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万物再生の能力⑱ 「アジト」

久しぶりの投降です。

 山奥を突き進む。背負った物々しい鞄が重い。樹木が太く根付いた地面は荒く、油断すればすぐに足を引っ掛けそうだった。


「うげえ……。どんだけ立地悪いんだよ」


 古崎祐雅は額に汗を浮かべながらそう漏らした。

 連れ去られた祗蓮を探し、天慧教団の残党が潜むアジトを目指している。十臥小夜莉から聞き出した情報をネット経由で検索した。該当するホテルは簡単に見つかり、こうして単独でその場所へと近付いていた。

 しかし、道のりが想像以上に厳しかった。秘密裏に持ち出した道具も伸し掛かる。到着する前に心が折れそうだった。


「くそ……。精神系の能力とかで場所を隠されてたら、どうしようもねえな」


 もしもアジトが幻覚によって木々等にカモフラージュされていれば、祐雅が発見出来る可能性は極端に低くなる。

 学園の襲撃時にそうした能力が見られなかった事から、祐雅はそこまでの能力者は居ないと踏んだ。だが、前に踏み出すべき足は意気込みに反して重くなる。


「どのみち行くしか……ねえよ、な」


 躊躇と不安を勢いで押し殺し、祐雅は前に進む。背中で、がちゃんと音が鳴っていた。


「……お」


 ふと、目の前の樹木が少なくなった事に気付く。

 祐雅は歩幅を大きくした。両手でバランスを取りながら、前へ前へと一心不乱に突き進んでいく。

 その果てに視界が開けた。山奥の中で不自然に建っている建物が目下にあった。あれが天慧教団のアジトだ、と祐雅は直感する。


「ここか」


 周りの人気の無さに反して、ホテルの窓から明かりが漏れていた。営業員ではないのだろう。点灯している部屋はせいぜい二十程度だ。だが、実際には部屋の大小も関係してくる。様子見だけの数よりも相手は多いと考えるべきだった。

 周囲を確認してから、祐雅は近くの樹木に身を潜ませる。小さく屈みながら、太い木の根元に着いた。そこでほぼ盗んで来た鞄の中身を弄る。


「てってれー。男のロマン、双眼鏡(暗視スコープ付き)~」


 軽快なメロディを口ずさみながら、祐雅は取り出した道具をホテルに向けた。スコープに両目を当てる。そして、突破すべき敵の様子を観察する。


「…………やっぱ入口は固められてんな。単独で動いている奴もいない」


 最低限の警備は施されていた。出入口を担当している人数自体は多くないが、こちらは祐雅一人だけだ。突破するのは難しかった。

 ただし、手詰まりではない。


「傭兵を使ってるって事は……本来の天慧教団が少ない筈だ。そこを上手く突けば……」


 祥子の話から大体の見当は付けていた。胡散臭い金髪の男、ケインが大事な学園の襲撃及び祗蓮の拉致作戦に参加している。それは無傷で攫う以外に、そうした能力者が少ないという理由があった為だ。

 天慧教団は能力者を優遇する宗教団体。その数が多いとすれば、一人ぐらいはケインと似た精神系の能力者が居てもおかしくない。だが、実際は違った。


「学園の生徒が失踪してんのも、多分あいつらのせいだろうな……」


 祐雅は《爆破》の能力を持った少年を思い返す。不自然な挙動が明らかに他者からの干渉を示していた。それに、謎の失踪も関わって来る。全てが天慧教団によるものならば、完璧に腑に落ちた。

 天慧教団が祗蓮を狙い、まずこのホテルに集合した。次に何らかの手段によって学園の生徒を一部だけ手駒にしていく。そして、使える能力者を選りすぐり、学園に潜入したといった所である。


「大半はまともな行動が出来ない筈だ。だったら、何か抜け穴が……」


 双眼鏡によって拡大された視界に集中する。

 学生とは思えない年恰好の男がまばらに散っていた。彼等が虚ろな学生達の指揮を執っているらしい。予想よりは多くない、と祐雅は思った。


「四、五人ずつ固まってるな」


 隙間を探す。実際に注意するのは自我を保った指揮官だけだ。見かけより四、五分の一は少ない。気が微かに楽になった。


 ――がさっ。

 背後から、音がした。


「いっ……!」


 油断をした直後だった。驚いた祐雅は思わず声を発してしまっていた。そして自らの過ちをすぐに悟る。


(や……べ……)


 自分の存在を、敵に気取られた。

 相手はかなりの確率で能力者だ。洗脳されているとはいえ、その力が脅威にならない訳ではない。

 第一階級の祐雅が勝つには、先手もしくは裏を掻く必要があった。

 しかし、それらの選択は既に潰された。


「クソ――ッ!」


 なりふり構わずに祐雅はその場から飛び退けた。衣服が汚れようが気にする事は無い。大胆に背中から草木の中へと転がっていく。

 姿勢を整える。両膝を立て、近くの樹木に身を潜めさせた。


「…………」


 高鳴る心臓を必死に抑えながら、祐雅は相手の動向に用心した。下手に動けば能力の餌食になる。しかし、このまま硬直していれば、天慧教団の指揮官への伝達を許してしまうかもしれない。どちらも最悪の事態だった。

 戦う。もしくは、逃げる。

 成功する確率は両方とも五分ずつ。汗ばんだ掌を握り締め、祐雅は選択の最前線まで事を運ぼうとする。

 勢いよく、樹木の裏側から身を乗り出した。重い荷物を背負い、全力で疾走していく。長い様で短い一瞬。祐雅は無事に近くの物陰へと隠れ切った。


(どうだ? 今ので攻撃はしたのか? それとも……!?)

