万物再生の能力⑤ 「爆破」
最新話です。急展開です。
学園では午前中がクラスごとの授業、午後が各自で好みの講義を取るという形式を取っていた。勉学に時間を費やしても、適度な時間割を組んでも良い。部活動も価値を認められればどんな申請でも通った。能力者が集う巨大な学び舎。そこは実験場も兼ね備えた施設であったが、十分な自由も両立させていた。
そんな実験施設の自動ドアから、祗蓮が出て来る。緩やかに巻いた縦ロールが強風によって舞い上がる。髪とスカートを掌で抑え、祗蓮は目の前を恨めしそうに睨んだ。
「風が……強いですわね」
びゅおお、と唸る息吹が砂煙を躍らせていた。歩けない程ではない。祗蓮は身を縮めながら校舎の方へと歩いていった。
視界の隅で建物が飛び込んだ。祗蓮は目的の部室棟から道筋を替え、そちらを目指していく。ひとまず何処かで風を凌ごうと思ったのだ。
購買を通り、お茶菓子を幾つか見繕う。あまり気にいる物がなかった。並んでいた商品の中で一番高いケーキ風の菓子を選び、祗蓮は再び外へと出る。今度は自分の家から持って来ようと決めた。
扉を潜り抜け、周囲を見渡す。
「あら……風が弱くなってきましたわ」
白いビニール袋を両手で持ち、祗蓮が部室棟の方角を向く。
「おーい、祗蓮ー」
すると、最近では見慣れた少年の姿を目撃した。こちらへと走ってきている。祗蓮の前まで駆け寄っては、その正面で立ち止まる。若干の息切れを起こしていた。開いた口も何処か荒い言葉を吐いた。
「よう……! つい見かけたからな。どうせ部室に行くんだろ? 一緒に行こうぜ」
「呼び捨ては止めなさいと、何度言ったら分かるんですの? 全く貴方は、もう……」
会う度に言っている文句を投げかけ、祗蓮が祐雅の隣に立つ。
「ああ、悪い悪い、チョロイン」
「その呼び方も駄目ですわ!」
意味は良く分からなかったが、馬鹿にされているのは直感した。祗蓮は眉間に眉を寄せて祐雅を戒める。年上、及び先輩への敬意を払えと無言で訴えた。
「あれ? 何、その袋」
だが、肝心の本人は既に話題を切り替えていた。祗蓮が持っていたビニール袋に焦点を定めている。祗蓮の話は微塵も聴いていなかった。
「…………お茶菓子、ですわ」
相手にされない、と祗蓮は悟る。
勝ったばかりの商品を袋ごと高く持ち上げ、投げやりに中身を説明する。祐雅の分もあるとは口にしなかったが、透けている影は二つだ。個数の意味はすぐに気付かれ、祗蓮のすぐ傍で祐雅が腰のポケットをまさぐる。
「俺の分もあるの? 金、払うよ」
――別にいりませんわ、と祗蓮は口にする台詞を心で描いた。
「べ、別に貴方の分だとは言っておりませんわよ?」
しかし、実際には真逆の発言をしていた。無意識に二人分を購入していた事が今になって恥ずかしくなり、隠したくなったのだ。余計な意地を張った。祐雅にどんな反応をされるのか。祗蓮は恐る恐る隣を振り向いた。
「え、そうなの?」
意外と普通。そう思った矢先に追い打ちが掛けられる。
「一人で二つも食べるのか。でも、そんだけ食べても胸に脂肪は行かないと思うぞ。ただでさえ成長が絶望的なんだから」
「…………」
「え、ちょっと!? 何で先に行くんだよ?」
「……………………っ」
祗蓮は無言で歩を進めた。後ろで戸惑っている祐雅を置き去りにして、部室棟へと急ぐ。
不必要な反撃を受けてしまった。もやもやとした怒りが滾る。自分の他愛ない嘘がきっかけなので、何処にもぶつけ様がない。本当に一人で食べてやろう。そう決心して、祗蓮は見えていた曲がり角に突入した。
勢いを維持したまま、横へと折れる。
「きゃっ!」
曲がった先で人とぶつかってしまった。油断していた祗蓮は後ろによろめき、辛うじて踏み止まる。代わりに、持っていた袋から両手を離してしまった。白いビニール袋は落下し、地面で砂煙を上げる。
「ご、ごめんなさい。うっかりしていましたわ。怪我はありませんこと?」
衝突した生徒にむかって祗蓮は頭を下げた。
相手は小柄な男子生徒で、祗蓮と同じ位の全長だった。けれども、肩幅の差が歴然としており、細身の祗蓮と比べてがっちりと地に足を着けていた。怪我をしていないのは一目瞭然。祗蓮はすぐに胸を撫で下ろした。
