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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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山頂にて

ムタロウ達の前に高い壁が立ちはだかっていた。

少し前まで灰色の山の絵だったナマナカ峠は彼らの行く手を阻む壁だった。

クゥーリィーは身体を反らした。

背伸びをした。

深緑と黒のまだら模様が広がっていた。

壁の中から野太い鳥の声が漏れた。


「この頂上の先に何があるのでしょうか?」


爪先で支えていた身体がよろけた。

三・四歩、後退した。


「ナマナカ峠を超えると、ナマナカ盆地に出る。」


「ぼんち?」


「山に囲まれた平地のことだ。」


「その平地に町があるのじゃよ。」


「山の中に町?…全く想像がつきません…。」


クゥーリィーは踵を地面につけた。

赤い瞳を空に向けた。


「…行けば分かる。」


「そう…ですよね。」


クゥーリィーはぎこちなく口角をあげた。

二、三歩、後退した。


「ひひ…この先に峠道がある。」


「…が、すぐには向かわん。」


「えっ…なんで、ですか?」


「まず…整える。」


「…?」


首を軽くかしげた。

視線をラフェールに向けた。


「峠の入り口にちょっとした集落ができているのじゃよ。」


「食料の調達と宿で休憩を取る。数日滞在だ。」


「あっ…あの…、お風呂は…?」


「勿論、ある。」


「あぁあ…。」


クゥーリィーの頬回りがゆるんだ。

その場で跳ぼうとして、爪先で止めた。

二・三歩前につんのめった。


「…滞在中も犬は狩るぞ。」


クゥーリィーは、ムタロウの顔を見た。

ラフェールは、肩を震わせていた。


◇◇


甲高い悲鳴とともに、草原赤犬が跳ね、草原に落ちた。

草原赤犬の両目は焼け焦げていた。

両目から白い煙とじゅくじゅくと音がした。


「ケツの穴に撃ち込めと言っただろう。」


「あっ…、いえ、思うように曲げられなくて…」


「イメージを明確に持たなければ、火蟲に伝わらん。もっとケツの穴のイメージを持つのじゃ。」


「えぇ…そんなの…。」


「散々赤犬捌いた時に、見たじゃろうが!ケツの穴を!」


「犬のケツの穴なんてそんなよく見ていません!」


クゥーリィーは口をおさえた。

耳まで赤くなった。

下から覗き込むようにムタロウを見た。


「とにかく狙え。それまでは峠に入らん。」


「…はい。」


「よく見るんじゃぞ!」


ラフェールは歯茎をむき出して、クゥーリィーの肩を叩いた。


「…そうします。」


ラフェールを見るクゥーリィーの眉毛は吊り上がっていた。


◇◇


空と地平の境界に茜色の弧が姿をあらわした。

弧を被せるように茜色の粒子が広がり、やがて青の粒子へと変わっていった。

青の粒子が空を満たすころ、ナマナカ峠が姿をみせた。


ムタロウたちは峠道の入り口に立っていた。

峠道入り口付近の宿から日の出前に出た。

クゥーリィーは肩と腰を回していた。


「…軽そうだな。」


「あっ、はい。お風呂っていいですね…。身体が軽くなります。」


「そうだな。」


ムタロウはラフェールに視線を移した。

足先から頭のてっぺんまで見回した。


「…意外に清潔感が出るものだな。」


「はァ?」


「そもそも風呂に入るんだな。」


クゥーリィーが噴き出した。

ラフェールはクゥーリィーをにらみつけた。

銀髪が逆立っていた。


「こないだまで、犬背負って亀ぶら下げていた田舎娘が、服新しくしたくらいで調子にのりおって!」


「わ、わたしは笑ったわけではなくて…お風呂はいるんだなって思っただけです。」


「~ッ!減らず口を!」


「疲れるからやめろ。行くぞ、お前ら。」


淡々と歩く男

頭を掻きむしりながら男の尻を見ている老婆

軽くスキップを踏む少女


三人は峠道に入っていった。


◇◇


峠道の景色は単調だった。

峠道の片側は山を削って剝き出しになった岩壁。

もう一方は急斜面と、木々の作る茶色の柵。

岩から染み出た伏流水で峠道はところどころに泥水たまりをつくっていた。

岩壁から剥がれ落ちたこぶし大程の岩は道のそこかしこに転がっていた。


三人は無言で峠道を進んだ。

服がこすれる音。

剣が接触する音。

泥水が跳ねる音。

荒い息遣い。


息遣いの主はクゥーリィーだった。

岩を踏んで転びそうになった。

よそ見をして泥水を派手に飛び散らした。

額に汗が噴き出た。

汗が目に入った。

眉間に皺を寄せながら目を細めた。


「…休むか?」


「えっ…いえ、大丈夫です。」


「…しんどそうだが。」


「そ、そうですね…でも…。」


「…。」


「亀の甲羅を剝がすよりは…全然いいです。」


「…それはそうだな。俺もあれは苦手だ。」

「…ですよね。ふふ。」


「もう少しで頂上だ。そこで野営だ。」


