精神支配の能力⑩ 「売人」
遅くなって申し訳ありません。きちんとした区切れを作れなかったので、時間がかかってしまいました。
学園から離れた湾港に並ぶ、貨物コンテナの群れ。整然と並んだ巨大な立方体の横を通り抜ける二人の姿があった。
日は既に落ちている。濃い夜闇が空を満たし、細々と点いている電灯が光を撒く。
「……ここか? 随分とでかいな」
古崎祐雅は目的のコンテナに辿り着き、その感想を自然と漏らした。
「学園は世界中から能力者を受け入れているからね。必要な物資は必然と増え、それを入れる為のコンテナも自動的に大きくなる」
隣でメイド服を来た鈴谷祥子が説明をする。対面したコンテナの壁に手を添え、その視線を上方へと傾けた。
――《雪の園》が学園の周辺で活動するにあたって選んだという拠点。それが貿易で多用される港の傍、数トンは有りそうなコンテナの内部だった。学園まで行くには時間がかかるが、その分だけ逃亡には事欠かない。危うくなれば船に乗り込んで逃げれば良いのだ。生活には不便そうだが、充分に考えられるアジトだった。
街灯による明かりとコンテナのカラーリングが一致している。温度を帯びた様な、輝く橙色だ。そこだけ見れば、柔和な印象を胸に仕舞えていた。
だが、この中には《雪の園》のリーダー、雪森幸代が潜伏している。そんな場所へこれから突入すると想像しただけで、祐雅は寒気を背筋に走らせた。伝聞のみの情報であるが、彼女は相当に手強い売人だと言う。
違法と合法の綱渡りが巧みなのだ。能力者に関するあらゆる組織の追及をすり抜け、司法の隙間を見事に点いて来る。まるで毒蛇だ、という表現は同行する祥子の物だった。
「今の所、コンテナ内部には最低一人が確認されている。その人物がリーダー格の雪森幸代だ。何らかの能力者だと推測されているが、何の能力かは不明だ」
「良く分かったな、祥子さん?」
「ふふっ。……我々の情報網をなめないでくれよ? まあ、知っていてもあまり役に立たない情報ばかりだけどね。雪森幸代は疑いだけを残し、証拠だけは完全に消し去る。それが恐ろしいんだ」
「祥子さんだけに、証拠って奴?」
「………………」
笑って返したのだが、冷たい沈黙と凍える目付きに祐雅は射抜かれた。肌は切り裂かれ、精神が凍える。鋭い雹の嵐に飲み込まれたかの様だ。早急に頭を下げ、年上に対する正しい態度を取った。
「すいません。冗談です。ごめんなさい」
「うむ、許そう」
すんなりと言葉は通った。
「じゃあ、行こうか。……こっちだ」
祥子がスカートを翻し、コンテナの入口へと向かう。その様子には微塵の動揺も現れていなかった。靴音が冷たい床面に波紋を広げていく。悠々とした彼女の心意気までもが響いている様だった。
「やっぱりでかいなー、この出入口も。……つか、普通は鍵がかかってんじゃないの?」
「私に向かってそれを尋ねるのかい?」
年上のメイドが笑みを浮かべる。一本の指を口元に添え、意味深な雰囲気に拍車がかかった。
「あー。そうだな」
彼女の能力を思い出し、祐雅は納得する。最初の相手だった鈴谷祥子。その階級はもちろん第八階級だ。能力者の最高位に属し、実力も身を持って経験している。メイドが見せる自身は疑いようもなかった。
そして、二人がコンテナの内部へと進入する。祥子の能力を応用し、扉は簡単に開けられた。しかし、開ける際に大きな音が響いてしまった。
「…………あら」
広いコンテナの上方から声が届く。
「こんな時間にお客さん? ごめんなさい。今日はもう営業時間を過ぎて――」
「たーのーもぉぉおおお!」
祐雅が腹から大きな挨拶を絞り出していた。場違いな発言がコンテナの壁に当たって反響していく。訪問者を迎え入れようとした声はそれに掻き消されてしまった。
勢いよく叫んだ少年を、隣で飄々としているメイドが戒める。
「道場破りじゃないんだから」
「あ、そっか。……てへっ」
わざとらしく舌を出す祐雅。そんな態度に証拠は伏せた瞳をぶつける。
「…………」
コンテナの住人はとことん無視されていた。尋ねた言葉が薄暗い宙を漂う。ふわふわと泡の如く飛んでいき、時間を置いて二人の元で弾けた。ようやく祐雅と祥子が発信源を仰ぎ見る。両方の双眸はコンテナ内部の闇を振り払う程に輝きを帯びていた。しっかりと、相手を見据えていた。
貨物が入った容器は金属製の立方体だった。コンテナを縮小した様な青い入れ物。数十個は散らばっている。置かれた距離は疎らで、法則の無い迷路を思わせる光景が生み出されている。
そんな立方体の一番上にある面から、女性は話しかけた。
「お客さんって訳じゃなさそうね」
