第三五話
ロディアス・ドゥ・レスヴァントのクーデター鎮圧から一週間。
クーデター鎮圧直後は王都内の残敵掃討や民衆への対応などで混乱していたが、現在のヴィレンツィアは解放された近衛軍と第四機動旅団の共同で行われる治安維持活動によりクーデター前の落ち着きを取り戻し始めていた。
「混乱も懸念していたより大したことなかったようね」
ウィスデニア宮殿の数ある部屋の中で、普段は客間として使われている一室。
傷の癒えたシルヴィアは、王都事務所からこのウィスデニア宮殿の客間を借りて臨時の執務室にして事後処理にあたっていた。
「ええ。元々、叛乱軍の評判は市井の人々からも良くないようでしたので。当初は我々が来たことに混乱していましたが、近衛軍との共同警備に変わってからは好意的に見てくれています」
報告に来た第四機動旅団長ジェンセン・ウィリス少将は、報告書に目を通すシルヴィアの言葉に答える。
「住民との間で大きなトラブルの報告は?」
「現時点では報告されていません」
「そう。王都内での立ち振る舞いには細心の注意を払うよう今一度厳命しなさい。主様の顔に泥を塗るようなことは許しません」
「かしこまりました」
シルヴィアの指示に、ウィリスは深く頷く。
報告を終えて部屋から退出しようとウィリスが一礼して踵を返した時、隣の部屋で事務作業をしていた王都事務所から派遣された事務官が入室してきた。
「何事です?」
「申し訳ありません。フェルジナ派遣部隊司令部から連絡があり、総帥閣下をお乗せしたMH-92Aが同地を離陸。ここヴィレンツィアに向かっているとのことです」
事務官の報告にウィリスは驚き、シルヴィアは困った表情を浮かべる。
クーデターを鎮圧したと言ってもまだ王都は少なからず混乱しているため、蔵人を呼ぶには最低でももう一週間は必要だと考えていた。
「まさかもうお越しになるとは……」
「まったく、困った主様ですね。少将、出迎えと警備のために部隊に召集を」
「かしこまりました」
ウィリスを退室させたシルヴィアは、鏡の前で身だしなみを軽く整えてハンガーラックにかけている総帥軍士官の礼服に袖を通し自身も部屋を出て宮殿前広場に向かう。
「第一中隊は急いで整列!」
「各小隊は広場周囲を固めろ。些細な以上も見逃すな!」
シルヴィアが宮殿前広場に出ると、ウィリスが部隊に指示を出し急ピッチで蔵人を出迎える用意を整えているところだった。
「少将、主様を迎える用意は?」
「広場の周囲に一個大隊を配置しました。宮殿の屋上にもCS班を五個配置しています」
「短時間のうちによくやってくれました。とにかく、不測の事態が起きないようお願いします」
「かしこまりました」
その後も警備態勢の確認と修正を行っていると、遠くから複数のヘリのローター音が聞こえてくる。
シルヴィアとウィリスが音のする方向の空を見上げると、四機のAH-64Eに護衛されたVH-92A三機が徐々に高度を落とし宮殿前広場への着陸態勢に入っていた。
「篠宮蔵人総帥閣下に、捧げぇ銃ッ!」
着陸したVH-92Aの側面ドアが開かれると、警護官が先に降りて周囲の安全を確認する。
安全が確認された宮殿前広場に降り立った蔵人は、第一中隊の形成する銃剣の林の先にシルヴィアの姿を認めると駆け寄った。
「シルヴィ! もう傷は大丈夫なのか!?」
「はい、主様。日常生活には支障ありません」
「そうか。良かった。お前がいなくなってしまったら俺は……」
駆け寄った蔵人は蔵人はシルヴィアに抱き着き、目に涙を浮かべながら彼女の無事を確認するように何度も喜びの言葉を口にする。
「主様……」
そんな蔵人の姿をシルヴィアも慈愛に満ちた視線で見つめていたが、蔵人の肩を掴み引き離し困惑した表情を浮かべた彼と向き合う。
