万物再生の能力③ 「過去の自分」
シリアスが微妙に続いています。翌日からのお話です。
直視出来ない場面に遭遇して立ち去った、翌日。夜が明けたので、祗蓮はまた学園に登校していた。いつもの事だった。だが、祗蓮の心はいつも通りではなかった。
胸に鉛が詰め込まれた様である。
午前中の授業が終わり、昼休みに入っても気分は落ち込んでいた。お気に入りのカフェで食事を取っていても、頬が緩む様子さえない。
「はぁ……」
溜息をこぼし、祗蓮は紅茶が入ったティーカップに視線を降ろす。自分の鬱屈とした表情が赤い水面に映っていた。酷い顔。そう思いつつ、淀んだ瞳に光は灯らなかった。その視界は昨日の光景がずっと占領しているのだ。『教団』の名前まで出たので、祗蓮は無関係だと割り切れなかった。
持ち上げたが、飲む気力も失くして、湯気が立つカップをソーサーに戻す。
「――よう」
そんな祗蓮の前に、再び古崎祐雅が現れた。
「……貴方、また……っ」
能天気に笑った顔を見せる祐雅に苛付きを覚える。今はこの少年の顔など目にしたくなかった。
「一緒に飯を食ってもいいか、祗蓮?」
「呼び捨てをやめなさい……!」
「ああ、悪い。…………んで、いいの?」
「今、ワタクシは機嫌が悪いのですわ。貴方の相手をする暇は有りませんわっ」
声を荒げて祐雅を遠ざけようとする。しかし、長い前髪に守られた祐雅に祗蓮の威嚇は全く届かなかった。
「そ。別に相手にしなくていいよ。俺が一方的に話すから。じゃ、失礼」
祐雅が祗蓮の対面に座る。白いテーブルクロスの上にコンビニ袋を乗せた。中から包装されたサンドイッチを取り出す。ばりばりと外側を剥ぎ、すぐさま口へと運んでいった。
「……何の用ですの? 風紀委員に言われた事を忘れましたの?」
「んぐ。覚えてるよ、そんぐらい。あのゴリラが忠告したのは昨日だけだ。今は明日になってるから、お前の傍にいるんだよ」
言い切った直後、祐雅の喉がごくりと鳴った。
「屁理屈を……」
「まあ、元から守る気もなかったけどな。早くお前と仲良くしたかったんだよ。嫌われたままっていうのは嫌だからな」
「…………」
こめかみを抑えつつ、祗蓮はじっと正面を見つめた。瞳の色合いは前髪によって隠されているので、確認出来ない。口元も微妙に締まりが悪い。食事のマナーは最悪だ。手も拭かず、口に食べ物を入れたまま喋っている。初日の印象も相まって、古崎祐雅への評価は右肩下がりだった。
だが、祗蓮は彼の言葉をすんなりと受け入れていた。
(どうして……こんな人なのに、一緒に居ると気が楽になりますの?)
理由は自分でも分かっていた。
古崎祐雅は語る意見が率直なのだ。目撃してしまった少女達とは対極に位置している。好きなら好き、嫌いなら嫌い、と言い切る性格だと祗蓮は悟る。
(遠回りしない分、悪意を疑う必要がありませんわね)
結局は出来事の順序に左右されていた。冷たい肌に温かいお湯が染み易い様に、疲れた心に祐雅の言葉が刺さり易かったのだ。別に彼を認めた訳ではない。その結論を自分に言い聞かせ、祗蓮は改めて祐雅に喋りかけた。
「貴方も……暇ですわね」
何気ない一言だった。そして喉がようやく潤いを求めた。手元のカップを持ち上げ、喉へと少し注ぎ込む。思っていたより冷めていた。
「んー、今の所はな」
歯切れの悪い返答をし、祐雅が片手をコンビニ袋へと突っ込む。
「ほら、コレ。実はコレをお前に渡したかったんだ」
「……え?」
袋の口から抜けた手が、祗蓮の前へと突き出される。そこには四つ折りの用紙が挟まれていた。祗蓮は唖然とする。見覚えが無く、祐雅に何かを頼んだ記憶も無かったからだ。
祗蓮はその髪を受け取り、ゆったりとした手つきで開いた。
「部活動……申請、書? これって……」
「今ある部活に入り辛いんだったらさ、新しく作ればいいじゃん」
何でもない様に、祐雅は簡潔に言い放った。人差し指を祗蓮に向け、口元を誇らしそうに吊り上げている。
(――どうして知っていますのっ?)
