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万物再生の能力②’ 「暇」

一日ぶりに投稿します。懐かしいキャラが登場しています。

 万物再生の能力を用いた実験が終了した。かかった時間は案外短かった。祗蓮には持て余しそうな自由時間が残る。


「……暇、ですわね」


 実験場の休憩室。その片隅で、祗蓮は小さく呟いた。自身の腕に繋がった点滴は後少しで外せる。能力行使における代償として失った物はすぐに取り返せた。だが、終わっても時間の使い道に困ってしまう。


「する事がありませんわ」


 背中にある壁に重心を傾けた。祗蓮は真上を仰いでは溜息を小さく吐く。退屈が心を淀ませていた。予定の数々を思い浮かべては、泡の如く弾けてしまう。最後に長い前髪を垂らした少年の顔を見つけてしまったが、首を横に振って否定した。

 古崎祐雅と関わるのは、自分のプライドが許さなかった。だらしない人間は祗蓮が最も苦手としている。彼との相性は最悪だ、と理性によって結論付けられていた。

 ただし、空いた時間を埋める手段は余計に遠ざかった。桜井理沙はこの状態を見越して紹介したのかもしれない。様々な時間帯が最近になって整頓され、暇が増える日常。そこに古崎祐雅と言う少年を組み込むつもりだったのだろう。


「……あんな人と一緒には居たくありませんわ。しかし、そうなると……」


 うーん、と祗蓮が頭を抱えて悩んだ。

 そうこうしている間にも時間は過ぎる。対策は何も浮かばなかった。学園の職員でもある研究員によって点滴が外される。ちくり、と針が刺さっていた箇所が痛んだ。慣れているので祗蓮はあまり気にならなかった。


「ん……」


 これは能力に伴う制限――代償なのだ。長年の付き合いにもなれば平然としていられる。

 それでも、掘り返される記憶にはまだ囚われてしまう。祗蓮は徐に瞳を伏せ、過去との隔離を内面で済ませた。数十秒間。研究員が心配そうに声をかけるまで、ずっと顔を俯かせていた。


「大丈夫ですか?」

「……ええ。ワタクシは大丈夫ですわ。ごめんなさい」


 焦点の定まらない双眸で研究員を見上げ、祗蓮がゆっくりと屹立した。点滴の為に肌蹴ていた袖を元に戻す。制服のブレザーを羽織る。学園に入る直前で巻く様になった縦ロールが宙で揺れていた。

 そして、祗蓮は数度の挨拶を残して退室していった。


「さて、本当にどうしましょうか? このまま家へ帰っても宜しいのですけど……」


 研究所がある区域から出た屋外にて、次の行き先に迷う祗蓮。その視線が周囲を無造作に泳ぐ。様々な建物の表面を滑り、興味が右往左往していった。


「そう、ですわ」


 祗蓮がとある一点に見入った。久しぶりの微笑を顔に浮かべ、気になった方角へと歩を進めていく。授業用の講堂や食堂といった大規模の施設を抜けて目指す先は、少し高めの建物だった。

 傾きかけていた日が、祗蓮の前方に影を落とす。長く細い影が、駆け足気味の靴にいつまでも付着していた。ずっと、どこまでも。

 ――色とりどりのポスターが壁に貼られていた。掲示板を超えて、創意工夫に満ちた張り紙が祗蓮の視野を彩る。どれもが人員募集の宣伝を書き記していた。当然だ。部員を増やしてこそ部活動の発展は望めるのだから。

 時間を持て余した祗蓮が踏み入ったのは、建物は学園の部室棟。


「部活にでも、入ってみましょうかしら?」


 目の色を輝かせながら、貼り込まれたポスターに興味を持つ。能力者だけが集うとはいえ、生徒は生徒だった。多種多様な部活動が揃っている。祗蓮は何処での活動が楽しいか、空想を思い描いた。


「…………あら」


 ふと、一枚のポスターが祗蓮の目に留まった。

 綺麗な絵が描かれていた。何処かの花畑だろうか。色とりどりの花々が一面に広がっており、それが祗蓮の興味を強く引いた。

 どんな部活動か。祗蓮は立ち止って書かれていた名前を睥睨した。


「ここは美術部ですわね。見事な絵ですわ」


 純粋な評価を下し、祗蓮が頷く。


(この部活動にしてみましょう。幸い、今の時間でも部活はやっていますわ。見学大歓迎と書いてありますし……決めましたわ!)


