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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第2章 揺らぐ日常

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第11話 手に入らない何か

 ――そんな過去があったことなど、今の彼らは知らない。


 ヒロユキは広いサーバ室がほしい。

 電脳ハンターの上級職メンバーには一人ひとつブースが与えられてる。

 

 「しかし……なんか俺のブース狭くね?」

 

「それはですね……あなたが遅刻ばかりするからなのです」

 コリンダーの呆れ声が突き刺さる。

 

 コリンダー曰く、サボるから。

 つまり、監視でヘンリー所長の前のデスクにあてがわれてます、と。

 言われてみれば、いつもヒロユキはヘンリーのそばのデスクだ。

 

 今日は上級ハンター達は、いつものエンダー掃討作業はお休みだ。

 理由は、2年に一度の大切な「事務オフィス室の引っ越し作業」があるためだ。

 今は午前9時、本日の「お仕事」が始まるまでの暇つぶし。

 2人は作業用オフィスの一角、休憩ルームで「エンダー当てゲーム」をしている。

 静かな時間ももう少しで終わり、10時から引っ越し作業開始だ。

 

 「サボってないでこの荷物、移動して~」

 朝からずっと動きっぱなしの事務員の女性が悲鳴のように叫んだ。

「げ。もう始まった?!」

 2人は大急ぎで引っ越し作業に向かう。手ぶらで行きたかったのに荷物を2箱持たされてため息である。

「今回は東棟の30番か……。毎回上階だよな……。伝送路部署組」

 思わず愚痴が漏れるのは、ヒロユキがだいたい遅刻気味で、日々アウト/セーフの境目を攻めているからである。

 

 着いた先――30番オフィスは、すでに戦場のような有様だ。

 

 ぎゃー、そこ踏まないで!

 すんません!養生テープどこっすか!

 あー、アンバー! そっち終わったら次こっちー!


「おっと。アンバー、大人気だな」

 アンバーとアリスが陣頭指揮を取って段ボールの廃棄と中身整理をやっている。

「アリスも面倒見いいかんな。頭がアリスでパワーがアンバーだと最強の組み合わせだな」

 身長に20センチ以上の差があるでこぼこコンビ。……のくせに、アリスの目線がわずかに動くだけでいつものように必要な作業を察してアンバーが箱を持ち上げている。

 「……背が高いのと、馬鹿力が役に立つ絶好のチャンスですからね」

 コリンダーが感情のない声で言うのは、多分、ひがみが入ってんじゃないか、とヒロユキは分析している。

 

 他は……っと、と見渡すと、電脳ハンター統括、エイコの前には判断待ちの人だかりができている。

 これもいつもの光景だ。

 しかし、しょっちゅうエイコのそばで、目障りなくらい張り付いているエイコの忠犬(相棒)、ベラケレスは……。

 (ただし、あいつはエイコの前では忠犬、他人の前では番犬だけど)

 「ベラケレスは……っておい、いつものようにとんずらかーい」

 「まぁ……彼は、言葉の破壊力だけは抜群ですが、物理パワー無いですからね。足も悪いし。

 いても邪魔だとわきまえているだけ、偉いです」

 コリンダーの毒舌に磨きがかかっている。AI3兄弟は皆、毒舌なのだけども。

 これのせいでベラケレス、コリンダー、アンバーのAI3兄弟で静かに喧嘩が勃発するのだが、今日はそういう暇はない。

 

 オフィス側の引っ越しは順調だ。

 問題はサーバ室側だ。ハンター達が電脳空間以外で大部分の時間を過ごすのはサーバ室だからである。

 

 幾台かのサーバが更新で入れ替わるのだが、配置は毎回、揉める。

 やれ風が当たらない場所がいいとか、配線を踏まない位置取りとか……。

 去年、新装置が入ったときにコリンダーと配置で言い争いしたのも記憶に新しい。

 

 ヒロユキはやれやれ、と思い出しつつ、サーバ室の扉に手をかけた。

 途端にわずかな違和感を覚える。床に転がる発泡スチロールの欠片。

 「ん……、なんだ、これ?」

 扉を開けると先に向かっていたはずのコリンダーが机で書類をめくっていた。

 

「配置、完了しました」

「……は?」

 見るとサーバはすでに箱から出されて空き箱が転がっている。

 本体は、入口から数メートルの場所にすでに設置され、配線まで完了されていた。

 出鼻をくじかれたような驚きで周りを見回したが、しっかり配線もまとめて紐で結わえて固定されている。


 端的に言って、作業はすべて終わっていた。

 

 コリンダーは書類の束をさっと脇に置いて、立ち上がると笑う。

「頑張りましたよ。

 ここが、最適解です。処理効率、安定性ともに基準値内、かつメンテ性にも優れ……」

 また先を越された、という感覚が喉につかえた。

 コリンダーが得意げに続けるのにかぶせるような形でヒロユキが言葉を発する。

「おー、いいんじゃね。……でも、次からは、一言くれよ」

 

