万物再生の能力② 「風紀委員長」
二日目です。新キャラが登場しています。
風紀委員による説教を受けても、その少年は反省の様子を一向に見せなかった。本人としては誤解なのだろう。だが、最初に抱いた印象を払拭するのは、祗蓮にとって容易ではなかった。
「なあ、待ってくれよ」
「……待ちませんわ。付いて来ないで下さいまし」
冷たい口調で断り、祗蓮が歩く速さを上げた。
桜井理沙による紹介、変態騒動から三日後。古崎祐雅と言う男子生徒はあれからも執拗に祗蓮の周りで現れていた。前髪で表情の大半は隠れているものの、口元がやけににやけている。初日の様子と相まって、受け入れがたい相手だと祗蓮は認識してしまっていた。
歩幅も広げているが、男子を相手に距離は開けられなかった。祐雅が相変わらず祗蓮の背中を追って来ている。
「なあ、ホントに待ってくれって。俺も桜井先生から仲良くしろって言われてるんだ。だから仲良くしようぜ、祗蓮? あんな事でお前が機嫌を悪くする理由もないだろ?」
「……あんな……事?」
祐雅の言葉が祗蓮の癪に障った。
異性同士で抱き合っていたのだ。しかも、男である祐雅がメイド服の女性を背後から抱擁していた。自主的な行動でなければ有り得ない。繰り返されている言い訳など、耳にする気にもなれなかった。
(軽率ですわ、最低ですわ、不潔ですわ!)
男女の関係に神経質な祗蓮にとって、祐雅の存在は汚れその物だった。祗蓮は境遇によって今時の女子高生とはかけ離れた価値観を持っている。恋人同士だとしても、結婚前の男女が触れ合う事態を嫌悪してしまう、極度な清潔感の塊なのだ。
薄めの胸板を張り、祗蓮は正当性を自分の中で主張する。かつかつ、と打ち鳴らす足音は定期的に廊下で木霊した。
けれども、祐雅は飽きずにいつまでも追いついて来る。このままでは実験場にまで追随しそうだった。早くに離れて欲しい。そう思い、祗蓮は唐突に背後を振り返って、きっぱりと言い放つ。
「古崎、祐雅。ワタクシはだらしない男性は嫌いですわ。特に、女性に背後から抱き着いて、あんな事呼ばわりする様な方は、一番にお断りですわっ!」
「は? …………お前、桜井先生から何も聞いてねえの?」
「聞いていませんわ! 寝耳に水ですわ! 不潔な男子生徒と仲良くしろだなんて!」
それだけを告げ、祗蓮は再び祐雅に背を向ける。
「あの人……ふざけんなよぉ……!」
小さな音量で祐雅が呟いた。苛立ちの感情を乗せている。頭を無造作に掻き、軽く天井を仰ぎ見た。
「でも、うーん。教えたとしても、それはそれでややこしいかな……?」
短く唸っては、首を左右に倒す。何やら悩んでいる様子だった。流石に前方を歩いている祗蓮にも気付かれる。見事な縦ロールの向こうで、大きな瞳が祐雅の方を見つめていた。
「?」
祗蓮は祐雅の言葉を少しも理解出来なかった。聞いているだけでも、自分が汚れてしまう気がした。だから素早く正面に注意を戻す。ついでに、しつこい後輩への忠告も大声で突き付けてやった。
「とにかく! これ以上、ワタクシの周りをうろつかないで下さいまし! 今後も姿を見かける様ならば、風紀委員に訴えますわよ!?」
「ええー!? 俺、殆ど何もしてないんだけどー!? 理不尽すぎねえか、それ! 考え直してくれよ、祗蓮!」
「……うるさい、ですわ! それに、ワタクシは貴方より一つ上ですのよ!? 年上には敬語を使いなさい、敬語を!」
「え!? お前先輩だったの!? それにしては……」
祗蓮が祐雅の不躾な視線を感じ取った。咄嗟に細い両腕で胸元を隠す。そこは自分でもコンプレックスな部分だった。よりにもよって古崎祐雅に指摘されるとは。祗蓮は恥辱に悶え、その両頬を赤らめさせた。
とにかく不愉快だった。人気の無い場所で女性と抱き合う様な少年に、自分の劣等感を知られてしまった。教師からの助言には素直に従ってきたが、今度ばかりは生理的に拒絶を起こす。
「本……当にっ! 貴方は失礼ですわね! ワタクシにもう二度と近づかないで下さいまし!」
「うわ、やべ! 気にしてたんなら謝るよ! ……でもさ」
祐雅が祗蓮の肩に優しく手を添える。
「貧乳だってきっと需要はあるさ! 希望を持つんだ!」
握った拳から親指を立て、祐雅が頬を吊り上げる。彼としては精一杯に励ましたつもりなのだろう。逆鱗に触れていた、という結果を悟っている様子はなかった。祐雅の放った明確な単語は、祗蓮の感情を着火させてしまったのだ。爆発が、待ち受ける。
「――――っ!」
これまで以上に顔を赤くして、祗蓮は口を開こうとした。
その、寸前。
「うるさいぞ、貴様ら」
巨大な影が、祐雅と祗蓮の背後に立ち尽くしていた。響いた重音に驚き、二人が同時に振り返る。そして、一緒のタイミングで息を詰まらせた。
