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精神支配の能力⑪ 「有能メイド」

クールな年上系メイドさんが有能なお話です。


「随分と自信があるみたいねえ。……コスプレしているお嬢さん、そっちのボウヤと同じ学園の人間なの?」

「イエスでありノーだ。私も能力者であり、学園と通じてはいる。だが、学園に直接関与している人間ではないのだよ」

「へえ。外部……何処かの組員ってとこかしら? 反応を見ている限り、貴女も関祢裕美の支配下にはないようね。差し支えなければ、能力とか教えてもらえる? この場所だって自事前に調べていたんでしょ? そっちばっかり情報を持っているのは不公平だわ」


 隣に居た祐雅がぴくりと眉を動かした。

 幸代は先程から二人の精神状態を探っていたらしい。関祢裕美に操られていないか。個性的な返答が各々の自主性を保証したのだろう。けれども、祐雅にとってはあまり気分の優れない確信だった。


 二つの視線を全身に受けながら、堂々とした態度で祥子が告げる。

「残念だが教えられないな。私はあくまで話し合いに参加するだけだ。精神系の能力じゃない、とだけ断言する。そして、交渉の場で能力による危害を加えない事も誓おう」

「ええー。お姉さん、がっかり。もうちょっと気前よ」

 淡々と、事実が宙を裂いた。速くも、鋭くもない告白。だが、的確に相手の心中へと突き刺さった。


第八階級アハトである、とも付け加えておく」


「――――っ!?」

 余裕綽々だった幸代の表情が一変した。


「第八階級……っ? 馬鹿な。それ程の能力者が単独で動くなんて」

「え、ちょ! 俺は眼中になしかよっ?」

「ふふ、私は少し特別な役割に就いていてね。それなりの特権を認められているんだ。もちろん、いずこかの売人に交渉を持ちかけても咎められはしない」

「…………成程。交渉に応じなければ、武力行使に出るというのね? 私は第五階級フュンフ、敵う筈もないわ。それを知った上で、私は交渉に応じるしかない」

「理解が早くて助かる」


 メイドが開いていた口を薄らと鋭くする。今の所は祥子の方が優勢だった。第八階級という最高位の階級。それを矛とし、雪森幸代を交渉のテーブルへと引きずり降ろした。

「そろそろ、そこから降りて来てくれないか? 上を向いたまま話すのが面倒になってきた。交渉が進めにくい」

 最後に引用されている単語が尾を引いた。光陰だけで出来上がったコンテナの内部に余韻を残していく。言葉は矢となり、上面に乗っていた女性の立ち位置を追いやった。


 幸代は見えていた端から身を引いた。そして、背後の方へと遠ざかっていく。姿が見えなくなったら、梯子を下る気配が伝わった。相手が、二人の目の前へと来るのだ。


「…………厄介ね。実に厄介」


 芝居かかった口調で彼女は嘆いた。祐雅達の正面に立ち、フードで隠されていた顔を露わにしている。空気に晒された眼光は改めて祥子と交錯する。今度は警戒と緊張を強く含んでいた。かん、と片足を軽く打ち付けた。癖なのだろうか。

 冷たい鋼鉄の音が耳を射る。

 祥子と幸代はそれを発端として、本題へと足を踏み入れていった。


「さて、交渉を始めよう。……雪森幸代。貴女を」

 祐雅は自ずと唾を飲み込んだ。コンテナ突入前には自分が何とかしようと考えていたのだが、成り行きでメイドに任せてしまっている。無視しないでー、と言い出せる雰囲気でもない。

 しかも、年上の女性達が発している雰囲気が尋常ではないのだ。威圧、駆け引き、注意、不安、推察、様々な思考と感情が入り乱れているのが分かる。こうした特殊な状況でほぼ素人な祐雅は役に立てない。丸投げする。渋々と決断した結果だが、それが最適解だと祐雅は思った。


「――私達の仲間にしたい」


 色々と考慮したのだが、全てがその一言で吹き飛んだ。


「はぁ!?」

 思わず声に出して驚く。

「…………正気? 私をスカウトするって言うの?」

 経験の差もあり、幸代は祥子からの勧誘に動じはしなかった。比較的に随分と落ち着いている。


「正気だとも。金は充分に出そう。……相談の上になるが、貴女の満足する金額まで出せるだろう。悪くはない話だと思うのだが?」

「薬の売買を止めて、OLになれと……? 流石に馬鹿げているわ。私がそんな条件をうのみにするとでも思っ」

 非難の言葉は途中で遮られた。祥子が真っ直ぐ手を突き出し、首を横に振る。


「あ、そういう意味じゃない。売人はそのままだ」

「…………えっ?」

「…………ええ? どういう事だよ、祥子さんっ? それじゃあ、裕美の持っている薬が無くならないんじゃ……!」


 祐雅と売人の驚愕は重なった。より長く追及する祐雅が祥子の方へと身体を寄せる。メイドの心中を図りきれなかった。味方である事は確信しているが、言動が事態の悪化に傾いている様だった。心配が胸の奥を揺らす。


