第0回裏設定選手権
エピソードZERO
各話毎の裏設定や解説じゃないけれど、それでもいい人だけ読んでくれたら幸い。
考えたらあまり考え無しに、第1回裏設定選手権にしてた。思いつきだね。
一応ナンバリングはあった方が良いと思ってはじめたんだ。
それでね。今回は、エピソードZEROということにして、AIが。とかそういうのを省いて、どうして少年ツネタロウを書こうかと思ったのか。なぜ、ツネタロウだったのか。対象年齢はどこを目指してたのか。などを書きましょうか。
ね。
前々からもこの裏設定選手権でも言ってることなんだけれど、少年ツネタロウのホマレダツネタロウという人物は、おそらく居たんじゃないかとされる無名の人物。
転移したとしているけれど、その元の人物は大阪市内でパッチ屋などを営んでいた常太郎さんという実在する男性。この男性がわたしの祖父に当たる人物なのです。
NHKの朝の連ドラ『カーネーション』の話とかなり被るところがあり、母と常太郎さんじゃん!と怖い思いをしながら見ていたのを思い出します。あのドラマでパッチ屋の大将に、トミーズ雅さんが出てましたよね。あそこで働きたいと主人公が言うセリフ。あの瞬間、画面に向かい母が「こんな人うちにも来た!」って叫んでました。カーネーションは大阪南部の口調が悪い方の大阪弁の地域の話でした。違いはそれくらいで。
それで母は、尾野真千子さんのファンになるんですが、その後TBSドラマ『この世界の片隅に』を毎回録画して、父は島根の山中でなにかあれば広島と密な人生、母は疎開先が鳥取の琴浦の方。広島の話でリアタイで母は見て、父は見させてくれと母に録画したのを見せながら母も見て。それをしすぎたことで、意地悪な役柄の尾野真千子さんを心底嫌いになるという流れを目撃してしまいます。人がファンだった人を嫌いになる瞬間を目にしてしまいます。
そんな母は父である常太郎さんをわたしは、東日本大震災後見舞いに来てくれた母の姉と妹と話す機会があり、昔話を聞かせてもらってたんです。そこに、「お父さんの血筋はな」から始まり本多正純さんの家臣だった。あの事件が発生して解散となり逃げ延びた先が奈良と和歌山のあたりだった。
でも、あの事件のことは口外できない。「だからあんこ。あなたも口外してはいけないのよ」と釘を差されます。しかし、口外して今に至ります。それは、常太郎さんが本当に面白い人だから。だから。だからこそ、世の中に知ってほしいと力強く願った。でも、常太郎さんをどうすれば知ってもらえるだろうか。何年もあの時「へーすごーい」と軽く聞き流していたあの日を恨みながら、メモを取らずに「ふーん」なんて言ってたわたしが憎い。
その常太郎さんをどこに持って行くにしても話にならないことから、じゃあ小説風に?ラノベ?ああなんか違うけど違わないかも知れないけれど、WEB小説にして出してしまえ!
高校生の頃に、ブラインドタッチを覚え今に至ります。打ち間違えが酷いけれどそれでもあのときに習ったのは無駄にはなってません。たぶん。
何も表彰されたことのないわたしでも日本語能力試験で級を取ることでもしかしたら。と思ってブラインドタッチを学びました。表彰されることなく今に至りますが、学校指定の試験より文字数の多い方を取ってます。それが自慢です。くぅ
わたしの自慢はそれくらい。あとは、ブログブームでお金にならないことを必死に書いていたのがあり、長く続けてました。平気に1万文字を打つこともあるくらい。誰が読むのかと思いますが。長すぎて、読み飽きて文句を言われることばかり。でも、続けたことがわたしだけの表彰です。
そんな程度の低いわたしが、小説を読む意味もわからないこのわたくしめが。祖父をモチーフにした少年の成長を描く物語を書き始めたのです。誰も祖父を知ろうとしないのですから。ならばと。
その頃、異世界モノと転生モノが好きで。今はお腹いっぱいですが。どれも人生に疲れたおじさんやおばさんが第二の人生を健康に過ごす夢のような展開。ばかり。書き手もわたしも疲れてたんですよ。きっと。転生して不健康のままとかあまりないでしょうし。あっても人気にならないでしょう。生きることに疲れ果てていたわたしには生きる栄養源。とまではいかずとも現状維持の生命維持装置くらいにはなってくれた。親の顔より見たトラックにハネられて異世界転生。もっと親の顔見ておけばよかった。
