〜聖夜の憂鬱〜
聖誕に相応しい満点の星空の下、それを掻き消さない程度に飾られた色鮮やかな電飾の輝く中でざわざわという人々の話し声がガーデンの彼方此方で広がっていた。
彼らは仲の良い者同士2~3人程で一つのグループを作り笑顔で行き交っており、その姿には歳も兵団の違いも無かった。
人々がそうしている最中、暦と紗季の二人は寮棟の6階にある大広間に設けられたパーティー会場のバルコニーの端で肩を寄せ合って海を眺めていた。
二人とも今晩の服装は私服であり、外れに居るとは言えそれなりに注目を集めることになっていたのだが、二人はそんな事に全く気づいていない。
「なんだかお兄ちゃんとゆっくり話すのなんて久し振りだね」
「お互い、忙しいからね」
紗季が暦に頭を預けてそう語りかけると、彼はその肩を抱きながら静かに口を開く。
「最近のお兄ちゃん、なんだか元気無かったから心配してたんだよ?もしかして班の人たちと何かあったの?」
一瞬紗季の中を過ぎった不穏な気配をいち早く感じ取った暦は彼女の頭をポンと撫でて笑った。
「・・・大丈夫だよ。少し喧嘩をしたんだけど、もう仲直りしたから」
「ほんと?」
「ああ」
疑る様な目をする紗季の頭に手を置いたまま暦は薄ら笑いを浮かべているとアイシャが大きく手を振りながらやって来た。
「コーヨーミー!」
「・・・アイシャ?」
手を振る彼女は、いつもならば下ろしている長い赤髪を後ろで二つのお団子頭にしていて、白地にほんのりと金糸が浮かぶ裾の長い体のラインが浮き出るデザインのロングドレスに身を包み、腕には絹の長手袋をはめた如何にもお嬢様といった姿だった為に、普段のイメージとかけ離れて思わず暦も聞き返してしまう程であった。
「そうだけど...そこで詰まられると私としても思うところがあるかな〜...て言うか女の子に対してその反応は酷いよ」
「あ...ご、ごめん」
がっくりと肩を落としたアイシャはそのまま暦の横まで来るとバルコニーの手すりに寄りかかった。
「お兄ちゃん、その娘誰?」
「うわ!っていうか何語?」
アイシャはそれまで暦の影に隠れて様子を伺っていた紗季が徐に顔を出した事と東の言葉で喋った事に二重に驚いた。
「えっと、まず紗季から。アイシャたちには紹介し遅れたけど、この子は俺の妹の紗季。ちょっと変わってるけど優しい子だから仲良くしてあげてくれ。で、次にアイシャ。俺の班員の一人で...まあ、薄幸な面もあるけど真面目な娘だよ」
「薄幸って...確かに否定はできないけどさぁ....まあ兎に角よろしくね、サキ!」
「・・・はい、よろしくお願いします」
アイシャが驚いた表情一変させると笑顔で手を差し出すと、紗季は彼女の目をジッと見てからその手を取った。
身長差の関係で紗季はアイシャを見上げる様になるのだが、その視線からは不思議な威圧感が感じられてアイシャの背に薄っすらと汗を浮かべせた。
「あの、アイシャ...さん?」
「ん、何?」
「お兄ちゃんは班ではどうですか?」
「うーん...そうだな〜。飄々っていうのかな?そんな感じで掴み所が今一無いんだけど優しいし、困ってると直ぐに助けてくれるから私としてはすごくありがたい人かな」
アイシャは少し考えるとそう言った。
「そうですか!お兄ちゃんって実は繊細なんでよろしくお願いしますね」
「まっかせてー!コヨミも班もばっちり守るからね!」
元気よく答えたアイシャは紗季の手を握り、それから手を振って去って行く。それらをワインを飲みながら黙って見ていた暦は杯から口を離した。
「紗季があんな反応をするのは珍しいね」
「んーなんて言うのかな?あの人は...大丈夫なの」
「大丈夫?」
唸る紗季と同じ様に暦も首を傾げた。
「うまく言えないないけど...あの人...多分言ってることと思ってることが同じな人だから」
「確かに分かりやすい娘だけど...まあ紗季が気を許した女性なんて久し振りだから良しと言えば良しなんだけど」
「そうだね、お母様以来...かな」
暦は表情に影を落とした紗季の肩に手を置くとそのまま彼女を背中から抱きしめた。
「悪かった。その話は、無しだ」
「うん...」
「何か飲み物を持って来よう。ここで待ってて」
空になった杯を持ってホールの方へ行くとトレイにワインで満ちた杯を乗せているとポンと後ろから肩を叩かれた。
「ようミズカミ」
「こんばんはシラギ先輩...如何したんですか?」
「ちょっと話したい事があってな」
暦が振り向くとそこには暗い表情をしたシラギが立っていた。
「何かあったんですか?」
「さっき急な依頼があってな、お前たちの入団試験の内容が決まったんだ」
本来ならば吉報とも呼べる報せのはずがどうして暗い顔をしているのか理解できない様子のコヨミだったが、シラギの重苦しい表情から相当な事になったのだろうという憶測は立った。
