第三六話
ゼネルバート諸国連合西部エヴラス。
ローゼルディア王国と同時にダールヴェニア帝国による侵攻を受けたゼネルバート諸国連合は、評議会議長ディミトリ・バルツァの要請によって派遣されたイーダフェルト軍の協力もあり帝国軍を元の国境線まで押し返すことに成功していた。
「――帝国の連中、もうこっちに攻めて来ないんじゃないか?」
「だと嬉しいがな。イーダフェルト軍がいないこの状況で帝国の連中とやり合うのは勘弁だぜ」
「全くだ。まあ、王国への侵攻失敗で甚大な被害を被ったと聞く。帝国の連中もしばらくはおとなしくしているだろう」
分隊ごとに構築された前哨監視壕の中で、諸国連合軍の兵士達は雑談に興じる。
諸国連合軍もイーダフェルトから武器の供与と即製の軍事訓練を受けたことである程度の戦闘は可能な状態であったが、帝国軍と真正面から戦うにはまだ不安が大きかった。
「イーダフェルト軍も帝国に侵攻する気はないみたいだし、このまま休戦ってわけにはいかないかな」
「そうだな。そうなったら、俺達もこんな場所からおさらば出来るってわけだ」
「おーい! 飯持ってきたぞー!」
「おっ。やっと飯の時間か。待ってました!」
後方にある炊事場から糧食の入った飯盒や紙包みを受領してきた兵士の姿が目に入ると、塹壕にいた兵士達は喜色の色を浮かべて彼を迎え入れた。
「そろそろ寒くなってきたから、スープの温かさが身体に染みるな」
「これで家の中で食えれば文句なしなんだがな」
「はっはっは。ちげぇねえ」
配食された食事に舌鼓を打ちながら、兵士達の会話も弾む。
平穏な日々が続いていることで兵士達の気も緩んでいた時、カラカラという何かが空気を切り裂くような音がし始めたことに数名の兵士が気付いた。
「どうした?」
「いや、何か変な音が……」
「本当だな。鳥の囀りではなさそうだが……」
気になった兵士が辺りを伺うために塹壕から顔を出した瞬間、塹壕の周囲に爆発音と共に多数の土柱が上がった。
「ど、どうした!?」
「何があった!? 他の塹壕の弾薬が暴発したのか!?」
「わ、分かりません。いきなり爆発したとしか……」
突然の爆発に持っていた飯盒を落とした兵士達は、どうしたらいいか分からず慌てふためく。
最初は同地に構築されている他の壕の弾薬が暴発したのかと考えていたが、続けて起こる爆発と土柱に帝国軍からの砲撃によるものだと全員が認識するのに時間はかからなかった。
「お、おい、あれ見ろよ!」
兵士の一人が指差した方向に全員が目を向けると、別の分隊のいる壕に運悪く砲弾が直撃したところだった。
「あ、あそこ第五分隊のいた壕だよな……」
「このままここにいたら俺達もあんな風に……」
「お前ら落ち着け! この砲撃の中に飛び出たら、それこそあの世へ行っちまうぞ」
恐慌状態に陥るところだった兵士達を一喝して落ち着かせた分隊長は、壕の隅で丸まっていた通信兵に視線を向けた。
「通信兵、震えていないで連隊本部へ連絡を入れろ!」
「は、はい!」
分隊長から命じられた通信兵は塹壕に置いている無線機に飛びつくと、後方の連隊本部に連絡を始める。
「至急、至急! 第八前哨監視所から連隊本部、応答せよ!」
『――こちら本部。監視所、何かあったのか?』
「帝国軍の攻撃だ! 各監視所は現在、帝国軍の大規模な攻撃を受けている!」
『夜にはまだ早いぞ。寝言は寝てから言え』
「馬鹿野郎! 冗談でこんな連絡を入れるか! 帝国軍が本格的な攻勢を再開したんだ!」