たまたまラジオで、小説家になろうのラジオが聞こえて。そっか。こういう大手で書けば。もしかしたら、誰か見てくれて。もしかしたら、常太郎さんに興味を持ってくれるに違いない!となり書き始めます。
常太郎さんの偉業って、表彰や記録に名前が載ってませんが、30歳以上の女性なら一度は着用したことのあるもの。肌に直ですね。それを開発した人物です。下着ではありません。あしからず。
それ単体で検索しても常太郎さんの名前は出てきません。むしろ、誰が開発したのかさえ知られていません。初めに発売した企業名や売り場はあっても。誰がどの企業が開発したのかはわからないのです。
それが、祖父常太郎さんの偉業。
もちろんその他にも着物に関したアレとか雨具なども。
同じ大阪のとある大学の教授が最初とされてる男性の夏に着用したいシャツも祖父常太郎さんだと言われています。これは、身内びいきの視点もあると重々承知していますが。これらの偉業は、母や叔母たちの証言でしかありませんので、数日の違いで。とか1年違いで先にあちらが。ということはあると思います。それでも、わたしは祖父の偉業を世に知らせたい。
そして、叔母が口外してはいけないと強く念押しした本多正純の家臣だったこともこういう形で公開することになりました。母が亡くなる前の夏に叔母は亡くなっておりもう証言を聞き出す人物はおりません。母が3姉妹の最後まで生きた人物になります。叔父もいますが、音信不通なためわかりかねます。もう、常太郎さんを語れる人がいません。
今後、わたしの妄言になると思いますがお許しください。
大阪や江戸をカタカナ表記にしたのは、実在する世界線ではないことを表した読みにくくしたものです。そのため、小山市と書くと栃木県第二の都市への誹謗中傷になりかねない。と思い、オヤマ。とすることでいくらかクッションになるんじゃないかなと。
正直、縁もゆかりも無い小山市です。読んだ人はそんなとこじゃねえ!ってお怒りになりにくいようにするためにもオヤマと名乗ったほうがまだ良いのかな。と思い、また、別の世界線なんだよ。と暗に伝えたものなのです。日本の地名をカタカナにすると違和感しかありません。書いてるわたしが一番に思います。気持ち悪いんです。本当は。
日本語でもそうですが、漢字とひらがな・カタカナがあって成り立つものですが、同じ読み方でも漢字にすると別物なんてよくありますでしょ。それが一切ない、エド・オヤマ・ウツノミヤ・シモツケの国。
ああなんて気色悪いのでしょう。直線的すぎる。それでいて日本感が無くなる!
駅名でカタカナになると違和感を感じるのと同じ。高輪ゲートウェイ駅。ああなんて心地悪いのでしょう。まだタカナワゲートウェイ駅じゃないだけマシなのか。ああ。落ち着かない。
新大阪というあの呼び方も嫌いでして。なにが新しいのか不明じゃないですか。後出しのくせに新しいんだぜ。とドヤってくるあの顔。憎たらしい。
戻りますが、祖父常太郎さんのお顔知らないんです。わたくしは。言葉をかわしたのは無いに等しく。3歳になったかどうかの年。今も覚えてるのは、青い子供用リュックを祖父常太郎さんからいただいた。祖父常太郎さんは死の淵にどうにか立ってる状態。いつでも転落できてしまうくらいの危険な状態だったと聞きます。布団に祖父常太郎さんは座りわたしを可愛がってくれた。
そこしか記憶にありません。その記憶も家族から聞いたものを都合よく改竄しているのかもしれませんが。それでも青いリュックを貰ったのは強く覚えています。その時の部屋のニオイとか。西日が窓から差し込み肌に沁みるあの感覚とか。西日とおじいちゃん。それがわたしの記憶です。
それも編集したら良いだけのことなんですが。ねぇ。
母方の祖父を書いているのが母に知られます。「おじいちゃんのこと書いた」ではなく。
父を亡くした母の体を心配して、襖一枚隔てた部屋でカタカタと打ち込む音を楽しむ母。
「あんこのその音、楽しそうでいいわ」と喜んでくれてました。
ある日、PC開いたまま飲み物取りに行ってる間の下書きを見てたらしく。
「あんこ。このツネタロウさんって」