「・・・何をするんですか?」
「死体木偶の討伐だ」
「なっ!」
グールという言葉に暦は息を呑む。
「お前も戦闘知識の座学で学んだだろうが、奴らは脳髄を破壊しない限り絶対に殺せない。その上人を喰うし、喰われた死体もグールになりかねない厄介な相手だ。一度発生すれば国一つが簡単に滅ぶ」
「まさか訓練生だけで討伐するんですか!」
シラギは声を荒げる暦を手で制すと首を振った。
「静かにしろ、唯でさえお前は目立っているんだ」
「ですが、これは訓練生全員が知るべきな情報ですよ!」
「明日の朝には全員の端末に送られる手筈になっている。それとさっきの答えだが、予定としてはお前たちが攻め込む三日前から前夜までに水上艦艇の艦砲射撃で焼き払う事になっている」
「そんなことをして城壁が壊れたらどうするんですか?」
心配そうに眉をひそめる暦であるが、シラギは心配ないとばかりの様子で返答する。
「安心しろハファンスタッドという港町が作戦領域なんだが、ここは3方向が高い山脈で覆われている天然の要塞だ。例え戦艦の主砲弾が命中しても山が完全に崩れることは無い筈だ....が、問題はそこじゃない」
シラギは暦の肩に手を置くと深いため息を吐きながら呟いた。
「ハファンスタッドの人口は5万、それに加えて地下街道の非常に入り組んだ街だ。敵は何処から出てくるか見当が付かないぞ」
そう言うとシラギはホールの入り口の方へと去って行ってしまったが、友人としての言葉であったであろう最後の呟きに暦の中では様々な思考が飛び交う。
しばらく動けずにいた彼であったが、やがて思い立った様にバルコニーへ急ぐと紗季にシラギから話された事を余す所無く話すと、ホールを飛び出し一直線に工廠の売店目掛けて走り出す。
聖夜祭準備のおかげで通い慣れた工廠までの道を駆け抜けた暦は数ある売店の中でまず防具の店に飛び込んだ。
店内には聖夜祭などお構いなしといった様子の脳筋派がチラホラと居たが、只ならぬ気迫の暦には黙って道を空けた。
「すみません!軽量な胸当は有りますか?」
「待っててくれ」
店番の開発班員は店の奥に一度引っ込むみ、しばらくしてから両手に数枚のチェストプレートを抱えて戻って来ると、暦は全神経を集中させて品質の良い物を探し出した。
ガーデンから支給された制服兼戦闘服は機動性が重視されている為に通称ガーデンコートと呼ばれるジャケットの肩と肘に薄い金属板が貼られている以外には防具らしい防具は無いのである。
故に動きやすく、重い装備を嫌う暦には丁度良かったのだが、シラギに忠告された以上は彼にとって唯一の急所である心臓を守っておいて損は無いと思ったのだ。
それでも選ぶ防具が極薄のチェストプレートだというのは彼なりの意地であろうか。
「よし、これだ」
「聖夜祭の晩に店を開いてる俺たちも大概だが、あんたも何でこんな時に紙みたいな防具を買ってくんだ?」
「ちょっと訳がありまして」
重ねられた鎧の中からようやく満足のいく物を二つ見つけ出すと、聞かれた質問に薄ら笑いで返して一つ銀貨70枚というチェストプレートとしては割高な代金を支払い隣の武器屋に移る。
そこでは肉厚なダガーナイフを2本だけ購入して寮棟に帰ると自室に戻った。
解錠してドアノブに手をかけた瞬間、暦は室内から漂う気配を感じ取った。
「・・・・」
彼は荷物を床に置くと黙って腰の刀を抜き、何でもない様子で部屋に入ると気配を追って奥へと進むと突然頭の中に声が響く。
【暗闇の中でも僅かな光を集めて青白く輝く刃ですか...やはりカタナとは美しい剣ですね】
「・・・ネリシャか」
【御名答です】
小さな呟きも聞き逃さずに返事をするあたりが如何にも彼女らしいと思いながら暦は刀を納めるとベランダの手すりに腰を下ろして自分を見つめてくる人影を見つけた。
「鍵はかけたつもりだったんだが?」
「パルクールはエルフの得意技なんですよ、コヨミさん」
ネリシャはクスクスと笑いながら室内に入った。
彼女の服装はミーラスブリザで暦と初めて出会った時のものだったので彼は懐かしく思ったが、下で紗季が待っている事を思い出したので振り返ると、開け放たれた寝室のドアからベッドの上で和んでいる姿を見て思わず吹き出してしまう。
「むー、何で笑うんですか?」
「はははっいや...だって....」
ついさっきまで神秘的な美を醸し出していた筈なのに今は無邪気に伸びているのだから仕方がない。という言葉は飲み込んだ暦であったが、それでもまだネリシャのギャップに腹を抱えている。
それを見たネリシャは頬を膨らませて唸ると身軽な動きでベッドから飛び降り、暦の横を掠めたかと思うと姿を消してしまった。
「相変わらず変わった娘だな」
「貴方に言われたくはないですよ」
「わっ!」
いつの間に戻ったのか、気配の無く隣に立っていたネリシャに暦は驚いた。
