の難易度を少しでも下げたかったからだ。

 教主がいる時でも、この有様であった。裏切り者の身分である春井だが、彼等の気力は全く感じた経験がない。現在の天慧教団はもう木場京悟のカリスマ性だけで成り立っていた。


「……あの男さえ、どうにかすれば」


 言い換えれば、木場は主張も無く不満だけを抱えた能力者を纏め上げている。雑な体裁だが、十分な脅威である事は間違いなかった。

 エレベーターの前へと着いた。春井は階下行きのボタンを押し、出入り口の頭上で点滅する光を見つめた。


「あの男の能力は既に学園が知っている。……作戦を悟られなければ、奴は何も出来ずに捕まえられる……!」


 胸の高鳴りが言葉となって溢れていく。周囲に人は居ない。本心を吐き出しても安心出来る。寧ろ、ここで吐いて置かなければ、心の圧力に押しつぶされてしまいそうだった。

 エレベーターを示すランプが、今の階を示す。

 扉がすぐに左右へと開いた。中には人影は見当たらない。蛍光灯の輝きが充満した箱の中に、春井は一人で影を落とす。

 モニター室は最下層――地下に在している。そこでカメラの映像を調整するのが目的だった。志を共にする協力者がそこにいる。彼に頼めば、スイートルームでの不自然な映像を易々と誤魔化せた。

 下降への運動が止まった。ランプも端で固まっている。エレベーターが地下に降り立ったらしい。

 出入口を通り抜けると、春井は真っ先にモニター室を目指した。監視カメラの記録は大半が初めからダミーにすり替えてある。他の相手に裏切りを知られる要素はなかった。だが、他に求めている情報があったのだ。


(救出部隊が近くに来ているかもしれない。それも確かめなければ……)


 木場を抑えられる唯一の戦力。彼等の到着を待ち遠しく望みながら、春井はモニター室の扉を素早くノックした。


「入るぞ」


 室内からの断りを聞くよりも早く。扉を開いた。



「――よぉ、春井。ご苦労だったな」



 耳に飛び込んできたのは、協力者の声色ではなかった。


「な……っ?」


 春井の顔が一瞬にして青ざめる。

 最も会いたくない相手が目の前で座っていた。刃物の如く尖った三白眼が春井を貫く。顎下の髭を撫でていた手を止めては、リラックスした様子で座していた。けれども、全身から滲む危うさは消しきれていなかった。


「き、木場……様……?」


 己の名前を呼ばれ、《念動手腕》の使い手である木場京悟は笑みを深めた。


後半がついに動き出してきそうです。次回は一応一週間後を予定しています。

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