07
先日、サイガという名の生徒が戦乙女の召喚に成功した。戦乙女は上級にして、最強クラスの戦闘力を有する使い魔である。とてもじゃないがD組の生徒が召喚できるような使い魔ではない。それにサイガでは絶対に召喚できないはずなのだ。それなのに召喚できてしまった。
そうなった理由は一つしかない。サイガが女性だからだ。
となると、古代兵器はどこに隠されたのか。
古代兵器が本当に破壊されたのなら、サイガが女性である事を隠す必要がない。隠しているのは古代兵器を使用させないためだと安易に想像できる。
古代兵器さえ見つかれば計画は一気に完遂できるところまでもっていける。ならば古代兵器を発見することを優先しなければ。
ひとまず今はできる限りことをしよう。
──世界の救済のために。
●
学園は今大混乱に陥っていた。何一〇もの魔物が学園の敷地内に侵入してきたのだ。
魔物の侵入が確認されたのは午後五時くらい。すぐさま残っている生徒を体育館に集合させ学園の出入口を全て封鎖した。
サラとセレンは校舎の外に出て魔物討伐にあたっていた。この二人だけじゃなく、戦闘学の教師も外に出て討伐を行っている。
リリスとカガリも魔物討伐部の一員なのだが、まだ魔物と戦う訓練を受けていないため戦線に出すのは危険で、体育館の中に押し込められている。
「サラ先生、ユウとサイガはどうして居ないんですか? 前衛が先生だけだと後衛の私は結構キツいんですがねぇ……」
「すまないな。サイガは今日体調不良なんだ。ユウにはそのお見舞いに行かせた。で、さっきユウに至急学園に戻るように連絡しようとしたんだが、電源を切ってるらしくて繋がらないんだ」
「ユウがいれば状況も変わるんだけどねぇ……」
「居ない奴の助けを求めても仕方ない。ここは私達で乗り切るしかないようだ」
刀を握る力を思わず強める。
サラの刀は魔装ではない。ただの普通の刀だ。ユウと同じで純粋な戦闘力だけを上げるためにあえて魔装を封じた。
一方セレンは風属性の魔術を駆使した完全後衛役。謂わば魔術の砲台だ。
平民にしては魔術の火力は秀でているものがある。
これまで二人で何体の魔物を倒してきたのかわからなくなってきた。
二人とも体力の限界が近づいてきている。
他の戦闘学の教師達も限界が近いらしく、隠れながら体力と魔力を回復させながら戦っている。
だが魔物はまだまだたくさんいる。
「……あっ」
「どうした?」
セレンが何かに気がついたようだ。
「体育館の方で何か聞こえるねぇ……歌?」
「『Shout』がライブでも始めたのだろう。不安になった生徒の緊張を解すためか」
そのとき、茂みの方から物音が聞こえた。
気づいたときにはすでに魔物がセレンに襲いかかろうとしているところだった。
「セレン!」
「っ!」
叫んでみたが、異形な生物と成しているそれはセレンに牙を剥けている。
──間に合わない……!