「シルヴィ……?」
「主様、私は最低でも一週間は王都にお越しになるのは待つように言ったはずですが?」
シルヴィアの声音がお説教モードに変わったことに気付いた蔵人は、ばつが悪そうな表情を浮かべて視線を逸らした。
「い、いや、シルヴィが心配で居ても立てもいられなかったと言うか……」
「言い訳するんじゃありません。主様が急に来られると、こちらも万全の警護体制を取れないのです」
「そ、それはすまないと思っているが……」
「主様はまた、私の身体に穴が開くことがお望みなのですか?」
シルヴィアがそう言った瞬間、説教を受けて委縮していた蔵人の表情が険しいものに変わり鋭い視線をシルヴィアに向けた。
「シルヴィ、確かに今回の件は俺が悪かった。だが、二度とそんなことを言うな。またあの光景を見るなんてもうたくさんだ」
仕え始めてから初めて見る蔵人の怒気に、シルヴィアも背筋を震わせると申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。言い過ぎました。ですが、今後はご自重ください」
「ああ。俺も今後は気を付ける」
蔵人の言葉に、シルヴィアも表情を再び柔らかいものに変える。
そうしていると、その様子を見守っていた軍や大使館職員の中から紺色のレディーススーツを着こなした女性が二人に近づいた。
「総帥閣下、副総帥閣下……」
「御堂所長か。君にも大分迷惑をかけてしまったな」
「いえ、お気になさらず。それよりも、今回のクーデターについてご報告したいことがございます」
「そうか。だが、こんな場所でする話ではないな」
「では、私が使っている客間に行きましょう。VTCシステムもあるので、本土も会議に参加可能です」
頷いた蔵人は、シルヴィアの案内されてウィスデニア宮殿の中へ入る。
客間へ入ると本土の総帥府や統合参謀本部とVTCを繋ぎ、蔵人は執務机の椅子、シルヴィアと御堂は応接セットのソファに座り会議が始められた。
「――今回のクーデターの報告と言っても、ロディアスが主導したものだろう。小夜、そうだったよな」
『はい、主様。我々はそう結論付けています』
御堂から資料を受け取りながら蔵人がそう言うと、画面の向こうにいる小夜は頷いて答える。
蔵人の言うとおり今回のクーデターは、宰相ロディアス・ドゥ・レスヴァントを首班とする国粋主義者の貴族と豪商が起こしたものだと結論付けられていた。
「はい。最初は我々もそう考えていましたが、調査を進めていくと本クーデターがロディアス以外の勢力も介在していることが分かりました」
御堂の含みのある言い方に蔵人とシルヴィアは首を傾げるが、渡された資料に目を通していくと表情が段々険しいものに変わっていく。
「……なるほど、今回のクーデターは帝国の謀略か」
蔵人の呟きに、御堂は頷いて応える。
「クーデターに協力した豪商のうち、ウジューヌ・キュビエと名乗る男の商会から帝国製の武器弾薬が大量に運び込まれていることが確認されました」
『ご主人様、帝国製の兵器は戦闘を行った各部隊からも報告が入っております』
「ということは何か? 連中は自分達の国を滅ぼそうとしていた奴らの口車に乗せられてこんな馬鹿なことを起こしたというのか?」
「そういうことになりますね」
時刻を滅ぼそうとする敵国からの支援によってクーデターを起こし救国を掲げていたロディアス達の浅はかさに、蔵人とシルヴィアは呆れて開いた口が塞がらない。
『ご主人様、こちらからもご報告よろしいでしょうか』
「話せ」
蔵人がそう言うと、小夜は隣に座る将校に発言を促す。
『国家情報局長の羽藤です。帝都に潜入させている諜報員から、帝国内において政変が発生したとの報告が入りました』
「政変……?」
