第7話「天然聖女」
話を聞き終えたノエルは、怒りのあまりぷるぷると震えだした。
「お、男というものは」
『さいてー』
「女の利用者もいるからな。これは権力者が抱える病理と言うやつだ。僕個人に文句を言われても困る」
「ウォーレン様も利用しているのでしょうが!」
「僕はお前を口説きはじめたここ半年近くもの間、女を抱いていない。僕にはお前だけだ。それを信じてくれ」
「な、な、な」
ノエルは顔を真っ赤にしてうろたえた。
さっと手をとる。
甲に口づけし、肌をぺろりとなめてみる。
ひう、とノエルが固まった。
逃げない。
殴られない。
どうやらいけそうだな。
距離をつめる。
よし、今度こそ。
「ま、待ってください! 準備不足! 今はむり、むりです! 体も洗ってないし! また今度でお願いします!」
「わかった。約束したぞ。次のデートの後でどうだ」
「ぜ、善処します」
性的な話題が続いたせいでへろへろになったノエルは椅子に力なく腰かけた。
僕もそれにならう。
ベッドに腰かけてぽんぽんと隣を叩くと、ノエルはぷいと横を向く。
間を持たせるためにか、ごくごくと水で喉をうるおし。
ノエルは再び問いかける。
「そ、それでですね。天然ものの聖女とはなんなのです?」
「ああ、それはな」
天然ものの聖女は騎士崩れ。
条件は二つ。
王立魔法学校に入学できる身体能力があること。
そして民間社会において、一定の功績をあげることだ。
魔法学校に入学するのは年間500名。
騎士として卒業するのは200名。
余った300名のうちで民間に下り、一定以上の名声を得た女を聖女と呼ぶ。
言葉は同じ聖女だが。
養殖聖女とは存在の成り立ちが違うわけだ。
民間人にとっては「なんかすごい人」というのが聖女で間違いない。
ティア・ホワイトローは天然聖女である。
ウォーレンが放置していたせいで増殖した山賊やら海賊やら魔物やら。
それらを義勇軍を集めて叩き続けていたのが彼女だ。
人々の信望は厚く。
村々の代表は彼女の名を聞くだけで感謝の涙を流すという。
領主として聞けば不愉快な話だが。
一般人にとっては正真正銘の救い神なわけで、聖女認定されるのも無理はない。
ただ。
しょせんは非正規軍の悲しさか。
彼女は民意のある戦いにおいては無類の力を発揮するのだが。
逆境における統率力という点においては、なおその能力に疑問がある。
「なにか違うのですか?」
「ううん?」
「民意のあるなしで、結果はなにか違うのですか?」
「もちろん違う。民意とは人の声だ。革命軍に支配されている村人たちは僕の支配を望んでいるだろう。生活があるからな。ただ、今更それをやると聖女が死んでしまう」
「そうですね」
「だから人情としては聖女の味方だが、内心では聖女に降伏してほしい。ジレンマだ。その迷いは士気を下げる。士気の低さはサボタージュや反抗的な言動、裏切りなどといった結果に直結する」
「……勝手すぎます。聖女は望まれて立ったのでしょう」
「そうだな」
潔癖なノエルは利己的な人間の本音が許せないのだろう。
義憤にかられたのか。
はっきりと怒りのオーラを出して僕に詰め寄ってくる。
「ウォーレン様は革命軍に使いを出して、聖女や幹部たちの命を保証するべきではないですか?」
たしかに。
それをやれば今回の争いは解決するだろう。
しかし。
「だめだ。それでは貴族に逆らった者になんのリスクもないということになってしまう。上が弱った時に反乱を起こし、後になって降参して名声だけ得て終わる。そんなことは許されない。しめしがつかなくなる」
「しめし、ですか」
「ああ。しめしだ。第二第三の反乱が起こればその解決には莫大な金と時間がかかるだろう。それを予防するためには生贄が必要になる。革命軍の幹部連中は皆殺しだ。それが常識というものだ」
「……常識」
ノエルは深刻な表情でつぶやいた。
「私には……わかりません。常識とはなんなのですか」
「いままでの人生で積み上げた偏見の積み重ねこそが常識だ、なんて格言もあるけどな。この場合は合理のことだ。誰が見てもそうするべき、事態をうまくまとめるための冴えたやりかたというやつだな」
僕は次のように解説した。
革命軍を打倒するのなら、今は待つべきである。
待てば弱くなる。
交渉もしやすくなる。
傭兵やら盗賊やらを貧民を装って送り込み、内部で攪乱させる。
調略。
扇動。
略奪やら放火やら。
彼らの活躍をまって十分に困らせてから手を差し出すべき。
革命軍は人口の1割以上が兵隊だ。
こんな組織は遠からず破滅するのが事実上確定している。
彼らが支配している人口圏で無理なく維持できる兵隊は50名程度。
革命軍は600名。
膨れ上がった状態の敵とぶつかるのはバカのすることである。
聖女は百戦練磨の戦上手。
まともに戦えばこちらの被害も正規兵10名などでは済まないはず。
からめ手でいくべきだ。
どれだけ強かったとしても。
民を治めるに足る資格なき者がその座にい続けることなど、できはしない。
「そのような事情だ。聖女の単体戦闘能力はおそらくノエル以上。その部下だって強いのは多くいるだろう。まともに戦いたくないのだ。正規兵を無駄に失いたくはない。今は時期を待て」
「……わかりました」
ノエルは不承不承にうなずいた。
「ようするに、革命軍を圧倒できるほど私たちが強くないのが問題ということですね」
「まあそうだな」
「ウォーレン様。いつか私は、聖女だって問題なく倒せるほどに強くなってみせます。ご期待くださいませ」
「ならんでいい。けがをするな。僕といちゃいちゃしろ」
「……それはまあ。そのうちには」
「そのうちとは?」
「そのうちはそのうちなのです! ウォーレン様は私の体よりも能力のほうをよく評価してください!」
無茶苦茶をいうノエル。
そりゃー無理だろう。
しかし
彼女は14歳。
それぐらいの情熱をもって人生を過ごす方が、今はいいのかもしれない。