「大丈夫だよ、祐雅君」

 付き合いのある少年の情動を察し、メイドが優しく語る。その瞳は正面に固定されていた。けれども、言葉にはいつも以上の慈愛が感じられる。


「私は悪者になる気はない。ヒーローと名乗るつもりもないが、君の期待だけは裏切らないと約束しよう」

「あ、ああ……」

 困惑しつつも、祐雅は小さく頷いた。散乱した照明に照らされた祥子の顔は和らぎを秘めている。普段からポーカーフェイスを貫く彼女の事だ。滅多に見れない貴重な顔つきが有無を言わさぬ信頼感を覚えさせた。


 そこで、雪森幸代が不意に悟った。

「――まさか、スパイをやれって言うのっ!?」

「そのまさかだ」

 柔和な笑みから冷徹な笑みへと変わる。祥子は幸代の推測を肯定した。


「私達は能力者に関する事件に干渉している。犯罪行為に関わった集団になら襲撃・捕獲する役割もある。……だが」

 能力に関する犯罪の線引きは、今日に至っても曖昧だった。物質創造といった無から有を作り出す能力者も確認されている。そういった人物が作り出す物質の有害か無害かは簡単に判断出来ない。故に犯罪行為への干渉はどの組織も慎重に行っていた。

 ましてやその人材は能力者。貴重な能力も多々あり、無傷な捕獲を主体とする組織も少なくはなかった。


「確かに薬の精製には能力者も関わっている。私という売人をスパイに仕立てる事で、情報や能力者を無傷で手に入れようと言うのね?」

「ああ。半信半疑ならば、近い内に手近な組織を摘発しようか? 例えば、貴女が最近仕入れた薬を製造している組織……とかね」

「報酬はあるわよね、当然。製造側からもお金を貰う事もあるけど…………それも」

「もう分かっているのだろう? 裏のルートで流通させるのにかかった手間賃になど興味はない。製造側からの金は、受け取った貴女の物だ。売買で出入りする金も私達にとっては二の次だ。奪えるなら奪っておけばいい」


 祥子の言葉を飲み込み、雪森幸代が深刻に黙り込んだ。祐雅達の前に姿を現してから、初めて悩んでいる様だった。

 薬を製造している組織に取って最も重要な収益は、薬の売却による利益。売人に渡される金額とは比べ物にならない。しかし、扱う数量が大きい為に厳重な警備に守られている。製造組織が崩壊の危機にでも陥らない限り、強奪するのは難しかった。

 ここまで考えた上で、雪森幸代は顔をそっと祥子の方へ向けた。


「確かに……美味しい話かもしれないわね」

 赤い舌が暗闇に映える。紅色の下唇をなぞり、乾いた表面を濡らしている。

「スパイをすれば製造側からの手間賃と、貴女達からの報酬が両方も手に入れられる。売人は複数雇っているのが普通だから、すぐに私だと判明されない。報復される前に他の組織も売りながら逃げてやればいい……うふふ」


 幸代が両腕で自分の身体を抱きしめた。奥からにじみ出る興奮を閉じ込めようとしている。くすんだ笑いだけは口から零れていた。コンテナ内部の冷たく暗い空気と同化して、深々と反響していく。

 そんな売人の様子は祐雅の感想を無意識に引き出させた。


「……へ、変態だっ」

「君が言うのかい、それを? ……後輩相手に妹と呼びつけている、君が」

 的確なツッコミがなされた。祥子は通常運転に戻った祐雅を見つめ、何処か呆れた表情を浮かべる。

「俺の場合は変態と呼ぶんじゃない。自分に素直な紳士と呼ぶんだ」

「こらこら。それも自分で言っちゃ駄目だ」


 双肩を落としながら、相も変わらない少年に耳を傾ける。一方で、祥子の視線は正面の女性に釘付けだった。

 頭の回転が速い幸代に、先程から反応が無い。考えているだけか。祥子はもう少しだけ背中を押そうと息を小さく吸った。


「……ねえ」

 今度は幸代が祥子の声を未然に断ち切った。くぐもった口調で発し、静かに視線を定めていく。

「ボウヤもメイドさんと同じ組織の一員? 学生服を着ている限り、そうは見えないんだけど。……学生まで仲間に引き入れている組織って事はないでしょ? そんな甘いトコだったら考えさせてもらいたいわ」

 勧誘に対し、彼女は判断の材料を求めていた。前髪で執拗に双眸を隠した祐雅をじっくりと見据えている。獲物を見る目付きだった。殺意や敵意は籠っていないが、全身を上下左右万遍なく観察されている。

