第8話「どこもかしこも問題だらけ」
読み書きの練習に飽きた。
さて。
集中力も切れたことだし、答えの出ない空想に身を任せるとしよう。
転生してから今まで。
考えないようにしてきたのだが。
そうもいくまい。
香山美咲。
クラスメートだ。
僕はつとめて目をそらしてきた仲間の項目に目を向ける。
仲間 エニウェア侯爵家家臣団、プライベートピクシー(香山美咲)
エニウェア侯爵家家臣団については何の問題もない。
しかし、プライベートピクシー。
香山美咲。
彼女は問題だらけだ。
むしろ問題しかない。
どこが問題なのか。
決まっている。
彼女が僕のクラスメートだからだ。
この世界ではなく、前の世界における僕のクラスメート。
異世界でクラスメートを殺すと初期ポイントが10増える。
寿命が5歳増える。
この命に関わる設定を、まさか忘れてはいるまい。
僕は当事者だからもちろん。
彼女もまた当事者だ。
忘れているはずがない。
自分が生きるために僕を殺すことは十分に考えられる。
そもそもプライベートピクシーとは?
なんだろう?
魔法少女ものでいう使い魔みたいなものだろうか。
異世界の常識を教えてくれるナビゲーター。
それならありがたいが。
今この場にいない以上、すべては想像の枠内にとどまっている。
仲間、というからには、敵ではないと思う。
あんがい僕に対して危害を加えられない等の縛りがあったりとか。
ならばラッキーだ。
寝首をかかれる心配がなくなる。
僕からの攻撃は可能か?
彼女を殺せばポイントが10増える。
場合によってはありだ。
緊急時の携帯食料というような意味合いはあるかもしれない。
……いかんな。
どうも思考が殺伐としている。
ウォーレンの影響か。
生前の僕には殺人経験などもちろんなかったのだが。
ウォーレンはある。
たくさんある。
貴族のたしなみとして、善悪問わず10人ぐらいは殺している。
それはいい。
殺人なんてものは2度以降はただの作業だ。
ウォーレンの感性からすればピクニックと変わらない。
ちょっと気持ち悪いと感じる程度のこと。
それより。
香山美咲のことだ。
身近にいる殺人鬼候補への対応こそが喫緊の課題である。
考える必要がある。
おそらく。
彼女はそう遠くない未来に僕の前に現れる。
それは何年か先かもしれない。
今すぐかもしれない。
一週間後かもしれない。
どのタイミングで現れるかはともかく。
彼女はいつか、僕の前にあらわれる。
殺すか。
仲良くするか。
ほどほどの距離を置いて付き合うか。
拒絶して縁を切るという手もある。
いずれも一長一短。
基本方針だけは決めておかなければならない。
彼女はどんな人間だっただろうか。
遠い昔のことのようだ。
ウォーレンと混じったせいで記憶が混濁している。
目を閉じて集中する。
僕が昨日まで暮らしていた、前世の記憶を思い出す。
香山美咲。
通称みさきち。
クラスのムードメーカー。
明るく社交的でスペックも高い。
外部入学の優等生。
女子でいえば第二グループか。
第一グループは金持ち同士で固まっていた。
第二グループはクラスの中でも能力的にすぐれた女たちの集まりだ。
のきなみ顔がよくて頭がいい。
第三グループ以下とは人としてのデキが違う。
企業の面接官なら顔を見ただけで第二グループの採用を決めるだろう。
それぐらい違う。
香山美咲はその第二グループのサブリーダー。
別にそういう役職があったわけではないが、ヒエラルキーとしてはそうなる。
さて、どうだろう。
彼女は僕の味方になれるだろうか?
