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詰みセーブ状態の悪役令嬢に転生してしまったんですが?  作者: 岩尾卓


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第9話

 何回死んだだろう。

 百回?

 二百回?

 そんな数字はとっくに通り過ぎた。

 千回かもしれない。

 二千回かもしれない。

 もう数えていない。

 意味がないからだ。

 俺にとって重要なのは回数ではない。

 レオンを倒せるかどうか。

 それだけだった。


◇◇◇


 拳を当てる。

 死亡。


◇◇◇


 蹴りを当てる。

 死亡。


◇◇◇


 体当たりする。

 死亡。


◇◇◇


 顎を狙う。

 死亡。


◇◇◇


 腹を殴る。

 死亡。


◇◇◇


 肩を殴る。

 死亡。


◇◇◇


 ひたすら繰り返した。

 避ける。

 逸らす。

 殴る。

 死ぬ。

 戻る。

 また挑む。

 何度も。

 本当に何度も。


◇◇◇


 その中で分かったことがある。

 レオンは強い。

 強すぎる。

 だが人間だ。

 人間だから崩れる。

 人間だから驚く。

 人間だから隙が生まれる。

 問題はその隙を作る方法だった。

 可能性があるなら初撃の後だ。

 初撃を防ぐと必ず少しだけ驚く。


◇◇◇


 ある周回。

 拳が顎を掠めた。

 レオンの姿勢がほんの僅かに崩れる。

 その直後。

 死亡。


◇◇◇


 またある周回。

 顎に当たった。

 少しだけ首が揺れる。

 死亡。


◇◇◇


 さらに繰り返す。


◇◇◇


 顎。

 死亡。


◇◇◇


 顎。

 死亡。


◇◇◇


 顎。

 死亡。


◇◇◇


 だが。

 少しずつ見えてきた。

 最も効く場所。

 最も崩れる角度。

 最も力が乗る踏み込み。

 何千回も試せば。

 嫌でも分かる。


◇◇◇


「レオン」


「はっ」


 いつもの声。

 いつもの処刑。

 そして。

 最後の挑戦。

 そんな予感があった。


◇◇◇


 レオンが近付く。

 剣を構える。

 初撃。

 逸らす。

 もはや身体が勝手に動いていた。

 考える前に逸らす。

 何千回も繰り返した結果だった。

 レオンの剣が流れる。

 隙。

 ほんの一瞬。

 俺は踏み込んだ。

 右足。

 腰。

 肩。

 拳。

 全てを連動させる。

 そして。

 顎へ。


「っ――!」


 鈍い音が響いた。

 レオンの目が見開かれる。

 今までで一番深く。

 今までで一番強く。

 拳が入った。

 身体が浮く。

 姿勢が崩れる。

 よろめく。

 見えた。

 勝機だ。


◇◇◇


 俺は迷わなかった。

 追撃。

 蹴り。

 思い切り。

 全力で。

 レオンの側頭部へ叩き込む。

 鈍い音。

 そして。

 銀髪の騎士が床へ倒れた。


◇◇◇


 静寂。


◇◇◇


 誰も動かなかった。

 誰も喋らなかった。

 会場中が固まっている。

 当然だろう。

 王太子直属の騎士。

 国内最強とも呼ばれる男。

 そのレオンが。

 侯爵令嬢に倒されたのだから。


◇◇◇


「……勝った」


 ぽつりと呟く。

 実感はなかった。

 ただ疲れた。

 本当に疲れた。

 何千回も死んだ。

 何千回も首を飛ばされた。

 ようやくだ。

 ようやくここまで来た。


◇◇◇


 そして。

 ふと。

 アルフレッドが目に入った。

 王太子は呆然としていた。

 口を半開きにしている。

 実に間抜けな顔だった。


「あ」


 そうだ。

 忘れていた。

 俺はアルフレッドへ歩み寄る。

 会場中の視線が集まる。

 構わない。

 どうせなら今のうちだ。

 忘れたらもったいない。


「な、何を――」


 アルフレッドが後退る。

 遅い。

 俺は拳を握った。

 何千回もレオン相手に鍛えた拳だ。

 王子相手なら十分すぎる。


 渾身の一撃。


 顔面へ。


 めり込む。


 アルフレッドの身体が吹き飛んだ。

 派手に転がる。

 そして。

 動かなくなった。

 気絶である。


◇◇◇


「よし」


 満足した。

 非常に満足した。

 何だかんだでこいつにも何千回処刑を命じられている。

 一発くらい許されるだろう。

 許されなかったら困る。


◇◇◇


 会場は完全に混沌としていた。


「お、王太子殿下が!」


「レオン様が!」


「いったい何が!」


「衛兵!」


「いや誰が止めるんだ!」


 大騒ぎである。


◇◇◇


 だが。

 俺は急にどうでもよくなった。

 疲れた。

 帰りたい。

 風呂に入りたい。

 飯も食いたい。

 あと寝たい。


◇◇◇


「では失礼します」


 俺は軽く一礼した。

 そして踵を返す。

 誰も止めない。

 止められない。

 というより状況を理解できていない。


◇◇◇


 俺はそのまま会場を出た。

 後ろではまだ騒ぎが続いている。

 だが振り返らない。

 もう十分だ。

 その姿を見て、誰かが帰り始めた。

 そしてまた一人。

 さらに一人。

 主役がいなくなった舞台に残る理由はない。

 気付けば断罪会場だったはずの場所は、ただの広間になっていた。


◇◇◇


 夕暮れの空を見上げる。

 心地よい風が吹いていた。

 それはまるでこれまでの苦労を、自然が労わっているようだった。


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