「夕凪-yunagi-」
魔力でできた黒い刃が虚空を斬り裂きながら飛んできた。
黒い魔刃は魔物をズタズタに斬り捨てる。
原形など留めてはいない。もはやそれが生物だったかどうかさえわからない。
「今のは……?」
セレンは魔刃が飛んできた方向を見る。そこにはこの学園の制服を着崩した格好をしている武人がいた。白い髪はツンツンに逆立っており、不機嫌そうな面構え、そして鋭い緋色の眼光。耳には無線機を装着していた。
あの例の武人だ。
「まだ夜じゃないんだけどねぇ」
「……バッジの色は赤……二年か」
いつもは夜に出没するはずだが、夕暮れ前なのでまだ少し明るい。なのでバッジの色も確認できた。
その武人は何事もなかったかのように消えようとしたとき──、
「執拗なる風の抱擁-obligatio-」
セレンが拘束魔術で武人を捕らえた。その緋色の瞳で睨みつけられている。
「お前は何者だ? バッジの色を見る限り二年生のようだが、二年の中にお前のような生徒は存在しない。見たことがないからな」
二年の戦闘学を担当しているサラにとって、二年の生徒の名前と顔を全て覚えているのは当然の事だ。
「お前は誰なんだ?」
「……名乗ればこの拘束をほどけ。この後やらなきゃならねえ事がある」
「いいからお前が何者か答えろ」
「……コルウス。さ、解放しろ」
「悪いけどそれはできないねぇ。生徒会長さんがアンタのことで頭悩ませてるみたいだからさ」
コルウスと名乗る少年から舌打ちが聞こえた。
次の瞬間、コルウスを縛りつけていた風がコルウスの刀に吸い込まれていく。
戒めの風が消え、コルウスの姿がブレた。
もう彼の姿はどこにも見当たらなかった。
コルウスは体育館の裏に来ていた。ここまで来る道中、魔物討伐だったり拘束をほどくために余計に力を使ったりと面倒なことをさせられた。
こんなことは任務の内には入っていないが、魔物を放っておく訳にもいかない。
とりあえず手筈通りに体育館の裏に来て裏口の取っ手に手をかける。鍵はかかっていない。ここから体育館の中に侵入していく。
奥に進むにつれて『Shout』の曲が大きくなっていく。あとはこの無線機も必要ない。取り外してポケットの中に押し込む。
体育館の中には全校生徒の半数以上が集まっていた。その数にちょっとだけ引く。
数が多すぎる。これからここに居る全員の魔力を奪うとなると気が滅入りそうだ。
コルウスの魔装の能力は魔力の吸収。更に吸収した魔力を記憶し、無限に精製し続ける。
これだけの人数の魔力を吸収すれば、一応自分の戦闘力を大幅に上げられる。その代わり、かなりしんどい目に遭ってしまうが。
深呼吸──。
覚悟を決めて魔装の能力──『魔力吸収』を発動させる。無差別にここに居る全員──歌っていた『Shout』も含む──の魔力を魔装に収めていく。
吸収が終わり、ここでの用が済んだ。
退散しようと裏へ戻ろうとしたとき、誰かが肩を指で叩かれた。
振り返ってみると、以前会ったピンク色の髪でブルーの瞳の美少女が笑顔で立っていた。それなのに一ミリも笑っていない。
──どうやって魔力の吸収から逃れた?
考えられる理由はトイレか何かしらの用でここから離れていたからだという事が挙げられる。本来なら誰にも見られずに退散していく予定だったが失敗したようだ。
「よう、この前はよくもやってくれたなこの野郎」
表情とは裏腹に、憎悪が孕んだ言葉を浴びせられる。
「覚悟はできてんだろうな?」
コルウスは足に魔力を供給して集束し、一瞬の内に脱兎を試みた。
体育館裏を駆けぬけてあっという間に校門の方に躍り出る。
ここまで来ればひとまず安心だろう。
今まさに油断してい
たそのとき、背後から魔力の波動を感じた。咄嗟に魔装を構えて後ろを振り向く。
飛んできたのは炎弾。
炎弾は吸い込まれるようにして魔装に収められていく。
「逃がすかよ」
コルウスはただの魔術師相手ならば絶対に追跡できないスピードでとうそうできたはずだ。
──どうしてコイツがここに居る?
追跡用の魔術を発動した?
いや、それならば魔力の流れで感知できるはず。
ならどうして?
──まさか『強化』で追ってきた?