「げ! お前……」
「っ! あ、貴方は……」
筋肉の塊が、そこに居た。
制服の下から分かる盛り上がった筋骨に、鍛え抜かれた肉体。髪は短い黒色で、厚い唇を真一文字に結んでいる。ごつごつとした両腕を組んでおり、たったそれだけで重圧感を辺りに振り撒いていた。
「貴様ら、この前も騒いでいたな?」
厳めしい表情で男が尋ねる。二人の返答は待たず、彼はそのまま続けた。
「反省の色がないのか? ここに居るのは貴様ら二人だけではない。騒ぎたけれ
ば、余所でやれ。俺達を……風紀委員を、これ以上困らせるな」
太い鼻息を吐き、筋肉に制服を着せている男はそう警告した。片腕には窮屈にはめられた腕章がある。衣服は整然と身に着けていたが、肉の厚さが余裕を奪っていた。輪っか状の帯でさえ窮屈に皺を張っている。記された単語も筋肉によって広げられていた。
――風紀委員長。
突如として声をかけた男は、学園きっての戦闘集団の長であった。
「流石、風紀委員長。言う事が真面目だな」
正面から浴びせられる威圧に負けず、古崎祐雅が気楽に声を返す。だが、横顔には薄らと冷や汗が浮かんでいた。外見からして圧巻の風紀委員長だ。飄々とした祐雅でさえ尻込みせずにはいられなかった。
風紀委員長がゆっくりと祐雅を見下ろす。腕章を巻いた彼の頭は、他者の身長より天井の位置から比べた方が早かった。あらゆる物が大柄なのだ。
「当たり前だ。風紀委員長が風紀を順守しなくてどうする? それに、今は貴様が不真面目なのだ。……嫌われている女子生徒に必要以上に近付くな。貴様が第一階級だとしても、俺はいざという時に容赦なく鉄槌を下すぞ」
「分かってるよ。けど、嫌われたままなのは後味が悪いだろ?」
二人の成立している会話を前に、祗蓮は少なからず唖然とした。腕を寄せた状態の胸部にてぼんやりと思う。
(風紀委員長と古崎祐雅は、知り合い同士なのですの……?)
暴力沙汰に関わる事が多い為に風紀委員は学校中から畏怖の目で見られやすかった。能力で暴れる生徒を抑える戦闘力を、更に保持しているのだ。通常の能力者とは立ち位置が遥かに異なっていた。より暴力的な集団。その象徴は、皮肉にも役目を全うしている風紀委員長だ。
祗蓮は全身に広がる緊張を感じていた。目前の男は悪人ではない。だが、かつて残虐非道と謳われた教団の元教主として怯えてしまったのだ。
「お前、確か第八階級の能力者だったな」
そんな心境を読み取ってか、風紀委員長は祗蓮の方へと目線を向けた。
「ひゃ、ひゃい!」
「……ひゃいって……。緊張し過ぎだろ」
声が裏返り、しかも噛んだ返事をしてしまった。隣に居る少年にも飽きられ、祗蓮が全身を震わせる。
「そう警戒するな。俺は貴様を取って食ったりはせん」
「お前はどっちかと言うと、女より男を食いそうだよな。……ウホッ。ゴリラって仇名がぴったりだぜ」
――ばしんっ!
拳を打ち付けた際の衝撃が、廊下の空気を震わせた。
「何か言ったか、古崎祐雅?」
風紀委員長が自身の掌に片方の拳を打ち込んでいた。肘の付近で筋肉が岩の如く膨らんでいる。それらを踏まえた上で、風紀委員長は祐雅に凄む。祗蓮の元まで届くぐらいに鋭い眼光が迸っていた。
「いえ。何でもありません」
祐雅は颯爽と態度を改めた。からかっていただけらしい。付き合わされた方としては災難だろう。口数の少ない風紀委員長に、祗蓮は心から同情した。自分も少しは冷静になろうと言い聞かせた。
「…………ふむ」
太い指で顎を擦り、短髪の厳つい男子生徒は淡々と告げた。
「古崎祐雅、貴様はここに残っていろ。今日は俺に見付かった運の悪さを呪うんだな。……ほら、今の内に行け」
「え…………え……っ?」
祗蓮はいきなりの話題転換に付いて行けなかった。最後の発言に対する意図も遅れて理解した。祐雅は自分が見ている。だから、ここから去っていい。祐雅の相手に困っていた祗蓮に風紀委員長が救いの手を差し伸べていたのだ。
訳が分からなかったが、祗蓮は有り難く従う事にした。頭を小さく下げ、その場から早足で立ち去ろうとする。
「ちえっ。……またなー、祗蓮」
風紀委員長に睨まれつつ、祐雅が手を振って挨拶を交わした。また会う羽目になりそうだ、と脳裏で不安がよぎる。
「…………っ」
勢い良く顔を背け、祗蓮は祐雅達から離れていった。強めの足音が廊下に連なり、小柄な背中は段々と小さくなる。通路の奥へ完全に飲み込まれるまでは、祐雅にずっと手を掲げられていた。
振り向かない祗蓮はそれを知らず、ただ前だけを注目した。
実験場に辿り着くまで、ずっと。
付き纏われている意味を知るのは――かなり先となる。
日常編はまだ続きます。明日も頑張って更新したいと思います。




