万物再生の能力⑤’ 「卑怯」
前話の続きです。ちょっと短めです。
爆破の能力者からとにかく遠くへ。二人は追手の視界に映らない様に走っていった。建物の影を利用して逃げる。一つ、二つと角を曲がった。次の物陰で祗蓮の息が切れる。祐雅は引いていた手を離し、その場で足を止める。
「一旦、ここら辺で隠れるぞ……!」
そこはベンチなどが並んだ野外の休憩所だった。雨風を凌げる屋根や壁は建てられている。半円状の隔たりが日陰を作っていた。祐雅に勧められ、祗蓮はその壁際に屈む。
「おい、祗蓮! お前一体何したんだよ!?」
「し、知りませんわ! ……ちょ、ちょっとぶつかったら、いきなり……!」
「どんなぶつかり方したら、能力で攻撃してくるんだよ! ちくしょー!」
祐雅と祗蓮が小声でやり取りをする。結論は全く出なかった。この間にも小さな爆音が段々と近づいて来ていた。
「……くそ、追って来てやがる」
端から顔を出し、祐雅が後方を確認する。爆発の残響は少しずつ大きくなっていた。空気の振動まで壁越しに響く。ゆっくりと。だが、確実に。あの男子生徒は二人の元へ順調に距離を詰めていた。
常に緩んでいた少年の顔に、焦りが滲む。目の当たりにしてしまった祗蓮も現状の危機を自覚した。狙われている。下手をしたら、命を落とす。遠い過去に捨てた恐怖が喉奥から込み上がる。
恐怖に心が飲み込まれ、祗蓮は近くにあった掌を必死に掴んだ。
「こ、古崎祐雅……。逃げますわよ……! 早く!」
「……落ち着けよ。焦ると余計にやばいぞ」
「ここで待っている方が数倍危険ですわ!」
自分でも驚く程の大声を祗蓮が発した。頼った祐雅が両目を見張っていた。焦るなと忠告された矢先。自ら居場所を教える様な言動を取ってしまった。
「だから、落ち着けって……! 気付かれるぞ」
注意を追跡して来る男子生徒へ傾けたまま、祐雅は祗蓮を宥める。淡白な口調に祗蓮の耳は射抜かれた。短く呆け、また小さく縮こまった。
「ご、ごめんなさい」
細い両肩を震わせる祗蓮。そんな様子を祐雅が横目で見つめ、顔を固定したまま唐突に呟いた。
「…………倒せる、かな」
祗蓮が顔を上げる。
「何を……言っておりますの?」
「言葉通りだ。俺があいつを黙らせてくる」
冗談には思えなかった。前髪の隙間から決意を秘めた瞳が見える。祐雅は真剣だ。一見して攻撃性の高い能力者を倒そうとしている。
「ど、どうやって……!? い、いえ。そもそも貴方の階級は? 能力は?」
今更だが、祗蓮は学園における祐雅の情報を全く得ていなかった。実験が終わったら顔を合わせる機会が多かった。そこから実験回数が少ない第五階級以下だと推測出来る。ここ数日間での印象も、戦闘系の能力者とはかけ離れている。
否定的な意見は、祗蓮の想像にすぎない。切羽詰まった危険の中、良い意味での裏切りを祗蓮は強く望んだ。
「俺の階級は第一だ」
「え……」
考えが裏付けられ、早々と期待が破り捨てられる。第一は学園でも最下層の階級だ。総合した効力は一般人と何ら変わらないとされている。
「そんで、攻撃も防御も出来ない。精神系の能力でもない」
「ええ…………!」
驚愕と失意が積み重なる。それでは手出しが不可能だ。相手が第一より上の階級に位置しているのは明らか。階級差を跳ね返すどころではない。祐雅がやろうとしているのは、能力者と無能力者の戦いである。
祗蓮は握っていた掌に力を入れて、窮した様子で訴えた。
「それでは無理ですわ! 不可能ですわ! 絶対に勝つことなど出来ませんわ!」
だから、早く逃げますわよ――祐雅にそう伝えた声は、爆音に掻き消された。すぐ近くまで来ている。祗蓮は怯え、少年の手を弱く引っ張った。
逆に、優しく包み返される。
「安心しろって。無能力イコール能力者に勝てない、じゃねえぞ?」
前髪で表情は見えず、視線もずっと向こうに注がれている。けれども、祐雅は祗蓮の心境を何よりも落ち着かせた。かつて出会った筋骨隆々な風紀委員長と比べれば、その体格はひょろひょろとしている。能力の壁を乗り越えられそうな身体能力はどこにもなかった。
即ち、勝算は無い。
そうした憶測を読んだかの如く、祐雅が祗蓮の方へ顔を回す。
「工夫だ、工夫。……ちょっとお前の協力がいるけどな。祗蓮。万物再生って、他人の傷とかも治せるか?」
「っ。祐雅、貴方……まさか」
自分の能力頼みで特攻をしかける。己を犠牲にした突撃を祗蓮は即座に思い描いてしまった。いけない。それならば二人で逃げるべきだ。
祗蓮は瞳を揺らして祐雅に詰め寄る。駄目ですわ、と言いだそうとする。
「祐……」
「あいつの股間に石をぶつける。痛がっている隙にアイツを止める。そして、その後でアイツの怪我を治してやって欲しいんだ」
「……雅」
予想外の回答を聞いてしまい、祗蓮は口を開けたまま固まった。祐雅も弱者なりに知恵を絞っているらしい。相手の弱点を狙うのも納得した。だが、どうしてもわだかまりが残ってしまう。
「頼んだぜ、祗蓮……!」
祗蓮の掌に祐雅が更に手を重ねる。真っ直ぐと瞳を合わせ、微笑みかけていた。
「…………。本気、ですの?」
「ああ、これ以上周りに被害を出しちゃやばい。股間に石をぶつけて、止めるんだ!」
祐雅の真剣さは痛い程に伝わった。女性である祗蓮だが、当たったら確かに痛そうだと思ってしまった。
この事態が解決するのは構わない。寧ろ全力で賛成だ。一方、他の方法を取って欲しいと懇願する祗蓮も居た。
(…………イマイチ、しまりませんわ)
襲撃された恐怖よりも、祐雅の型破りな提案に白けてしまう。祗蓮は無意識に両手を緩めた。祐雅の掌が離れていく。自由になった片手は握られる。
「じゃ、待ってろ」
気軽に言い放ち、祐雅は拳と共に物陰から出ていった。
それらの言動に演技が紛れていたのか。祗蓮には判断が付かなかった。しかし、一つだけ言える事がある。
祐雅のおかげで、祗蓮はもう怯えていなかった。
卑怯――祐雅が。次回はアクション回です。今回は実験的にこの時間帯に投稿しました。なるべく多くの人に読んでもらいたいです。