通信兵は連隊本部にいる兵士の暢気な言葉に怒鳴ると、無線機の受話器を塹壕の外に向けて前哨監視所周辺で起きている音を聞かせる。
立て続けに起こる爆発音に暢気な態度だった兵士も事の重大さに気付いたのか、慌てて自分の上司を呼ぶ声が聞こえた。
『――連隊本部のブローム少佐だ。監視所から敵の規模は分かるか?』
「わ、分かりません。敵の砲撃が激しく、壕から頭を上げられません。すでに第五分隊の監視所が砲撃で吹き飛びました」
『……分かった。各監視所は現時刻をもって放棄。全部隊は防衛線に合流せよ』
「了解しました!」
連隊本部と通信を終えた通信兵は受話器を置くと、こちらを固唾を飲んで見つめる分隊長たちの方に振り返る。
「連隊本部から後退指示です。現時刻をもって前哨監視所は放棄。各部隊は防衛線に合流せよと」
「よし。全員聞いたな。速やかに装備をまとめて防衛線に後退するぞ」
「「「了解!」」」
分隊長の指示で武器装備をまとめた兵士達は、砲撃が止んだ隙を見計らい塹壕を出ると後方の防衛線に向けて後退した。
* *
「各中隊は所定の陣地へ急げ!」
「予備弾が足りないぞ! こっちに追加で弾を持ってきてくれ!」
「もたもたするな! 早くしないと帝国の連中が来ちまうぞ!」
前哨監視所から急報を受けた防衛線では、同地に展開する第八歩兵師団が帝国軍迎撃の準備を急ピッチで進めていた。
イーダフェルトから供与された銃火器を手にした兵士は構築された所定の防御陣地に入り、両手に弾薬箱を持った補給兵が弾薬庫と各陣地の間を忙しく行き交う。
「来たぞ! 帝国軍だ!」
双眼鏡で周囲を伺っていた兵士が上擦った声で叫ぶと、各陣地で準備を進めていた兵士達の手が止まり警戒線全体に緊張が走る。
「う、嘘だろ……」
「あれだけの数を俺達だけで相手しなきゃいけねえのか……」
塹壕から帝国軍を見た兵士達は、その光景に声を震わせた。
侵攻する帝国軍は戦車を始めとする戦闘車輌や矩形の胴体に顔と足を付けた機動兵器を前面に押し出してその後ろに無数の帝国兵が銃剣を付けた小銃を構えて続いていた。
「榴弾砲、撃てぇ!」
司令部の号令一下、同師団に属する砲兵連隊は15門のM2A1 105ミリ榴弾砲の砲撃を始める。
試射を経て効力射に移行した榴弾砲を操作する砲兵達は手を休めることなく砲弾の装填を続け、周囲には空薬莢の山が作り上げられた。
「いけるっ! いけるぞっ!」
「もっと撃ち込めーっ! 帝国の連中を全員吹き飛ばしてやれ!」
「舐めんなっ、帝国のクソ野郎ども!」
榴弾砲から撃ち出された砲弾は、迫る帝国兵達を吹き飛ばしていく。
先程まで帝国軍に圧倒されていた連合兵達も、自国の勝利を確信して帝国兵が吹き飛ばされる度に歓声を上げた。
「次弾装填を急げっ!」
「砲弾が足りないぞ! 補給兵、もっと持ってこい!」
塹壕の後方に構築された砲兵陣地では榴弾砲を操作する砲兵達の怒号が飛び、補給兵が台車に乗せた砲弾や薬筒を忙しなく各陣地に運ぶ。
「このまま帝国軍を全員吹き飛ばしてやる!」
「早く次の弾を込めろ!」
「――っ!? マズい! 全員、ここから退避だ!」
「えっ――」
焦りの色を浮かべた小隊長が部下達に叫ぶが、高揚していた部下達は反応が遅れてしまい彼の指示の意図が分からぬまま帝国軍砲兵のカウンター砲撃によって吹き飛ばされた。
盛んに帝国軍に向けて砲撃していた他の砲兵陣地にも砲弾は等しく降り注ぎ、数分前まで興奮の絶頂にあった砲兵陣地は跡形もなく消滅した。
