〜夢の中の姫君・前〜
〜Side of Koyomi〜
エルメス先輩の部屋を後にし、寮の食堂で夕食をとり部屋に戻った。
そして今日もこの部屋に泊まろうとする紗季をなんとか説得して部屋に帰ってもらうと上着と装備を外して顔から寝床に倒れ込むのであった。
「ふー....流石に堪えた...」
吐き出す息と共に全身の力が抜けて意識が暗闇に沈みそうになる。
(駄目だ...せめて汗は拭かないと)
空調の効いた寮内なので汗自体は乾いてしまっているのだが、このまま眠ることに抵抗感を覚えた俺は湯に手ぬぐいを浸して軽く体を拭くことにした。
湯船は無くはないのだが、貧血状態のままでの入浴は危険だと思った事と単純に疲れが俺から色々な気力を奪っていた事とが重なって入らないという結論に至ったのだ。
脱衣所で服を脱ぎ、必要な道具類を持って風呂場に入る。
手桶に湯を注ぐとそれを手ぬぐいに吸わせてゆっくりと体を拭いていった。
「・・・ん?なんだか変だな」
ふっと奇妙な気配に手を止める。
何と無くではあるが、靄がまとわりつくかのように薄い妖気が漂っているのだ。
だが周囲には肝心の本体らしき妖気の根源も感じられないことが気にかかる。
俺はさっさと風呂を切り上げると着慣れた寝巻きを身に纏い、片手に刀を持って紗季の部屋の扉を叩いた。
「紗季、起きてる?」
部屋が広いので無意味だろうと思いながらも声をかけてみると物凄い勢いで走り寄る音が扉の向こうからしたかと思うと勢い良く扉が開かれて顔を真っ赤に染めた紗季が顔を出した。
「お、お兄ちゃん!?な、何かな?」
手ぬぐいを首にかけており、髪の毛が若干濡れていることから入浴中だったと伺える。
きっと声が聞こえたものだから慌てて上がってくれたのだろう。
「お風呂中だったかな?ごめんね、ちょっと気になることがあってさ、今日も一緒に寝よう」
「うん!どうぞ〜」
紗季は満面の笑みで俺を迎え入れて扉を閉め、鍵をかけると真剣な顔をしてこちらを振り向いた。
「何があったの?」
そう問う声には普段の紗季には無い真剣さが篭っている。
「靄の様に絡みついてくる奇妙な妖気を感じた。だから念の為にと思って来たんだ」
「妖気?私は感じなかったけど」
紗季は握りこぶしを口に添えて考え事をするかのような体勢で神経を尖らせる。
妖気は集中すると神経に触られるような不快感が感じられ、ある一定の強さを超えると寒気や悪寒、睡魔などの症状が現れ始めるのだ。
「んー...やっぱりダメ。感知できないよ」
「じゃあさっきのは一体?...」
見えない敵というものは人間に対して本能的な恐怖感を与えてくるので考え過ぎると気が参り思考力が低下してくる。
「・・・ふう、まあいい。明日も早いし今日は寝ようか」
「うん」
紗季はいそいそと寝床に駆け寄ると綿草履を放り出して寝転がると何回か転がって掛け布団で身体を包み、内股に座ると両手を広げて目を輝かせる。
「ははっ...そう急かすなよ」
どんなに鈍い奴でも紗季が今放っている期待に満ち溢れた気配に気づくことができるだろう。
思わず乾いた笑いが漏れてしまう。
散らばった紗季の綿草履を整えてから俺も裸足になって布団に上がる。
「早く早く!」
待ちきれないのか、紗季はパタパタと両手を動かして催促する。
「・・・いや、やめろとは言わないけどさ」
紗季はいつもベッタリなので多少の耐性は付いているのであるが、流石に最愛の妹が顔を赤らめて息を荒くし、仄かにしっとりとした髪から覗く上目遣いで催促してくる姿には多少なり鼓動が速まる。
「そんな期待に満ちた顔をしても何も無いからな」
「えー」
不満そうな声を上げる紗季に優しく微笑みかけるとその細くて小さい背中に手を回した。
「あっ」
紗季は小さな声を上げ、体がピクリと揺らした。
体の小さい紗季は正面から抱き合うと頭が丁度胸板のあたりに来るのでとても抱き締めやすい高さである。
更に背中を優しく摩るとその度にピクンと小さく反応してとても可愛らしい。
俺は紗季を抱き締めたままゆっくりと横になると紗季も俺を抱き締め返す。
片手には刀を持っているので今のまま頭を撫でてあげることはできないが、その代わりなのか紗季は猫の様に顔を擦り付けてくる。
旅先では夜襲などに気をつけるために刀と紗季を両手に眠ることもしばしばあったが、この柔らかな布団の上だと違和感が拭い去れないのは仕方の無い事だろう。
「お兄ちゃんから私に一緒に寝ようって言ってくれたのって久しぶりだね」
よく効く夜目を使ってぽそりと呟く紗季を見つめると、顔を上げて俺のことを一心に見ていた。
「そうだったかな?」
「そうだよぉ〜この前なんてもう一年も前だよ」
「そうだっけ?」
目を逸らすと紗季の腕に力が入り締め付けてくる力が強くなる。
「いたたたた」
「お兄ちゃんなら痛くないでしょ」
「心は痛い」
「ボケが上手くなったねお兄ちゃん」
紗季は楽しそうに笑いながら俺の脇腹を小突いてくる。
だが冗談抜きに少しだけ痛かった。
「さて...寝よう」
「うん、そうだねお兄ちゃん。おやすみなさい」
「おやすみ紗季」
お互いの寝巻きで程よく削減された体温で温まりながら眠りに誘われてった。
どれ程の時間が経ったのかはわからないが、いつの間にか俺は、東風の...否、故郷の屋敷の縁側に座っていた。
妙に懐かしいのだが見覚えは全く無く、ただ変に思うしかなかった。
それによく見れば姿が狐の姿になっている。
尾も九本全てが生え揃った完全な状態だ。
だが不思議とあの冷たい感覚は無く、それどころか温かくて幸せな気持ちで心が満ち足りていた。
「・・・・ん」
微かな声に横を振り向くといつの間にか知らない少女があろうことか俺の肩に頭を乗せて眠っていた。
いや、全く知らないという訳でもない。俺と同じ白面金毛の九尾狐ではあったが容姿が非常に紗希に似ていた。
「ここは...何処なんだろうか」
俺のこの、誰に言った訳でもない独り言によって長い年月を眠り続けた『彼女』が薄っすらと目を開けたのであった。
---------------------M.Gメモ-------------------
アイシャ・クライアント
Lv.603
装備品 ヒックフェルティルス
備考
イーストエンドの辺境国ミルウェイの低級貴族の長女。
紅くて長い髪の毛をポニーテールで纏めた色白で体の細い女の子。
出身地での影響か話すことにはあまり裏表が無く、ドジだが素直で可愛い良い娘。
その体の細さからは想像できない程運動神経が良く、あらゆる武器が使えるなど武芸も達者であるが本人曰く器用貧乏とのこと。
愛剣は『実り』の名のついた片手剣。
これはミルウェイで豊作祝いの祭りが行われる度に一本だけ打たれる剣で、良質な鋼鉄を特産の鉱石で鍛えられている。
模擬戦では開始早々に何も無い場所で躓くという凄技を披露したのでほぼ不戦敗。




