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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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魔導②

ムタロウ達がブクロの町を発って7週間が過ぎた。

一行はナマナカ峠へと続く峠道の入口に到達していた。

峠道入口には峠越えに備えての食料や小物を取り扱う店、宿泊施設などがあり、ちょっとした町の様相を呈していた。


「峠に入る前に買い忘れなど無い様に、ちゃんと持ち物を確認しな!ここから峠を越えてイーブクロまでは、小さい集落はあっても携帯食料・水・薬草といったものを取り扱っている町は無いよ!」


店頭に立つ呼子が威勢の良い声で通行人に声を掛ける。

ナマナカ峠までの行程で見かける旅人は殆どいなかったが、どこからどう集まってきたのかなかなかの賑わいであった。


「何日か滞在して疲労を回復してからナマナカ峠を越えよう。」


「おお!それは賛成じゃ!温かいお湯にも入りたいし、ベットで寝たいと思っていたのじゃ!」


「わたしも大賛成です!体が脂と埃で気持ち悪くて気持ち悪くて。」


ムタロウの提案は満場一致で採択された。

仲間たちの反応を見たムタロウは、満足そうな表情を見せたのち、ラフェールの顔をちらと見た。

ラフェールがムタロウの視線に気づき、うなずいた事を確認してムタロウはクゥーリィーに体を向けた。


「クゥーリィー、ナマナカ峠を超える上でお前の火魔導の練度をあげておきたい。ここに逗留する間の数日間、お前は俺とこのあたりにいる草原赤犬の駆除に同行してもらう。」


「はい。ナマナカ峠を超えるにあたっての携行食料の確保ですね。内臓の処理や皮剥ぎにも慣れました!任せてください!」


「うん、食材処理もお願いしたいが、お前に草原赤犬駆除をやって欲しいのだ。」


「えっ?……正気ですか?私の種火で草原赤犬を倒すなんて出来るわけないじゃないですか!」


クゥーリィーは慌てて、ムタロウの発言に対して異議を唱えた。

これまで枯れ枝を燃やす事しか火魔導を使ったことがないクゥーリィーである。

彼女の気持ちを鑑みれば当然の主張であった。


「いや、俺も最初から全部自分で草原赤犬を駆除しろ言ってるわけではない。まず、自分の火魔導を生き物に当てる事に慣れる事から始めようと考えている。自分の火魔導で生き物を殺傷する力がある事を自覚する事と、急所が何処にあるのかというのを学んで欲しいのだ。」


「あの、おっしゃっている事は理解はできますが、そもそもの話、私の火魔導は殺傷能力なんてないですよ。」


「以前言っただろう、「魔導というものがどういうものか分かる時がくる」と。それが今なんだよ。」


ムタロウはクゥーリィーが火魔導で種火を点ける際の蟲の動きに違和感を感じていた。

それは火蟲が枯れ枝に着火に至るまでの蟲の挙動であった。

ある時は枯れ枝に着火する前に一回転したり、またある時はジグザグに揺れていたりと、蟲の動きに意思を感じたのである。


「(ひょっとして、クゥーリィーは無意識に蟲を操っているのか?…だとしたら…。)」


ムタロウはクゥーリィーは蟲に意思を乗せる事が出来るという稀有な才能を有している可能性があるという推論に至った。

仮にムタロウの推論が正しいとすると、クゥーリィーは基本的に直線の軌道を取る火魔導の軌道を変化させ遠距離から敵の死角に攻撃する事が出来る。

これは例えば物陰に隠れて矢を放つような敵を倒す事が出来る訳で、対峙する敵にとっては極めて脅威となる。

今は束ねる蟲の数が少なく種火程度しか扱えないが将来、魔力(蟲を束ねる力)を増したら、極めて強力な火魔導師になる可能性をクゥーリィーは秘めていた。


「さ、今日はこれくらいにして宿泊所に向かい、ゆっくり休もう。明日から活動開始だ!」


ムタロウはクゥーリィーの抗議は聞き入れないと、問答無用の体で宿泊所に向かうのであった。


◇◇


「あそこに草原赤犬がいる。」


ムタロウとクゥーリィーはナマナカ峠入口の集落から8キロ程離れた草原にいた。

2人の位置から30メートル程度離れて草原赤犬が3匹集まっていた。

草原赤犬は、既にムタロウとクゥーリィーの存在を認識し、かつ二人に対して警戒をしていた為、ムタロウ達が少しでも不審な挙動を見せれば即座に逃げ出す風であった。


「クゥーリィー、あの草原赤犬を火魔導で攻撃する場合、どこを狙う?」


「はい、ええっと…心臓を一撃が理想ですが私の火では草原赤犬の毛を焦がすだけなので、目を狙えばよいのかなと思います。あとは、お尻かな…その、あの、毛が生えていないから直接火があたりますよね。」