そんな訳ないと自分に言い聞かせる。そう簡単に追いつけるはずがないと。
ふと、コルウスはピンク色の髪の少女の肩に乗っているケットシーが見えた。そのケットシーが放つ魔力の色が白に見える。
──そういう事か。
「お前がユウの妹だったんだな。聞いていた話通りだ」
「なっ……? テメ、あの糞虫と知り合いだったのかよ!」
「まあな。その口の悪さとアイツのことを糞虫と呼んでいるという事は、お前がリリアで間違いなさそうだな。まさか、本当に俺の魔装と似た能力を持っているとはな。俄には信じられなかったが、こうして実際に見ると納得せざるを得ないな」
リリアは少し変わった『能力』を保有しているらしい。
『魔力譲受』と呼称され、任意で他人の魔力を貰う事ができるのだ。しかもそれを自分のものにできる。だが使えば当然魔力は消費し、いずれ無くなる。
リリアが全ての属性の魔術を扱えるのはこの能力があるからだ。
あのケットシーは光属性の魔力を持っていた。 ケットシーから光の魔力をコルウスが逃走した直後に受け取ったのだろう。
光の魔力の『強化』は己のスピードを底上げする。
──光の魔力を持ってる奴でも、なかなか俺には追いつけないはずなんだがな……。
こうなっては仕方がない。
──少し遊んでやる。
リリアの姿が見えなくなった。
光の魔力を使って素早く移動したのだろう。
だがコルウスは見逃してはいなかった。
リリアが後ろに回り込んでいるのを。
すぐに振り返り、繰り出されたリリアの拳を左手で受け止める。
「なっ……!?」
「そんなに以外だったか? 光の魔力を使ってるのにどうして見切られたのか──言っとくが、俺は魔術師の中でも最速のスピードを持っているんだぜ? 俺から言わせりゃお前のスピードはまだまだだ」
それに制御が上手くいっていないように見える。動きにムラがある。
それに実際、コルウス自身も全力の速度は制御しきれない。
ソプラノの声がコルウスの耳に届く。
リリアのではない。おそらくケットシーのものだ。
未だにケットシーから光属性の指導を受けてるみたいだ。
右手に魔力を集中させる。
黒い魔力が噴き出されコルウスの拳にまとわりついていく。
「それは……! 何でお前が……!?」
「……何を言ってるんだよ?」
「それ、『魔魂』って言うらしいな。一点に魔力を集中させて爆発的に身体能力を上げる『強化』の進化形。それを使えるのは今の時代ではユウだけだってパパが言ってた」
「……そうか、ならばそれは誤認だ」
コルウスは魔魂を解く。その瞬間、容赦なくリリアの腹部に拳は叩き込む。
「ぐえっ、かはっ」
「よく考えてみれば、お前程度に『魔魂』を使う事なかったよな」
魔装を構えて『魔力吸収』を発動させる。
魔力さえ奪ってしまえば何も抵抗はできないはずだ。
リリアの使い魔が消える。ここまで何もしなかったのは、おそらくリリアから手を出すな的な事を命令されていたのだろう。
「一つ訊かせろ……」
消え入りそうな声でリリアが口を開く。
「何だ?」
「お前、こんな事して何が目的……?」
「……世界の救済──」
否、そんな大仰なものではない。
脳裏に浮かんだのは、とある少女だった。コルウスはその少女とある約束をしていた。
世界の救済など、その約束のついでにしかすぎない。
そこでリリアの意識が途切れたようだ。動く気配がまるでない。さて、この少女をどうしようか。
●
リリアは目を覚ますと視界に入ってきたのは黒い髪の毛。一発で誰かわかった。
「何してんだ糞虫」
「それはこっちの台詞だぜぃ。またコルウスと戦って負けたみたいだな。さっきコルウスから連絡あって迎えに来てやったところだぜぃ」
コルウス。それが何となくあの武人の名前だという事はわかった。
「お前、そのコルウスって奴と知り合いだったんだろ。何で今までアイツのこと言わなかったんだよ? アイツが魔力を奪ってる犯人って知ってたんだろ?」
「うん」
「メルが困ってたの知ってるだろ」
知っていたのなら、真っ先にメルへ報告するべきだ。それなのに、こいつは何も言いやしない。メルを困らせて楽しんでいるみたいだ。
敵意を向けたその目でユウを睨みつけると、彼はただ苦笑した。
「けどアイツにはアイツの目的がある。それを邪魔する権利も必要も俺にはないのさ」
「目的って世界の救済の事か?」
