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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第六章【真夏の虚像】
79/133

03

 先日の〝歌姫〟との戦闘でコルウスはケイゴの拳銃から記憶を読み取っていた。読み取った記憶は拳銃を扱う戦いの記憶だけではなかった。

『裏ギルド』では便宜上『歪曲』と呼ばれる防御魔術──それの『からくり』さえも読み取ってしまったのだ。

 左手に持った漆黒の長刀を横に薙ぎ払う。

 鋒から発火した黒い焔が一文字の軌跡を描き、

三日月状の刃を形成し飛翔する。

 目標は、悪魔(ファントム)の少女の心臓。

 薄氷を叩き割るような音が聞こえた。

 砕けたのは『歪曲』。

 炎刃が少女の体を胴と脚を真っ二つに焼き斬っていた。

『歪曲』が破られて、彼女は咄嗟に跳んで逃げようとしたみたいだ。

 だから切断されたのは心臓ではなく胴と脚の境だった。

 彼女のような異形な人間は、心臓が消失しない限りない何度でも再生する決して死ぬ事がない体だ。

 大雑把にいえば不老不死といったところか。

 ケンゴがカイト同じ歳で魔人でもないのにも関わらず、若々しく美形な風貌を保っていたのもこの不老不死の体だったためだ。

 つまり悪魔(ファントム)とは心臓にしか弱点がないのだ。その唯一の弱点を守るための『歪曲』だった。

 分断された悪魔(ファントム)の少女の体がひとりでに動いて、不気味な音を発しながら胴と脚がくっついていく。

「どうして……?」

 驚嘆の声が彼女から漏れていた。いつも余裕のあった彼女が顔が今では絶望に染まっているかのようだ。

「どうしてあなたがこの防御を崩す方法を知っているんですか!? なぜ何の迷いもなく魔術を撃てるんですか!?」

「その口を閉じろよ。夕凪-yunagi-」

 漆黒の刃が少女を襲う。

 その牙は心臓に到達することなく、彼女が咄嗟に放り込んだ魔力のナイフと相殺する。

 今『歪曲』を失った彼女はただナイフを形成して投げる事しかできない。

 彼女は完全に防御は『歪曲』に頼りきっていたのだ。それが無くなれば為す術はない。

『歪曲』には発動条件がある。


 それは──あくまで歪曲したという『幻』を見せれる相手は一人だけという事だ。


『歪曲』はある意味では一種の幻術である。ユウが使う幻術の『朧』と同じなのだ。

 相違点はその幻が現実になるか否かだ。

 悪魔(ファントム)は相手に攻撃をねじ曲げた幻術を見せる事で、それを現実にする事ができる──それが『歪曲』の正体だ。

 だがその幻を見せれる相手は一人に限られてしまうのだ。複数の人に幻術を見せれず、攻撃がねじ曲げれなくなる。

『歪曲』の対策はただ一人にならない事。たったこれだけだ。

 だからこそ悪魔(ファントム)はいつも単独で行動しているし、使い魔がいても一度引っ込めてから『歪曲』を使っていた。 ケイゴは『歪曲』の弱点を見破られないように上手く使い魔を使っていた。使い魔がいるくせに使い魔を頑なに使おうとしないと怪しまれる可能性が高いからだろう。

 最初の地下室でのケイゴとの戦いでは放心状態ではあったがアイリが居たし、その後の帝都との戦いではユナが居た。だからあのときはたまたま『歪曲』の条件を崩していたのだ。