「あっ…はい。」


それきりムタロウたちは無言で峠道を進んだ。

クゥーリィーの上げる足が少し高くなった。

ラフェールの顔は異様にてかっていた。

ムタロウはラフェールに目を向け、直ぐに逸らした。


「そろそろじゃ。」


視界を遮る木々が、進むたびに低くなった。

空の青が木々の頭を抑え込んでいった。

クゥーリィーは空を見た。

上げる足はいっそう高くあがった。

クゥーリィーは額の大粒を勢いよく拭った。


◇◇


山頂は道行く商人や、冒険者によって木が切り払われはげ山となっていた。

ムタロウ達と同じく、野営の準備をしている商人らしき者や、冒険者が三~四組確認できた。

クゥーリィーはラフェールと山頂周りを歩いていた。


「ほんとに山の中に平地があるんですね…お皿みたい。」


「ひひ。確かに皿じゃの。」


「向こうの山はひときわ高いし、頂上は木がありませんね。」


「あれは南カマグラ山脈じゃ。」


「ナマナカ峠ではないんですね。」


「そうじゃ。あの先にまた、でかい平地が広がっているんじゃ。」


クゥーリィーは口を大きく開けてラフェールを見た。


「わたし、何も知らないですね…。」


「さ、戻るぞ。ムタロウに怒られてしまう。」


「あっ、それは嫌ですね。ムタロウ、怒ると怖いし。」


「あいつ、怒るとめんどくさいからの。」


二人は速足でムタロウのいる場所へ戻った。

クゥーリィーを取り巻く空気は軽く、明るかった。


◇◇


空に白い点が瞬き始めた。

黒色といっていい藍の空に、ゆっくりと薄灰色の歯切れが流れていた。

ムタロウたちの中心には炎が不規則にゆらめいていた。


夕食はいつもの亀のスープと、沢で採れたサンショウウオの姿焼だった。

クゥーリィーは慣れた手つきで亀を捌き、サンショウウオの喉に串を入れた。


「慣れたの。」


「はい…最初は心底嫌でした。」


「…だろうな。」


「でも、いい加減慣れてきて、今はどうやって苦しませずに捌くか試していたら楽しくなりました。」


「えぇ…」

「…。」


「えっ…いま、わたし何か変なこと言いました?」


「…いや、気にするな。」


「そうじゃ。気にするな。」


二人の反応を受け、クゥーリィーは小首を傾げた。

合点がいかぬ表情で鍋の亀肉をかきまぜ始めた。


「同業者に挨拶をと思って来たが、なんだ、亀好きのエロガキか。」


「そう言うな。亀が好きな子供の女…いいじゃないか。」


二人の男が乱入した。

一人はムタロウより大分大きく、顔から半分は髭で覆われていた。

腕には古代文字の刺青が入っていた。

もう一人も身長は変わらなかった。

鷲鼻以外にこれといった特徴はない見た目であった。


「何の用だ?」


「おや、どこからか声が聞こえるなあ~。どこだ?どこにいる???」


髭の男は手を額に当て、大袈裟に周囲を見渡した。


「…ここだ。」


「おおうっ!ここか!小さくてわからなかったぞ!」


髭の男は両手を広げ、胸を反り返らせて驚いた振りをした。

鷲鼻の男はムタロウの顔を見ながら口角を歪ませた。


「何の用だ?」


「お前らもイーブクロに行くのだろう?」


「…そうだ。」

「近頃、強盗団がナマナカ峠を拠点にして活動しているという話だ。」


「わかった…じゃあな。」


ムタロウは手首を上下させた。


「まぁ、待てよ…チビのおっさんと、婆ァ、そしてエロガキなんて、奴らの恰好の獲物だ!」


「…。」


「20万ニペスだ!20万ニペスで安全が買えるならば安いものだろう!」


「…要らん。強盗団も俺に気付かないだろうから問題ない。」


「あぁ?」


「お前らさっき俺に気付かなかったじゃないか。」


ムタロウは、二人を見渡し口角を上げて犬歯を見せた。


「要件は済んだ。帰れ。」


ムタロウはそれきり、男たちに顔を向けず、亀肉を食べ始めた。

ラフェールは、男たちに歯茎を見せた。

クゥーリィーは首をすぼめて、スープをすすった。


「そういうことかよ。わかったよ。」


男たちは両手をポケットに突っ込み、周囲を威圧しながら去っていった。

クゥーリィーの顔は血の気を失っていた。

ラフェールは、肩を上下させて笑っていた。


「どうしてこうも分かりやすいのかのぅ。」


「…今晩は狩りだな。」



「あっ…あの、どういうことですか?」


クゥーリィーが目を白黒させて二人の間に入った。


「簡単な話じゃ。今晩のために準備をしろということじゃ。」


「…?」


クゥーリィーは赤い瞳を斜め上に動かし、発言の意図を考えていた。

瞳は一瞬、大きくなり、ムタロウの顔を覗き込んだ。


「今晩になればすぐわかる…食ったら寝ろ。」


「はい…。」


「よし。わしも寝る。」


ラフェールが嬉々として声を上げ、立ち上がった。


「お前は働け。」


ラフェールは口を大きく開けた。

「いつも働いているわ!」、と言う目線をムタロウに投げつけた。



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