祗蓮が絶句に呑まれ、表情を凍らせた。部活動に入ろうと考えたのは昨日だ。祐雅とはその前に分かれている。辻褄が全く合わなかった。
「そう言えば、先程」
風紀委員長の警告について、『守る気もなかった』と古崎祐雅は既に宣言している。中身が過去形だ。本当に祐雅は破っていたのかもしれない。
「……むぐ。ちょっと見かけただけだよ。実験棟で発見して、こっそりと跡を付けて、部室棟で後ろ姿を眺めていただけだから」
「それをちょっととは言いませんわ」
サンドイッチを食べている祐雅は罰が悪そうな顔を浮かべた。目元に影を落とす。昨日の出来事を思い返していたのだろう。飄々とした祐雅であろうと、多少の落胆には見舞われていた。
「雰囲気悪いなーって思ってたけどさ。何話してたんだ、あれ?」
「それは……」
祐雅は詳しく知らないらしい。風紀委員にスカウトされた少女の結末を。自分が何の名に怯えて立ち去ったのかを。
口にするのが躊躇われた。祗蓮は目の前の少年から視線を逸らし、俯く。
「ま、言いたくないなら別にいいけど」
サンドイッチの最後の一欠けらを飲み込み、祐雅は疑問を取り消した。カフェオレが入ったペットボトルを自分の唇へと傾ける。
「ぷは。……そんでさ、お前、どんな部活がやりたいの?」
雑談の如く、話題を乗り換える。それが彼なりの配慮だとすぐに分かった。
「やれる事があるなら、俺も手伝ってやるよ。これは……ほら、あれだ。フラグ立てるのに必要なイベントって奴?」
あくまでおどけた言い方だった。前髪の下で浮かぶ笑顔は途切れようとしない。
「…………どうして、そこまで」
胸中が黒く燻り、祗蓮は言い様のない嫌悪感に襲われた。
「理由は色々あるけど、一言で表すなら……お前と仲良くする為だよ。最初から言ってるじゃん」
ちゃぷ、と祐雅の持っている飲料が揺れる。
(ワタクシは、そこまでされて良い人間じゃ……ありませんのに)
天慧教団の教主だった過去が今になって喉元を締め付ける。能力者が秘めた暴力性。その暴露に教団は一役買い過ぎた。月織という少女が拒絶された原因は自分にある。それなのに、自分だけがのうのうと暮らしていいのだろうか。易々と人の温もりに触れてもいいのだろうか。
正直に言えば、関わるのが怖くなっていた。祗蓮は既に空となったカップに指先を添わせ、気持ちの拠り所とする。まだ冷たくない。けれども、温かくもなかった。
空虚な水面に目が釘付けになる。その窪みの向こうにて、祗蓮は月織という少女の顔を連想した。全てから切り離された、沈んだ面持ち。それが逆に自分を覗き込んでいるかの様だった。
「貴方は、知っていますの?」
震える声色で、祗蓮が切り出す。
「え? 何が?」
祐雅は突然の質問に首を傾げている。相手にしないと言ったのだが、すっかり彼のペースに乗せられていた。祗蓮はおかしいと思いつつ、芽生えかけていた関係を一気に切り離そうとした。
「ワタクシの過去を。……もし、本当に親しくしてくれると言うならば、避けて
通れない事実ですのよ?」
困惑で目を見開く祐雅に、祗蓮は忌まわしい真実を打ち明ける。カップを挟む掌は力み、唇は渇いていた。しかし、自分自身でも避けてはいけない事実なのだ。ゆっくりと息を吸いながら、良く通る声音で言葉にする。
「――ワタクシは、かつて幾人もの死者を出した『天慧教団』の教主でしたわ」
「あ、知ってる」
「…………………………」
豆知識を披露し、相手が既に知っていた時の落胆。それを数十倍に膨らませた肩透かしが祗蓮を覆い尽くす。
余りにもさり気ない返答だった。祗蓮は夢かと思い、カップから手を離して自分の頬を抓る。ずきずきと疼く。耐性のない刺激に祗蓮は即座に涙目となった。
「……痛いですわ」
「そりゃそうだろうな」
現実だと断定された。祗蓮は頭を振って、覚醒を促す。
「な、何で知っていますのっ? これは秘密事項ですのよ!?」
「だったらそんな大声で喋んなよ。周りから注目されるぞ」
「あ……っ」
祗蓮が慌てて周辺に視線を配る。言われた通り、数人の生徒が自分達を好奇の目で見つめていた。抓ったばかりの頬が熱を帯びる。恥ずかしくなり、背中を丸めて椅子の影に隠れたくなる。
仕方ないな、と呟いて祐雅が立ち上がった。視線が良く集まる方角に身体を向けた、両腕で迎え入れる様に広げた。一様に見渡してから、口を開く。
