万物再生の能力⑰ 「場所」
最新話です。インターバル的なお話です。
薄らと目を開ける。二つ並んだ細長い蛍光灯が視界に映った。照明は点いておらず、辺りは薄暗い。ここが何処か、すぐには分からなかった。
重い頭を抱え、祐雅は記憶を振り返る。
「ああ、そうか。……俺」
自分は気絶していたのだ。胡散臭い外人から祥子によって救出された。その後、安堵から気が抜けてしまった。どうやら受けていた能力が精神系のそうした効果を持っていたのだろう。瞳を開けているのも辛く、祐雅の意識はそこから途切れていた。
「祗蓮……」
消えてしまった少女の名を虚空に呼ぶ。返事はなかった。当然だった。自分の失敗で祗蓮が連れ去られたのだ。この事実が、木場によって殴られた身体よりも精神を痛めつける。
「くそ、祥子さんは……どこだ?」
上半身を起こして姿を探す。だが、メイドどころか誰一人も周辺には居なかった。祐雅が眠っていたここは保健室だった。見覚えのあるポスターや机が目に入る。学園内の施設である事は自分が重傷ではないという意味も含んでいた。骨折など負っていたら、普通は病院等へ運ばれるだろう。
身体を動かして痛みを覚えたので、木場の念動能力で殴られた背中を抑えた。手加減をされたのか手抜きをされたのか。恐らく、後者である。今回の学園への襲撃は、祗蓮の強奪を目的としていた。俺を殺害する時間を惜しんだのだろう。
「いてて。……念動系は卑怯すぎんだろ。何だよ、同じタイプじゃなきゃ能力が見られないって」
つまり、木場京悟の攻撃を通常では祐雅は視認出来ないのだ。発動の後先より、能力そのものが見えない。実に厄介な能力だ。
――対策が思いつかない、という訳ではない。ただ、それは今の祐雅が考えても仕方がない。一先ずは現状を把握するべきだった。あの襲撃から数時間は経っている様だが、学園や配下の組織はどんな判断をしているのか。それが真っ先に気になった。
(……祗蓮は第八階級。それに貴重な治癒係の能力者だ。学園どころか国が放っておく筈が無い)
そこまでは推測が済んだ。
しかし、祐雅は他の事を懸念する。犯人はかつて滅んだ筈の天慧教団。捕まっていない団員は、殆どが指名手配されていると考えて良かった。
(それなのに、これまで捕まっていないんだ。隠れる事に長けている。下手をしたら国や学園が動いても、祗蓮の居場所が分からないかもしれない……!)
囚われている拠点を探り出さなければ、そもそも救出の仕様がない。探す為の時間を費やせば費やす程に祗蓮の安全は保障されなくなる。早急に襲撃者達のアジトを断定し、こちらから襲撃をやり返せねばならなかった。
難点を見つめ直し、祐雅は改めて厄介だと感じた。
「あの外人……ケインだっけか? あいつが何らかの情報を持っている筈だ」
普通に考えれば、祥子や風紀委員が真っ先に尋問を行っている。だが、簡単に口を割るものだろうか。相手は少なくとも素人ではない。情報を引き出すには時間がかかると思われた。
その時、保健室の扉が急に開いた。
「やあ、起きたか」
「……祥子さん」
入口にはメイドが立っていた。祥子は壁際のスイッチへと手を伸ばし、保健室中の照明を全て点灯する。一瞬にして光量が増えた。急な変化に対応しきれず、祐雅の瞳が必然と細くなる。
「気分はどうだい? ここの先生によると骨折もないし、内臓も傷付いてないという話だけど」
「いや、まあ、全身痛いけど……元気は元気」
「そうか。なら、良かった」
祥子は祐雅の傍へと歩み寄り、近くにあったパイプ椅子へと腰を下ろした。足を組んでから、顔を向き合わせる。無表情に似た顔が浮かんでいた。
「さて、君はあくまで今回の襲撃事件の被害者だ。普段なら情報も渡さず安静にさせている所だが、特別に大まかな事情だけは話しておこう」
寛大なメイドの気遣いに祐雅は感謝した。どうやらある程度の情報は彼女から聞き出せそうだった。
――何から話そうか、と前置きから祥子が口を開く。
「まず、襲撃してきた組織について話そう。君も聴いた事があるだろう? かつて能力者を優遇する選民思想を持った宗教団体、天慧教団。滅んだ筈のその組織の残党こそが、犯人の正体だ」
祐雅は頷いた。既に知っていたからだ。
「知っている様だね。では、首謀者である木場京悟の事も分かるかい?」
