遠方の彼女
戦争が起きたり災害が起きたり、何年か荒れた年が続いた。
僕はカメラを片手に、研究資料が詰まったリュックとは別に、肩掛けバッグに詰め込んだお土産を見て頬を緩める。列車の窓から見える青い凪の海の先に、僕の故郷がある。
蒸気機関車、海上列車と乗り継いで、小さな島へ。黄色い古びたバスを降りてリュックとカメラの面倒を仲間に頼むと、先に研究所へと戻る彼らに手を振る。
バスが行ったのを確認すると、僕は白い石造りの民家が建ち並ぶ坂を上る。数ヶ月前に嵐に遭ったにしては何事もなかったかのように、小石で舗装された道は綺麗に続いていた。途中途中で村人に捕まりながら、すっかり午後の雰囲気になった頃、僕は頂上の屋敷に辿り着いた。
ここへ来るのは数年ぶりだ。
屋敷の少しだけ錆のある白塗りの鉄の門に手を掛け、向こうへ押すとキイィと音がして開く。庭の大きな木は葉を落とし始め、オレンジの葉溜まりが出来ていた。
さくさくと音を立てそこを進むと、一階の端に彼女の部屋が見えてくる。
閉じられた窓に反射する光で中が見え辛い。薄暗く電気も付いていないから、いないかと思った。でも目を凝らすと奥の机で作業をする姿が見える。
彼女の横顔は以前より少し大人びていたけれど、変わらず黙々と魔法石を磨いていた。
「ミア」
窓の外からノックすると、音に気付いた彼女が手を止めこちらを見た。
ミアは立ち上がるとこちらへ向かってくる。胸に手を当て心を落ち着けようとしているみたいだけれど、窓の内鍵に手を掛けることはなく、部屋の中からじっと僕を見つめた。
「開けてはくれない?」
僕は軽く指先で窓をつついた。けれど彼女は分からない程小さく首を横に振って目を逸らす。
昔はよく彼女の部屋の前へ走っていって、そこらの草で作った冠なんかをあげたり、色々話をしたりした。いつも部屋の窓は開け放たれていて、レースのカーテンが暴れては二人ではしゃいだ。
けれど今、守るように腕を組む彼女と暗い室内は、その面影もない。会っていない間に明確な心の距離が出来てしまったようだった。
「元気、だった?」
「……わたしは、元気」
ミアは言うけれど、顔には憂いが見える。橙の瞳と、昔より一段深くなった穏やかな茶の髪は健康そうに見えるけれど、心まで元気とは言えなさそうだ。
「そういえば旅先で聞いたよ。嵐で大変だったって。でももう修復も済んでみんな元気そうだね。ミアは色々魔法石で村人を手助けしたんだって?」
「わたしは、大したことしてない」
彼女の声が少し弱くなって、抱える両腕に力が入った。
しまった。話題を間違えたみたいだ。僕は急いで別の話題を探そうとして、肩掛けバッグにお土産が入っていることを思い出した。
「そうそう、お土産があるんだった。色んな所に行ってさ」
「……楽しかった?」
「うん。色々経験したよ。大変なこともあったけど、それでも楽しい旅だった。アクセサリーもたくさん買っちゃってさ。見てよ」
僕は窓台にバッグを乗せると、ミアの為に買ったそれらを出していく。黄金のティアラ、宝石のブレスレット、花のネックレス……。彼女は少し身を乗り出した。
「どれも綺麗でしょ? 君によく似合うと思って」
「でも、わたし……」
一時緩んでいたミアの腕の守りがまた固くなって、僕は察した。彼女は本心では関わりたいと思ってくれているんだ。でも、何がそうさせないのか。それは多分、嵐の時に何かが起きたんだろう。
「ミア、何があったの? 全部話さなくてもいいから。君に寄り添うことを許してはくれない?」
俯く彼女の橙の瞳が、ぱっと上がって僕を捉えた。
「なんでそんなに、優しいの?」
「え、なんでって……なんでだろ。君が好きだから?」
はにかんで笑うと、彼女は一瞬唇を強く結んだ後、口を開いた。
この回の挿絵はこちらから見れます。
https://kakuyomu.jp/users/iroito_hidamari/news/2912051602361318482