ほぼ顔に「おじいちゃん?」とあるので「うん。わたしなりにおじいちゃんを主人公にしたはなしを書いてて。気持ち悪いよね」と言うと「読んでみたい!あんこ。おじいちゃんのこと覚えてないでしょ?」覚えてないけれど、あの西日と青いリュックとニオイは覚えてて。それを言えば身内でも気持ちの悪いことで。なので、「前に叔母ちゃんが話してくれた。ほら。武家だったんだって話」と言うと「あれはねぇ。本当のことかわからないんだけどね。それは私よりお姉ちゃんの方が詳しいのよ。でも、これ、口外しちゃいけないのよ」と母も言ってました。
叔母は、代々口伝で覚えたそう。それでも一族そのことを外に話せば殺されると。罪に問われるんだという意味だと思うけれど。
本多正純の家臣ではあるけれど、遠縁だったと伝わっていて。だから、和歌山に逃げたあとも誉田姓を捨てて別の姓で生きたといいます。
物語上、当初ホンダツネタロウでしたが、ホマレダツネタロウと名乗りました。これ、漢字に直すと『誉田常太郎』になるんです。ただ、読みは変わらずのホンダだったため。カタカナ表記の限界だと知り、ホマレダツネタロウと名乗らせました。
このことを本多正純さんの子孫の木村さんにメールで相談したところ、『名を与えられたのではないか』と言われ。誉高いことだと思うように。
ウツノミヤへ転封される直前に、福島正則が広島で改易に遭いますが、これも本当は話に入れる予定でした。もしかしたら今後どこかで出てくるかも知れませんが。この改易に反対したのは本多正純。一説では交友関係があったとあります。でも、槍をぶん回してそうなイメージの福島正則とそれとほぼ同じ扱いと見られがちな本多忠勝と相性が悪いと世間では言われてますよね。ほら、静と動みたいな。水と油みたいな。その関係から興味深いなと思いながらも。
いやいや、まてまて。陪臣のツネタロウが「殿。なんとか助けることは」とか言えるわけ無いでしょ。と自念することで、まったく触れること無く今日まで来てしまいました。
福島正則があまりにも武の人過ぎて、ネットで調べても図書館で調べても「いやでもね。実は内政にも取り組んでるんだよ」みたいな必死の説得感のある、先に「いやでもね」が武に特化した人にありがちな言葉なんですよね。忠勝もそういう扱いでしたね。清正なんて築城ができれば町割りもできるだろう。という根拠がよくわからない理由で文武に優れた人物として描かれがちです。しかし、彼ら武で生きた男たちのお陰で、平和な世の中になっていくのは事実。最後まで生き残ったからこそ武だけで生きても脳筋とバカにされることなく生涯を終えるんです。「いやでもね」もありますけれど。
本多忠勝と敵対関係にあったかどうかはわかりません。史実では~と言うかも知れませんが、最後まで生き残った者勝ちで良いなら、遠縁のふたりの仲が悪くてもふたりのチカラを足したら最強なんですよ。だからこそ厚く用いたのが徳川家康なんでしょうね。ストーリー性を高めるための不仲説なんだと思いますよ。
わたしが聞く本多正純像はとても恐ろしい人物じゃないですから。
領民に優しくあろうと心がけた人物。
以前はよく、父正信の遺言を守らず知行を5万5000石にした愚か者と言われてましたが、史実では~の人たちでも「それは違う」と言うくらい。家康は10万石以上が適していると評価していたが、それを頑なに断り続けたのが父正信。子の正純は父とは別に知行地を与えられオヤマ初代藩主になります。ちがった。小山藩です。
父正信が死去したことで、父の遺産を長男の正純が受け継ぎます。これは仕方ないことだと思いませんか。どうしてこれが愚か者になるでしょう。長男正純はすでに知行地を戴いて藩主なのだから断れ?しかし、次男政重とは敵として対峙してます。豊臣側として。そんな政重に父の遺産を与えられるでしょうか。それに政重は、転々と主を変えていますし。父の遺産を受け取れば大名クラスになってしまう。今の主君に顔向けできない。となるわけで。
次に、三男の忠純。これがいくら調べてもよくわからない人物でして。長男正純と同じ下野国で藩主をしました。兄の正純より先に大名になるんです。初代藩主として榎本藩主に。一説には、武に優れた。とあるので、御首を掲げたのでしょう。そのなんの戦なのかは謎ですが。大坂夏の陣で大活躍したとあります。その三男にも父の知行地を与えることも可能でした。人物像が悪いからなのか。それよりも正信に最も近い性格と知略の限りを尽くせることもあって長男の正純が父の知行地をいただくことになりました。
