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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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ウィドウの手紙

椅子に腰かける音は荒く、四本の脚が僅かにずれ、床との不協和音が響いた。

背もたれには黒髪が乱雑に引っ掛かっていた。

辺りは薄暗く、カーテンが掛かった窓は、外からの黄色い粒子を一身に受けて、半透明になっていた。

カーテンを透過した粒子は、乱れた掛け物が乗るベッドを浮かび上がらせた。

粒子はそのまま、ベッドの奥の化粧台の鏡にぶつかり、部屋を明るくした。

椅子に座っている黒髪の主は、首を回しながら、筆を手に取った。


ウィドウだった。

前日の豚の鼻の襲撃から一夜明け、遺体の処理も終わり、自室に帰ってきたのだった。

椅子に腰かけていたウィドウは手にした筆をおき、頭の後ろで手を組んだ。

しばらく、天井を見たのち、そのまま身体を反らせた。

両脚が伸び、踵が床から離れると同時に、椅子の脚も床から離れた。


「うあっ」


悲鳴と同時に椅子が転げる音が派手に響いた。

床に二本の脚が生え、ぱたんと床に落ちた。


「いたたた…。」


腰を擦りながら立ちあがり、椅子を戻してから腰掛けた。


「めんどくさい…。」


ウィドウは鼻の下に筆を挟み、再び頭の後ろで手を組んだ。


「めんどくさい…。」


鼻の拘束を解かれた筆は、高い音を出して、机を転がった。


「めんどくさい…けど、やるか。」


ウィドウは手にした筆を紙に滑らせ始めた。


◇◇

ヴァルトリン様


ご無沙汰しております。

報告が遅れ、大変申し訳ありません。


調査指示あった対象について、ようやく、接触出来ましたので報告申し上げます。


尚、結論から申し上げますと、調査対象は国内の治安に影響を与える存在ではなく、こちらから手を出さない限りは、無害であると考えます。

以下、詳細。


1.対象

①ムタロウ・チカフジ

属性:転移者。

能力:事前情報の通り、転移者であり未来視の能力を有す。

戦闘力:極めて高い

備考:性格は合理的で怠惰


②ラフェール・シャクハッツィ

属性:治癒師

能力:治癒術

戦闘力:高い(?)

備考:稀少な治癒師でも特に稀少ともいえる聖光を使える治癒師。

     何故これほどの治癒師が知られていないのか謎。


③クゥーリィー・イマラ

属性:魔導士

能力:火魔導(?)

戦闘力:恐らく高い

備考:調査対象の中では最若手。

     火魔導の使い手。(未確認)

2.特記事項

①彼らは赤竜ムセリヌと関係が深く、ムタロウはムセリヌより魔剣を譲渡されている。

②ムタロウの保有する魔剣は火蟲の含蟲量が極めて多く、単騎で1000人規模の兵を戦える。


3.彼らの目的

①リーダのムタロウは、陰部(尿道)に病気を抱えており、これを治すために…



ウィドウは筆を止め、声をあげながら、肩を震わせた。

両手を腹に当て、断続的に入る腹筋への過負荷を抑えようと試みた。


「はぁ~、疲れた。」


ウィドウは額に浮かんだ汗を手で拭い、息を吸い込んだ。


「こんな報告書書いて、信じて貰えるかしら…報告書さぼりにさぼって、久しぶりに出したのがこれだと、怒られそうだなあ…嫌だなあ。」


ウィドウは、大きくため息をつき、椅子の背もたれに体重を掛けた。


「でも、本当にしょうもない事で命かけているんだよなあ…そんな、尿道痒いからって赤竜に戦い挑む?面白すぎるでしょ。」


ウィドウは天井に顔を向けて、独り言を楽しんでいた。


「ああ、でも、豚の鼻の事は書かないとなあ…何もなければいいのだけどなあ。」


ウィドウは再び頭の後ろに手を組んで、ベッドに顔を向けた。

ベッドの脇には、旅に使うリュックが置いてあった。

リュックは内圧で大きく膨らんでいた。


「戻るの嫌だなあ。」


そういって、背筋を反り返していた。

踵が床から浮き、椅子の脚も浮くとそのまま弧を描いた。

床にウィドウの二本の脚が生えていた。


◇◇


襲撃後の後片付けで寝るのが遅くなったムタロウが目を覚ましたのは昼過ぎの事だった。

寝室の扉を開けて、広間に出ると黄色の粒子が熱気と湿気を伴って、穴の開いた天井から降り注いでいた。


「…治さないとな。」


ムタロウが一人呟いた時に、隙間風の音が壁側から鳴った。

顔を向けると、拳大の穴がぽっかり開いており、牧草地の緑が視界に飛び込んできた。


「…塞がないとな。」


ムタロウはため息をつきながら食卓に目を向けた。

食卓には、ラフェール、ムニューチン、カンダモンダ、ムセリヌが座っていた。

ムタロウは、ラフェールに目を向けた。


「…クゥーリィーは?」


「昼飯をつくっとる。」


「そうか…。」


そう言うと、ムタロウは、「シッ」と手で払いながらカンダモンダを追い出し、食卓の椅子に腰かけた。


「さて、早速なんだが。」


ムタロウは三人の顔を見回した。


「俺は、王都に行って、豚の鼻を潰してくる。」


「…。」


席に座っている三人は、ムタロウの言葉に対して何も口にしなかった。

席を追い出されたカンダモンダは、広間に出来た陽だまりの上で転がり、大きな欠伸をしていた。


「…ただ、あいつらは卑劣だ。王都に行ってる間に、再びムニューチンを襲撃するとも限らない。…そこの猫もだ。」


「まあ、たしかにのぅ。」


「そこで、だ。ムセリヌ…頼みがある。」


ムタロウは少し言いにくそうな顔をした。


「いいぞ。」


「…ん?」


ムタロウは、ムセリヌの返事の意図を汲みかね、首を僅かに傾けた。


「ムニューチンとそこの猫を保護しろっていうのだろ?かまわんよ。わしは。」


緊張で硬くなっていたムタロウの目元がゆるんだ。


「…申し訳ない。」


ムタロウは食卓の上に両手を添えて頭を下げた。


「まあ、そんなにかしこまるな。私も話相手が出来て丁度良い。」


「ムセリヌ殿…すいません。」


ムニューチンが恐縮しきった表情で何度も頭を下げていた。


「あと、お前の剣、火蟲がほとんどいないだろ?火蟲入れておくわ。」


ムセリヌは席を立つと、剣掛けへと歩いていき、コンジロムを手に取っていた。


◇◇


「…で、どういうコースをとるのじゃ?」


ラフェールは、地図を食卓の上に広げ、ノーブクロの位置を指差した。


ムタロウは腕を組んで、食卓上の地図をまじまじと見ていた。


「…ここから西に進み、シル湖を目指し、シル湖に着いたら北上して王都というルートはどうか?」


「わしは構わんよ…しかし、なんでこのルートなのじゃ?」


ラフェールは、ムタロウの顔を見た。


「シル湖には、子無し女の里がある…区切りを付けないとな。」


ムタロウの瞳に僅かに怒りの粒子が漏れた。


「区切りをつける…って奴だ。」


ムタロウはそう言うと、黙って天井の穴を見つめていた。


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