淡々と告げ、祐雅達を見下ろす姿を露わにする。四角い入れ物の端に若い女性が立ち尽くしていた。証拠から与えられた情報と容姿が酷似している。フードか何かで両目を隠し、かつ目立たないシンプルな格好をする。飾りを削ぎ落した灰色一筋のパーカーは完全に合致していた。
間違いなく、彼女が目的の人物だった。
「……あんたが雪森幸代か?」
喉に緊張の糸が張られている。祐雅は対峙した女性に少なからずの畏怖を感じ取っていた。顔の表面には現れていない。辛うじて平常を保とうとした。
「ええ。そうよ」
女性が滑らかな口調で肯定する。空気を滲ませ、潤ませる様な声色だった。閉ざされたコンテナの壁も有ってか、雪森幸代の応答は室内に重複した。
双肩を僅かに浮かせた祐雅が微笑みかけられる。
「そんなに怖がらなくていいのよ、ボウヤ。メイドさんなんかつれちゃって……くすくす。安心しなさい。私はここにはいるけど、変な口出しはしないであげるから。むしろ……見せつけてもらっても構わないわ」
にやけた視線が男女に降りかかる。年頃の男子高校生と、抜群のスタイルを兼ね備えた美女。その組み合わせと人目のないコンテナが結び付けられていた。不純な妄想が女性の注目と化していた。
想像に弄ばれたと知った祐雅は、コンテナに立ち尽くす彼女を指す。
「祥子さん! ああいう女性って本当にいたんだな! 驚いたぜっ!」
嬉しそうに感想を口にしていた。両の拳を握っては、少し興奮した様子を隣のメイドに晒している。双眸にも希望の色合いが煌めいていた。
「……何で嬉しそうなんだい?」
「だって! ほら! あれじゃん! 年下に無条件で優しくしてくれそうじゃん! 色々とさ! そういうのって年頃の男の子の夢なんだよっ!」
「若いねえ、君は。…………年上の女性ならここにもいるだろう? 私じゃあ、駄目なのかい?」
祥子が身をよじり、胸の膨らみを強調する。ただでさえ目立つ様に設計されていた意匠なのだ。両腕によって浮き彫りになった双丘は、あまりにも強烈な魅力を放つ。
「え、だって、キャラが何か合ってないし。クーデレにメイド服ってどうよ? ちょっと邪道じゃね?」
「………………」
白い手袋をはめた指先が祐雅の頬へと伸びる。音もなく近寄り、摘まんだ肉を一気に抓り始めた。
「あいだだだだだ! すいません! 調子に乗りました! ごめんなさい!」
涙目になるまでお仕置きを施す祥子。確かに、その態度は主に使える奉仕者とはかけ離れていた。立場が逆転している様に思われる。祐雅には何の威厳も見えなかった。
「…………夫婦漫才なら余所でやってくれない?」
今まで無言だった雪森幸代が根負けした。冗談気取りで投げ付けた話題だったが、予想を超えて広がってしまったのだ。古崎祐雅は楽々とハードルを飛び越える、思春期。そんな少年に付き合う気は毛頭も無かった。
「で? 実際の要件は、ボウヤ?」
「んー、簡単に言うとあんたに会いに来た。ちょっと頼みごとが有ってな」
「へえ? 私に? 欲しいお薬でもあるの? お金次第なら何だって売ってあげるわ」
「……俺達の素性は訊かなくていいのか? 最先端の薬を常に用意してんだろ? リピーターになるかもしれないぜ」
質問に質問で返す祐雅に対して、雪森幸代は首を横に振った。
「お客様の要望によるわね。これからもご利用いただけるならきちんと尋ねるわ。……ただ、ボウヤはそんな風には全然見えないんだけど」
「ま、そうだな」
「……話がまとまった所でもう一度訊くわ? 貴方達は何をしにここへ来たの?」
雪森幸代がコンテナの端から身を乗り出す。祐雅と証拠を睨み付け、秘めた意図を探りに来た。内部に設置された照明に当たり、彼女を覆う影はより濃くなった。二人をねめつける双眸も鋭さを増した。
雪森幸代の存在を把握し、非合法な薬の売買についても知っている。単なる売買を持ちかけている訳でもない。警戒に当たるには十分な数の要因だった。
「単刀直入に言おう」
寒気を覚える程の威嚇に打たれながら、祐雅は真っ向から言い放つ。
「関祢家に薬を売るのはもう止めてくれ」
「…………関祢……家? 関祢裕美の家族の事を言っているの?」
「ああ、そうだ。あんたが裕美の父親に薬を売っているのは知っている。あいつ、それが原因で倒れちまったんだ。そんな危ない薬をこれ以上使ってもらいたくない」
「んー? 何で私に言っているの? そういうのは本人達に言えば…………ああ、そっか」
首を傾げつつ、雪森幸代は途中で気付いた。
「あの子、私の言いつけを破ったのね? でも、薬の件は誰にも話していなかったりするの? 中途半端に心遣いをしそうな子だったから、他人はおろか家族にも言わなかったんでしょうねえ」
