Y-04
本当は前の話とくっつけても良かったんですが、こちらの都合で二話で分けました。
なので今回は短めとなっております。
「気が向いたらって……いつなのかな?」
アコがボソりと呟いた。
いつになるかなんて事はユウ自身もわからない。わりとすぐ近い日かもしれないし、数一〇年後かもしれない。はたまたそんな日は絶対に訪れないかもしれない。
次にユウがアコと会うのは、全てが治まった日だと今決めたからだ。平和な時の中で今までずっと一人だった母親の寂しさを埋めるために、もう戦わなくて良いその日にならなければ一緒に居てはならないと。
「ユウは私の事恨んでないの?」
唐突にアコがそんな事を訊ねてきた。確かにユウはカイトから『お前の母親はお前を捨てた最低な奴だ』と聞かされていたが、帝都でのケイゴの戦闘の際に真実を聞いている。だからあれは仕方のない事だった。
「恨んでないよ。全部聞いたから」
「全部聞いたって──圭吾に会ったの?」
ユウは頷き、学園の教師だったという事、そして今はもう死んでしまったという事を伝える。
彼は転生者ではなく、時空間を越えてこの世界にやって来たアコと同じ存在だ。しかし彼は悪魔という道を選び、コルウスと化したユウによってその命を落としている。
今残っているアコの知り合いはもうカイトとリリィだけだ。しかしカイトは一方的にアコの事を拒絶しているため、実質今現在この世界でよりすがる事ができるのはリリィのみだ。
「母さん」
「なあに?」
「とう……カイトさんにちゃんと話しなよ。そしたら絶対和解できるはずだから」
「そう、かな? カイトってば、結構頑固だし」
「きっと俺がとられるのが嫌だったんだろ? 今なら大丈夫だし」
ユウは笑い混じりに言った。その後身を翻し、闇の眷属と一人で決着をつけるためあの学園に乗り込んでいく。
真実を闇の中へと葬り去るために。
●
学園の裏門前についたユウは『無銘』の刃を剥き出しにしていた。
確か不審者対策に学園の校門や裏門にはトラップ魔術が設置されていると、以前メルから聞いた事がある。
自分勝手な都合で学園を退学したユウは今や、まさにこの学園に侵入しようとしている不審者そのものだ。学園の生徒である資格を剥奪されたので、トラップ魔術はユウにも作用する。
ユウは闇の魔力のイメージを『無銘』に流し込むと、その刀身が真っ黒に染め上がる。その状態で地面に突き刺していく。
トラップ魔術の魔方陣は目視困難な地面に仕掛けられている事が多い。だからこうして闇の魔力を帯びた『無銘』を地面に突き刺す事で、地中にあるトラップ魔方陣を破壊するのだ。
小気味良い音が地面の方から聞こえた。魔方陣を無事破壊できたようだ。どうせ今日の深夜あたりに見回りの人がここの魔方陣の点検に来るので、その時には復活しているはずだ。なので潤滑に事を進めるには今日中に闇の眷属を打倒し、再設置される前にここから抜け出す。そう簡単には上手くいかないだろうが。
それにトラップ魔術が破壊されたとなると騒ぎになるに違いない。できるだけユウが居た痕跡も消しておかなければならないだろう。
無事に中へ入ると、真夏だというのに辺りが少し冷たい空気に覆われているように感じた。誰かが大規模な水属性魔術でも使ったのだろうか。こんな日にローブを着ているため体は蒸れてしょうがないため、もう少し気温が低いと助かるという呑気な感想を抱く。熱さに弱いユウは真夏日にローブを着込むだけでかなりヘトヘトになり体力を奪われていく。
一刻も早く闇の眷属を見つけ出し、決着を着けたいところだ。しかしこの広大な学園の敷地内から闇の眷属を見つけるのはなかなか骨が折れる作業だ。
どうしたものか、と思案すると、頭の中に一つの案が浮かんだ。
それは危険すぎる賭けでもあるが、自分は呑み込まれないと自己暗示する。
ユウが思いついた方法とは、何度もユウの頭の中で呼びかけてきた闇の眷属・〝黙示録〟ともう一度頭の中に呼びかけてもらう事だった。
これをすれば〝黙示録〟の誘惑に敗け、自分は完全に闇の眷属・〝堕天使〟に堕ちるかもしれない。だが一度念話するための魔力の波動の発生源をキャッチさえすれば、後はその場所に行って仕留めるだけだ。
今は意識的に〝黙示録〟からの念話を切っているため、今は敢えて繋ぎ直す。
《〝黙示録〟……聞こえるだろ?》
《これはこれは、〝堕天使〟ではないか。お前の方からとは……初めてじゃないか》
思惑は成功したようだ。まだ自分の中の闇には呑まれていない。
《何の用だ?》
《お前をぶっ倒しに来た》
《ほう……》
念話の向こうで〝黙示録〟がほくそ笑んでいるのがわかる。声のニュアンスから『やれるものならやってみろ』と挑発しているような態度だ。
《何をバカな事を。お前では我に勝てん》
《それはどうだろうな?》
念話の発生源を探る。どこから〝黙示録〟の魔力の波動が流れているのをくまなく探す。
《それより、丁度良い『餌』を見つけた》
《『餌』……?》
闇の眷属の力の糧は『転生者』の魔力だ。もしその魔力の事を『餌』と呼称しているのだとしたら……。
《ああ。しかもとびきり上質なものだ。主の復活もこれで叶う。ついでにお前のその不完全な人格を眷属のものとして染めあげる事もできよう》
今のユウは〝黙示録〟や他の闇の眷属から見れば、まだ眷属の思想に染まりきっていない不完全な個体だ。
ユウは一度闇の眷属としての人格を露にして暴走している。あんな感覚、気持ち悪くて二度と味わいたくない。
《俺はそんなものはいらない》
《強情な奴だ。我らと同じになれば楽になるというのに》
《俺は復讐なんて望んじゃいない。俺は確かに闇属性だよ。本来なら隔離されて当然のはずだった。けれどこんな俺でも認めてくれた人がいた。だから復讐なんて考えた事もない》
《……相容れんな》
それよりも上質な餌というのは誰なのだろうか?
