〜模擬戦 エレンのリベンジマッチ〜
火が収まり、自室待機が解かれると、渡航以外の平常業務へ戻るよう命令が下された。
上層部では会議が開かれているとの噂も立っているが、ワザワザ平常業務を命じるあたりから焦りと緊迫を感じる。
依然として緊迫した空気のままだが、団長挨拶とのことで俺たち新兵はそれぞれの練兵場に召集された。
そんな訳で一般兵団の総合練兵場に来てみたのだが、集合した人数はさほど多くなかった。
見回してみておよそ二百後半から三百人といったところだろう。
知らない顔もちらほらと見えるが、基本的には訓練でもよく見かけていた顔ぶれがほとんどである。
静寂の中、ピシッと整列をした隊列の前の壇上に一人の男性が上がった。
「諸君、まずは入団おめでとう。私が一般兵団団長のハラル・ミカーネだ。早々に大事が起こってしまったが、一先ず君たちの昇進を祝わせてもらおう。さて、この名に聞き覚えのある者もいると思うが、君たちが訓練生時代に世話になったであろうクレタ教官は私の兄だ」
クレタ教官に弟が居たなんて初めて聞いた。事実、周囲からも一瞬驚きの声が聞こえた。
教官同様に性格も装備もさっぱりとした印象の人であるが、それでいて滲み出る強者の気配はシラギ先輩にも劣らない。
「個人的な紹介はここまでとして、諸君らは本日付で我が兵団に籍をおくこととなった。寮の移動はすでに済ませてあると思うので言うこともないが、幾分部屋が狭まったことは容赦してくれ。なにせウチは大所帯なものでね」
部屋が狭まったという事は引越しの際にも聞いていたが、少なくとも四、五人は集まってもゆったりと話し合える空間が与えられているので、俺にはそれでも広く感じた。
「さて、1年間の訓練を経てめでたく正規のガーデン兵として配属されたわけだから、依頼と出撃のシステムを説明しておくーーー」
団長の説明を纏めるとこうだ。
・管理委員が受諾した依頼に応じて人員割の骨格が決められる。
・上記で定められた割り当てによって各兵団の各部から人が割かれる。
ここまでは管理委員が行う作業であるため、俺たちは無関係だという。
・選出された兵のもとには端末で二日前に出撃命令が下り、準備を行う。
・出撃に用いる戦闘艦艇は正面港からのみ出港する。
・報酬は契約金として前払い三割で、残りは帰還後に残り七割が支払われる。
といったところだった。
「以上が概要だ。選出されるメンバーはランダムだが、相性次第で訓練生時代の班員と組む事もあるだろう。報酬は隊長が銀貨で5000枚、その他が3000枚となっているが、勲功次第で上下するので任務には真剣に取り組むよう。それとこんな事態だ、有事に備えて各自覚悟はしておくように。以上だ!」
「「「敬礼」」」
返事と共に敬礼をする。
団長は敬礼を返すと、静かに壇上から降りた。が、二、三歩歩いた後、何かを思いついた様子で踵を返してきた。
「そうだ、せっかく練兵場にいるんだから腕試しでもしてみろ。緊張感もあっていい勝負になるだろう。剣士はここで、ガンナーは奥に模擬市街地がある。訓練生時代の1年でどれだけ自他が成長したのか見てみるといい」
静かだった隊列からどよめきが起きる。
変な時に変な思いつきをするところもクレタ教官とそっくりだ。
とはいえ、今の俺は人間と同等まで力が落ちているのだから、成長と限界を知るいい機会かもしれない。
「ほら、早く場所移動と対戦相手を決めろ!」
団長の一括で散開と編成が始まった。
俺は誰と戦おうか?
旧知の仲の方が良いけれど、ウィリアムは怪我で相手できないだろうし...
ーーーふと、横から視線を感じた。
「コヨミ...やろ?」
キラキラと目を輝かせて模擬剣を差し出してくるエレンがそこにいた。
まあ、エレンと真剣に剣を交えたのはちょうど1年前の、同じく模擬戦以来だ。能力の増減を試すにはうってつけかもしれない。
「ああ。是非ともお相手を務めさせてほしい」
「ん...」
差し出された模擬剣は直刃の長剣。重量は刀に比べてズッシリとしているが、苦にはならない。
対するエレンはお得意の曲剣二刀流だ。
既に数組が戦闘を始めおり、剣戟の音と、遠くからは演習弾の乾いた発砲音も響いてくる。
数回剣を振り回して安定感を確認して、いざエレンと向き合ったところでスピエンからも声をかけられた。
「なんだコヨミ。貴様はまたエレンと戦うのか?去年もそうだったろう」
「力が落ちた今、純粋な基礎はどこまであるか調べたくてさ」
「なるほどな...よし!、僕も混ぜて欲しい。コヨミの地力がどれだけか見てみたい」
俺は問題ないが、エレンが何と言うか?