「はい、忘れ物です」
驚いている間に彼女は暦が廊下に置いたままにしてあった装備品を差し出す。
「コヨミさんにしては随分と変わった物を買われましたね。まあ、このチェストプレートはいかにも貴方らしい物ですが」
ネリシャの目に留まったの引っ張れば簡単に千切れてしまいそうな厚さしかないチェストプレートで、彼女は真剣な眼差しで叩いたり表面を撫でたりして鑑定していた。
「軽くしなやかな金属を鋳造して造った鎧のようですね。これならば薄くても丈夫ですからコヨミさんには御誂え向きですね。...まあ聖夜の晩にこのような物を買っている時点で何かあったのは間違いなさそうですが?」
「ああ、実はシラギ先輩から訓練生にとって重要な話を聞いたんだ」
「私たちにとって重要な話ですか」
「ああ、入団試験の内容を教えてもらったんだが、その内容がグールの討伐だったんだ」
「グールの...」
ネリシャは目を細めてブツブツと独り言を呟いていたが、急に思いついたように暦を振り返った。
「コヨミさんは過去にグールと戦った経験はあるのですか?」
ネリシャの質問に暦は大きく頷くと、嫌な思い出だと言いたげな顔をした。
「此処に来るまでに俺と紗季は約二年間の旅をしていたんだが、その時に荒野で五体のグールと遭遇したんだ」
「結果はどうなったんですか?」
暦はふっと笑うと降参した様に手を上げる。
「惨敗だよ。彼奴らは死体のくせに足が速いから逃げきれないで結局一体も倒せずに俺は赤、紗季は黄色まで体力を落とされて全治五ヶ月の大怪我を負った。偶然通りかかった行商人が馬車に乗せてくれなかったら俺たちは死んでいたよ」
「私はグールと戦った事は無いのでわかりませんが、それらからは気配はしないのですか?確か貴方たちは我々エルフの様に相手の気配が感じ取れるのでしたよね?」
出会った頃に紗季が妖気がどうこうと言っていた事を覚えていたネリシャが首を傾げるが、暦はバツが悪そうに首を振った。
「確かに俺と紗季...というか水上の一族は他者の存在を感じ取ることはできるんだが、それは飽くまで生者限定なんだ」
「そうなのですか」
「ああ、上手くは言えないんだが、正気というか体温と言うか...まあその辺のものに対して鋭敏に神経が反応するってだけなんだ。だから死体には効かない」
「それでその様に準備をしていたのですか」
ネリシャが納得のいった顔で頷くと、暦は荷物をリビングのテーブルに置いて再び入り口のドアの前に立った。
「だいぶ紗季を待たせてるから俺はもう下に戻るけどネリシャも来るか?」
「私はもう少しこちらのベランダから夜空を眺めさせてもらいます。来た道を戻るので鍵をかけていっても構いませんよ」
「来た道って...唯でさえ目立つんだから止めてくれよ。鍵はかけないからここから出て行ってくれ」
「まあ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきますね」
「夜風は冷たいから気をつけるんだぞ」
「はい、わかりました。.....あ、待って下さい!」
丁寧にお辞儀するネリシャを見てから部屋を出ようと暦が振り返った瞬間、彼女は急に声を上げて呼び止める。
「大切な事を言い忘れていました」
トコトコと小走りに暦へ近づくと、彼の頬を両手で包んで優しい笑顔を浮かべた。
「---------,--------------------.」
暦でもわからない言葉で何かを言う。
「えっと...今のは?」
「エルフ語です。エルフ同士の会話でのみ使用する言語ですからコヨミさんが知らないのも無理のない話です」
「で、何て言ったんだ?」
首を傾げる暦にネリシャは悪戯っぽい笑みを浮かべると、彼の耳元で楽しそうに呟いた。
「『愛しき者に星空の加護を』です」
そのままくるりと身を翻すと、ネリシャは結局窓からその姿を消したのであった。
しばらく硬直していた暦であったが、やがてドアを鏇錠してエレベーターに乗り込んだ。
6階のボタンを押してドアが閉まると彼は壁に寄りかかって一言呟いた。
「そう言えば『エルフ』って東の言葉で『妖精』なんだったな」
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・グール
本体は人間に寄生する蟲であり、死体の脳にのみ寄生する種類がグール(死体木偶とも言う)と呼ばれる。
寄生方法は体内へと通じている穴からの侵入で、グールの場合は主に口部から侵入する。
寄生する依代は完全に生命活動を停止している上に本体である蟲を殺さない限りは永遠に活動し続けるので剣でも銃でも退治しにくいのが難点である。
食人種であるが、食された個体がグールに変異する確率が非常に高い為、その意義は栄養分の摂取ではなく傷口から卵もしくは幼虫を寄生させる繁殖行動であるとされている。