金持ちではない、というのは僕にとってはマイナスだ。
僕は金持ちでない相手からは嫌われる。
なぜなら金持ちだからだ。
それはもう無条件で嫌われる。
金持ちだから嫌い、などと言われたことはない。
うらやましいから嫌うというのでは持たざる者はみじめすぎる。
だから誰も口には出さない。
しかし、内心は別だ。
金持ちは常に嫌われる理由を探される。
人と同じことをしても、嫌悪のフィルターを通して見られてしまう。
実のところ、男の貧乏人相手であれば考える余地はなかった。
殺すか。
縁を切るか。
もっとも友好的に接するとしても、距離を置いて付き合うしかないだろう。
それが金持ちという存在だ。
僕は庶民とは違うため、なにをどうやっても彼らの仲間にはなれない。
しかし、香山美咲は女だ。
そこに妥協の余地がある。
男と女であれば、恋愛を通してつながることができる。
あるいは友達にもなれる。
最初から違う生き物であるからだ。
同性ならば嫉妬を感じるような点でも、異性ならば許せなくはない。
はじめから諦めているのだ。
男と女というのは、同性であれば年が10歳以上離れている関係に相当する。
遠い存在だ。
そういうものとして付き合える。
親友には決してなれないかわりに、仕事相手としてはむしろ付き合いやすい。
恋愛感情さえなければ。
異世界生活を生き抜くためのパートナーにだってなれるだろう。
そうだな。
そうしよう。
香山美咲とは仲良くやる。
そう決めた。
もしも目の前に現れたら、最大限友好的に接することにしよう。
それが自分のためだ。
同時に、他のクラスメートに対する対応も決めた。
男は殺す。
機会があれば殺す。
なければ縁を切る。
無理なら距離を置いて付き合う。
それでいい。
僕と友達になれるような男はクラスには一人もいない。
僕の学校は超のつく名門高校だった。
それでもクラスに僕より金持ちの男はいなかった。
女ならばいた。
怪物みたいなのが一人いた。
そいつも金持ちだったが。
あまりにも隔絶した金持ちだったから友達がいなかった。
僕と同じ立ち位置だ。
彼女の場合、美人で頭がよくて運動もできた。
ある種のスーパーマンだ。
金持ちや超優秀な特待生が集まる前の学校でさえ、頭一つ抜けていた。
学園のマドンナでもアイドルでもなんでもいい。
そういう存在だ。
僕とは家の関係で多少交流があったが、学校で話すことはほぼなかった。
「レン君って、私の婚約者候補だったこともあるみたいですよ?」
「そうなのか。知らなかった」
「ちょっと遊んでみます?」
「いいよ」
彼女が部長をつとめる将棋部にお邪魔して、一日カードゲームで遊んだ。
それが思い出らしい思い出というところだ。
色っぽい展開はなかった。
若干天然が入っているのか、ちょっとベタベタ触られて困ったぐらいだろうか。
手が触れ合ったとき、不思議そうな顔をしていた。
「触ってもいいですか?」
「どうぞ」
僕の手をもんだり、つねったりしたので、僕は手を振って嫌がった。
「ざんねん」
と言って、彼女はそれっきり触ってこなくなった。
エロ漫画なら、そこから校舎での情事がはじまったのだろうか。
性欲はそうしろと叫んでいた。
しかしできなかった。
僕も彼女も立場がある。
責任がある。
あまりスキャンダラスな展開は望まない。
公立学校やもう少し偏差値が低い私立ならありえたかもしれないと思う。
もったいないことをした。
もしかしたらあの時、僕は彼女から誘われていたのかもしれない。
ノスタルジックな思い出に浸っていると、部屋の外から僕を呼ぶ声が聞こえた。
「来客です」
誰だろう。
このタイミングだと、まさか香山美咲か?
もしくは前世のクラスメートの誰か。
ありえる。
他の転生者の場所がわかるスキルがあってもおかしくない。
「誰だ?」
「ノエル様です」
「わかった」
ノエル?
誰だそれは。
僕はウォーレンの記憶を洗ってみる。
すぐに答えは出た。
ノエル・スークス。
14歳。
スークス男爵家の次女。
僕の婚約者だ。