「…………ぁ」
外見に傷の無い生徒が、小さな声で呟く。その声色は濁っていた。苦悶の際に出す呻きに似ている。顔もずっと伏せられていて、表情が不明だ。少なくとも平気な素振りには見えなかった。
予想に反して傷を負ったのか。祗蓮は内面で焦る。
「だ、大丈夫ですの……?」
幸いにも自分は《万物再生》の能力者だ。ぶつかって出来た青痣ならすぐに治せる。代償である血液の消費も少なく済む。
「怪我をしているな、言って下さいまし。ワタクシが治しますわ」
お詫びの気持ちを籠めて、祗蓮がそっと腕を伸ばした。
「――――ば」
突然、目の前の男子生徒が顔を持ち上げた。ぼさぼさとした黒い短髪を揺らし、見張った二つの瞳で祗蓮を直視する。
虹彩を覆う様にして、その双眸は紅く光っていた。
「え」
祗蓮が唖然とする。瞳の色は有り得るとして、眼が光る現象は明らかに異常だった。大抵の理由を授業で学んでいるからこそ、呆気に取られた。瞳の発光。それは能力者が能力発動時に起こす異変の一つ。
つまり、男子生徒の能力発動を示していた。
現象は即座に生じる。何もなかった祗蓮の周辺にて、三つの物体が浮かび上がった。ふわふわと漂う、淡いオレンジ色の球体が三つ。空洞が目視され、風に流されたかの如く祗蓮を取り囲んでいく。
「な、な…………っ?」
困惑する祗蓮の逃げ場は見当たらなかった。距離があるとはいえ、正体不明の物体だ。目を凝らしても、オレンジ色の霧で構成されている点しか分からない。
その間にも、能力を発動させた生徒は口を瞬かせる。
「――爆破」
三つの轟音が同時に鳴り響いた。激しい閃光と、爆炎が一瞬にして撒き散らされる。
「きゃああああっ!?」
祗蓮は悲鳴を上げて、咄嗟にしゃがみ込んだ。突如として起こった爆発。その爆風と劣化に全身が襲われる。
(何ですの? 何ですの!? そんなに気に障る事をしてしまいましたのっ!?)
爆音に鼓膜を飲み込まれた中、祗蓮が自分に問い質す。ぶつかっただけだ。重傷を負った様にも思えなかった。初対面なのも間違いない。瞬間に行いを見返しても、爆発能力で攻撃される理由は存在しない。
そもそも、こんな能力を安易に使えば風紀委員の処罰対象となる。単なる能力者ではなく、戦闘に特化した能力者の集団だ。学園中で彼等に戦いを挑む者さえ皆無。そんな委員達に喧嘩を売る真似は、確実に愚かと言えた。
「……ぅ…………?」
薄らと瞼を開ける。爆発に伴ってしばらく縮こまっていたが、自分の身体には何の変化もない。奇妙に思い、祗蓮は臆しながら目の前を確認した。
「何ともない……です……わっ」
視野で確認可能な範囲では怪我をしていなかった。ただし、大音量によって聴覚が痺れていた。上手く喋れない。きーん、という小さな耳鳴りも頭の中で残っている。不快な感触だった。だが、逃げるのには問題ない。
今度は男子生徒の方を見上げる。何の目的があった能力を使ったのか。それを問い質そうとした。
「……一個……二個…………三個ぉ……!」
説得は甘い考えだった。今の爆発で被害を受けなかった為に、話が通じると勘違いしていた。しかし、目の前の生徒は未だに瞳を煌々とさせている。
無傷の祗蓮を前に、男子生徒は同じ球体を自分の周りに作り出していた。数も変わらずに三つ。淡色の表面がぼんやりと霞む。鮮烈なオレンジは、爆弾の印象をより深く祗蓮に刻み込んだ。
だん、と怯えあがった祗蓮の傍で振るえる地面。
「っ!」
気づいた時には二の腕を引っ張られていた。絶え間ない驚きに頬を疲れさせながら、祗蓮はその相手の顔を見る。
「逃げるぞ、祗蓮!!」
置いて来た古崎祐雅が、必死な様子で口を開いていた。
「え? 何ですの!?」
先の爆発で聴覚を鈍らせた祗蓮は訊き返した。状況を把握すればすぐに分かるのだが、今の祗蓮には冷静になる余裕がなかった。
続いて示された人差し指を見て、ようやく祐雅の引率に従う。体力は顧みずに、二人は全力で駆け出した。
明日0時近くに更新します。ちょっとした続きです。その翌日で、本格的な戦闘になります。