名前と顔は分かるが、詳細までは辿り着いていない。しかし、その危険性は身を以って理解していた。木場京悟――祐雅を念動系の能力で殴った男だ。
「あいつだろ? 念動系を使うスーツの男。俺もそいつにやられたよ」
「ああ。それに関しては君が無事で良かった。…………木場京悟は凶暴だ。もしも奴等に時間の猶予があれば、祐雅君は殺されていたかもしれないね」
「怖いこと言わないでよ、祥子さん」
冗談で済まされない部分が笑えなかった。凶暴だ、と断定されている時点で暴力関係に秀でているのが明らかだ。背中に受けた圧倒的な殺意が今でもこびりついている。嫌な冷や汗が祐雅の額に滲んでいった。
念動の腕を生み出す能力――念動手腕、もしくは念動手拳。これらは他の念動系以外には視認できず、尚且つ通常の筋力よりも強力だ。一方的な攻撃には向いているのだろう。
「崇拝対象だった御京院・アナスタシア・祗蓮を再びシンボルとして掲げ、天慧教団を再興させる。それが今回の襲撃、及び誘拐の目的だ。……まあ、君も運が悪いね。学園から彼女の傍にいる様に指示された後で、こんな事件に巻き込まれるなんて」
「俺のことはいい。それよりも、祗蓮が何処にいるか分からないのか?」
「…………君が起きる前に、捕らえていたケインという男に尋問を行った。だが」
祥子の顔が曇った。やはり口を割らなかったか、と祐雅は察した。
「簡単にアジトの場所を吐いた」
「は?」
予想外の言葉が飛び出した。意味を理解しきれず、思わず聞き返してしまう。
「何だって? あの胡散臭い金髪男が……何を吐いたって?」
「アジトの場所だよ。ケインは木場に雇われた能力持ちの傭兵だったらしい。本名はケイン・フォンベルト。能力は精神系の《気力強奪》だ。元から天慧教団そのものには興味がなかったらしい」
ケインは外部から手に入れた戦力だった。純粋に木場との目的を共有していなかったのだろう。報酬だけを求め、失敗してしまえば後はどうなっても良い。その信条が雇い主の情報を暴露するきっかけと化したらしい。
微かな希望の光を感じ取り、祐雅はいつの間にか張っていた緊張を落とした。短い息を吐き、暗い顔つきの祥子に話しかける。
「びっくりさせないでよ、祥子さん。思わず何の情報も得られなかったのかと思ったぜ。アジトが分かったのなら、すぐにでも救出に行けるよな?」
「……ああ」
祐雅の心境とは裏腹に、祥子は淀みのある相槌を返した。暗雲が漂う様子に釣られて不安を覚えてしまう。今までの話で何か問題が発生していたのか。祐雅には皆目見当も付かなかった。
「残念だが、そう上手くはいかないんだよ。天慧教団の残党の多くがそうした外部戦力だとしたら、事態は楽観視できなくなる」
「どういう事だよ?」
「首謀者の木場が持つ目的を、組織全体が重要視していない。……すなわち、シンボルの存在を軽く見ている可能性が高い」
シンボルとは、連れ去られた御京院・アナスタシア・祗蓮その人を示している。その存在を軽く見ているという言葉は、祐雅に並々ならぬ危機感を与えた。
「――祗蓮が、危ない……っ?」
「まだ断定は出来ない。木場が首謀者である限り、彼女は天慧教団にとって欠かせない人材だ。その扱いは丁重に行われるだろう。……けれども、何らかの要因によっていとも容易く切り捨てられる危険も、充分に有り得るんだ」
国や学園からの人員を向かわせれば、それがきっかけで祗蓮の身が危うくなるかもしれない。故に、祥子はアジトが分かってもなお表情を重くしていたのだ。
「面倒くさいな」
祗蓮の無事は何よりも優先される。だが、その人命を救出しようとした途端に危険が生じてしまうのだ。矛盾した理論だった。
「地の利はむこうにある。それに戦力が必要だ。こちらが一定の人数になるのは間違いないだろう。そして、その人数で気付かれずに救出するのは難しい」
「じゃあ、どうすんだよ」
「私も出る。あと他の第八階級も学園から派遣される」
最高階級の能力者を連れ出し、圧倒的な力でアジトを占拠するらしい。短時間で制圧出来れば祗蓮の無事も確保しやすいだろう。
祐雅は痛みを無視して身を乗り出した。
「祥子さんが行くって言うなら……俺も必要になるだろ」