 正直に言うと、ちょっとだけ心拍数が上がっていた。けれども祐雅は空気を読んで口に出さない。代わりに幸代の質問に応じてやった。


「あ、違うぜ。俺は祥子さんの同僚じゃない。しかも俺は第一階級アイン

から居ても役に立たないだろうし。……ま、祥子さんは俺を助けようとここまで話をつけてくれたんだけどさ。そこは凄く感謝してるぜ。さすが、うちの有能メイドさんだ」

「ご主人様の懇意にしている生徒の為さ。奉仕者である私が頑張るのは当たり前だろ、ご主人様?」

「うお……。ご主人様って言われてちょっと怖いのが逆に凄え」

「感謝しているのだろう? もう一度その口で言ってみたまえ」


 回避を許さない滑らかな指が祐雅の頬へと伸びた。一瞬でその箇所の肉を挟み、差し込んだ鍵の如くに横に回す。瞬く間に祐雅は涙目を浮かべ、痛みを訴えた。

「痛い痛い痛い! すいません! 調子に乗りました! ごめんなさい! てか、俺また謝ってる!?」

「年上の女性には逆らってはいけない、と学習したまえ」

 祥子はメイドにあるまじき態度で祐雅を責めた。怒られている本人は胸中で思ってしまう。

(ああ……、年下が恋しい)

 脳裏に裕美の笑顔がよぎった。捻られた頬が話されても、甘えたがりの少女はいつまでも浮かび続けていた。


「…………第一階級? よりによって、最底辺? 一般人とほぼ変わりない能力者じゃない。どうして最高の第八階級を助けようと……。普通、逆じゃ」

 古崎祐雅は能力者の中でも最低の階級だった。それは持っている能力が無能と言われているのも同然だ。頂点に立つ第八階級――関祢裕美の様な生徒とは真逆の存在となる。能力で出来る事には天と地の差があり、第一階級が第八階級に及ぶ可能性は零と行っても過言ではない。

 こうした階級は学園以外でも幅広く用いられていた。故に、裕美の為と言い張る祐雅の言動は異常に思われる。少なくとも、様々な客を見てきた雪森幸代にはそう感じられた。


「ボウヤ、……余計な事に首を突っ込むのは良くないわ。これは警告よ? 第一階級程度の能力者が何かを救うだなんて、絶対に不可能なの」

「何か勘違いしているみたいだけど、そんな筈はねえだろ。昔は皆が無能力者だった。んで、今以上の理不尽が沢山あったんだ。でも、最後には何とかしてみせた。不可能なんてことはないんだ」


「時代が違う。人を簡単に殺す能力、能力者は数多くいるのよ?」

 刃の如き切れ味を帯びて、幸代の言葉が祐雅の喉元を掠める。瞳に浮かんだ闇が映っている祐雅を塗り潰そうとする。響いた声は距離を切り、学生にしか過ぎない祐雅までも断ち切ろうとした。

 しかし、それを一言ではじき返すのが、古崎祐雅と言う少年だった。


「――ああ、知ってる。だけど、死ぬ危険なんて能力以外にも一杯ある。能力どうこう言っていたら、本当に命が幾つあっても足りないんだ。だから、大切にすべきなのはそこじゃねえだろ?」


 断言ではない。反して、口元は自慢げに些細な笑みを作っている。

「………………」

 隣の祥子は祐雅の心中を聞きながらも黙っていた。目線が少しだけ下がっている。視野には鉄張りの床を収めた。コンテナの暗影と同化して、境目が不明瞭だった。

 古崎祐雅は電話での忠告を踏み外そうとしている。本来は、それを祥子が諌めるべきであった。口を出さないのは、祐雅の信念を支持しているから。無鉄砲な意気込みに触れ、少しだけ意見を変えていたのだ。


「女の子の為に命をかける……っていう青臭い話なの? もしかして」

 相反した祐雅の様子に、幸代は精神の屈強さを垣間見た。

「あれ? ちょっと待て。俺は別に命をかけるとは言ってないぞ? 命を落とす危険に能力は必ずしも影響しないと言いたかっただけで……」


「面白いっ。ボウヤ、最高に面白いわ! まるでお姫様を助ける騎士みたい。ボウヤみたいな能力者がいるって知っちゃったら、更に悩んじゃう」


 幸代が有無を言わさずに話を進める。抱えていた左右の腕を広げ、気分の高揚を強く訴えていた。顔色にも鮮やかな朱色が滲み出ている。


「さあ、どちらを選ぼうかしら? 善人の道か、悪人の道か」

 決断のシーソーが揺れ始めた。幸代は顎に手を当てて、並んでいた二人をじっと観察していく。第八階級のメイドと、第一階級の学生。彼等を交互に眺め、思案を働かせている様だった。口数が極限に減っている。双眸も下方に寄っていた。進展するまで、数十秒の時間がかかった。


「…………そうだわ」


 幸代が祐雅だけに焦点を定めた。気軽な笑みを浮かべながら、人差し指を向ける。吹っ切れた様な顔色だ。晴れた表情で学生に過ぎない少年を凝視している。

 彼女は小さく息を吸い、そして問い掛ける。



「鬼ごっこをしない、ボウヤ?」



次回、能力勝負が始まります。最低でも一週間以内には更新しようと思います。

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