 相手の反応を窺う。


「…………ぁ……」


 学園の制服を着た男子生徒が、その場で呆然と立っていた。


「は?」


 何もしてこない。誰かに連絡を取ろうともしていない。ただ、虚ろな両目で祐雅を眺めているだけだった。


「あり? 焦って損したパターン?」


 思わぬ状況に唖然とさせられる。

 様子がおかしかった。交戦した爆破能力者とは異なり、彼はずっと棒立ちの状態を保っていた。視線は祐雅を追っている。だが、行動は起こさなかった。


(何なんだよ、一体……)


 よく考えれば、この洗脳生徒がここに居る事自体が妙なのだ。

 先程、数人がかりで行動していると確認した。こうして単独で動き回る能力者が居るのはおかしい。


「あ……あ」


 やがて、祐雅を発見した能力者は元の道筋に戻っていった。視界から周囲の暗闇へと完全に飲み込まれる。最後に発した虚ろな声も聞こえなくなった。どうやら遠くへ行ってしまった様だ。


「おいおい」


 胸の鼓動だけが事態を超えて激しく唸っていた。祐雅は予想外の事態を前に苦笑いを浮かべる。自分としては幸いだ。だが、言い様のない気恥ずかしさに襲われてしまった。


「……待てよ?」


 打って変わって、とある考えが閃く。

 祐雅はすぐさま双眼鏡を構え直した。身を低くして、敵陣の全体を俯瞰していく。


「やっぱりそうだ。一ヶ所だけ、見回りが行き届いてない点があるな。あいつはあそこから来たんだ」


 目を凝らさなければ分からない様な、ほんの僅かな隙間。

 ホテルの角を挟んだ場所だ。近くに非常階段らしき影が見える。出入口として大事な箇所である。けれども、周囲の人間による注意は全く行き届いていない。その階段を通る者がいたとしても、誰も気付かないのだろう。

 あまりにも緩い警備態勢に、祐雅は呟かずにいられなかった。


「ガバガバ過ぎんだろ。……いや、ここまでが限界なのか?」


 どちらにせよ、侵入経路を発見出来たのだ。相手方の能力は二の次。祐雅はこれまで以上に警戒しながら、鞄を持って動き始めた。




 高級品の家具で整えられた最高級のスイートルーム。漂っていた埃臭さが長年の未使用を物語る。


「ここは……一体……?」


 そんな一室の中央で、御京院・アナスタシア・祗蓮は人知れず呟いた。

 ベッドの上で目を覚ましてから、上半身を起こす。首を回して周囲を一望した。何処かのホテルに居るとすぐに悟った。身体を見下ろし、服装が変わっていない事も把握する。寝間着ではなく、学生服のままだった。


「ワタクシは、確か……」


 ぼんやりとした頭を抱え、祗蓮が記憶の底を弄る。


「――――っ」


 そして、自分の身の上に起きた出来事が頭の中で再生された。学園に天慧教団の残党が現れ、祐雅と共に逃げていた。春井明人、木場京悟の顔がよぎる。彼等が立ちはだかった。それでも必死に走った。


「いきなり、気が、遠くなって……」


 祗蓮は両目を強く瞑った。

 自分の身体の弱さは充分に承知している。だが、あの気絶はあまりにも不自然だった。明細に保っている記憶にも予兆はない。誰かの精神系能力に干渉されたのだろう。


「祐雅……は?」


 薄らと視界を開き、守ってくれていた少年の身を案じる。周りには誰もいない。当然だと思った。天慧教団は教主であった自分を攫いに来たのだ。第一階級の能力者には目も呉れなかった筈だ。ただ、無事かどうかまでは分からない。


「…………」


 広い部屋に、祗蓮は一人きり。


(今だけ……祐雅の騒がしさが恋しいですわ)


