万物再生の能力⑳ 「春井明人」
時間帯が遅くなって申し訳ありません。
「……春井?」
唐突な言葉に祗蓮は戸惑っていた。意味を飲み込めない。舌足らずな呼び声だけしか出せなかった。
「下手に動かないで下さい。監視カメラに記録されていますから」
春井の指示が頭に染み渡る。祗蓮は何とか平静を保とうとした。
「あと一、二時間ほどで、学園からの救出部隊が来ます。その時、私が貴方の避難に付き添う予定です。木場は恐らく迎撃に向かうでしょう。奴が戦いに夢中になっている隙に逃げるのです」
「ちょ、ちょ……」
「学園の生徒についてはご安心下さい。救出部隊との戦闘を合図に、洗脳が解ける様に薬効を調整してあります」
一方的な説明のせいで、祗蓮の容量は破裂しそうになった。目を回す。春井をどの様に見れば良いのか分からなくなった。
様々な疑問が沸々と湧き上がる。春井は祗蓮を脱出させると宣言した。彼を信じても大丈夫なのだろうか。自分を騙す為の嘘ではないだろうか。そんな不安も生まれて来た。
「……今更、信頼して欲しいなどとは言いませんよ」
祗蓮の顔色より、春井は抱かれている戸惑いに気付く。微笑を携え、朗らかに言葉を紡いでいった。
「覚えていますか、教主様?」
「な、何のことですの?」
小さな一拍を挟み、春井が明かす。
「私の子供を、貴方が助けてくれた事ですよ」
それもかつての話だった。春井に言われ、ようやく思い出す位の古い記憶。祗蓮はぼんやりと当時に思いを馳せた。
――ある日。祗蓮の元に大怪我をした子供が運び込まれた。脇に並んだ護衛を押しのけ、その子を抱えた母親が叫ぶ。
『この子を助けて下さい!』
彼女も教団の一員だった。教主の加護を受ける権利はあった。だが、祗蓮の母親が子供に対する能力の使用を拒否してしまったのだ。
理由は単純。天慧教団は、能力者の為の教団として作られた。故に、無能力者の可能性が高い子供は助けない。その方針が祗蓮の《万物再生》を遠ざけた。苦しそうに呻いている子供を見殺しにしようとした。
両親同士が能力者であると、その子供も能力者になる確率が高い。数年の傾向を経て言われている持論だ。勿論、例外はある。怪我をしていた子は不運に該当してしまっていた。
『お願いします! 教主様! 何でもしますから! この子を助けて下さい!』
声が枯れる程の勢いで女性は訴えた。我が子を胸に抱いて、切迫した表情を浮かび上がらせる。
『…………』
幼かった祗蓮にとっては、母親の命令だけが全てだった。だから、何もする気はなかった。ただ黙って見過ごす筈だった。
『教主様!?』
鋭く飛ぶ護衛の呼び声。祗蓮は自分が歩いている事に初めて気付いた。子供と女性の方へと向かっている。
護衛の語気が荒れており、後で怒られると直感が告げた。けれども、祗蓮は歩み続けた。
『……手を』
親子の面前にまで辿り着き、祗蓮は子供の小さい掌を握った。
何故、こんな事をするのか。自分でもあまり理解出来ていなかった。周囲の人間に囃し立てられ、天慧教団の教主として崇められる。そんな日々の中で、祗蓮は初めて自分の意志だけで動いていた。母親の命令でもなく、己の本心が子供を助けようとしていたのだ。
瞳を薄らと瞑る。
イメージを膨らませ、祗蓮は能力の発動を引き起こした。子供の身体が忽ち淡い光に包まれていく。血が滲んだ包帯が自然と解けた。汗を掻いて青ざめていた顔も、次第に収まった。
『これで大丈夫ですわ』
再生の完了を感じ取り、祗蓮が手を離す。
『あ、ありがとうございます!』
女性が祗蓮に向かって頭を何度も下げた。その腕の中では子供が安らかな吐息を立てて眠っている。《万物再生》の効力が無事に発揮されたらしい。怪我は完璧に治っていた。
『…………』
祗蓮が無言で振り返る。
後ろには、鬼の形相を浮かべる教主の指導者が立っていた。後で叩かれるだろうな、と思った。
待ち受ける罰には心が落ち込んだ。一方で、胸の奥には喜びも同時に存在していた。達成感と言っても間違いではない。能力者か否か。その前提を余所に、子供を自分の能力で救えた事が嬉しかったのだ。
――考えれば、この出来事が祗蓮に現在の自我を芽生えさせた。
「まさか……あの時の子供が……」
「ええ。無能力者でしたが、確かに私の子供ですよ」
うろ覚えだが、女性も能力者だと祗蓮は記憶している。教団の方針なら夫が能力者であるのは当然だろう。相手が自分の世話係だったのは全く予想していなかったが。
「妻も教主様に感謝していますよ。私も貴方に一生の恩を感じています」
春井が感謝を述べた。間近で礼を言われた祗蓮の顔が赤くなる。
「べ、別に……あれは、単なる気まぐれというか……」
こんな風に言われたのは初めてだった。教主だった頃はいつも誰かの指示で動いていたので、自分の手柄だとは見なしてない。教団が壊滅した後も他者との接触をなるべく避けていた。今までを通して《万物再生》を誇れる場面など無かった。
それでも、現に春井は祗蓮へと頭を垂れている。その事が嬉しくもあり、もどかしくもあり、申し訳なくもあった。
「ワタクシは、ただ……」
仰々しい春井の態度を正面から受け、祗蓮は言葉に詰まってしまった。喉の奥が気味悪く支える。
