1‐2 もう一人の“K.N”
西校舎2階、コンピュータールーム。
「はぁ……。つまり、こういうことっすか」
半年ほど前に建て替えが行われ、設備が一新された校舎。これまた最新式に取り替えられたコンピュータールーム――兼『電気工学部』の部室で、睦三は事の詳細を聞いていた。
まずここは、電気工学部と名乗っているものの、実際はゲーム製作とテストプレイ等ばかり行っている部なのだという。
ガチャガチャとプログラムを弄っているらしき音やピコピコと電子音が部屋のあちこちから響き、小規模なゲームセンターの様相を呈している。
連絡が取れないのは、鶴見杏花とその妹、鶴見奏。そして旧顧問の今福瞳。
うち鶴見奏は睦三と同じクラスに在籍、今福瞳は消えた前担任ということで、睦三にとっても他人事とは言えない。
事の発端は先月の9日から11日にかけて、春期休暇の始まる一週間ほど前。
鶴見家は杏花、奏、そして父親の竣作とで三人暮らし。母は既に他界している、と杏花は話していた。
その父親が9日夜、通り魔に刺されたのだという。
新聞は事件について隅の方の記事にしか載せず、ニュースでも名前は伏せられた。事件について姉妹は何も語らないもので、恐らく当時の部員たちは誰も知らなかっただろう。
けれども今福は気付いていたようで、10日の放課後、姉妹と何か話をしていた。
対話の現場を見ていたのは浦林だけで、彼に気付いた今福は話を中断。
その日は部活も無かったので、姉妹も帰宅。
翌11日、3人は示し合わせたかのように姿を消した。
自宅にもケータイにも繋がらず、知人らがそれぞれの自宅を訪ねても反応は無かったという。
鶴見竣作は未だ意識不明の重態。
警察に失踪届を出してあるものの、残念ながら警察は役に立ちそうにない。
「――で、俺にそいつらを捜してくれと」
浦林に説明された事情をまとめ、睦三は心中で愚痴をこぼす。
祇倉町の警察は、頻繁に起こる失踪事件にてんてこまい。まして鶴見竣作を刺した通り魔の正体も分かっていないのだから、一ヶ月程度の失踪には構ってくれないのだ。恐らく父が刺されたショックで家出したのだろうと言われているが、通り魔との関連性を疑えよ、と毒を吐く。
「なんで今福センセとやらは捜索対象に入れてないんすか?」
「そりゃ、本当は全員捜して欲しいんだけどねえ。でもこの学校の顧問って大体形だけみたいなもんだし、ウチらは早く代理顧問が必要だったのよ。だけど鶴見先輩は部長だから抜けたら困るし」
「?」
疑問が晴れない睦三に、先程まで電子音を鳴らしていた生徒の一人が答えを示す。
「この部活、大手ゲーム企業と連携を組んでいますから」
電気工学部副部長、諸星紅亜。
北奈々江が“貧弱”だとしたら、こちらは“日陰”といった言葉が似合いそうな印象の女子生徒。
黒縁のメガネとコピー用紙のごとく真っ白な肌が互いを引き立て、知的な雰囲気を連想させる。
華奢な体つきはまさしく、THE・インドア派といったところか。
彼女曰く、電気工学部は朝葺学園の中でも、多くの企業とコネクションがある部の筆頭。
説明代わりに渡されたホッチキス留めのパンフレットをめくると、普段ゲームに触れない睦三でも聞いたことのある企業の名がちらほらと。
アイデアの提出から試作品の作成、果ては完成品に不具合がないかデバッグ作業。本当に中学生、高校生がやることなのだろうかと訝しむが、事実らしい。
子供の頃、柚芽の家で遊んだあのゲームのシリーズにも関わっていたのか。そんなことを考えながら資料に目を走らせ、呟いた。
「顧問というか、ただの付き添いっすねコレ」
「かもねえ。ま、企業とコネある部活は大体そういうもんだし」
浦林は随分とばっさり切り捨てた。彼にとって顧問とはその程度の存在なのだろうか。
「あの人(今福先生)狙ってたのに、よくそんなこと言えますね」
「ああ?」
ここまで柔和に話をしてくれた浦林が、諸星の一言でその顔を豹変させる。
「知ってますよ。浦林君、瞳先生に告白して見事に玉砕したって。教師と生徒の恋愛なんて、ホントに馬鹿馬鹿しいです」
「諸星! お前どこでそれを」
思わず立ち上がる浦林。どうやらよろしくない空気がプンプン漂いはじめた。
「皆知ってますよ? というか、浦林君は年下なんだから敬語を使ってください。クセでこの喋り方にしてる私の方が馬鹿らしくなってきますから」
「何だと手前!」
このままでは流石に不味いと感じ、周囲の部員たちも作業の手を止める。睦三も抑えようとするが。
「一体何や、この騒ぎは」
一触即発の空気を停止させたのは、昼間にも聞いた関西弁だった。
「せ、千場先生。なんでここに」
コンピュータールームの前に千場が立っていた。“代理顧問”とは、彼のことだったらしい。