くっくっく、と彼女が喉の奥から笑い声をこぼしていく。フードの下にある瞳が不気味に開いていた。下方を眺めつつ、怪しく瞬いている。
「親子の情が取り戻せると思っているのかしら? 馬鹿ねえ。有無を言わさずに薬を飲ませている時点で、能力者として全く信用されてないのに」
「――だからだよ」
耐え切れなくなった祐雅は反論を投じた。多少の苛付きを抱え、事の発端となった彼女へと告げる。
「あの薬に頼っていたら駄目だ。純粋な親子として寄り添えなくなる。だけど、頼った薬が危険な代物だったなんて簡単には言えない。見つけた人の面子が潰れるし、それじゃあ親子の関係が更に悪化するかもしれない。……だったら、薬自体が買えなくなればいい」
「直接的な解決にはなってないわよ? これは関祢家の問題。部外者だけを集めてどうこう言って良いものかしら? あの薬を使うかどうかは彼等の自由よ」
「その手にはのらねえぞ」
第三者である、という事実を突かれても祐雅は怯まなかった。右腕で飛び込んできた意見を振り払い、持論を展開する。
「俺はスムーズに挑ませてやりたいだけだ。親子の間に余計な口出しをする気はない。……ただ危険を承知しているか、していないかじゃ……大違いだからな」
関祢裕美が抱えた家族との溝は深い。父親が初めから能力を使わない様にと言い寄っているのだ。まずはそこから解すべきだった。
《精神支配》という能力を持つ関祢裕美への先入観を治す。そして、お互いが合意の上なら薬に手を出す事にも溜飲する。祐雅としては関祢一家のわだかまりが解け、倒れる危険のある薬からも離れてもらいたかった。だが、その過程は本人達が決める事だった。
「本当に必要だって言われたら売ってやればいいだろ。……少なくとも、裕美は心から家族と仲直りがしたいんだ。俺はそれを見守ってやりたい」
例えばダイエットをする時、簡単に痩せる薬があれば誰もが求めるだろう。基本は着実な運動から成り立つのだが、ちょっとした一手間で体重が軽くなるのだ。夢の様な話だが、当然デメリットもあり。人体に悪影響が出る可能性が高かった。
この薬はダイエットを本心から望んでいる者にのみ効果が現れる。しかし、太ってからダイエットをしようという者には役に立たない。薬の存在がダイエットの実行を遠ざけてしまうからだ。簡単に出来る。それは長所と短所の境目が極限まで薄くなった要素だった。
「……あんま難しくない話だろ? 需要がちゃんとあったら、しっかりと供給するだけの話だ。そうすれば商売として失敗しないと思うんだけどなー?」
わざとらしい視線が祐雅から発信される。横目で雪森幸代の様子を疑い、損得の面も慎重に補っていた。
「残念だけど、割に合わないわ。ボウヤの言う通りにしたら、私、売人としての信頼を失う事になるのよ」
「……えっ?」
学生服を来た少年は意外そうに目を開いた。
「注文していた商品を、売る側から売れなくなったと断られたらどう思う? むかつくでしょ? 怒るでしょ? 最初からメニューのリストに入れるなって考えるでしょ? そして二度と使いたくなくなるでしょ? それと同じだわ」
「………………っ」
「しかも、薬が必要とされなくなる確率は半々。ボウヤの案にのっかったら、手に入れられたお金が飛んでいっちゃうわ。反対に初めから薬の服用を考慮していれば、あの子の家族関係も一時的には良くなり、私もきちんと儲かる。……どう? ボウヤの案より利益が美味しいじゃない」
現時点で薬の販売を止めれば、《雪の園》に損害が出る。祐雅が突き付けた考えは既に手遅れだと一蹴されたのだ。裕美の父親にあの薬を売る事は止めない、と断言された瞬間でもある。言い包める筈だった理論が破綻していた。
歯ぎしりを鳴らし、コンテナに乗った女性を見つめる祐雅。
「……くそ……っ」
正直に打ち明ければ、祐雅はこれ以上の策を持っていなかった。話題に上げた確実な供給も屁理屈に等しい。現場に来れば何とかなると考えていたが、見事な解決には至れなかった。
「――次は私かな?」
祐雅の窮地を見かね、メイドが一歩だけ前へと踏み出す。
「ここからは私が交渉を引き受けよう。《雪の園》のリーダー、雪森幸代。私からも貴女に頼み事がしたい。……何、些細な話だ」
鈴谷祥子が優しく頬を吊り上げる。それはコンテナの上部から響く嘲笑いとは質が違っていた。余裕のある表情。強固な根元に支えられたかの様な自負心を放っていた。
中途半端な区切れになってしまいました。現在、続きを鋭意執筆中です。