『はい。詳細は確認中ですが、護国卿をトップとする派閥が戦争の継続と拡大に反対する皇女派貴族と軍人の粛清を始めたようです』
「政変ねえ……今回のクーデターはこちらの目を帝国国内から逸らさせるものだったのかもな」
「その可能性はあります」
蔵人の思いついた可能性に、聞いていた御堂も同意するように頷く。
「御堂所長、そのウジューヌとかいう奴は捕らえることが出来たのか?」
「残念ですが、王都開放作戦前に王都から脱出したようです」
「逃がしたか……仕方がない。シルヴィ、シュルーズ監獄へ向かう。連絡と用意を頼む」
「何をお考えですか?」
「当人を捕まえられなければ、懇意にしていた奴に話を聞いた方が手っ取り早いだろう」
蔵人がそう言うと、その言葉の意味を理解したシルヴィアと御堂は血相を変えてソファーから立ち上がり蔵人に詰め寄る。
「主様、それはいけません。先程、ご自重くださいと言ったばかりではないですか」
「私も副総帥閣下に同意いたします。尋問官が行うならともかく、閣下がいかれる必要はありません」
「敵の掌で踊らされていた奴の末路が気になるだけだ。無茶なことはしないから安心しろ」
「……このようなことは今回だけですよ。御堂所長、シュルーズ監獄に主様が向かうと連絡を」
「かしこまりました」
折れたシルヴィアが御堂に命じると、御堂はシュルーズ監獄への連絡と同施設にいる警備チームの増援をウィリスと打ち合わせるため一足早く部屋を出て行った。
* *
「意外と元気そうだな」
多数の完全武装した兵士が詰める尋問室の中央に置かれた机の前に置かれた椅子に刑務官によって座らされた男――元ローゼルディア王国ロディアス・ドゥ・レスヴァントを前に、蔵人は一片の温かみのない声音で話しかけた。
ロディアスは多少やつれていたが、蔵人の姿を見るなり憤怒の表情を浮かべる。
「黙れ! 王国を食い物にする侵略者が!」
「お前が俺のことをどう思おうが構わないが、今回のクーデターは見事だった。ひとつ後学のために教えてもらいたいが、あの計画はお前達が立てたのか?」
蔵人が感心したように言うと、ロディアスは少し気を良くしたのか椅子に座り直すと肩肘を張り自慢するように話始めた。
「貴様のような若造にあそこまで完璧な計画を立てることは不可能だろうな。あれは、儂の人徳と志を同じくする者達の協力があって立てられたものだ」
「なるほど……では、ウジューヌ・キュビエとかいう豪商も立案に関わっていたのか?」
「あの者は我が国の未来を心から憂う愛国者よ。新生王国の再起のために我々より一足早く王都を出た。貴様は、彼らのような愛国者に一生命を狙われながら生きていくことになるのだ」
話している途中から蔵人が顔を伏せて肩を震わせる姿に、それを命を狙われる恐怖から来るものだと勘違いしたロディアスはそう言い放った。
だが、彼の予想とは裏腹に話を聞き終えた蔵人は顔を上げると声を上げて笑い始めた。
「何だ? 何が可笑しい?」
「おめでたい考えに笑いが止まらないだけだ。貴様の言う真の愛国者は、帝国の手先だ。お前らは帝国の掌の上で踊らされていただけに過ぎないんだよ」
「う、嘘を吐くな! 我々は自分の意志で決起したのだ!」
「哀れだな。お前らは帝国が立ち直るまでの時間稼ぎにされたんだよ。まあ、利用される前から考えていたようだから擁護は出来ないけどな」
「嘘だ……儂はこの国を思って……」
蔵人から真実を聞かされたロディアスは、項垂れるとブツブツと独り言を吐き始める。
シルヴィアから時間を告げられた蔵人は席から立ち上がるとロディアスに憐憫の眼差しを向けると、何も言わずシュルーズ監獄を後にしたのだった。
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