彼女は特殊な組織に所属している。祐雅も詳しくは知らないが、表沙汰には顔を出せない様だった。そんな立場で風紀委員や学園の組織に協力するのだ。自分も参加して良いだろうと考えていた。
「駄目だ」
「え?」
しかし、冷酷な拒否に耳を貫かれた。
「君は連れて行かない。危険だ」
「……ちょ、ちょっと待ってよ。祥子さんの能力は、俺じゃないと」
「不要だ。今まで君がいなくても任務には成功してきた。しかも、君を連れて行けば逆に足手まといになってしまうんだよ」
そんな事は無い、と口を開こうとした。
吸った空気がただ吐かれる。声にならなかった。遅れながら彼女の言う通りだと悟る。祐雅は自分の能力を含めても、身を守る術を一切持っていない。整いつつある作戦に参加しても大した活躍は出来ないのだ。
らしくない、と祐雅が自分を顧みた。この程度の事実は自分でも承知していた。古崎祐雅は最底辺の第一階級。無能に等しい能力者である。
「…………まあ、心配するな。明日には彼女は無事に戻って来る。君はそれまで学園で待っていればいい」
冷徹の直後に優しさが響いた。祥子は祐雅の両目に焦点を合わせて、ゆっくりと言い聞かせた。
「君にだってやれる事はあるさ。彼女が学園に戻ってきた時、君が笑顔で出迎えてあげるんだよ。これは君にしかできない、重要な役割だ」
「あ、ああ……」
祥子の言い分も重々飲み込めた。それでも、心の片隅で黒い靄が立ち込める。後悔と責任が混じり合っていた。襲撃された際に不用意な誘導をしてしまったのは祐雅だ。あの選択さえなければ、祗蓮は守れたのかもしれない。そうした思いがいつまでも胸に渦巻いていた。
「いいね? 君は、学園に居るんだ」
「………………」
二度目の指示を前に、祐雅は小さく首肯した。
「いい子だ。これで心配事はなくなった。……では、そろそろ行くよ」
椅子から立ち上がり、祥子が踵を返す。一度も振り返らずに保健室の扉まで歩いていった。そして、扉を開閉してから姿を見えなくする。足音が淡々と廊下に積もっていった。
「くそ。……今だけ、自分の階級が恨めしくなる……」
祐雅は起こしていた上半身を横たわらせた。明かりの灯った天井を仰ぎ、降り注ぐ光を片腕で防ぐ。
(明日まで……ねえ)
様々な考えが浮かび上がり、泡の如く弾けていく。待っているだけなら頭など使わなくていい。それなのに、祐雅は祗蓮の救出について考えずにはいられなかった。
「ちくしょう…………」
どれだけ不満を漏らしても、祗蓮の助けにはならない。それを知りながら、祐雅は胸の奥で淀んでいた感情を呟いた。
部室棟の階段を昇る。身体の痛みもある程度は引いていたので、あまり辛くなかった。
「やっぱ、誰もいないか」
祐雅は祗蓮が立ち上げた部室に入っていた。中は人気が無く、窓から入り込む月光だけが四隅まで満ちていた。
この第二美術部は創設したばかりだ。活動どころか部員すら全く存在していない。祐雅の前に広がるのは当たり前の光景だった。
扉付近のスイッチを入れると室内が明るくなった。それから部室の中央へと進み、祐雅は周囲を見回す。
「おっ。あった」
壁際に見覚えのある鞄を発見した。歩み寄り、微妙に開いているファスナーを一思いに全開させた。中から漫画本が溢れ落ちる。祐雅はそれらを掻き分け、奥底に眠っている分厚い本を手に取った。
題名には『初心者から始めるデッサン入門書』と銘打ってある。その太文字を眺め、祐雅が溜息をこぼす。
「はぁ。あいつ、俺が隠してたコレにも気付いてねえよな」
悪戯心で隠していた参考書だった。茶目っ気を出しつつ好感度を上げようという作戦を考えていた。だが、それも今になっては全く意味をなさない。肝心の祗蓮は木場達に攫われてしまったからだ。
美術用の入門書を片手に祐雅は立ち尽くす。じっとその場で固まり続ける。
「…………」
視線を降ろしたまま、一分近くが経った。
「おい」
突然、扉の傍に女子生徒が現れた。部室に佇む祐雅を睨んでいる。
「やはり貴様か、古崎祐雅。こんな所で何をしている」
祐雅の背後に姿を見せたのは、木刀を携えた風紀委員――十臥小夜莉だった。制服が僅かに汚れていた。彼女も天慧教団の残党と戦ったのだ、と察しが付く。
「ちょっと、な」
十臥小夜莉と祐雅はあまり面識がない。距離感は曖昧。それどころか、一方的な嫌悪を祐雅が抱かれているぐらいだ。