ほら。わかるでしょ。家康は10万石以上の価値があると評価した正信・正純親子。それで、5万5000石になったことで父の遺言を守らず!と非難するのはあまりにも愚かですし数字しか見てないのだろうと思えてしまうものですよね。
何がいいたいかと言うと、本多正純は正対した相手に同じ本多がいた。それが武勇に優れた本多忠勝がいたから。だから、その陰と陽の違いみたいに描かれたことで、どこか根暗で気色悪い。みたいなオタクを見るような目で正信親子は見られていた。という流れにした方が、後の講談では面白くなる。だから。
なんじゃないかな。敵対関係とすることで、物語が引き締まるから。利用されたのではないかとわたしは思いますね。
それと、ご子孫の木村様も「世間で言われるような人物ではない」と話されてます。これは当初のわたしでもそう思っていたので。
話があちこち飛びまくりますが、わたしがどうしてもZEROで言いたかったのは、常太郎さんは祖父。偉大な祖父。カタカナ表記は別の世界線だからだよ。わたしが思う本多正純像は、優しいひと。仕事とプライベートを分けて考えてたんじゃないか。くらいに思うほどオンとオフの違いが際立つのかもしれない。書き手のあんこ本人が異世界転生モノが好きだからそれにした。
ちなみに、父方は島根でして。三文字名字で戦国時代までは武家だったという同じ苗字です。ただ、家紋がマルにニ。恐れ多くも足利家と同じ家紋。何度聞いても「よくある桐の紋だよ」しか言わず。足利家と言えば室町幕府のあの足利家ですよ。なんて恐れを知らない。
これも最近知ったんですけど、江戸時代に庶民でも紋入りの袴が流行ってルーツがなくても紋入りにしたいと江戸時代になって影も形も薄れたころも手伝って、桐の紋が流行したとか。それが全国に普及しルーツになくても桐の紋の家が爆誕してしまった。
それでもわたしは、三文字名字の方がカッコよくて好きなんですけどね。足利家とつながりがなくても。だって、有名企業がそれをパクったくらいですし。ちがうな。パクったと言うよりオマージュ。
歴史に疎い父でも足利尊氏は知ってるようで。その足利の家紋だよ。と教えたら震えてました。そこは「へぇ」じゃないんだ。ちゃんと震えるんだ。そっちかー。
ヤマタノオロチを見させられる苦痛はありました。まだ家のルーツとか興味なく。歴史にも興味なく。ヤマタノオロチはなんぞや。ヘビみたいなのが出てきたぞ。あぁもう寝る時間。おやすみなさい。ぐぅ
それくらい興味なかった。
でも、家紋の本を読んでからルーツに興味を持ち、叔母から口外禁止の口伝を教わる。そうやって、歴史が身近で調べれば楽しいものだと。思ったら正純さまの政敵は誰なのか。と考えてしまいます。
そうやって、軽い気持ちで書き始めた『少年ツネタロウ』まもなく500話。エピソード数は500をとうに超えてますが。
軽いノリでしか描けないので、重苦しくならないからギリ読める。という人でも楽しめるように努力してます。少年が青年になり父になった。まさかの妻がふたり。ひとりは男。実際の祖父常太郎さんには若い頃身の回りの世話をする子分がいたと聞きます。だから、身の回りの世話も時々越えることがあっても不思議じゃないかもしれませんね。祖父でそういうの考えるのはちょっとキツイですね。
いつかは、生きてわたしの祖父になる常太郎さんも描きたい。そのために今は長生きすることにしました。いつか、答え合わせできるように。
どうしても言いたいことを勢いだけで書きました。
長々と繰り返してるのが恥ずかしいですが。
編集する気力もないのでこのまま投稿。します。
何かで読んだのですが、身内のことをネタに書いたら読まれない。
だから、ずっと伏せてたんですが、今年累計20万PV達成してるので。もういいかな。
街の偉人をどうアピールさせるか。
それには、過去に戻るのが一番だ。その血がミャクミャクと。
いきなり街の偉人として登場させても「ふーん」「へぇ」になる。
だったら、フィクションでも転移させて活躍させてしまえ。
と頭が、拙いのでそのくらいしか考えられず。
それに、証拠がありませんからね。
デマカセと言われても仕方ないですし。
だから、せめてフィクションでも大活躍したからあの街の偉人になったんだぞ。
としたかったんです。
本文読んだ人には、前にどっかでみたー
と思われたでしょう。それです。覚えててくれてありがとう。
たぶんまた言うぞこれ
また見てね