どんな傷でも治してしまう《万物再生》。この能力があったからこそ、天慧教団という組織は立ち上がってしまった。有効に活用された話を前にしても、教主としての過去は決して消えない。光が強くなって、影が濃くなる。その例えに従い、祗蓮は素直に喜ぶ事が出来なかった。
「教主様……いえ、祗蓮様」
そんな祗蓮の胸中を察してか、春井は手を包みながら口を開く。
「貴方は優しい方だ。だからこそ、過去を悔やんでいるのでしょう? 天慧教団の罪を自分で背負っているのでしょう?」
図星だった。真っ直ぐな言葉が心に突き刺さる。
「……罪を背負うのは、貴方の自由です。背負わせてしまった私達がとやかく言える事ではありません」
春井が済まなそうに顔を顰めた。
彼を責めたかった訳ではない。自分の問題なのだ。上手く説明は出来ないが、祗蓮は彼の罪悪感を否定しようとした。
「それでも、その罪に囚われないでください」
口を僅かに開けたまま、祗蓮が固まった。
幼い頃から付き添ってくれた世話係の男はそっと両手を離した。曲げた膝の上に降ろしては、目元から力を抜いた。
「私もかつては天慧教団に賛同していました。……ですが、子供が生まれてから考えが変わりましたよ。人を幸せにするのに、能力があるかどうかなんて、関係ないんです。教団は……いえ、木場は間違っています」
「……っ」
あまりにも大胆な発言に釣られて、祗蓮は監視カメラの存在が気になった。反射的に視線を上げてしまう。
些細な動きに合わせて、春井が立ち上がった。目線の先に上半身を重ねる。祗蓮の動作はカメラのレンズから見事に逃れた。
「能力に関係なく、私は家族の幸せを守りたい。そう思ったからこそ、私は木場の誘いに乗りました。教団の残党たちを、内側から滅ぼす為に……!」
「春……井……」
下手をすれば木場に始末される。その可能性が高いと承知の上で、残党に加わったのだろう。尋常ではない覚悟だった。
「すぐに信じろとは言いません。ご友人も救えたかどうかは分かりませんし……」
「ご友人? ――祐雅のことですの? 無事でしたの!?」
思いがけない言葉に祗蓮は反応した。注意も忘れて不用意に動く。即座に顔を持ち上げ、期待の眼差しで春井を見つめた。
「……恐らく、ですが……。私は学園で一人の能力者と対峙し、すぐに降参しました。そして、その時にアジトの情報を流しました。教団を壊滅させるには、アジトごと襲撃させるしかありません。教主様を奪還できなければ、木場達はすぐにここから移動していたでしょう」
春井は軽く首を回し、周囲を眺めた。
「あの能力者が、影から私達を観察していた筈です。彼女がケインを撃退していると思いますが……。すみません。確証も無い話で」
「いえ。春井、……よくやってくれましたわ」
祗蓮が双肩を落とした。張り詰めていた神経が緩み、気が少しだけ楽になった。
「…………ところで、彼は、その」
「え?」
不意に春井がぎこちない口調を発した。問い方と視線が無意識に彷徨っている。普段は段取りが良いのだが、今に限っては逡巡が暴露されていた。祗蓮も前後の意図を掴めずに首を傾げる。
「ご友人ではなく、……祗蓮様の恋人なのですか?」
「――なっ!」
あんぐり、と祗蓮が大口を開ける。
甚だしい誤解だった。誰があんなふざけた人と。春井に違うと突き付けてやりたかった。
「彼は……貴方の為に自ら危険に飛び込んだ」
事実を指摘される。反論が口から出せなくなった。
「再生能力を持っている祗蓮様が居るとは言え、あんな事、容易には出来ませんよ。何より、貴方の安全を第一に考えて行動していた」
古崎祐雅という少年の気質が明らかになっていく。間近で眺めていた祗蓮には特に気にする暇がなかった。だが、春井によって認識が改められる。
(言われてみれば……そうかも、しれませんわね……)
麻痺していた感情が蘇る。不安や心配で失っていた情動が再び胸を灯す。ふざけた様子の祐雅を思い返すと、何故だか顔が熱くなった。
「べ、別に……そんなんじゃ……」
舌がもどかしく波打つ。熱を帯びた頬が恥ずかしくて、祗蓮は顔色を隠す様に俯いた。
「……ふ」
そんな様子を眺め、春井は小さく笑みをこぼした。
「どちらにせよ、良い出会いが会ったのですね。……どうかご安心下さい。彼にはまた会えますよ。私が、必ず貴方を元の、本当の世界に戻してみせますから」
カメラを背に、祗蓮を前にして、春井は覚悟を含んだ声でそう告げた。下げていた拳が強く握られている。
「信頼はいりません。教団の一員としてではなく、恩を受けた一人として。私は貴方をここから抜け出させてみせます。そして、許されるなら……貴方の幸せも願いましょう」
過去の自分が、現在の自分を救う手掛かりとなったこの瞬間。祗蓮は瞳を深く閉ざし、芽生えた自我に遅れながら感謝の思いを抱く。春井の言葉をしっかりと噛みしめて、力強く頷いた。
「……ええ」
――ありがとう、春井。祗蓮は胸中で小さく呟く。その両の目尻には、涙が薄らと浮かんでいた。
テスト勉強の為、執筆速度が落ちてしまいました。効率の良い執筆方法を模索中です。もう少し書いていたのですが、来週に保険としておきます。すみません。次は一週間後の予定です。