「名古寺、そりゃこっちの台詞や。君もここに入るんか?」
「いや、俺は……まあ、見学みたいなモノっす」
まさか行方不明者を捜す手伝いなどと、新米教師に言えるものか。
「そーかい。ま、あんまし余計なことには首突っ込むなよ」
……聞かれていた? 固まる睦三をよそに、千場は部員たちに聞こえるよう話す。
「君ら、部長や今福先生らがおらんみたいやけど、プレゼンは来月頭やからな。気張ってけよ~」
担任としての業務が残っているから、と千場は部室に入ることなく消えた。
紅亜と浦林も毒気を抜かれ、他の部員たちも作業を再開。コンピュータールームは再び小さなゲームセンターと化す。
「私も杏花ちゃんが居ない分の作業をしなきゃいけませんから、浦林君はお客さんの相手をお願いしますよ」
「へいへい、分かりましたよ」
部室の更に奥の小部屋へ向かう紅亜を睨み、浦林が憎々しげに話し始めた。
「あいつ、鶴見姉妹と仲良かったからねえ。いなくなって気が立ってんだ」
「何か言いました?」
「何でもねえよ」
不機嫌な顔を崩さない紅亜に、皮肉をたっぷり含んだ言葉を返す浦林。
「そうですか。ああ、そのパンフレット、貰っていってください」
睦三の手にしている冊子を見ながら、紅亜はそう伝える。
どうも、と口にしかけた時には、既に彼女は個室に篭もっていた。
扉には、『鶴見・諸星』と可愛らしいフォントがペンで描かれたタグがぶら下がっている。
「本当に仲良かったんすね」
「ああ、杏花先輩とは特にな。まるで、以心伝心みたいだったねえ」
「以心伝心、すか」
「そ。考えることとか似てるっつーか何つーか。『次はどんなテーマでゲームを作るか』って議題になった時、あいつら大体同じテーマを出すんだよねえ。しかもほぼ同時」
確かに、事前に打ち合わせでもしているかエスパーでもない限り、数多のジャンルの中からピタリと一致させるのは至難の業だ。
「今度作ってるゲームだって、あの二人が主導、鶴見奏が音楽担当、他多数……って感じだったんだがな」
「その主力メンバーが揃って消えたわけ、か」
大げさに頷く浦林。テーブルの隅に、次の作品と思しき企画書を積んであるのが目に入る。
「とりあえず、先輩たちが住んでるマンションだけ教えとくわ。まあ、暗証番号でロックされてるから本人がいないと部屋には入れないけどねえ」
渡された紙切れには、『ル・フォール祇倉 503号室』と記されている。
記憶違いでなければ、ここからすぐ近く、学生寮まで帰る道の途中にあった筈だ。
現時点で聞けることはもうないと判断た睦三は、帰り支度を始める。
「今日はウチも手が離せないからねえ。とりあえず何かあったら明日教えてよ」
「分かったっすよ。それじゃあ――――あ」
いや。もう一つ、肝心なことを聞きそびれているじゃないか。
* * *
コンピュータールームを跡にする睦三は、先刻のやり取りを脳内で反芻していた。
『何で俺の姉貴が関わってるかも知れない、って言ったんすか?』
『その件ねえ。正直ウチも自信がないんだけど……。まず君の姉さん、よく部外者代表でここのゲームのテストプレイに付き合ってもらってたのよね。客観的な意見は大切だし』
『はあ』
まあ、神十三ならやりかねないだろうと納得する。
『あいつがいなくなったのは半年くらい前なんだけど……。鶴見先輩たちが消えた前の日、今福先生と話してたって言ったじゃん。あの時先輩、帰り際にヘンなこと呟いてたんだよね』
その言葉を、睦三は再び口にする。
「『もう一人のK.N、生きてたんだ』か……」
どういう意味なのだろう。姉のイニシャルはKotomi Nagodera、確かにK.Nだ。しばらく行方をくらませているのだから、“生きてたんだ”とも合致する。
けれども、何故そんなことを呟く必要があるのだろう。
そもそも“もう一人”って何だ?
「まさか神十三姉が犯人……なんて、ないわな」
独り言をこぼし、階段を降りる。
ギュム。
何かを踏んだような感触が、足元から伝わってくる。
何か、というより、むしろ人――
「うぉっと、すまん! 大丈夫か?」
北奈々江が目を回して、階段の中腹でのびていた。
「何してんだ、お前」
「名古寺さん…………追いかけようとして……バテました……」
走って追いかけていたら、階段でダウンしたらしい。
本当に貧弱だなあと感想を結び、よっこらせの掛け声で奈々江を担ぐ。
「保健室行くか」
「いえ……寮まで。私、寮住まいですから……」
分かった、と返し、彼女を支えて睦三は歩く。
二人が通り過ぎた、職員室の横。
「…………」
千場研は、二人を、もとい睦三のことをじっと見つめる。
職員室にある彼のデスクには、彼と一人の女性が映っている、一枚の写真が飾られていた。