リリアが訊ねたとき、コルウスがそう言いかけていた。
「……そこまで喋ってたのかよ……、ま、そーゆー事だね。ちなみにお前も一度コルウスに救われてるってわかってた? 感謝しとけよ」
「はあっ!?」
いつ? どこで? 頭の中でその疑問が駆け回る。
会ったのは二回。しかもその二回とも戦っている訳で、救われた覚えは一切ない。
「やっぱり気づいてなかったか」
「……いつだよ?」
「お前が初めてコルウスと会って戦った日」
「あのとき?」
「お前、コルウスに会ってなきゃ今頃『悪魔』になってたぜぃ」
「え?」
最近、異形の人間の存在が表立ってきている。
戦う事だけしか能がない元人間のバーサーカー、それが悪魔。
「あの学園には悪魔化を促すウィルスが大気中の魔力と混ざっていて、それを大量に取り込むと悪魔化が始まる。悪魔化を止めるには、一度コルウスの魔装にウィルスに感染された魔力を収めなきゃならないんだ。そうすれば無害な魔力となってコルウスに戻される。コルウス達はそのウィルスを浄化してるんだよ、世界中で」
「マジかよ。って、何でお前がそんな事知ってるんだよ?」
「コルウスの協力してるから。お陰で世界回る事ができるぜぃ」
正直驚いた。っていうかいつの間に世界を回っていたのだろう。いつも見ている訳ではないからわからないが。
今日学園にコルウスが現れたのは、ウィルスを浄化するためなのか。だとしたらあの体育館には大量のウィルスが散布されていたという事になる。
「ちょっと待て、あたしだって体育館の中に居たんだぞ。けどあたしの場合戦った後に魔力を奪われた。魔力奪って浄化するんなら、戦わないですぐ奪えばいいだろ」
「お前は一度感染してるから抗体ができてるんだよ。一度にバカみたいな大量のウィルスを取り込まない限りは大丈夫だよ。だから本来なら奪う必要はなかったんだけど、お前が無理矢理戦ったから……」
「う、うるせえわよ。つか、コルウスってうちの制服着てっけど、学園の生徒なのか?」
「う~ん……」
なぜそこで考える? 別に考えるような質問じゃないはずだ。
「誰にも言わない?」
「何を?」
「これから話すこと」
絶対に約束できないが、聞き出すために適当に頷いておく。
ユウはやや怪訝そうに顔を歪めるが「まあいっか」と呟いて話し始めた。
「なぜ世界中から来ている生徒の中に『闇堕ち』した奴が一人もいないと思う? ただし俺を除く」
「そりゃあ、『闇堕ち』する奴がそう簡単にいないからだろ」
「だってここに一人いるんだぜぃ? 世界中探せば一人や二人簡単に見つけられると思うんだが?」
「…………何でなんだよ?」
いくら考えても答えが出てこない。ここは癪だがユウから答えを煽ってみる。
「実はあの学園には『特別クラス』ってのがあるんだ。そのクラスの生徒の特徴は、全員が『闇堕ち』してるという事」
「じゃあ……!」
「そ、コルウスはその『特別クラス』の奴。俺も一度特別クラスに入れられそうになったけど、いろいろ事情があって見送られたのさ。『特別クラス』の奴らはさ、精神がちょっと──いや、ちょっとどころじゃない奴もいるけど異常で、普通のクラスからは隔離されてるんだ」
『闇堕ち』は過去に大きなトラウマを負った事で起こる現象。一度心が壊れている事になる。
──じゃあ、コイツはどうして『闇堕ち』したんだ?
この性格だ。とてもじゃないが『闇堕ち』が起きそうな起因が存在しないと思う。
なのになぜ?
ユウと知り合う以前に起きたのか?
わからない。
結局、リリアはユウのことを何もわかってはいない。昔は仲が良かったのにも関わらず、ユウの事がまるでわかっていなかった。
●
家に帰ってきたユウはソッコーでシャワーを浴びて屋根裏部屋へと来ていた。そして寝床にはすでにユナがすでに寝ていた。そういえば、今朝以降まったく姿を見ていない。まさかとは思うが、ずっと寝ていた訳ではないだろうな?
ユナを退かして寝床で目を閉じる。
「はわっ、って、あれ? ご主人様? まだ眠っていたの? もう朝だよ?」
「もう夜だっての。寝る時間」
「あれ? あ、ホントだ。外真っ暗!」
「うるさい。頼むから静かにしてくれ。今日は疲れた……」
「ご主人様……?」
ユウは気絶するように──というかもう気絶──眠りに就いた。たぶん、次の日は学校を休まなければならないだろう。