「そうだな、お前の考えで良いと思う。ただし、草原赤犬のケツの穴を狙うならば蟲をケツの穴から腹の中に潜り込ませて、内部で発火させないといけない。表面で発火させた場合、軽い火傷で驚いた後、逆上して自分の身が危うくなる。」


「は…、はい。では、目を狙うという事ですね。」


クゥーリィーは女子の嗜みとして婉曲な表現を心掛けたつもりだが、ムタロウはそんなクゥーリィーの思いなど関係なく、直接的な表現を連呼していた事についてもう少し配慮して欲しいと思いながら答えた。


「そうだ。目ならば当たれば僅かな火力でも致命傷にはならずとも、目つぶしの効果がある。少なくとも攻撃を受けた相手に隙が出来るので仲間による確実な攻撃が期待できる。」


「なるほど、よく分かりました。」


「では、ここから草原赤犬の目を狙って火線(ファイアービーム)を撃ってみろ。火線(ファイアービーム)を撃つ際は種火を点ける時よりも沢山の火蟲を集め・束ねるイメージを持ち、十分束ねたと感じたら草原赤犬の目をイメージして蟲を放て。」


蟲を集め、束ねると言うが、30メートル先の獲物に届く蟲の量はどの程度なのか、感覚が分からないクゥーリィーは困惑していたので、先ずは蟲を出来るだけ集める事に思考を集中した。

右手人差し指と中指を草原赤犬に向け、「蟲さん来てください」と教本に書いてあった導語(マントラ)を唱える。

すると指先から線香花火の玉の様に青白い炎の雫が徐々に生成されていく。

やがて、青白い炎の雫はクゥーリィーの指からこぼれ落ちそうな不安定な挙動を見せ始めていた。

それはクゥーリィーが現時点で御せる蟲の量(魔力)であった。


「蟲さん!行ってください!」


クゥーリィーの指先から青白い炎の線がほとばしる。

炎の線は直線軌道を辿っていたが、軌道の高さは草原赤犬の3メートル頭上を走っていたため、通常の火線(ファイアービーム)であれば外れであった。

しかし、クゥーリィーの火線(ファイアービーム)は草原赤犬の頭上に到達すると突如下90°に折れ曲がり、草原赤犬の目の高さまで到達すると、更に90°折れ曲がって両眼を貫き爆ぜた。


「ギャイン!!!」


草原赤犬は不意に両眼を青白い炎の線で貫かれ、痛みと何が起きたのか分からず恐慌を引き起こして地べたを転げまわり、そして息絶えた。仲間が苦しみ絶命する様子を見た残りの草原赤犬は文字通り尻尾を巻いて逃げて行った。


「ここまでとは……。」


ムタロウは、クゥーリィーの火魔導のセンスが自分の予想を遥かに上回っている事に慄然とした。

蟲の操作については、ムタロウの予想通りであった。

ムタロウの予想を超えたのはクゥーリィーが放った炎の色であった。

一般的に炎は温度が高くなると赤→黄→白→水色→青と変化していく。

火魔導師の放つ炎も大抵は赤の炎を放つものが多く、無論強力ではあるものの、高温耐性のある魔物や金属の鎧を装備した戦士などは、凌がれ逆襲を受けるケースが多々あった。

然しながら、上級魔導師ともなると放つ炎を色は白や水色となり(つまり炎の温度が高温となり)高温耐性のある魔物をも焼き払ったり、金属の鎧などは鎧そのものを溶かす事が出来た。


そして、クゥーリィーの放った火線の色は最も高温とされる青の炎であった。

これはつまり、1536℃の融点である鉄の扉をも焼き切る事が出来るという事を意味していた。


「とんでもないな。」


ムタロウは一人呟き、クゥーリィーを見た。

ムタロウのパーティーに、上級火魔導師がいるようなものであった。

尤も、当の本人はその自覚はないが。


「クゥーリィー、お前凄いな。今日からあと7日間くらいはこんな感じでお前の魔導で害獣を駆除するぞ。

それが終わったら、1日ゆっくり休んでナマナカ峠超えだ!」


ムタロウは、自然に明るい調子でクゥーリィーに声を掛けた。

実際、強力な魔導師が仲間に居るだけで、パーティーの生存率は飛躍的に上がる。

これはムタロウにとってうれしい誤算であった。


「は、はい!」


ムタロウが驚き、賞賛し、喜んでいる事に気づくと、クゥーリィーも嬉しくなって、つい大きな声で返事をしてしまうのであった。





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