 ただ悪魔(ファントム)の少女と最初邂逅したときは、彼女に洗脳された生徒がいたが気絶状態だったために幻術をかける必要はなく、コルウスの攻撃が全てねじ曲げられた。

 爆発を起こした後すぐ逃げられたのは、爆音で野次馬が集まって『歪曲』の条件を崩されてしまうのを恐れたためだろう。

「使い魔の『武器変化』……それも黒竜の……」

 悪魔(ファントム)の少女が何かを呟きだす。コルウスはそれが聞き取れずに怪訝な表情を浮かべる。

「……そういう事ですか」

「何だ?」

「あなたの正体、わかっちゃいました」

 コルウスは別段驚きはしない。黒竜(ユナ)を『武器変化』させてしまえば、自分から正体を明かすのと同じだ。

 黒竜を『武器変化』させる魔術師は一人しかい

ない。

「俺の正体がわかったところでどうする?」

「仲間に告発します」

「俺が素直にそうさせるとでも思ってるのか?」

「させてはくれないですよね、普通は」

 虚空に無数の魔力のナイフが浮かぶ。

 ここから先、彼女は逃げに徹するはずだ。

 一斉に大量のナイフがコルウスに穴を穿こうと突進してくる。

 ナイフの雨が視界を埋め尽くす。

 だがそのナイフは無色。まるでガラス細工のようなナイフだ。

 透けて見えるその先にはまだ少女はいる。

 ──ここで逃がす訳にはいかない。

 ──今日こそ、アイツと決着をつける。

 闇の魔刃と黒い焔がナイフを粉砕していく。

 粉々に砕かれたナイフは魔力の粒子となり、光を浴びて反射してきらびやかな薄膜を作り出す。

 その粒子の薄膜を突き破るかのように──、

「竜哮黒焔-ryuko kokuen-」

 黒い熱線が貫いていく。

 矛先は真っ直ぐ少女の心臓を捉えていた。

「〝フィロ〟」

 だが彼女は最後の抵抗とばかりに使い魔を召喚した。

 首なしの肢体には鎧を装着しており、腕や脚と呼べる部位には鋭利な両刃の剣のような物が飛び出している。

 無機質系の生物のようだ。彼女は『フィロ』と呼んでいた。

 そのフィロは少女を守るように熱線に直撃する。

 その隙に悪魔(ファントム)の少女が逃げ出す。

「待てっ!」

 追いかけようとするも、僅かな空気を斬り裂く音がコルウスの耳には届いていた。

 すかさず頭を下げると、頭上でフィロが腕の刃を薙ぎ払っていた。

 今度はすぐに刃の脚で蹴り上げる。

 コルウスは咄嗟に魔力でシールドを作るが、フィロは意外と馬鹿力のようでいとも簡単にシールドごと吹き飛ばされた。

 地面に体を叩きつけられる。

 肺から漏れ出す空気。じんわりと広がる背中の痛み。

 失った酸素を吸い込もうとした矢先、目に飛び込んできたのは剣の鋒をこちらに向けて跳ぶフィロの姿だった。

 コルウスは転がるようにしてその場から逃げると、先程まで横になっていた場所には脚の刃を地面に突き刺したフィロが立っていた。

 体勢を立て直し、魔力を全身に供給すると、真っ黒な一〇枚の翼が広がる。

 脚を地面から抜き出したフィロが跳び、腕の刃を降り下ろす。

 コルウスは二刀を構えた。

 そして両者が激突する──。

 二本の刀と四本の両刃の剣の剣戟が乱舞する。

 つんざく金属音が校舎の一角で鳴り響く。

 腕剣、脚剣を漆黒の長刀と『無銘』で受け流しているうちに、『無銘』の白銀の刀身が突如真っ赤に染まる。

「爆炎の園-eruptio-」

 コルウスが自分の身を省みない爆撃を仕掛けた。

 至近距離で爆撃を受けた両者は爆風により吹き飛ばされ、校舎の壁に叩きつけられた。

 コルウスは爆撃から自分の身を守るために魔力を少しだけ消費してしまい、翼の枚数が八枚に減っていた。

 ただ完全にダメージを防ぎきれた訳ではない。

 防御のために魔力を全力で解放してしまっては、残りの魔力が少なくなってしまう。

 ふと雷鳴が轟く。

 空は青く、雷雲などどこにも無い。

 音の発生源はコルウスからだった。

 黒衣を纏ったような姿、体には全身にタトゥーのような灰色の紋様が走っている。

『瞬迅絶雷』──魔術師の身体能力を向上させる基本技法である『強化』の最終形態にしてコルウスの専用技でもある。

 身体能力の底上げはもちろん、『黒い雷』の魔術の発動を可能とされる。

 未だに燃え盛る爆炎の中を突っ切って、回転しながらフィロが特攻をかける。

 コルウスの『無銘』の鋒には黒雷が集束し始め、バチバチと音をたてながら弾けていた。

「光速の襲撃者-oppugnatio tonitrus-」

