プロローグ:終末の秒針が巻き戻る音
普通の高校生活を毎日だらだらと、過ごしているだけのはずだった。
毎日が何の変化もなく過ぎていく情景…、
突如自分が経験するはずのない情報の奔流にのみ込まれた。
自分は今までの自分ではない。
未来の自分の記憶を取り戻してしまったのだった。
---
その瞬間、世界は完全にバグっていた。
「……あ?」
灰色の脳細胞がカチリと音を立てて噛み合い、すべてのピースが狂ったように繋がり始める。
小鳥遊 駆――それが今の僕の名前だ。
都内の自称「進学校」に通う、成績中位、運動神経そこそこ、趣味は深夜アニメの視聴という、どこにでもいる平凡な高校二年生。
はずだった。
「違う……。僕は、駆じゃない」
激しい頭痛とともに、脳裏を焼き尽くすような「真実」の濁流が押し寄せる。
網膜の裏側に、見たこともないはずの光景が、血の滲むような鮮明さで再生されていく。
それは、超高層の摩天楼がすべてガラスの破片のように砕け散る、暗黒の未来。
空を覆い尽くす巨大な機械仕掛けの異形――僕たちが『災厄』と呼んだ、人類を蹂躙する神の如き戦闘兵器群。
そして、血と硝煙に塗れた戦場で、ぼろ雑巾のようになった仲間たちの死体を抱き締めながら、世界最後の魔導技術「時間遡行陣」の光に身を投じた、一人の少年の姿。
人類最高峰の対魔導機兵『零式』の適格者にして、終末戦争の最高司令官。
それこそが、僕の本当の正体。
【二一二〇年・人類滅亡の未来】から、この【二〇二六年・すべての始まりの時代】へと、魂を巻き戻して転生してきた『観測者』。
「思い、出した……。そうか、僕は、あの地獄を覆すためにここにいるんだ」
冷や汗が制服のシャツを濡らす。
教室の窓の外を見上げると、抜けるような青空が広がっていた。あまりにも平和で、あまりにも残酷な、破滅前の静けさ。
時計の針は、午後三時十五分。放課後を告げるチャイムが鳴り響く。
未来の記録が正しければ、あと数分で、この世界に最初の『歪み』が生じる。
のんびりとノートを片付けているクラスメイトたちを見渡す。彼らはまだ何も知らない。この日常が、どれほど脆い砂の城であるかを。
「おい駆、帰りにカラオケ寄ってかね?」
声をかけてきたのは、悪友の佐藤だ。未来の戦争では、最初の三ヶ月で戦死した男。
胸が締め付けられるような感傷を、僕は一瞬で押し殺す。今の僕には、感傷に浸っている時間すら残されていない。
「悪い佐藤、今日は急用があるんだ」
「あ? なんだよ、珍しいな。まあいいや、また明日な!」
明日――その明日が、これまで通りにやってくるとは限らないんだ。
僕はカバンをひったくるように掴むと、教室を飛び出した。
向かうべきは、学校の裏手にある旧校舎。未来の歴史書に刻まれた、第一の破滅因子が顕現する場所だ。
走る。
高校生の貧弱な肉体が悲鳴を上げるが、頭脳はすでに未来の修羅場のそれへと切り替わっている。
「ステータス・チェック。魔導回路、未覚醒。魂の同調率、わずか3%……クソ、これじゃあ『零式』の力は一ミリも引き出せない。だが――」
旧校舎の重い扉を蹴り開ける。
埃の舞う薄暗い廊下の奥で、空間がぐにゃりと歪んでいた。
紫色の不気味な光を放つ、次元の亀裂。
そこから、未来で何度も見た、あの『機械の獣』の鋭い爪が、今まさに現世へと踏み出そうとしていた。
人類を滅ぼすカウントダウンは、今、この瞬間から始まる。
「待たせたな、鉄屑ども。お前たちの未来は、ここで僕が叩き潰す!」
二一二〇年の絶望を背負った一人の高校生が、世界を救うための「二周目の戦い」の幕を上げた。