おそらく『転生者』の魔力は非常に強力なものになっている。今まで〝黙示録〟の襲われた連中がそうだったからだ。だとするなら、転生者でなおかつ魔力な上質なもの──たぶん転生者としてもかなり特異な魔力量を持つ者だろう。
そうだとしたら、〝黙示録〟が見つけた『餌』というのは……。
──メル!
メル・シュバルツァ。ユウの幼馴染みの金髪ツインテールの女の子。ユウと同じ歳にも関わらず、見た目はどうみても幼女という生徒会長。そして、篠崎愛瑠の転生体。
《その子に手を出すな!》
《ほう……あの『餌』と知り合いか?》
《アイツはお前らのなんかの餌じゃない!》
《……ふん、そんなにあの子娘が大事か?》
気づけば拳を強く握りしめていた。大事な人かと問われれば確かにそうだ。けれどユウはメルを何度も裏切ってきた。だがメルは大事な人の一人だ。決して失いたくない。例え彼女を守る権利が無いとしても。
《ならば、守ってみせよ》
《言われなくともそのつもりだ》
《我はそのお前を全力で叩き潰し、〝堕天使〟を手に入れ主を復活させる》
突如学園中に轟く爆音がユウの鼓膜を震わせた。
「何だ……?」
方角的にはグラウンドから響いたようだった。しかも魔術攻撃によるものでこれだけの巨大な規模な爆発となると、撃てる人物は限られる。
──リリア、キミなの……?
なぜリリアが上級魔術を?
彼女は無作為にこんな魔術を放つような人ではないはずだ。
考えられるのは他者との交戦。それも強敵とのだ。
そしてようやく〝黙示録〟の発する魔力をキャッチする。場所は──グラウンド。
《〝黙示録〟……、お前まさか……》
《くく、餌と一戦交えておる》
となると、その場にはメルも一緒か。
《早く来いよ〝堕天使〟。守らねばならんのだろう?》
〝黙示録〟は嗤った。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
《……殺す》
念話を切断し、ユウは魔力を解放した。
その瞬間、爆風と冷気がユウに襲いかかる。
「くそっ……!」
リリアとメルが全力で最上級魔術を放ったのだろう。けれどそれだけではダメだ。メルはともかく、リリアの攻撃は一切〝黙示録〟には通らないはずだ。
それに彼は闇の魔術師。たかが学生の最上級など木っ端微塵に闇の魔力で消し飛ばす事ができる。
急がなければ。
ユウの背中に一〇枚の羽が展開される。左目の奥に刺すような鋭い痛みが走る。
それは闇の眷属・〝堕天使〟。ユウに植えつけられた因子が〝黙示録〟の呼び掛けによって覚醒した今のユウの姿。
地面を蹴り、空へと羽ばたく。
猛スピードで飛ぶと同時に、一〇枚の翼から羽が少しずつ落ちていく。
グラウンドに着いた頃には、すでに〝黙示録〟が『夕凪』を放っているところだった。
──傷つけさせはしない。
『無銘』を引き抜くと、白銀に輝く刀身が一気に無慈悲な漆黒へと変貌する。
もう二度と会わないと誓った二人の目の前に堂々と舞い降り──、
「夕凪-yunagi-」
全身全霊を込めた闇の魔術を放った。
次回からはメルとユウの共通パートとなっていきます。
2014/10/22修正致しました。




