二十五話『グレタの任務』
「見慣れた天井だ……」
おかしい、エントランスホールでお父様を待っていたはずなのに、いつの間にか自室のベッドの上に寝ていた。
「あらあらグレタ様、おはようございます」
ガチャリとドアノブを回す音と共に入室してきたのはパメラだった。
「パメラ、私はいつの間にか部屋へ戻ってきてしまったの? お父様は戻られたの?」
「グレタ様が寝入られて直ぐにテオドール坊ちゃまが戻られて、そのままお部屋へ運んで下さったのです」
「お兄様が? お父様は?」
ザワザワとした不安が心のなかを逆撫でしていく。
「公爵様は王城で療養されていらっしゃるとテオドール坊ちゃまがおっしゃっておられました」
「そんな……」
父様と別れた時、傷口付近の黒いモヤはだいぶ薄くはなっていたけれど、それでも毒を受けた事実は変わらない。
「さぁさぁ、そんな顔をなさらないでくださいませ。 公爵様の頑健さならこのパメラが良く知っております、食事を運ばせますから食べてくださいませ」
「お腹空いてない……」
「もしグレタお嬢様がお食事をなされずに倒れるようなことがあれば、公爵様は心配のあまりご自分の療養どころではなくなってしまわれますよ?」
パメラの主張を否定したいところだが、お父様の過保護はグレタが良く知っている。
「分かった、食べます」
しぶしぶ返事をして、パメラが用意してくれた温かい濡れタオルで顔を拭き、寝間着から普段着のシンプルなドレスに着替える。
「テオドール兄様は?」
「そろそろ王城に戻るためにご出立される頃ではないかと思いますよ」
「えっ!?」
急いでドレスのスカートをたくし上げ、グレタはエントランスへ向かって走り出した。
唯一の情報源が王城へ行ってしまうのは困る。
「お兄様!」
エントランスでは既に出立の準備を済ませたテオドールが荷物を馬車に積み込んでいるところだった。
「やぁグレタ、体調は悪くないかい?」
息を切らせて飛び出してきたグレタの身体をひょいっと抱き上げると、テオドールはグレタへ笑いかける。
「私は大丈夫です! 昨晩は部屋まで運んでくださったとパメラからききました。 ありがとうございます」
感謝を述べると大きな手がグレタの頭を撫でてくれる。
初めの頃は、自分の身長よりも上に翳される手が怖くて仕方がなかった。
奴隷商人達の商館や斥候として鉱山で働かされていたときは、言うことを聞かなかったり失敗したりすると、お仕置きとして打ち据えられることも多々あったから。
その時の習慣が抜けず、今でも意識して対応しなければ少し身体が痛みに備えるように反応してしまう。
「今夜、父上の容態次第で公爵邸へ連れて帰ってくる、すまないが屋敷の皆と出迎えの準備を進めてほしいのだが頼めるか?」
「はい! みんなと一緒に準備してお待ちしております!」
「良い子だ……そうそう、グレタのベッドも父上の部屋に運び込んでおけ」
「私のベッドですか?」
「父上が無理をしないように見張りを頼むかもしれないからな」
「わかりました! お父様がお仕事をせずに療養できるようにするのが私のお仕事なのですね」
「そうだ、これはグレタにしか実行できない重要任務だ」
至極真面目にそう言われたので、近衛騎士たちのマネをして握った右手で二回胸元を軽く叩く。
「グレタ、お兄様からの重要任務頑張ります!」
そんなグレタに笑顔で自らの胸元を二度叩き、テオドールは王城へと出立した。
「パメラ、みんな! お兄様から重要任務をいただきました! 準備を手伝ってくださいませ!」
さぁて、忙しくなるぞ~。
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