「騒がしくしてすいません! ただの痴話喧嘩です!」
「――違いますわっ! 痴話なんかじゃありませんわっ!」
危険な冗談に祗蓮はかなりの焦りを覚えた。テーブル越しに身を乗り出し、祐雅の裾を強く引っ張る。自分でも見苦しい有様だった。だが、背に腹は代えられない。
他の生徒達が注目しなくなる時期を見計らい、二人は改めて席に着いた。祗蓮は頭を指で抑える。過去を告白するより疲れた気がした。
「何のつもりですの、貴方は!」
「いや、ちょっと場の雰囲気を和らげようと思って。どうだ? 嫌な事、忘れられただろう?」
「おかげで他の雰囲気も忘れてしまいましたわ! ああ、もう! 真面目に悩んだワタクシが馬鹿みたいですわ!」
「やーい、バーカ」
「~~~~っ!」
からかわれている、と知りつつ、祗蓮は怒りを隠せなかった。祐雅は「冗談だよ」と微笑している。数分前に上昇した好感度が、今になって再下降していた。
一通りに笑い声を発してから、祐雅は厳かに話を戻す。
「……つーかさ、何も知らされないってのが最初におかしいんだよ」
ペットボトルのキャップを祐雅が開ける。視線は飲み物に集中しているが、祗蓮への語りは難なく続いていった。
「俺はお前の過去や能力について知ってる。お前の好みとかも……一応、知ってる。そしてスリーサイズもこれから知る」
「教えませんわっ!」
「ちっ。………………つまり、そういう事だ。俺はそういう過去を既に聞いている。けど、お前は何も知らないんだろ? そのせいで色々と誤解を生んでるんだよなあ……。ちょっと理不尽じゃね?」
「ま、待ちなさい……! 古崎祐雅。貴方は『天慧教団』がどんな団体だったかを承知の上で、本当に親しくなろうとしていますの!?」
「ああ」
平然と告げられ、祗蓮は息を呑む。
「怖くありませんの? …………ワタクシが」
訊かずにはいられなかった。祐雅がペットボトルをテーブルの上へと静かに置く。今度はその視線が下方に留まった。中々に答えない。これまで軽かった口が再び開くのを、祗蓮はずっと待っていた。
「まあ、怖くなかったって言えば、嘘になるかな」
心の何処かで予想して、一番に知りたくなかった言葉を口にされた。祗蓮はいつの間にか持ち上げていた頭を再び下げようとする。
当然だろう。自分は虐殺事件を起こした集団の頂点に居たのだ。年齢を持ちだしても補いきれない汚点である。そう思われても仕方がない。祗蓮は祐雅の言葉をありのままに受け止めた。
「能力と容姿。それと、その過去だけだ。他に判断材料がないからな。会うのはちょっと怖かったさ。……でも、さ」
祐雅が長い前髪の奥で瞳を揺らめかせた。祗蓮を見つめ、平常の笑みで照らす。
「それで会わないって決められるのは、俺だったら嫌だと思った。だからお前と会う事にしたんだ。……実際は、からかいやすくて可愛いお嬢様だったけど」
はは、と祐雅の笑い声が漏れる。
「……む…………っ」
――可愛い。
褒められた祗蓮の顔が桃色に染まる。少々嬉しいと思ってしまった。表情の変化を悟られまい、と更に首を前へ倒す。
「おいおい。まさかこれだけで惚れたと言わねえよな? ちょろ過ぎるだろ。チョロインかよ、お前は」
「だ、誰も惚れてなんかいませんわっ!」
「じゃあ顔を上げとけって。今、俯く理由は何処にもないだろ?」
どちらの意味なのか。可愛いと言われた故の反応か、天慧教団の教主だった経験か。とにかく前を向けと祐雅に言われた。だから、祗蓮は微笑む祐雅と真っ直ぐに対峙する。
「っと、そろそろ昼休みも終わりか。……俺はもう行くわ」
ふと、壁際の時計に気付いた祐雅が立ち上がった。ペットボトルをゴミと共に片手で持ち、座っていた場所から身を移す。踵を返した後、首だけを祗蓮の方へと振り返らせた。
「またな。祗れ、貧にゅ、チョロイ…………先輩」
迷走した挙句、言い辛そうに祐雅は挨拶を示した。時間帯を気にしているのでこれから授業があるのだろう。引き止める訳にも行かず、祗蓮は短く言葉を投げた。
「ええ。……また、ですわ」
――次に会ったら、呼び方を変えてみせますわ。
そう胸中で決意し、カフェから去ってゆく祐雅の背中をずっと見守っていた。
祗蓮はかなりチョロイン度が高いです。祐雅も変態度が高いです。普通の人間が出てこない。どうしてこうなったっ?