 そう言って向かいの机に静かに座る。

 

 コリンダーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で立ったまま首をかしげている。

 「よくわからない」と顔に書いてあるようだ。


「んー。ほら、だってさ。報連相、とか言うじゃん……?俺も確認しときたかったってゆーか……」

 コリンダーの方を見もせずに言うヒロユキ。

 

 最近は、隣にいても顔を向けないこともある。

 でも、コリンダーは、それ以上の何かを感じて戸惑う。

 

 よくわからない。

 「報連相……ですか。そう、ですね……気にします」

 コリンダーはそれだけ言うのが精いっぱいだ。

 本当は、冷却ファンの配置について相談したかったのだが、どうにも言葉が出てこなかった。

 

 * * *

 また嫌な感じだなぁ。先日の自分より前に出ようとしたコリンダーを思い出す。

 ヒロユキは何となく、息苦しいような錯覚を覚えて、オフィスの方に戻ることにした。

 引っ越しは最高潮に忙しくなっている。

 

 入口で顔なじみの後輩に軽く挨拶して席に戻ろうとすると。

「あっ。ヒロユキ先輩。いいところに!書庫の配置ここでいいと思います?

 でかいので移動が大変で……。置き場所を慎重に検討してますっ」

 元気いっぱいの後輩、雪波がそう声をかけてくる。

 雪波……下の名前は、そういえば思い出せなかった。

「あー、でかいな。入口付近は防災上ダメだな。こっちがいいぜ。うーん……俺のそば狭くなるけど……」

「あっ、確かに防災、引っかかりますね……!さすが、先輩。ありがとうございます。むぎっ」

「……っておいっ!斜めってる!こっち持つから、お前そっち持って」

 2人で書庫を運ぶと所定の場所に配置する。

 

 すっかり配置し終えると、後方からお礼を言おうとする雪波の方を見ないで、片手だけ挙げてそそくさと机に向かう。これ以上彼女に関わる気はない。

 ただの、自分のプライドのダシに使われた彼女が気の毒だし、フェアではない。

 

 しかも、コリンダーの下がった眉を思い出してテンションが下がる。そういえば、コリンダーの笑顔は、最近見ていない。

 

「……いや、これは……うーん」

 

 俺ってちっせぇ。

 自分で自分に毒づく。

 

 今日は解析業務が滞っているので残業になりそうだ。

 むしろ、好都合かもしれない。

 あーあ、思う存分残業するか、久しぶりに。

 気分転換に残業。思っていることはおかしいが、全ての仕事が終わるころには頭も冷えているといい。

 そう思ってヒロユキはPCを抱えてサーバ室に戻った。

 

 ※※

 新しい配置にしたサーバは快調に熱風を送り込んでくる。

 時刻は20時過ぎ、乾いた風が少し体にきつい。

 

 かちゃ、と扉が開いて、コリンダーが入ってくる。

 疲れた顔をしているのは、昼間の引っ越し作業で段ボールの片づけ方法でアンバーと喧嘩していたからだろうか、とヒロユキは思う。

 喧嘩の結末は知らない。


「ひざ掛けありますよ」

「おう。サンキュ。なあ、これ……。冷却ファン、位置悪くない……?」

「えっ。そ、そうですか?」

「おう、……あ、やっぱりだ。排気と吸気が1か所逆んなってる……。珍しいな、コリンダーちゃんがミスなんて……」

 コリンダーは居心地悪そうに体を捻った。

「そこは……ヘンリー所長に相談したところです……」

「所長……?」

 ヒロユキは首をかしげる。所長はあまりネットワークに詳しくない。AI研究畑出身だからだ。

 

 ファンを取り外してひっくり返してつけると、風が行き場所を見つけたのか、送風が穏やかになった。

 

 「……報連相。相談、しました」

 ぽつりとコリンダーが言葉を紡ぐ。

 

 ヒロユキには、それが少しだけ、不満げに見えた。

 正しい行動だと、頭では理解できるのに、コリンダーのとんがった唇を見ると言葉が詰まる。

 「……そうだな」

 それだけ言う。

 

 そもそも、ヒロユキはコリンダーの上司ではない。相棒だ。

 コリンダーがヘンリーに相談するのは、全然悪くない。正しいルートだ。

 完璧に正しい動き。


 なのに、なんだろう。なぜかモヤモヤする。

 いや、イライラするというのが正しい。

 コリンダーがいなければ、机を蹴飛ばしていたかもしれない。


 あーあ、なんか、最悪だぁ。

 唇をもにょ、っと噛み締めて何か言いたげなコリンダーを前に、ヒロユキはため息をついた。


 サーバーの配置もスペース問題も、もうどうでもいい気がするのだ。 

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