 集束した放たれた、弧を描く雷撃の閃光。

 回転速度が増し、まるでドリルのような刃の弾丸。

 双方が衝突し、弾丸は雷に喰われた。

 倒れ伏せ、まだ僅かながら痙攣するフィロにコルウスは容赦なく『無銘』を突き立てる。

「夕凪 天誅-yunagi tentyu-」

 間もなくして、天空から落雷がコルウスとフィロを包み込んだ。



 フィロを召喚し、囮にする事でコルウスとの戦闘から逃れた少女は髪を縛っていた二つのリボンをほどいた。すると銀色だった髪が藤色になっていく。

 悪魔(ファントム)化を解いた少女──セシルは、たった今自分の使い魔であったフィロとの交信が途絶えたのを感じた。契約が解除されたのだろう。

 使い魔は自分の意思では絶対に契約を破棄する事はない。絶対の忠誠を誓っているからだ。だからこそ使い魔の主たる魔術師も絶対の信頼を寄せられる。

 勝手に契約が切れる理由は二つだ。

 一つ目は魔術師自らの契約破棄。

 二つ目は使い魔に何らかの事情が発生した事。この何らかの事情というのはほぼ使い魔の死亡と言っても過言ではない。

 フィロを犠牲にして得た情報をセシルは『ある人』へと伝えるためにケータイを取り出し、電話を繋いだ。

「コルウスの正体がわかりました……」

『誰だ?』

 電話の向こうの男性の声──この声の主こそがこの世界を創り変えようとしている張本人だ。

「ユウ・ブライトです」

『ユウ、か……皮肉な話だ』

「……? 何がです?」

『こちらの話だ、気にするな。予定の変更だ……コルウスは処刑するな、生かしたまま私の元へ連れて来い』

 そこで通信が切れる。

 セシルはただ怪訝な表情を浮かべてケータイを握りしめるだけだった。



「くそ……」

 悪魔(ファントム)の少女が召喚したフィロとの戦闘で、肝心の彼女を逃がしてしまった。

 ミヤから聞いていたのは、あの悪魔(ファントム)の少女の正体がセシルである事だった。

 二学期になって魔術学園に編入してきたA組の女子生徒。ただ彼女は高等部だ。だからミヤは最初、本当に中等部の子かどうか訊ねてきた。

 ただセシルは小柄で童顔だ。高等部でも中等部の制服を着れば中等部の女子生徒にも見える。中等部の制服を着てたのは、おそらくこちらの捜査を撹乱させるためだろう。ユウだってこうして平民と武人の二つの姿で正体を隠している。

 それにしても、セシルはユウがユナを『武器変化』できると知っていた。ユウがそれを披露したのは運動会のときで、その頃はまだセシルはいなかったから『武器変化』を見せても正体はバレないかとも少しだけ考えていたが、ものの見事にバレてしまった。人伝で誰かから聞いていたのだろう。

『ご主人様』

 正規の方法で契約したユウの中には常にユナがいる。だからこうして直接脳内に話しかける事がある。

 ──何だよ?

『あの程度の使い魔の相手なら、本気出せばすぐ決着つきましたよね? そうすればあの子を追えて逃げられる事なかったのに……』

 ──いやー、今日は本気出す日じゃなかったんだよ。来月から本気出す。

『ご主人様、変にはぐらかさないでください』

 姿は見えないが、何となくジト目で睨まれているような気がした。

 ユウは全力を出す事に躊躇していた。

 以前和国(わのくに)で『機械魔術』を操るゴルドーと戦った際に暴走を引き起こした。周りが何も見えなくなって、ただ目の前の敵を葬る事しか考えられなくて──自分の事なのに自分に戦慄した。

 あのときはきっと『闇の眷属』としての本能が覚醒しかけていたのだろう。自分が自分でないモノに堕ちていく──そんな気がした。

「A組の教室に行けば、セシルに会えるかな」

 独り言のように呟いて、誰もいない閑散とした廊下を駆けだそうとした直後、強烈な目眩が襲ってきた。

 視界がはっきりとしない。ぐるぐると渦巻いて見える。

 思わず壁にもたれかかる。

 体中を這いずり回って蹂躙する魔力の熱暴走。

 掻きむしりたい胸の圧迫感。

 動悸が激しくなり息苦しい。

 呼吸が上手くできなくて、何度も口で必死に酸素をかき集める。

 混濁としていく意識。頭に響くはっきりとしない少女の声。

 その声がユナのものだとわからなくなるくらい思考能力が低下していく。

 意識を繋ぎ止めておけるほど、ユウにはもう気力が残っていなかった。

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