チラリと視線を送ると、彼女も張り切っていた。
「順番...」
「もちろん僕は後で良い。そうすれば彼の動きを横で観察できるしな」
「ん...後で..スピエンとも」
「うむ、構わんぞ。むしろこちらからも頼む」
スピエンはニッと笑うと後に下がる。
一年間同じ班として訓練を共にしたからわかったが、彼の向上心は凄まじいものだった。
あの誇り高さも、彼の能力、才能、家柄を考えれば当然なのかもしれない。
俗に言う天才という部類だ。
対して、目の前で低い構えのままこちらの動きを観察するエレンは完璧な秀才型だ。
経験値の高さから人の動きを熟知している。
練度や生命力、対魔物戦闘では兎も角、対人戦闘ではまともにやって勝てる気がしない。
折角なので、邪魔になる刀は剣帯ごとスピエンに預かってもらい身軽になる。
エレンは邪魔にならない程度に離れた地面に置いたようだ。
「直接攻撃は無し...武器を弾くか..降参させるだけ...」
「わかった」
「じゃあ....いく...」
エレンが駆け出した。
相変わらず変幻自在で、気を抜くとあっという間に視界から外れてしまいそうになる。
一撃目の突きを払い退けると、二、三歩下がって彼女の間合いから飛び出した。
技量自体は去年とそれほど変わっていないが、俺の性格や動き方を熟知しているためかずっと戦い難い。
重心移動も隙がないので、前回のように転倒させるのも無理だろう。
一方で、俺は動体視力も落ちているらしく、剣を打ち合わせるにしても見えるというよりは感じるのみだ。
だが、相手の息づかいや刃が風を切る音を頼りに攻防を切り替えるのも久しぶりで心地よい。
「こっちはどうだ?」
エレンは身長が低い分、力が強く掛かる上からの攻撃は受けずに必ず右か左に受け流す。
それを逆手にとって、燕返しと呼ばれる切返し技を使ってみると、刃が曲剣の鍔に当たって弾き飛ばした。
「むぅ...」
「もう一本いくぞ!」
本当ならここで試合終了だが、エレンが二刀持ちだったのを理由に延長線へと持ち込む。
彼女もすぐに構え直すと、再びちょこちょこと動き回った。片手持ち になり、身軽になったためか機動力は段違いだ。
あの小さな体に、よくそれだけの体力があるものだ。と、感心していたら右に鋭い打ち込みを受けて態勢が崩れた。
ーーーしまった!
己の油断を呪ったが、エレンも決着がついたと確信したのか細い笑みを浮かべる。
甲高い金属音が鳴り響くと同時に、俺の模擬剣は空高く舞った。
「そこまで、だな」
「やった....」
スピエンが決着を言い渡し、エレンは小さく微笑んで喜ぶ。
俺はなんとか転倒は免れたものの、勢いを殺すために数歩よろめいた。
「・・・負けた」
完膚なきまでに負けた。
これまでは狐の力に驕っていたのか、また鍛えないとダメだな。
「すごいな、エレンは。完全にやられたよ」
「ん...楽しかった...またやろ?」
「ははっ...お手柔らかにお願いします」
「やだ...全力で..やる」
何ともエレンらしい返事だ。
褒めてとばかりにすり寄ってきた彼女の頭を撫でながら、今後の鍛錬をどうするか考える。
この状態がいつまで続くかはわからないが、シラギ先輩からの内定がある以上は少なくとも来年までには練度相応の腕前にまでは復帰しないとなぁ。
と、そう考えたと同時に頭の中で別の誰かがささやいた。
ーーーいや、俺の実力は元々がこの値なのだ。狐の力をアテにするのはおかしいし、あんな人外の力とは縁を切ったほうが良い。
努力が無いということは、そこまでの過程が無いという事だ。
ーー誰がその制御をできるだろうか?
ーー誰がその限界を知るだろうか?
身にあまる力など己を滅ぼすだけだ。
今現在、この力こそが水上 暦そのものなのだ。
「コヨミ...どうした...の?」
「え?」
ふと我に返ると、エレンがジッと顔を見上げていた。
知らず知らずのうちに俺の手は彼女の頭を離れ、握りしめていたらしい。
「何でもないよ。大丈夫だ」
ニコッと微笑んで見せてから落ちた模擬剣を拾いに踵を返す。
そうだ、何でもない。
妖狐 コヨミは死んだのだ。もう、あいつに苦しめられることもない。