「先程、貴様が委員会室の前を通っているのを見かけた。貴様は保健室で寝ていた筈ではないのか? 何故、こんな空き部屋に居る?」
「空き部屋じゃねえよ。きちんと部室になるんだよ、これから」
今はまだ誰にも使われていない。
それでもすぐに人の気配が満ちると信じていた。祐雅の脳裏に華奢で儚げな少女の顔が浮かんだ。彼女はきっと帰って来る。祐雅はその事を信じていた。
「ふん。とにかく、だ。今すぐに保健室へ戻れ」
小夜莉も彼女なりに祐雅の身を案じていた。口調を尖らせながら、安静を促してくる。
「……心配なんだよ、祗蓮が」
胸の上を拳で抑え、祐雅は視線を床元へ降ろす。そんな様子に流石の風紀委員も気遣いを覗かせる。一歩だけ距離を詰め、優しい言葉をかけた。
「そう不安になるな。御京院・アナスタシア・祗蓮は我らが必ず連れて帰る」
「……お前も作戦に参加するのかよ」
「ああ。襲撃してきた天慧教団の一人もこの手で直に倒している。その戦績が考慮され、委員長と共に作戦に参加する事となったのだ」
やはり服の汚れは戦闘によってついた物だった。祐雅は彼女の持つ能力の詳細を知らないが、相当な使い手なのだろうと予測した。反対に、自分の弱さも呪った。小夜莉と同じ位であれば、祗蓮が攫われるのを防げたのであろう。
「凄えな。…………でも、向こうも相当な人数だろ? どうやって、あんな所に隠れていたんだか」
小夜莉は短く呆気に取られてから、祐雅の疑問に答えた。
「私が捕まえた男の話によれば、所有者を脅したらしい」
「他の人の目とかはどうだったんだ? あんな怪しそうな連中、かなり目立つだろ」
「あそこは元から廃業が決まっていたらしい。周辺にも単なる山しかない。だからこそ、捜査の目も誤魔化せた様だ」
そうか、と祐雅は小さく頷いた。
今度は夜闇が広がっている窓の向こうへと瞳を寄せる。連れ去られた祗蓮へと思いをはせていた。その心境は、あまり親しくない小夜莉にさえ伝わった。
「ああ、くそ!」
唐突に祐雅が髪の毛を掻きむしる。
「祗蓮がどうなってるか心配だ! 監禁とかされてないだろうな!? 俺より年上でも、あいつはか弱い女の子なんだぞ!」
部屋の隅にまで祐雅の大声が響き渡る。祐雅の言動は激しく荒れていた。天慧教団によって連れ去られた祗蓮。その安全を危惧して、ここまでの動揺を露わにしていたのだ。
「古崎祐雅」
不安定な状態にある祐雅へ、小夜莉が言い聞かせる。
「安心しろ。奴らは彼女を教主として扱っている。それに場所は仮にもホテルだ。そうそう不便な扱いは受けていないだろう」
その説得を皮切りに、祐雅の全身が安堵に緩んだ。小夜莉を見つめ、微笑に重ねて納得を述べる。
「……そっか。…………そうだよな」
祐雅が小夜莉の隣を追い越し、部室の扉まで歩む。少し急かした歩調だった。絶好調とはまだ言えない様である。
「ありがと、風紀委員」
胸中の不安を吐ききった為か、爽やかな顔つきで祐雅は感謝を口にした。小夜莉が鼻息だけで応じる。その後、祐雅は部室から離れていった。
小夜莉も特に止めなかった。保健室に戻ったのだと考えていた。自分もこれから作戦がある。学園から派遣される第八階級の引率も行わなければならない。成功すれば祗蓮を連れ戻せるのだ。古崎祐雅に恩を着せる程の気概で、明かりを消してから部室を後にした。
――この時点でも、小夜莉は気付いていなかった。
祐雅に情報を与えてしまった事に。
先に退室した祐雅は口元にはっきりとした笑みを作っていた。風紀委員の小夜莉に心から感謝している。
「場所はそう遠くない。周りが山だらけのホテル。……ここまで分かれば、後は充分だ!」
携帯を片手に祐雅は急ぐ。得意の誘導によって天慧教団のアジトが何処にあるかを聞き出した。戦力は頼りないが考えはあった。身体の痛みもあまり気にならない。それよりも、自分の愚策に打ちひしがれている方がずっと辛かった。
だから、己の手で助けに行くと決めた。
「待ってろよ、祗蓮……!」
最低と称される第一階級の能力者――古崎祐雅は、単独で天慧教団の懐へと向かっていった。
小夜莉さんはちょっと頭が固い人です。でも強いです。次回は少し遅くなります。申し訳ありません。