 薄手の毛布を握り締め、祗蓮は寂しさに耐えた。金をかけたであろうスイートルームとは裏腹に気分を落ち込ませていく。

 凍えた心境。

 その祗蓮を余所として、部屋中にノック音が響いた。


「失礼します。祗蓮様」


 扉が開く。スーツを来た男がお盆を手に入って来た。


「お目覚めですか。気分は如何です?」

「……春、井」


 懐かしい顔がそこにあった。敵意が微塵もない様な穏やかな表情は、祗蓮が成長しても全く変わっていない。だからこそ幼かった自分は懐いた。

 年が経った今では、逆に憎く感じてしまう。


「こんな所に連れ込まれて……! 気分が良いと思っていますの!?」


 祗蓮の激昂が飛ぶ。


「申し訳ありません。これが今の我々に用意できる最高の部屋なのです。暫くの間は、ご辛抱下さい」


 甲高い不服を受け流し、春井明人は持っていたお盆をローテーブルに乗せた。白いマグカップが祗蓮から見えた。湯気が立っている。


「紅茶を淹れてきました。落ち着きますよ」

「素直に飲むと思いますの?」


 平然とする春井明人を、祗蓮は強く睨む。


「覚えていますわよ。貴方の能力は《物質具現》。具現できる物質は固体・粉末状に制限される代わりに、任意の性質を付加できる」

「光栄です」

「……生徒の洗脳も、貴方が生み出した薬の影響ですわね? ワタクシも、よく貴方が生み出した薬の世話になりましたもの……」


 春井明人はかつて教主であった祗蓮の世話係だった。その頃の思い出が、直に恐怖と緊張へ変わる。

 幼少期は常に春井明人が傍に居た。故に、祗蓮の人格形成には彼の存在が大きく関わっている。祗蓮の思考が殆ど読まれている、と考えて良かった。心細くなった途端に淹れ立ての紅茶を持って来たのが、良い証拠である。


「無理強いするつもりはありません。こちらに置いておきましょう」


 顔色を一切崩さずに、春井は言葉を述べた。


「トイレ・バスは右の部屋に、冷蔵庫などは左の奥にあります。お茶のお代わりやお食事が欲しい時、また何らかの要望がある時はその入口の扉を叩いて下さい。すぐに私が来ましょう」


 片手で部屋の説明をしていく。春井は最後に部屋の外へと続く扉の存在を示した。言葉の裏側には幾つかの意味合いが隠れていた。用事は扉を通して外部へ発信する。要するに、祗蓮の声を春井へと伝える者が居るのだ。壁を挟んで監視されている、と言われたのも同然だった。

 逃げられる状況ではない。祗蓮はそう悟ってしまった。


「春井……」

「はい? 何でしょうか」


 目を合わせない様にしながら、震えた声を絞り出す。


「祐雅は、どうしましたの?」


 本当は訊くのが怖かった。だが、知らずにはいられなかった。天慧教団は能力者の優遇を主張する宗教団体である。能力を目撃してはいないが、学園の生徒である限り祐雅も能力を持っているのだ。

 無傷とはいかないまでも、きっと無事――――。


「さあ? 多分、死んでいると思いますよ? 最後を見てはいませんが、木場様

が私達の仲間にそう命じたので」


 希望は一瞬で砕かれた。

 懸命に抑えていた予想が春井によって口にされた。祗蓮は短く呆け、すぐに目付きを鋭くしていった。


「どう、して……!? 昔の貴方は、そんな人じゃなかった筈ですわ!」


 かつての春井明人は優しい人間だった。能力の多用で苦しんでいる祗蓮を何度も支えてくれた。脳裏には、まだ柔和な微笑が染み付いている。

 だからこそ、一見して色褪せていない春井の顔が苦しかった。


「…………。私は、昔も今も変わってはいませんよ。木場様の理念に従い、能力者の為の未来を我々の手で作り出す。ただそれだけです」


 春井明人は顔付きを曇らせ、冷たく言い放った。颯爽と踵を返す。両目を潤わせる祗蓮に背を向けて、扉の方へと進んでいく。


「ああ、そうだ」


 廊下へと続くのであろう出入口の前で、春井が立ち止まる。そこで首を小さく上に伸ばした。口を小さく開く。無機質な語調による呟きが、部屋の中に投げられた。


「安全を考慮して、この部屋には監視カメラが取り付けられています。どこに設置されているかまでは教えられませんが、音声が記録されない事は伝えておきます。プライバシーは極力守りますので、ご安心を」


 ベッドの上で、祗蓮は再び部屋の中を見回した。天井近くにてそれらしき機器が確かに取り付けられていた。ベッドの傍から玄関までの空間が捉えられている。

 逃亡を防ぐ為のカメラだろう。大事な情報であったが、春井の話に衝撃を受けた頭には中々入りきらなかった。


「いいですか? この部屋では、音は記録されませんよ」


 同じ言葉を重複させてから、春井は扉を開けた。


「……?」


 祗蓮が眉根を寄せる。ぱたん、と直後に扉の締まる音が続いた。規則正しい足音が段々と遠ざかっていく。祗蓮は違和感を抱いたのだが、どちらにせよ現時点では解消する気力が不足していた。

 毛布を手繰り寄せ、祗蓮は膝を抱える。


「……祐雅……」


 忌まわしき過去に巻き込んでしまった少年の名を呼び、祗蓮は両膝に自分の顔を押し付けた。


祗蓮編、後半に入りました。頑張って書いていこうと思います。

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