 祗蓮は特に美術の経験を持ち合わせていなかった。だが、最近になって得た余裕を無駄にしたくもない。新しい事に手を出そうと決心したのだ。

 場所を確認し、早速そこへと向かう。祗蓮の足取りはいつも以上に軽かった。昇るのが常に億劫な階段でさえ、今だけは軽快に歩いて行けた。

 上の階に至り、祗蓮は美術部があるのであろう教室の方角を見た。


「美術部はあそこかし……ら? でも、何だか人が…………」


 暗然とした空気が漂っていた。祗蓮は思わず足を止める。一人の少女が数人の生徒達に囲まれているのだ。中心に居る少女の表情は強張っている。明るい話題ではない、と人目で理解出来た。

 祗蓮は曲がり角の影に身を隠した。そして、趣味が悪いと自覚しつつも、話にそっと耳を傾けた。


「ねえ、月織さん。あなた、風紀委員にスカウトされたんだって?」

「…………はい」


 尋問にかけられた様な少女は、重い語勢で答えた。


「私達、皆で考えたんだけど……。風紀委員に入ったら、ウチで絵を描く時間とかもなくなるでしょ? だから、ね」


 最初に尋ねた人物とは違う少女が慎重に言いだす。その語尻に続く台詞もまた異なる少女が引き受けた。


「辞めたくなったら、いつだって辞めていいんだよ? 元から気楽にやっている部活だし。月織さんの風紀委員としての活動を邪魔しちゃいけないしね。……ほら、こういうのは本人からじゃ言いにくいでしょ?」


 免罪を求めるかの如く、上目遣いで月織という少女に話しかける。だが、その瞳は全く笑っていなかった。逆に恐怖と不安の暗い影が落ちている。

 怯え。

 祗蓮は同一に退部を勧める少女達から、負の感情を肌で読み取った。


「わ、私……別に風紀委員に入るつもりは」


 月織と呼ばれた黒髪の少女が反論する。孤立した少女は風紀委員という立場に納まるつもりはないらしい。必死に美術部と言う場所にしがみ付こうとしている。

 けれども、場の雰囲気がそれを許さなかった。


「だ、ダメだよ! ……ふ、風紀委員って人数不足なんでしょっ? せっかく強い能力があるんだから、やった方がいいって! 私達美術部員も皆で応援してるんだから!」

「……っ! で、でも」


 月織は絶句した後、負けずに食い下がった。

 繰り広げられる醜い光景。気分が悪くなる状況に、祗蓮は胸を無意識に抑え込んだ。向こう側にある部室の規模から、美術部は十数人が居ると考察可能だ。祗蓮の視認している人数より遥かに多い。

 だが、先程の「美術部員も皆」という言葉が酷く致命的だった。真偽までは付かないが、そこまでに少女の退部を望んでいると言う事だ。


(風紀委員にスカウト……。それは、つまり能力の攻撃性を証明していますわ)


 数日前、今日、と祗蓮は二人の風紀委員に出会っている。どちらも気真面目そうな人物だったが、保持している能力は容易に人を傷つけられる代物だ。幾ら親切に接していようとも風紀委員という役割にその事実を代弁されている。

 だからこそ、風紀委員は他の学生から距離を置かれる事が多かった。その名を語るのは自信の攻撃性を語るのと同意。学園の治安を守りつつ、能力による風害までも背負ってしまうのだ。


「私達、風紀委員には感謝してるんだよ! の、能力者の事件とか素早く解決してくれるもん! それに……教団事件があってからさ、そういう人達が必要なんだって皆分かってるんだよ!」

「……っ」

 『教団』の名前を思わぬ場所で耳にし、祗蓮は全身を強張らせた。


「わ、私は…………ここに、居た」


 黒髪の少女による主張は遮られる。


「頑張って、月織さん!」

「これから会えなくなるだろうけど、私達は応援しているから」

「貴女なら風紀委員としてきっと活躍できるよ!」


 数の暴力が一本の思いを断ち切った。月織という少女はそれ以降俯き、何も喋らなくなった。無駄だと悟ったのだろう。拒絶に晒された姿が余りにも痛々しい。そして、遠くから見ている祗蓮も胸が苦しくなった。

 求めていた世界から、祗蓮が背を向ける。


(やはり、ワタクシは……)


 先程の話に挙がっていた『教団』とは、かつて祗蓮が教主を務めていた『天慧教団』の事なのだろう。幼かった頃の話であり、祗蓮自身は教団の非道に手を染めていなかった。だが、能力の脅威を広めた集団の象徴であった過去は、絶対に変えられない。

 普通に戻っては駄目だ。

 そう己の胸に深く刻み、祗蓮は昇って来た階段を静かに降りていった。踊り場の窓からは暗闇が覗き込んでいる。気のせいか、はめ込まれた格子が少しだけぼやけて見えた。


「う……」


 人差し指で両目を拭い、祗蓮は一人きりで帰路に着いていった。


月織――と言う少女は、巫女編で出てきた月織愛依華のことです。ここで性格が捻くれ、旭奈に八つ当たりをする様になります。

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