第5話「仲良くやろうぜ」
人と仲良くなるにあたって一番有用なのは質問だ。
興味がなくても問いかける必要がある。
わかり切ったことをあえて聞く。
それが社交というもの。
どんな相手に対しても通じる親睦を深めるための第一歩だ。
面倒でもやるべきだろう。
「ジーナ、毎日の食事の用意、ありがたいと思っている」
「はい」
「お前のプロポーションは見事だ。自己管理が行き届いている証拠だろう」
「ありがとうございます」
「そんなお前に聞くが、僕がやせるにはどうすればいいと思う?」
「はい。まずは運動でしょうか」
ジーナは真顔で返答した。
なわけねーだろ。
アホか。
僕は心中で侮蔑の言葉を発した。
前世の僕ならばともかく。
体重150キロのウォーレンが運動で痩せられるはずがない。
デブは弱い。
デブに運動は鬼門である。
デブは動けばこける。
デブが動けば怪我をする。
怪我をすれば回復のためにより多くの食事を必要とする。
結果、さらに太る。
悪循環。
いいことは一つもない。
だが、ここでジーナの言葉を否定しても好感度が下がるだけである。
それでは本末転倒だ。
僕はあえて話題を広げることにした。
「けっこう。運動はいいものだ」
「はい。その通りです」
「ジーナはどのように運動しているのだ?」
「はい。毎日の走り込みと、腕立て腹筋などの筋トレ、素振り、柔軟体操、あとは家事でしょうか。走り込みは特に重要です」
それを僕にやれと?
むりむり。
前世ならともかく、今はむりだ。
何事にも手順がある。
脂肪にまみれたブタ男がそんな訓練をすれば、ケガで三日は寝込む。
とはいえ、ジーナは自分のことを話題にしただけだ。
そこに悪意はない。
ここは乗っておくべきだろう。
「そうだな。走り込みはいい。血の巡りがよくなる」
「はい」
「しかし、僕の体の重さでは走るのに耐えられない。まずは散歩からになる」
「はい。それでも無意味ではありません」
無意味どころか、有害だ。
腱鞘炎まっしぐら。
体重150キロをなめるべきではない。
「ただ、僕の体では散歩でさえ厳しいほどだ。50キロの人間が100キロの重りをかついで歩くことを想像するとわかりやすい。怪我をしてしまう」
「はい。それは避けるべきでしょう」
「運動はある程度やせてからはじめる。まずは食事改善だ。どうすればいいと思う?」
「量を減らすべきかと」
ジーナはしれっと答えた。
当たり前だ。
しかし十分ではない。
ダイエットが失敗する原因のほとんどは栄養失調だ。
食べ足りないから挫折する。
十分な栄養を取らなければやせることはできない。
運動過剰と栄養失調。
この二つがダイエットの敵だ。
ついでに周囲の目というのもあるが、それは意志の力でなんとかなる。
努力する姿はたいへんみっともない。
ダイエットは努力の一種である。
努力する人を見れば他人は必ず笑う。
誰だって笑う。
僕だって笑う。
しかし、その恥をしのんでやるのが努力というものなのだ。
運動過剰と栄養失調については、意志の力ではまったくどうにもならない。
怪我を気合いでごまかせば悪化する。
栄養失調の状態を続ければ倒れる。
人は死にたくない。
本能の力は偉大だ。
ダイエットなどという見栄より、生きるという現実を選ぶ。
栄養失調者のダイエットは確実に失敗する。
ダイエットというのは、つきつめれば食べることなのだ。
食べないことでは断じてない。
栄養価が高くてカロリーが低いものを食べる。
それがダイエットというもの。
この点がわからなければ一生やせられない。
仮にやせることができても、健康とは程遠い仕上がりになってしまう。
「食事だが、量はもちろん減らす」
「はい」
「そのうえで、必要な栄養が取れるように工夫しろ」
「はい、わかりました」
「ジーナ、お前は普段何を食べている?」
「はい。まかないを」
「具体的には?」
「パンとスープと魚、野菜屑、根菜、豆、キノコ、チーズ、酢和え、ヨーグルト、アンチョビなどをいただいております」
「僕もそれを食べるべきか?」
「まさか! 坊ちゃまにあのような貧しい食事はふさわしくありません!」
僕はジーナを見た。
健康な体だ。
男でも女でも健康体というのは一目見ればわかる。
表情にたるみがない。
引き締まっている。
生命エネルギーに満ちている。
自分ならできるのに、僕に対してはなぜこうも頓珍漢な回答をするのだろう。
悪意があるのではないか。
僕を豚のまま飼い殺そうという怨念が感じられる。
いや、さすがにそれは被害妄想かもしれないが。
教えるのが極端に下手という人間もいる。
ジーナはそれかもしれない。
もしくは、無責任なことは言わない性格なのか。
それは当然の心がけだ。
たとえばソバは健康食と言っていいが、ソバを食って死ぬ人間もいる。
何が体にいいかは人によるのだ。
不足している栄養は体にいいし、過剰なら体を壊す。
アレルギーもしかり。
自分の体で試してみるしかない。
だから僕に対して実のある提案をしないと、そういうことなのか?
あるいは僕に失望しきっているか。
ありえる。
処女を奪ったにくい男だ。
それも半ば犯すような形で権力を使って無理やり交渉したという記憶がある。
憎しみもひとしおだろう。
しかしウォーレン、ろくなことしてないな。
レイプ場面が放映されないところが輪をかけて腹立たしい。
お茶の間テレビも真っ青の倫理規制である。
下着姿さえ表示されない。
ウォーレンの記憶を使ってオナニーすることは不可能。
なんのおかずにもならなかった。
まあいい。
保留だ。
解雇の結論を出すのはまだ早い。
彼女の態度は僕のわがままに適応した結果ともとれる。
幼いころからの忠臣であるようだし。
しばらく様子を見るべきだ。
1年たっても変わらなければ別のメイド長を雇おう。
「次から、料理のメニューは僕が決める。まずは厨房にいくぞ」
「はい、しかし、学校は?」
「今日は体調が悪いから休む。そのように伝えておけ」
「はい。了解しました」
学校生活は大事だが、それよりも先に食事である。
世の中には食べるとやせる食品というものがあるのだ。
具体的にはコーヒー、お茶、アブラナ科の野菜、トマト、海藻、ベリー類、発酵食品、香辛料など。
あとはタンパク質全般か。
食べたから体重がすぐ減るわけではないが。
栄養価ということを考えるなら、毎日欠かさずに摂取しなければならない。
コーヒーは肝臓強化が目的だから一日一杯でもいい。
野菜や香辛料は料理で取れば足りる。
問題はお茶だ。
あれだけは大量に入れてストックすることができない。
なにせ、湯を注いでから2~3時間でダイエット効果が消えてしまう。
起きている間、2時間おきに飲み足す必要がある。
メイドに命じて入れさせてもいいが、今は忠誠心が低そうだ。
自分でやるべきだろう。
幸い、茶であれば茶葉のまま直に食えば足りる。
量も少しでいい。
というか、大量にとると危険である。
過ぎたるは及ばざるがごとし。
なにごとにも通じる鉄則だ。
台所を物色してブルーベリーを発見。
500グラムほど取り分けて水洗いする。
塩と水もゲット。
ひとまずはこれでいい。
メイド長のジーナに昼の料理を指示する。
茶葉とブルーベリーと塩と水を持って、僕は部屋に戻った。
長かった。
やっと態勢が整った。
ベッドに寝転んで一息つく。
これでようやく、死にかけていた朝にはできなかった実験ができる。
手に入れたスキルの性能を調べるのだ。