「クソッ。砲兵は!? 砲兵の援護はどうしたんだ!?」
「弾運びはどうした!? 早く弾を持ってきてくれ!」
「衛生兵! 衛生兵!」
砲兵が壊滅したことを知らない前線の塹壕で戦う連合兵達は、戦力で勝る帝国軍相手に絶望的な戦いを強いられていた。
連合軍もイーダフェルトから歩兵でも扱える対戦車火器を提供してもらい火力を増強していたが、それ以上の数で侵攻する帝国軍装甲部隊を止めることは出来ずいくつかの塹壕はすでに突破を許してしまっていた。
「おい、あの戦車を狙え。慎重にな」
「はっ」
分隊長から命じられた兵士は、カールグスタフM2を迫る帝国軍戦車に向けて発射する。
放たれた対戦車榴弾は戦車に向けて飛んでいったが、直前で戦車が針路を変えたため砲弾は戦車より手前の地面に着弾した。
「クソッ。次だ、次」
「分隊長たちを援護しろ! 効果は低いだろうが、牽制するんだ!」
「じゅ、十時方向からデカブツが……!」
空しく地面に着弾した砲弾に舌打ちした分隊長は、傍らに置いていたファイバーケースから次弾を取り出し装填しようとする。
援護のために分隊員が機関銃や小銃を撃ちまくり戦車を牽制するが、近づいていた機動兵器が腕部に搭載された機関銃で塹壕内を掃射し全滅させた。
* *
「砲兵連隊全滅! 砲兵陣地が跡形もなく吹き飛ばされています!」
「第十二連隊も壊滅状態です!」
同地を守る第八歩兵師団司令部。
師団長と幕僚が囲む長机に置かれた戦況図には、守備についていた各部隊の記号にバツ印がつけられて帝国軍の示す矢印は師団司令部に近づきつつあった。
「閣下、帝国軍がここに到達するのも時間の問題です。各部隊に撤退命令を……!」
「ならん! ここを突破されてしまえば、再び祖国が帝国の連中に蹂躙されることになる。諸君らはあの時の悔しさを忘れたのか!」
後退を主張する幕僚達に対し、師団長は机を叩き反論する。
「勿論忘れるはずありません。ですが、今の状況で帝国軍を押し止めることは不可能です」
「苦渋の決断ではありますが、前線の部隊を後退するべきです。ここから後退して態勢を立て直し、残存兵力を糾合すれば再度帝国軍と相対すことも出来ます」
幕僚と師団長が議論を戦わせる間も、司令部の外では銃撃や砲撃の音に交じって塹壕に籠って戦う連合兵の悲鳴が響いていた。
「イーダフェルト軍は? イーダフェルト軍からの支援は受けられないのか?」
「イーダフェルト軍司令部にも現状は報告していますが、各方面で帝国軍が攻勢に出ているようで支援には時間がかかると……」
「何ということだ……」
イーダフェルト軍の持つ航空機による支援があればこの不利な状況もひっくり返ると考えていたが、ここ以外でも帝国軍の攻勢が再開したと知り一層表情を暗くした。
「閣下……!」
「……分かった。現時刻をもって前線各部隊は後退。残存兵力を糾合し、再度敵の侵攻に備える」
「「「はっ」」」
師団長の決断に幕僚達も頷き動き出そうとした瞬間、運悪く帝国軍砲兵が放った砲弾の一発が師団司令部テントに命中し、師団長以下幕僚全員が戦死した。
師団長以下指揮の執れる全員が戦死したことで直前に決まった後退の計画が前線で戦う各部隊に伝得られることは無く、各部隊は多少の損害を帝国軍に与えたが侵攻そのものを押し返すことは出来ず壊滅した。
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